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第八話【殴り殴られ】

 ──────────右腕には『銘心鏤骨(めいしんるこつ)』

 ──────────左腕には『亀甲獣骨(きっこうじゅうこつ)』。


 先程まで、刀一本を生成することすら手間取っていた男とは思えない。ト壱は両腕に二つの『外骨格』を形成し、黒づくめの男へ向けて構えている。


 対する男は───────────変わらない。


 右腕をダラン……と垂らし、まるで振り子のようにブラブラと揺らしている。その右手には、先程ト壱の『外骨格の刀』を叩き折った─────肉切り包丁。


「ブラブラしやがって───────行くぞォッ!!」


 ダンッ────────!!!


 先に動いたのはト壱。タイル張りの床を強く踏み込み、黒づくめの男へ一直線に『特攻』する。


 その距離、およそ数m。ト壱は右腕の骨刀を腰の横まで引き絞る。


「そうだな……テメェみたいに『技名』でも付けてやろうか───────『突破者(とっぱもん)』!!!」


 狙うは胸……刀を『斬る』ためではなく───────『突き刺す』ために使う。

『銘心鏤骨』の切っ先が、一直線に男の胸元へ迫った。


「─────何度やっても同じだ……『山棟蛇(やまかがし)』!!」


 男は避けない。むしろ左拳を前へ─────構える。

 グニャリ────ト壱の目には、左腕が縮んだ……いや、縮んだかのように見えた。


「何……ッ!?」


 本来なら『肘』と『手首』くらいしか、大きく曲げる場所のない人間の腕。しかし目の前の男は違う。

 肘と手首の間、上腕、前腕……ありとあらゆる場所が───────グニャグニャと折れ曲がる。


 まるで一本の『蛇』を、人間の腕という『小さな箱』へ無理矢理押し込めたような───────そんな形。


「ビックリ箱……後は言わなくても分かるな?」


 男は折り畳んだ左腕を、一気に解放する。


「まさか……コイツ!!!」


 ト壱の背中に、また嫌な感覚が走る。

『ヤバイ』──────頭よりも先に、身体がそう判断した。


「護れ────『亀甲獣骨(きっこうじゅうこつ)』ッ!!!」


 ────────ガギィィイン!!!!!


 左腕の骨盾を、咄嗟に顔の前へ。


 ────────ドゴォォォォンッ!!!!


