【222】冒険者試験編㉔ 〜追憶の瞳〜
──十三年前。
山々に囲まれた、とある小さな村。
「え〜、にいちゃ、もう行っちゃうのぉ……」
子供用の短い木剣を握った小さな男の子が、口を尖らせていた。
「はは、ごめんなニーノ」
その村には似つかわしくない高貴なロングローブを纏った青年は、そう言って弟の頭を撫でる。
「俺様の助けを待ってる人たちが、たくさんいるからよ」
──青年の名は、ネプチューン=ペンタゴン。
冒険者デビューと同時にS級に位付けされた、天才召喚士。
この村が誇る、出世頭だ。
──そして、小さな男の子の名はニーノ=ペンタゴン。
ネプチューンの、たった一人の弟。
「僕様もついてく!冒険者になる!」
ニーノはぷくーっと頬を膨らませながら、木剣をぶんぶんと振り回した。
「おいおい、お前はまだ9歳だろ?……さすがにまだ早いって……」
苦笑いを浮かべるネプチューンの言葉を聞かず、ニーノは勢いよく畳み掛ける。
「にいちゃは召喚士だから、僕は剣と魔法を極めて魔法剣士になる!……それで、前衛でにいちゃを守るんだ!」
無邪気で、まっすぐな瞳。
ネプチューンは、その瞳が好きだった。
スッとその場に膝をつき、ネプチューンはニーノと目線を合わせる。
「はは、お前は才能があるからな。すぐになれるさっ。……でも、今お前までいなくなったら、誰が母さんを守るんだ?」
ニーノは、うっ、と言葉に詰まり、唇を噛んだ。
「ニーノ」
ネプチューンは優しく頭を撫でる。
「俺様がいない間、母さんを頼むぞ」
そして立ち上がり、山の向こう──まだ見ぬ戦場を睨んだ。
「俺様は……"世界を守る"!」
◇ ◇ ◇
──3ヶ月後。
後に"魔王大戦"と呼ばれる、魔王軍と人族との全面戦争は長期戦に入っていた。
辺境の戦線に配置されたネプチューンは、難敵とされていた魔王配下の魔族を撃破し、砦を死守。
一時的な休息として、故郷への帰還か許可されていた。
ザッ、ザッ、ザッ。
馬を走らせること数日。
深い山を越え、ようやく故郷の村が目に入る。
「…………は?」
言葉が、喉で引っかかった。
英雄として迎えられるはずだった凱旋は、あまりにも静まり返った風景で迎えられた。
──村は、焼け野原だった。
炭と灰。
立ち上る煙の匂い。
人の気配は、どこにもない。
ネプチューンは、走った。
足がもつれるほど、必死に。
家は、半分崩れていた。
扉を蹴破った先で、ネプチューンはそれを見つけた。
倒れたまま、動かない──ニーノの姿。
魔法剣士を目指していた、まだ小さな背中。
地面に飛び散った血痕。
握られたままの木剣。
そこには、戦った痕が残っていた。
「……なんでだよ」
膝が、崩れ落ちる。
「俺様は……魔族を倒したんだぞ」
世界を救ったはずだった。
誰よりも強くなったはずだった。
「なんで……」
答えは、返らなかった。
溢れ続ける涙を止める術を知らず、ネプチューンは、ただ強くニーノを抱きしめた。
──その日、ネプチューンは理解した。
"どれだけ強くても、すべては守れない"。
◇ ◇ ◇
グローリーゲイト。
夜風が、砂煙を静かに散らす。
アリーナに立つアーシスは、真っ直ぐにネプチューンを見据えていた。
(──その瞳。……懐かしいな)
ネプチューンは、口元を歪めて笑う。
それは、嘲笑でも冷笑でもない。
痛みを知る者だけが浮かべる、苦い笑みだった。
ネプチューンはスッと手を上げ、パチンと指を鳴らす。
──その瞬間。
アーシスを囲んでいた幻影が砕け散り、アビス・レクイエムは霧のように消えた。
「……召喚を、解除した……?」
控えエリアで、パブロフは息を飲む。
ネプチューンは、深く息を吐いた。
そして、アーシスを見据えたまま、ぽつりと呟く。
「……貴様の覚悟、試させてもらうぞ」
「えっ……」
その言葉を掻き消すように、ネプチューンの杖が、石床を叩いた。
「──《契約位階・第七層》」
ネプチューンの声が、アリーナに低く響いた。
(つづく)




