第七話【発想】
───────チィーンッ……
二人を乗せる食品専用エレベーター……到着したのは『地上1階』である。
「喜んでいいんだか、泣いていいんだか……」
ト壱が腕を組み、そう呟く。無理もない話だ。
ここは悲劇が始まった場所───────ト壱が受付へ資料を渡し、木鼓研究所長と初めて出会うこととなる……あのメインフロアの階だ。
『やっと地上へ戻れた』のか『トラウマの残る場所に戻ってしまった』のか……ト壱の感情は揺れ動く。
その様子を見た垣真は、「フフッ……」と微笑み混じりの表情を浮かべ、諭すかのように横で言う。
「それは俺も同じさ。白骨のおっさん。ここからなんだ。俺たちの『逃走劇』はな」
「まぁな」とト壱は返す。
そしていよいよだ────二人はエレベーターの籠の中へ降りると、『ドア開』のボタンを押す。
ウィーン……と───────左右の扉が開くと、薄暗いエレベーター内へ光の筋が入り込む。
白い、眩しいその光。明るさに目が慣れてくると、二人はエレベーター内から外へ足を踏み出した。
目の前に広がるのは──────────白く清潔な『キッチン』……地下15階の面影は一切ない。
タイル張りの壁、調理器具の並ぶ棚、等間隔に配置された厨房機器─────そして何より広い。研究所内にあるとは思えないほど整えられており、まるでホテルの調理場である。
奥の壁を見ると、白い鉄製ドアが一つだけ配置されている。出口と言える扉はそれ以外に無かった。
二人は、並んだコンロやシンクの間を、真っ直ぐ進む。
コツン……コツン─────── 足音は想像以上に響き、反響し、キッチンの奥へと吸い込まれていくようだった。
「不気味だな─────昔観た映画によく似たシーンがあったぜ」
ト壱は無意識に声を落とす。
壁も床も、白一色。ここはまるで……
──────────密閉された箱の中だ。
人の気配は無く、窓も無いので外の確認も出来ない。
二人はそのまま、キッチンの奥へ歩みを進める。 何も無い───────何も、起こらない。
「こうも何もねぇと……逆に怖ぇな」
「何も無いに越したことないだろ」
垣真はそう返す。しかし、その表情はト壱と同じく警戒を解いていない。
二人の足音だけが、やたらと耳につく。
コツン……コツン……コツン───────『ヒュンッ』!!
「な─────ッ!!」
ト壱の背中に、ゾクリと悪寒が走った。
この感覚を、彼は知っている。 何度も喧嘩をし、何度も刃物を向けられ、何度も殺されかけた男だからこそ分かる。
───────『殺気』
「眼褄─────ッ!!」
「急に何─────」
ト壱は隣を歩く垣真の肩をガッシリ掴み、乱暴に横へ突き飛ばした。
ドガァッ────────!!!
瞬間───────二人が立っていた場所へ、銀色の何かが高速で飛び込んでくる。
幅広の刃、四角い刀身、料理人なら一度は握ったことのあるであろう───────『中華包丁』
それは真っ直ぐ、ヒュンヒュンと回転しト壱の首元へ飛んできた。
「速ッ─────!!」
避けきれない。ト壱がそう判断するのと、身体が動くのはほぼ同時だった。
ト壱は咄嗟に左腕を前へ突き出す。
「────『一将万骨』……防御だッ!!!」
上腕部から、黄ばんだ骨が一気に膨れ上がる。枝分かれし、絡み合い、重なり───────瞬く間に円形へ。
────────グギギギギギギギギッ!!!!!
その形状、『亀の甲羅』そのもの。幾つもの骨板が敷き詰められた『外骨格の盾』である。
───────────ガギィィ───インッ!!!
