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第九話【爆発に焼かれて】

「早く飛べ!!! おっさん!!!」


 背後から聞こえる垣真の声。ト壱は『亀甲獣骨』へ降り注ぐ拳の雨を受けながら───────その言葉を聞いていた。


「左だな!? 間違ってたらテメェから殺すぞ!!!」


「いいから早くしろ!!!」


「分ァってるよ!!!」


 盾へ叩き込まれる拳の雨『蛇乱(だらん)』……右、左、上、横─────あらゆる角度から飛んでくる拳を、ト壱はひたすら『亀甲獣骨』で防ぎ続ける。

 まるで機関銃を鉄の壁で防いでいるような、盾と拳の当たる音を厨房内へ響かせている。


 そして────────一か八か。


 ト壱は左腕へ力を込めた。守るだけではない。

 迫ってきた太寛の拳へ向け、『外骨格の盾』そのものを───────思い切り『前』へ突き出す。

 いわゆる、『シールドバッシュ』である。


 ───────────バギィィィンッ!!!!


「ほう────やるな白骨(しらぼね) ト壱(といち)」


 太寛の拳が『亀甲獣骨』へ当たる瞬間。ト壱は、その拳を盾ごと強引に弾き返した。

 拳の勢いと─────盾を押し出す力。二つが真正面から衝突し、太寛の多関節の腕がグニャグニャと波打つ。


「今だァ!!!」


 ト壱はダンッ──────と床を蹴った……垣真に言われた通り────────左へ飛び込んだのだ。


「避けるのなら追えばいい事だ!!!」


 太寛は即座に『蛇乱(だらん)』の軌道を変える。左右の拳がト壱を追う。

 だが──────先程までの『拳の雨』とは明らかに違う。


 ト壱から見て左側。こちらへ伸びてくる太寛の拳は、確かに右側と比べ明らかに『密度』が低い。

 500を超える関節─────しかし、その数は左右均等ではない。

 そして、多関節を折り畳み─────連続して解放する『蛇乱(だらん)』。

 関節が少ないということは────────その分だけ『弾数』も少ない。


「その調子だおっさん!!!」


 ト壱は左へ飛びながら、身体を捻る。

 拳と拳の隙間。ほんの僅かに出来た、その『穴』へ身体ごと飛び込んだ。


「本当に抜けるとはな……ただ暴力で生きてきた訳でも無さそうだな!!」


 太寛の目が開く。だがト壱はそのまま止まらない。

 その様はまるで『盾と剣を構えた猛獣』のようである。『イタチのトイチ』という渾名もダテではない。


「お次はコッチの番だァ!!!」


 左腕───────『亀甲獣骨』……防御するために作った『外骨格の盾』……。

 だが、硬い物が腕に付いているなら……別に『殴る』ことに使ってもいいのだ。



「盾で殴り込み──────『寄せ場壊し(よせばこわし)』!!!」



 ト壱は踏み込む。そして、左肩から身体ごとぶつかるように───────────骨盾を太寛へ叩きつけた。

 硬質な物体を高速で放てば、想像以上の威力を産む。


 ───────────ドゴォォォンッ!!!!


「重ッ──────」


『亀甲獣骨』の亀の甲羅のような表面が、太寛の胸元へ直撃する。

 斬らない、刺さない……ただ───────────ブン殴った。

 ズザザザザッ───────っと、太寛の身体が後方へ弾ける。


 多関節の両脚をグニャグニャと曲げ、どうにか着地しようとする。しかし─────先程までの『蛇乱(だらん)』で腕へ意識を集中していたためか、姿勢の制御が僅かに遅れた。


 ドンッ!! ──────足元へ何かへぶつかる。

 太寛が背後を見る。そこにあったのは───────茶色い、大きな『紙袋』。

 厨房の隅。業務用の食材が積み上げられた棚。

 袋の表面には、大きな文字でこう書かれている───────────『メリケン粉』と。


「もう後ろへは下がれんか……」


 太寛が袋を見る────────その瞬間。


「あぁ、もう逃げれねぇな!!!」


 ト壱はそう叫びながら、床へ転がっていた『ある物』を拾い上げる。

 それは───────先程、太寛に叩き折られた『外骨格の刀』である。

 既にト壱の身体から離れ、ただの黄ばんだ骨片となった『銘心鏤骨』の残骸。


「今更折れた骨で何が──────」


「そォらよッ!!!!」


 ブォンッ─────────────


 ト壱は折れた骨刀を───────『投げた』……回転しながら飛ぶ骨片。狙うは太寛ではない。

 その背後───────『メリケン粉』の袋へ目掛け飛んでいく。


 ザシュッ──────と、骨刀の先端が、紙袋を大きく切り裂いた。


 瞬間───────ブワァッ!!!!!!

