第十話【ねじ込まれる】
───────ト壱と垣真。二人は、床に倒れる太寛に近づいた。
その身体からはプスプスと、細い煙が立ち昇っている。
あの爆発に巻き込まれてもなお、まだ息がある。そのしぶとさに、ト壱は唖然とした。
「コイツ───アレでまだ生きてるとはな。まるで頭を切られても生きてる『蛇』だ」
「正確には、ありゃ『脊髄反射』だぜ白骨のおっさん」
太寛は二人の気配に気が付いたのか、壁に手をつきながらも身体を起こし始めた。
体力が無いのか、やっとの思いで片膝をつく。
「ハァ……ハァ……」と痛みに悶える息を吐きながら、タイル張りの冷たい床へ手を着いた。
「俺を──────殺せよ……白骨 ト壱」
太寛は捻り出したように声を出す。
爆発により飛んできたナイフやフォークが、太寛の腕や脚に突き刺さっている。
裂けた肉、腕を貫通したフォーク──────傷口から、鮮血がポタポタと床へ滴り続けている。
常人なら痛みのショックで気絶していてもおかしくない……しかし、太寛の意識は今のところしっかりとある。
「──────殺さねぇよ。 少し質問に答えてもらうぞ」
「殺せよ」という太寛の言葉に、ト壱は反応した。
ト壱は『外骨格』を解除した左手を、中指を立てる形で、太寛の顎の下に置く。
───────そして瀕死の太寛へ、脅すように話す。
「いいか……もし、マトモに答えなかったら、この中指から『外骨格の刀』が伸び、お前の頭を串刺しにするぞ。
─────これが本当の『FXXK YOU』だ」
ト壱はグッグッと中指で太寛の顎を押しながら、淡々と質問を投げる。
「1つ、お前らの『組織』について話してもらおうか」
太寛は「……ッチ」と舌打ちをすると、ト壱と垣真を見上げながら話し始める。
その目からは、もう『攻撃の意思』は感じられない。
「その答えは『知らねぇ』だ──────俺は『組織への忠誠心』を無理やりねじ込まれたような、ただの『兵士』に過ぎない」
ト壱は中指をさらに強く、グッと太寛の顎へ押しつけた。
「へぇ、口が堅ェな……自白っちまえばいいものを」
太寛は「何も分かってねぇな」と言わんばかりの目でト壱を見つめている。
「俺も、これから出会う他の『BONE』も……きっと組織について知らないだろう」
「なぜそう言い切れるんだクソ野郎……逃げか?」
「違う────覚えていたとしても、『記憶改ざん手術』によってほとんどの記憶を失うし、別の都合のいい記憶を植え付けられて終わるからな馬鹿野郎……だが─────」
太寛の目は先程よりも鋭く二人を捉える。
「この『組織』には支部があり、世界中に存在しているという噂はある─────もし本当なら、その中から本部を探すのはひと苦労だぞ」
「それじゃあ次だ」とト壱は次なる質問をする。
「2つ────他の『BONE』の能力について教えてもらおうか」
太寛は「ハァ……」とため息の後話し始める。
「それも俺は『知らねぇ』……何度も言わすな、俺は記憶を──────」
「──────じゃあ最後の質問だ。シラ切りやがって」
ト壱は太寛の言葉を遮った。
「俺たちに打ち込まれた『深緑の薬』は一体なんなんだ」
太寛の息は依然として荒く、そのまま淡々と話し続ける。
「それは木鼓に聞いた事がある。生物の持つ『進化』のスピードを加速、促進させるモノだそうだ」
「生物の─────進化だと?」
垣真は聞き返した。
『新規進化形生体』とは、文字通り本当に進化させるものなのか。
『BONE』自体、人間が強化された姿というのは理解していた。しかし、その現象の説明が『生物の進化』というのは些か理解できないのだ。
「生物の進化ってのは、何千何億という年数を経て起こるモノだ。そう易々とクスリで進化されてたまるか」
「いいかい、そこの若いの……黙って聞いてろ」
太寛は垣真の発言を無視して話し続ける。
「知ってると思うが、投与された生物……人間は、どこかしらの『身体機能』が向上、進化する────────というより、『突然変異を意図的に引き起こす』の方が正しいか」
ト壱は話を聞き終えると、太寛の顎から中指を外す。
そして考える。少しでも組織に詳しい仲間が、垣真以外にもいれば、どんなにいいことか。
『常人よりも多い関節』や『自由自在に動く腕』も、戦闘で優位に立てるかもしれない。
───────一か八か、ト壱は太寛に問いかける。
「─────なぁ……ウチと組まねぇか。一緒にそんな組織、ぶっ潰そうじゃねぇか」
「な────おっさんアンタ敵を仲間に勧誘って正気か!?」
垣真は仰天した。それも無理はない。
「ちょうど仲間が欲しかったところだ────────どうだ?」
太寛は、床に垂れる自分の血を一瞥した。
赤黒い血溜まり。 もう、立ち上がれる状態じゃない。
太寛は口角を上げ、笑った。
「……ハッ──────」
それは嘲笑でも、虚勢でもない……ただ、乾いた笑いだった。
「組む──────か……本当に43なのか疑うほど幼稚だ。俺より5個上だと言うのに」
太寛がそう呟くと───グニャリ……左肩が僅かに動く。
自分の身体へ引き寄せられる左手──────自らの『首筋』へと伸びる。
「おい─────お前何をッ!」
何をするかを察したト壱。突如叫ぶ。
しかし、太寛はもうト壱を見てはいない。
────────その視線は、虚空……まるで、誰か別の人物を見ているようだった。
「こうして戦ったヤツが『仲間』になるなら───────きっと素晴らしいことなんだろうな」
ギチチチチ──────太寛の指は、強烈に力が入れられ、もはや皮膚に食い込んでいる。
「忠誠か、死か──────組織からはそう『調教』されてたんでな」
太寛の喉が、「ング……」と僅かに鳴る。
ト壱は止めようとその左腕を掴むが、思い切り引っ張ってもビクともしない。
まるで太い『綱』を引き合っているような……そう思わせる力だった。
「ッ……それでも、まだ生きてけるだろ。 お前も俺たちと同じ──────」
「───────もう違ぇよ」
太寛は、はっきりと否定した。
「一度──────組織に忠誠心を『ねじ込まれた』のなら、お前らの仲間になろうと絶対に『裏切る』ぞ」
一瞬……ほんの、一瞬だけ──────太寛はト壱を見る。
「それにな─────俺はもう立てねぇ」
次の瞬間────────
────────────ゴキィィ……
音は、想像よりも小さかった。太寛は声すら上げなかった。
首が折られた太寛の身体は、ゆっくりと……前に倒れた。
ドサリ─────と。
これで終わりだ。 ト壱と垣真は動かない。
しばらくの間────────ただ立ち尽くしていた。
「なんてヤツだ────────」
ト壱はそれだけを、吐き捨てるように呟く。
その後ろ─────小さく、垣真が歯を噛み締める音がした。
誰も、太寛の死を『勝利』とは呼ばなかった。
床に倒れた男の身体。 その頭の中には最後まで────────組織からねじ込まれた『忠誠』が残っていた。
しかし───────ただひとつ。確かなのは……『組織』の残虐性。
人間を『兵士』にする方法を───────この男が、命で証明したという事だけだった。