金属同士がぶつかり合うような甲高い音が、キッチン内を駆け巡る。
「ぐッ……!!」
中華包丁の刃先が骨盾へ激突する。刃は外骨格へ数mm食い込むものの、それ以上進むことは無かった。
勢いを失った中華包丁が床へ転がる。
「なッ……なんだ今の」
突き飛ばされた垣真がシンクの台に手をつき、立ち上がる。ト壱も盾を構えたまま、周囲を見渡した。
「さぁな……空飛ぶ中華包丁でも研究してんのかここは」
前、右、左、背後─────誰もいない。
広いキッチンにあるのは、調理台とシンク、コンロ───────それだけ。
「どっから飛んできやがった……?」
「少なくとも、正面じゃねぇな。何か見えたらすぐ撃つからな」
垣真は腰から『ニュートウブ』を抜く。そして右目を閉じた。
左目───────赤い『レティクル』が浮かび上がる。
「さぁドコにいるのかな……出てこいよ」
数km先まで見通すその眼。動く物体を、まるで時間が遅くなったかのように捉える眼。
しかし───────
「いねぇぞ……」
「あ?」
「誰もいねぇんだよ。このキッチンの中に……周囲数kmどころか数mも─────」
───────────ドゴォッ!!!
突然─────垣真の身体が、真下へ叩きつけられた。
衝撃、脳天から脚までを駆けていく。
「アがッ─────!!!!?」
「眼褄ッ!?」
垣真は肩から床へ激突、ゴロゴロと数回転する。何かに殴られた……それだけは分かる。
だが───────一体、誰に?
「クッソ……───────!!」
垣真は痛みに顔を歪めながら、すぐさま天井へ銃口を向ける。
────────何もいない。
白い天井、照明、換気口───────それだけ。
『見えない』敵……垣真は探すことに必死になる。
「なんなんだよコイツ、まさか『透明人間』か……!!」
透明人間が相手だと錯覚するほどの『奇襲』……。
ト壱は『外骨格の盾』を構えながら、上を見上げる。それでも、敵の姿は見当たらない───────見えない。
ト壱には見えない。『照準眼鏡』を使っている垣真にすら───────見えていない。
「眼褄! 立てるか!!」
「グァア─────の、脳震盪だ……脚に力が……」
ト壱は床へ倒れ込む垣真の元へ駆け寄ろうとする。タイル張りの床へバンッと足を踏み込んだ。
「ったく……世話の焼ける野郎だ」
突如、背後───────
「死ぬにはいい日だぞ。白骨 ト壱」
知らない男の声。ト壱はすぐさま振り返った。
───────────誰かが居る。ほんの数メートル後ろ。
身長、170cmはある。黒い服に黒い靴。
そして頭には、目元だけが開いた───────黒い『目出し帽』を被っている。
「テメェ……いつからそこに─────」
男は答えない。ただ、右腕をダラン────と床へ垂らす。
力が抜けている。それどころか、肩から先が妙に揺れていた。
ブラブラ……グニャリ……まるで骨など無いかのような軟体さを持っていた。
「……なんだ、その腕────気持ちわりぃな」
振り子時計のように左右に揺らすその腕は、柔らかく揺れている。
そして───────────バチィンッ!!!!
「……『蛇暴螺』───『蛇尾』!!」
男の肩が動いた。ト壱には、それしか見えなかった。
腕が『ムチ』のようにしなり───────振るわれる。
空気を切り裂く音───────否、切り裂くなどという生易しいものではない。
───────────スパァンッ!!!
空気そのものが破裂した。
「なッ─────!?」
ト壱は本能的に右腕へ意識を集中する。
『斬る』……あの攻撃を───────『刀』で受けようとする。
「斬れ!! 『一将万骨』!!」
グギッ────────────しかし、遅い。
「んがぁッ!!!!」
『外骨格の刀』が完成するより先に、男の腕がト壱の脇腹へ直撃した。
───────────ドゴォォォンッ!!!!
162cmの身体が、床から浮く。そしてそのまま───────厨房の調理台へ、勢いよく吹き飛ばされた。
体がくの字に叩きつけられたト壱。周囲に調理器具が散乱している。
「─────クソがッ!! アホみてぇに速い!!」
ト壱は男を見る。
黒づくめの男。また右腕をダランと垂らし、揺らしている。
「また同じ技を放つ」───────そう予感したト壱は、やっと完成した『外骨格の刀』を構える。
そして、立ち上がるや否や、一拍の間も置かずに『突進』する。
ダンッダンッと、その足音はイノシシのようである。
「その気色悪ィ腕、切り落としてやらァア!!!」
振り上げた『外骨格の刀』─────目の前の男へ向け、振り下ろす。
────────ブォン!!!
