【226】冒険者試験編㉘ 〜黒紫の剣士vs覚醒魔獣〜
ゴゴゴゴゴゴ……。
地面の奥から低い唸りが伝わり、グローリーゲイト全体が震えた。
禍々しいオーラが、空気を歪めながら蠢く。
バル=ゾルディアスの巨躯が、さらに巨大になったかのように錯覚させる。
──ゴク。
アーシスは、無意識に唾を飲み込んでいた。
次の瞬間。
ドゴォォォォッ!!!!
爆音とともに、アリーナ全体を覆い尽くすほどの砂煙が立ち上った。
パラ……。
砕けた壁から、細かな瓦礫が雨のように落ちる。
その直下──
アーシスは、剣を構えたまま、アリーナの壁の前に立っていた。
「……な、なに!?」
アップルが慌てて周囲を見回す。
「……速すぎて、目で追えない」
シルティの頬を、冷たい汗が伝った。
「……でも」
マルミィが、息を詰めるように呟く。
「アーシスくんには……見えた……んでしょうか」
──答えは、目の前にあった。
アーシスは、魔獣の一撃を剣で受け止め、その衝撃だけで、壁まで吹き飛ばされていたのだ。
黒紫の焔を揺らしながら、アーシスは一歩、前へ出る。
「……速えな」
低く呟き、口角を吊り上げる。
「……だけど──追える」
「にゃっ」
にゃんぴんが、アーシスのフードの中にひょいと潜り込み、魔力を蓄え始めた。
「──いくにゃ!」
次の瞬間、にゃんぴんの身体から雷が弾ける。
全身を帯電させ、毛を逆立てながら叫ぶ。
「《ライジング・スパイン》にゃ!!」
──雷の棘と化した毛が、無数の閃光となって魔獣へと放たれた。
バル=ゾルディアスは斧を掲げ、盾のように振るう。
雷棘はすべて打ち落とされた──だが、その隙をアーシスは逃さない。
斧を越え、魔獣の右腕を駆け上がるように踏み込み、剣を叩きつけた。
「おらぁ!《ローリングトルネード》!!」
ガガガガガガッ!!
しかし──刃は肉に弾かれた。
「くそ……!さらに硬くなりやがった!」
「んにゃ〜……クディの修行を思い出すにゃ〜」
にゃんぴんの呟きに、アーシスは一瞬、息を止める。
──脱力。
次の瞬間、魔獣の左腕から伸びたアメーバ状の黒い鞭が、鋭く迫った。
目を見開いたアーシスは、力を抜き、流れるようにスッと柔らかく剣を走らせる。
ズシャアァッ!!
鞭は、綺麗に二つに断たれ、紫色の血が魔獣の左腕から噴き上がった。
「……へへ!どうだ、クディ先生に習った剣は!」
だが──
ピカッ。
魔獣の眼が光った、その瞬間。
「ぐわぁっ!!」
放たれた光線が、アーシスの肩を貫いた。
血が噴き出す。
にゃんぴんが即座に回復魔法を放つ──が。
回復を待つ前に、再生した左腕が振り回された。
ドガッ!!
アーシスはアビスグラムで受け止める。
だが、反対側から斧が襲いかかる。
「くそっ!!」
振り返りざまに剣を振る。
ガキィィンッ!!
激突──互角の弾き合い。
「にゃんぴん!!」
「にゃ!!」
にゃんぴんから黒炎がアビスグラムへと注がれる。
「行くぞ!《黒炎剣》──!!」
黒炎を纏った刃が、魔獣の腹部を深く切り裂いた。
──だが、次の瞬間。
魔獣の尾が、音を置き去りにして襲いかかる。
にゃんぴんは即座に盾魔法を展開──しかし、衝撃はそれを貫き、にゃんぴんを弾き飛ばした。
「な、なにが起こってるんだ……」
コロシアムに響き渡る衝撃音、そのたびに飛び散る赤い血と紫の血。
風圧で結界は揺れ、アリーナに激しく吹き荒れる砂煙。
──観客たちは、アーシスとバル=ゾルディアスの動きを追うことが出来ず、困惑していた。
一進一退の攻防。
両者共に、傷が増えていく。
だが、確実に──削られているのは、アーシスだった。
バル=ゾルディアスが咆哮する。
すると、背から剥離した無数の肉塊が、意思を持つかのように宙へと浮かび上がった。
「……!?」
肉塊の先端が赤く脈動する。
次の瞬間──
凝縮された魔力が、全方位へと放たれた。
「なっ!?」
縦横無尽の熱光線。
逃げ場を塞ぐように交差し、空間そのものを切り裂く。
「ぐっ……!」
避けきれず、光線がアーシスの右脚と左腕を掠めた。
「アーシス!!」
控えエリアから悲鳴が上がる。
にゃんぴんが回復魔法を唱えようとした──その瞬間。
魔獣の左腕が、鞭のように伸びた。
「にゃっ!?」
アメーバ状の鞭が、にゃんぴんの身体を絡め取り、
一気に引き寄せる。
「……にゃんぴん!!」
血だらけのアーシスが叫ぶ。
助けに行こうと踏み出す。
斧をかわし、腕を斬り、その手を伸ばす──だが、光線が邪魔をして近づけない。
「……ちくしょう」
──戦況は、完全に傾いていた。
斧、鞭、尾に加えて撃ち続けられる光線。
防ぐのがやっとで手が出せない。
にゃんぴんの回復魔法を失ったアーシスの身体は、急速に限界へと近づいていく。
傷が増え、血が流れ、呼吸が乱れる。
──その姿を見て、パブロフはタオルを強く握り締めた。
《セコンドからアリーナへタオルを投げ入れる行為は、「ギブアップ」の意思表示》
その時。
──ガシャンッ!!
アーシスの身体が、パブロフの前の金網に叩きつけられた。
血で真っ赤に染まった顔。
それでも、アーシスは剣を離さない。
ゆっくりと立ち上がり、背後のパブロフへ、かすれた声で呟いた。
「……何しようとしてんだよ……先生」
(つづく)