「ンぐォッ───────!!!!?」


 左拳が、真正面から『亀甲獣骨』へ突き刺さった。

 ただ、幸い盾は割れていない。亀の甲羅のように重なった骨板には、僅かにヒビが走った程度である。


 しかし、ト壱の162cmの身体は、簡単に床から浮き上がった。

 盾で防いだにも関わらず、身体ごと後方へ吹き飛ばされる。  靴底を床へ擦り付け、どうにか勢いを殺そうとするが─────止まらない。


「ぐッ……オォオ!!」


 背中から調理台へ激突。置かれていたフライパンやボウルが、ガランガランと床へ散らばった。


「なんてバカ力(ヂカラ)だ……身体ごと吹っ飛ばしやがった……」


 ト壱は左腕をブルブルと振る。骨盾は壊れていない。だが、その下にある腕は痺れていた。

 攻撃による衝撃は、『外骨格』どころか『全身の骨』へも響いている。


「何度来ても─────無駄だ」


 黒づくめの男は、相変わらずその場から動かない。


「お前の攻撃は単純すぎるのだ。斬るわ、突くわ、殴るわ─────全部『真っ直ぐ』だ」


「なんだよ、この期に及んで説教か?」


「違う。事実を教えてやっている」


 男は両腕を広げる。そのブランブランの軟体な腕をコチラに見せつけるように。


「俺の名は────節布士(ふしぶし) 太寛(たかん)」


「珍しい苗字だな……出身どこだよ」


 ト壱は間髪入れずにツッコむ。しかし、太寛は完全に無視した。


「俺の『蛇暴螺(ジャバラ)』は─────人体の『関節』を異常に増殖させる能力だ」


「関節……?」


 太寛は右腕を上げる。

 グニャ─────無論、肘ではない……前腕の『途中』が曲がった。


「うぇ……」


 さらに───────────グニャッと、また別の場所が曲がる。


 グニャ……グニャリ……グニャグニャグニャ───────


「気持ち悪ィな……なんでBONE(ボーン)ってのはこんな『不気味』な能力しかねぇんだよ」


 気が付けば、一本の腕だけで10ヶ所以上。普通の人間なら骨折どころか、腕そのものが使い物にならなくなるような角度へ曲がっている。


「俺の関節は全身で500を超える」


「────は?」


「……『関節』だ。俺の身体には、大小合わせて500を超える関節が存在する」


 ───────500。ト壱には、それが多いのか少ないのかは分からない。しかし、少なくとも『普通ではない』ことだけは分かる。


「蛇のように曲がり、折り畳め、伸ばせる、しならせる─────人体に存在する『骨格の制限』を、俺はほとんど受けないのだ」


 太寛は、自分の右腕をクネクネと動かして見せる。


「貴様のような、真っ直ぐ突っ込んでくるだけの攻撃では───────────俺には届かない」


 ト壱は黙って聞いていた。

 500を超える関節。どこから攻撃が飛んでくるか分からない腕。 

 おまけに、それをムチのように振るえば音速。

 普通に考えれば、ト壱の能力とは相性が悪い。


 だが──────────


「───────知らねぇよ……関節が500だろうが1000だろうが、そんなの知ったこっちゃねぇ」


 ト壱は『銘心鏤骨』を横へ構える。


「避けられるなら───────避けられねぇぐらい振りゃいいだけだろうが……ボンクラがァア!!!」


 ダンッ────────再びト壱は走る。

 真正面……何の捻りもない─────またもや『特攻』。


「学ばない男だ……さぞかし両親も苦労しただろう」


「うるせぇぞ!!!」


 しかし───────先程とは違う。

 ト壱は太寛の目の前まで迫ると、右足を強く踏み込んだ。

 そして、その右足を軸に─────身体を左へ一回転させる。


「オラァァァァァッ!!!!」


 腰を捻り、肩を回す。遠心力をそのまま右腕へ乗せる。

『銘心鏤骨』───────回転・横薙ぎの一閃。



「食らっちまえよ────『円弧爪(えんこづめ)』!!」



 太寛の身体が、反射的に後ろへ反る。

 グニャリ──────腰、背中、首。

 背骨そのものが蛇のように曲がり、ト壱の刀を避けようとする。


 しかし─────────ザシュッ!!!


「ぐォオオオ─────ッ!!」


 太寛の黒い服、その脇腹部分が裂けた。そして薄く─────赤い血が滲む。

 浅い。斬ったというより、刃先が僅かに『かすった』だけ。

 しかし───────ト壱は笑った。


「ヘェ、当たんじゃねぇか。ご親切に『真っ直ぐしか攻撃しない』って指摘してくれたかんな……アンガトよ」


 太寛の目付きが、少しだけ変わる。

 ダタッ───────と床を蹴り、後方へ大きく飛んだ。


「オイ逃げんなよ目出し帽!!」


「─────逃げるだと?」


 太寛は、およそ10mほど距離を取ると両腕を垂らした。

 ブラン……ブラン……両腕の揺れが、段々と同期していく。


「違う──────距離が必要なだけだ」


 瞬間───────────グニャリ……今度は、両腕。

 右腕、左腕、肩から指先へ向けて存在する大量の関節が、次々と折り畳まれていく。

 グニャグニャグニャグニャ───────


 その姿は、二本の蛇と言うより───────────二本の『バネ』……おもちゃの『スリンキー』のよう。


「……『蛇暴螺(ジャバラ)』──────」


 太寛は腰を落とす。


「──────『蛇乱(だらん)』!!!」


 次の瞬間──────────ドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!


 拳が右から左から……右、左、右、左─────あらゆる角度から『無数の拳』が、ト壱へ向けて飛んでくる。


「お次は『ラッシュ』かよ!!!」


 いや───────本当に拳が増えているわけではない。

 太寛が折り畳んだ『多関節』。その関節一つ一つを連続して伸ばして、縮め─────両腕そのものを『連射』しているのだ。


「チィッ─────」


 ト壱は咄嗟に左腕を前へ構える。


「……『一将万骨(いっしょうばんこつ)』・『亀甲獣骨(きっこうじゅうこつ)』ッ!!」


 ───────────ギギィンッ!!!


『外骨格の盾』───────前方へ展開。


「ぐッ──────!! ンぐォォォォォォッ!!!」


 一発……二発……三発─────────いや、数えられない。

 右から……左から……上から……横から……大量の拳が『亀甲獣骨』へ叩き込まれる。

『多関節』……それを意味するのは、関節が多いということだけではない。

『軟骨』や『靭帯』……本来関節にある組織もその分多いということである。

 よって、数百発とパンチを打とうと、太寛の関節へのダメージは遥かに『低い』ものである。


 ─────────ドゴッ!! ガンッ!!! バギィンッ!!!


「ぐァッ……クソッ!!」


 ト壱は盾を構え、ひたすら耐える。

 一発受ける度に─────左腕が痺れる。二発受ける度に─────足が後ろへ滑る。


「うォォォォォッ!!」


 骨盾は割れない。しかし、防いでいるト壱本人が─────────持っていかれる。


「マシンガンかよテメェはァアア!!!!」


「500以上の関節があると言っただろう」


「そういう意味じゃねぇよ馬鹿野郎ォ!!!!」


 ──────ドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!


 白いキッチン。清潔だった壁。綺麗に並んでいた調理器具。

 その全てが、連続する打撃の振動でガタガタと震えている。


 ト壱は『亀甲獣骨』の裏で歯を食い縛る。

 右腕には───────────『銘心鏤骨』。

 刀はある。反撃出来る。だが───────────盾を退ければ、その瞬間に拳の雨を全身へ食らう。


「クッソ……!!」


 防ぐしかない。今はただ───────────耐えるしかない。

 しかし。


 ト壱の背後──────脳震盪で立てず、床へ腰を落としている垣真。

 彼はト壱の盾の向こう側を『見て』いた─────高速で迫る、太寛の拳をジッと。


 右、左、右、左───────そして。


 垣真の目が細くなる。


「はは〜ん─────そういうことか」


 垣真は拳の雨を受けるト壱、それを見て何かに気付き────叫ぶ。


「……『見えた』ぞ白骨のおっさん!!! そいつの動きが!!!」


 ト壱は攻撃を受けながら返す


「─────何がだ!!!」


「そいつの両腕──────左側の関節は少ねぇらしい……左に飛べ!! ソイツの弱点は『左右で関節の数が均等じゃない』コトだおっさん!!」


 太寛は拳を打ちながらも、少し焦りを見せる。


「目がいいガキだな……だが、それを知ったところで拳は止まん!!!」


 ト壱は拳を防ぎながらも、言われた通り左へ飛ぶ準備をする。

 それと同時に、太寛のさらに背後へ目を向けた。

 目に入ったのは、茶色い大きな紙袋に入った『メリケン粉』である。

 ト壱は───────ある作戦を閃いた。

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