 真っ白な『粉』が、勢いよく厨房内へ舞い上がる。

 太寛の視界は一瞬、純白に染められた。


「ゴホッ……!! なんだコレは!!」


 太寛の周囲……白、真っ白。

 目出し帽、黒い服、ブラブラと揺れる両腕も───────一瞬にして粉まみれ。


「メリケン粉だ。『小麦粉』って言うんだっけか?」


「何をするつもりだ……」


 ト壱は少し考えたフリをする


「俺も──────よく知らん」


「…………何だと?」


「自由研究だ────目出し帽」


 ト壱は背後へ振り返る。そして、叫ぶ。


「────眼褄ァ!!!」


 床へ腰を落とした垣真が、5発装填リボルバー『ニュートウブ』を握っている。


「あの粉ン中に──────撃て!!!」


「────はァ!?」


 垣真は目を見開いた。その顔は少し、呆れたような感情が滲み出していた。


「何考えてんだおっさん!!」


「いいから撃て!!!」


「弾は残り3発しかねぇんだぞ!! こんなワケ分かんねぇことに─────」


「いいから─────!!!!」


 ト壱が怒鳴る。

 一瞬、拳の雨が止んだ厨房に───────その声だけが響いた。


「─────信じろ」


 垣真が黙る。もう呆れて物も言えない様子。


「俺を信じろ───────一発でいい」


「…………チッ」


 垣真は不機嫌そうに舌打ちした。


「読みを外したらぶっ殺すからな、おっさん」


「俺が言った台詞パクンじゃねぇよクソガキ」


 垣真は右目を閉じる。左目に現れる───────────赤い『レティクル』……。

 白い粉塵。その向こう側に立つ太寛。狙うのは、人間ではない。

 空中へ舞い上がった────────『粉』の中へ。


 ニュートウブの引き金へ、人差し指を掛ける。

 そして───────────バァンッ!!!!


 赤熱した弾丸が、白い粉塵の中へ飛び込んだ。


「どこへ向けて─────」


 太寛が言葉を発した───────その直後。

 発砲による火花。高温に熱され、高速で飛び込む弾丸。

 空中いっぱいへ舞い上がった『メリケン粉』へ─────────火が走る。


 ボッ──────小さな炎が灯ったと思えば、その刹那。



 ───────────ドッゴォォォォォォォォォォン!!!!!!!



 爆発……白かった厨房が───────────一瞬にして『赤』へ染まった。



「ぐォォォォォ───────────」



 太寛の身体が炎に包まれる。


 ───────────『粉塵爆発』……細かく舞い上がった粉。それらへ一気に火が移り───────爆発的な燃焼を引き起こした。

 一つの粉から一つの粉へ……連鎖的に火がつき『大火』へと変わる。


「白骨のおっさん!! 火がこっちにも来るぞ!!!」


 当然である─────爆発に『敵だけを焼く』なんて、そんな都合のいい話はない。

 炎は太寛だけではなく───────ト壱と垣真へも迫ってくる。

『炎』とは、『無差別』なのだ。


 ト壱はすぐ横を見る。

 シンク──────業務用の、大きなステンレス製シンク。


「今度はコイツだ!!!」


 右手をギュ───っと握り、拳を作る。


「殴れ───『一将万骨(いっしょうばんこつ)』……『粉骨砕身(ふんこつさいしん)』ッ!!!!」


 右拳を包み込むように、黄ばんだ骨が一気に形成される───────『骨のメリケンサック』だ。


「オラァァァァァァッ!!!!」


 ト壱は、その拳をシンクの根元へ叩き込んだ。

 ドガァンッと大きな音を立て、ステンレスが大きく凹む。

 蛇口や配管、そしてその周辺が一気に破損し、大量の『水』が噴き出した。


 ブシャアアアア─────と天井近くまで吹き上がる水。それは勢いのまま厨房へ広がり────────ト壱と垣真の前へ、一瞬だけ『水の壁』を作り出す。


「伏せろ、眼褄!!!」


「言われなくてもな!!!」


 二人は床へ身を伏せる。直後───────────ゴォォォォォォッ!!!!

 爆発による炎が、水の壁へ激突。

 一瞬にして水が蒸発、白い蒸気が厨房内へ広がった。


 熱い。しかし、水で炎そのものは弱まった。爆発の『衝撃』までは完全には殺せなかった。

 ト壱と垣真の身体へ、熱風が叩きつけられる。

 対し、二人は床へしがみつき、どうにか耐える。


 そして─────────炎の中心。

 全身を焼かれながら、爆風によって後方へ大きく吹き飛ばされた。


 グルンッ─────と……多関節の身体が、空中で蛇のように捻れる。

 しかし、いくら身体を曲げられようが───────空中では踏ん張れない。

 背後、最初からこのキッチンに一つだけ存在していた───────白い『鉄製のドア』へ向け吹き飛んでいく。


「ぐほぁ─────!!!!」


 太寛の背中が、鉄製ドアへ叩きつけられた。

 ベコォンッと、厚い鉄板が────────大きく凹む。

 太寛の身体は、そのままズルズルと床へ落ちた。


 白い蒸気、焦げ臭い匂い、床一面へ流れる水、散乱した調理器具。

 そして────────焼け焦げた黒い服。

 爆発が起きた範囲が、『焼け野原』である。


「爆発するんだな────アレって」


 ト壱は床へ片膝をついたまま、鉄製ドアの前に倒れる太寛を見る。

 隣では垣真も、濡れた前髪をかき上げながら口を開く。


「なぁ────おっさん。今の……最初から全部考えてたのか?」


「んなワケねぇだろ。メリケン粉見つけた辺りからだ」


「ほぼ思いつきじゃねぇか!!!」


「喧嘩は勝ちゃいいんだよ。ボウズ」


 ト壱はそう言いながら───────ニィッと笑った。

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