振り下ろされる『外骨格の刀』。しかし、黒づくめの男は避けない。防御の構えも取ることはない。
むしろ───────右腕を、振った。
「……『蛇暴螺』─────『蛇尾』!!」
バチィンッ────────!!!
男の右腕が、またも『ムチ』のようにしなる。先程と同じ────音速の一撃。
「同じ手ェ……何度も食らうかよ馬鹿野郎!!」
ト壱は振り下ろしていた『外骨格の刀』の軌道を、強引に『横薙ぎ』へと変える。
刀と腕……骨と肉。
二つが正面から───────────激突する。
──────────バギィィィィンッ!!!!
甲高い音─────────ト壱は一瞬、目を疑った。
肉の腕と骨の刀がぶつかった音ではない。
───────────『金属音』
男のムチのような右腕。その先端───────右手には、いつの間にか『肉切り包丁』が握られていた。
「な、包丁を持って……ッ!!」
厚みのある四角い刃。先程投げつけられた中華包丁よりも一回り大きく、肉どころか骨ごと叩き割るための重量がある。
それを───────音速で振っている。
「刃物を使うのは卑怯────そう言うまいね?」
グニャリ───────男は手首を捻る。
普通ならば有り得ない角度へ、右腕が曲がった。
「なんだ……その腕の動きは!!」
ト壱の『外骨格の刀』……その刃先ではなく────────刀身の『横』へ肉切り包丁が叩き込まれる。
「ギグァ───────!!!!!?」
バキン……という派手な音。黄ばんだ骨の刀が、中ほどからへし折れた。
砕けた『外骨格』は宙を舞い、白いタイルの床へカラン……カラカラ……と転がっていく。
しかし───────壊れたのは、ただの武器ではない。
「んぐッあ゛アぁァぁッ!! 中指がァ……!!」
ト壱は右手を押さえ、膝をつく。
ズキンッ……ズキンッ……と、刀が折れた箇所と同じ場所───────中指の奥から、骨を直接ノコギリで削られているような激痛が走る。
当然である……ト壱が形成する『外骨格』は、鉄でも石でもない───────────あくまで『骨』なのだ。
そして、人間の骨にも神経は通っている。身体から生え、身体と繋がった『外骨格』も例外ではなかった。
中指から刀の先端へと神経は伸びている。
そんなものが折られれば無論───────────痛い。
「い、痛ェ……骨の髄まで燃えるようだ……」
ト壱は痛みに歯を食い縛り、もう一度右腕へ力を込める。
「もっぺんだ……出ろ!! 『一将万骨』!!」
しかし────────何も起きない。
「オイ────出ろッ!!」
右腕を振る。ブンブンと、火のつかないライターのように乱暴に振るう。
「刀だ!! さっきのを出せッ!!!」
────────ググ……グギッ……。
中指の付け根から、小さく骨が盛り上がる……しかし───────そこで止まった。
「の、能力が……出ない!!」
焦りと痛み……そして、目の前の男に自分の『刀』をいとも簡単に折られた事実。
先程まで胸の中にあった戦意が、明らかに萎んでいる。
───────『テンション』……その言葉が、ト壱の頭を過った。
《能力発現には、能力者の『テンション』とか『意志』で発動のしやすさが変わったりするらしい》
「───────ッ」
食品エレベーターの上で聞いた、垣真の言葉。
あの時は「漫画みてぇだ」と思った。能力に名前を付けるだけで何が変わる────そう思いながらも、自分の能力へ『一将万骨』という名前を付けた。
だが……目の前の男は───────。
『蛇暴螺』─────『蛇尾』
能力だけじゃない……その『使い方』にまで────────名前を付けている。
ト壱は自分の右手を見た。
メリケンサック、刀……さっき咄嗟に生み出した盾。
今までト壱は、それらを出す度に───────『意志』だけで形を作っていた。
殴れと、斬れと、防げ……と。
──────その度に、身体は一から形を探している。
「……待てよ」
ト壱の眉が動いた。
『能力』そのものに名前を付けりゃ、『意志』を固められる。
だったら───────────その『形』にも名前を付ければ?
