【224】冒険者試験編㉖ 〜圧倒〜
アリーナの壁から、ぱらぱらと破片が落ちていく。
その下には、崩れた石床と瓦礫の山。
観客席は──沈黙していた。
ヴォォォォォォ……!!
バル=ゾルディアスが咆哮を上げる。
六つの眼に禍々しい光が収束し、次の瞬間、怪光線が放たれた。
六条の光は不規則に湾曲しながら、瓦礫の山へと一直線に突き進む。
ドガッ!
ズギャン!
ドゴォォォッ!!
光線が次々と瓦礫を貫き、激しい爆発とともに石片が四方へ飛び散る。
──ピチャ。
観客の頬に、生温かいアーシスの血が飛んだ。
「……おいおい、さすがにやりすぎじゃないか」
「死んじまうぞ、あの若造……」
ざわめきが恐怖へと変わり、異様な空気がグローリーゲイトを包み込む。
「……ガイ」
「ああ……審判が止めないってことは、生存反応は視えてるんだろうが……」
ガイラは歯を噛みしめた。
「……このままじゃ、時間の問題だ」
砂煙がゆっくりと晴れていく。
そこに現れたのは、血にまみれ、瓦礫の中に倒れ伏すアーシスの姿だった。
「──降参しろ」
ネプチューンが、淡々と告げる。
反応はない。
だが──
ピクリ。
アーシスの指先が、微かに動いた。
ネプチューンは、再び静かに問いかける。
「……死にたいのか?」
アーシスは、口だけを僅かに動かし、かすれた声で呟いた。
「……俺は……俺の意思に……嘘はつけない」
「…………そうか」
ネプチューンは、それ以上何も言わず、すっと背を向けた。
──その瞬間。
魔獣の尾が、鞭のように唸りを上げる。
バゴォッ!!
アーシスの身体が宙を舞い、激しく横回転しながら叩きつけられた。
間髪入れず、バル=ゾルディアスの口から炎玉が連射される。
ドドドドドドドッ!!
爆炎が連続で炸裂し、砂煙と石片、そしてアーシスの血飛沫が空中に舞い上がった。
客席から悲鳴が上がり、顔を覆う者、目を逸らす者が続出する。
ガイラ、ボペット、ディスティニー。
G、影の男。
観客席、ギルド席──グローリーゲイト全体が、固唾を呑んでその光景を見つめていた。
──控えエリア。
「先生!このままじゃアーシス死んじゃうよ!」
アップルが、今にも泣き出しそうな声で叫ぶ。
マルミィは、力の入れすぎで血が滲んだ手で、杖をギュッと握り締めた。
シルティは歯を食いしばり、スッと剣を抜く。
そして、アリーナへのゲートへ、一歩踏み出した──その瞬間、一本の手が行く手を遮った。
「……手助けをしては、アーシスは失格になってしまいます」
ナーベだった。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
シルティが叫ぶ。
ナーベは苦しげな表情で、震える声を絞り出す。
「……信じてないんですか……アーシスのこと」
歯を食いしばるナーベの口元から、血が滲む。
「……っ」
その言葉に、シルティたちは沈黙するしかなかった。
「──まぁ待て」
その空気を切るように、パブロフが口を開く。
「見てみろ。……アイツはまだやる気だぞ」
視線が、一斉にアリーナへ向けられる。
そこには──血だらけで立ち上がる、アーシスの姿があった。
「……ほう、まだ立つか」
ネプチューンが、興味深げに目を細める。
「……ふふ……」
アーシスは、小さく不敵に笑った。
「あ?おかしくなっちまったか?」
「……そっちばっか魔獣呼んで……ズルいよなぁ……」
そう言って、アーシスはふらつきながらポケットに手を突っ込む。
「……?」
高く掲げたその手にあったのは──“煮干し“。
「こっちも召喚獣、使わせてもらうぜ!!」
次の瞬間。
アーシスのポーチから、小さなもふもふが飛び出し、煮干しを──パクッと咥えた。
「にゃんぴん!!」
アップルが、思わず叫ぶ。
「な、なんだ……!?」
ネプチューンが、思わず目を見開く。
アーシスは、血と泥に塗れた顔で、ニッと笑った。
「へへ……まだまだ、ここからだぜ」
小さな猫が夜空に浮かび、その身体から──微かに、黒紫のマナが揺らめいた。
(つづく)