毎回『刀を出せ』と考える必要なんかない。
名前を一つ……その一言に───────『形』も、『用途』も、『攻撃の意志』も全部ブチ込んでしまえばいい。
イメージしたのは、『zipファイル』……全て情報を一つに『圧縮』してしまえばいい。
「…………そうか、そうだったんだな」
ト壱の口角が、僅かに上がった。難しい数学の問題を解いたかのような……そんな笑みを浮かべた。
「RPGでも『呪文』ってあったよな……唱えれば爆発したり回復したりよォ……」
「何? ─────何を言ってるんだ貴様……」
右腕を前へ……折れた刀の残骸が、ボロボロと床へ落ちていく。
ト壱は、男へ向けて中指を立てた。
「……『骨』……『斬る』───────骨で『刻む』……」
即興、その意味なんざ後付けでもいい。
大事なのは、この言葉を聞いた瞬間に───────自分の頭へ『あの刀』が浮かぶこと。
「───────決めた……今日からお前は……」
黒づくめの男、右腕をダラリと垂らしト壱を見ている。
「何を思いつこうが……死ぬまでの時間が伸びるだけだ」
ト壱の耳にその言葉は入らない───────ト壱は叫ぶ。
「『一将万骨』……『銘心鏤骨』─────!!!」
──────────グギギギギィンッ!!!!
先程とは明らかに違う。
グギグギと骨が形を探す時間が───────無い。
名前を口にした瞬間……右手の甲から中指の延長線上へ、黄ばんだ骨が一直線に伸びきった。
───────────『外骨格の刀』……抜刀。
「……速くなった?」
床へ膝をついていた垣真が、その変化を見逃さなかった。
ト壱自身も目を大きくを見開く。
「…………マジかよ、ホントに出来たぞ」
出来た……さっきまで、あれだけ出なかった刀が。
名前を一つ付けただけで───────ほとんど迷わず形になった。
「だったら───────!!」
もう一つ、左腕を前へ。
先程、中華包丁を防ぐため咄嗟に生み出した『亀の甲羅』……その形はもう、知っている。
目的も一つ───────────『防ぐ』こと。
「亀の甲羅……骨の『盾』……なら─────」
ト壱は一瞬だけ考え、叫ぶ。
「……『一将万骨』……『亀甲獣骨』!!!」
─────────ギギィィンッ!!!
左上腕部から、骨板が一斉に広がった。
先程のように一本一本絡み合い、形を探すような形成ではない。
初めから完成形を知っているかのように───────円形の盾が一息に完成する。
右腕には『刀』……左腕には『盾』──────ト壱は両腕を構えた。
その様はまるで『騎士』そのもの。
「……おいおい、マジかよおっさん」
垣真は痛む頭を押さえながら、思わず笑う。
「能力名を付けた方がいいとアドバイスしたが────────『武装ごと』に名前付けて、形成そのものをルーティン化しやがったのか?」
「知らん!! 思いつきだ!!」
垣真は、一瞬だけ言葉を失った。
普段は英語一つまともに覚えようともしない。作戦を説明すれば途中で分からなくなる。
───────人との雑談すら、十年ぶりでぎこちないオッサン。
なのに───────戦いになった途端。
自分が与えた一つの情報から、勝手に次の使い方まで導き出す。
「戦闘IQだけは、マジで高ぇな」
「……『だけ』は余計だ!!」
ト壱は怒鳴りながら、黒づくめの男へ刀を向けた。
男も再び、右腕をダラン───────と垂らす。
蛇のような腕……手には肉切り包丁。
対するト壱は───────────骨の刀と、骨の盾。
「さァてと─────」
ト壱はニィッと、歯を見せる。
『戦意』────────────復活。
『テンション』────────上がる。
「二回戦といこうじゃねぇか───────目出し帽野郎」
───────────反撃の狼煙が、今上がる。




