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第五話【監獄スナイプ】

 ジリリリリリィ──────────!!!!


 研究所の地下は、けたたましい警報音に呑み込まれていた。

 天井に突き刺さるパトランプの赤が、コンクリートの廊下を不規則に染め上げている。


 ダッダッダ─────と獣のような走る音。ト壱はそこを駆けていた。

 檻の中からする呻き声が聞こえようとも足を止めず、この迷路のような地下通路をひたすら走り続けている。

 目的は『自由』のため。しかし、ゴールは見えない。

 ────────ただ今は、迷いながらも突き進んでいる。


「ハァ……ったく、まるでダンジョンだなここは!」


 ト壱はボヤいた。10分ほど走っており、疲労が溜まっている。

 しかし、息が切れようと、ト壱は走ることをやめない。

「RPGの勇者になった気分だ」と、真っ赤な通路を進み続ける。

 振り返っては、追っ手が背後にいないかの確認をしつつ、檻の並ぶ通路を風のように走り抜ける。


「いつ誰とエンカウントしてもおかしくねぇよな」


 そして─────そう走ること……更に5分が経った頃。


 ト壱は突然、一つの檻が目に入る。

 その檻だけ、他のものより頑丈そうな素材になっている。

 太く、鉄棒間の隙間も狭い───明らかに『警戒』されている独房。

 ト壱はつい、近づいてしまう。

「どんな危ないヤツが収容されているのか」それが気になった。


 中を覗くと、長い髪を後ろで縛った、若い男が座っている。

 壁に背をもたれ、片膝に手を乗せた、20代ほどの人物。

 他の檻には暴れるヤツ、幻覚を見たようなヤツ、そして死んだようなヤツしか居なかった。

 しかし、コイツは違う……そう確信する『何か』が、ト壱は感じた。


「─────おい、アンタ……生きてんのか?」


 ト壱はつい声をかけてしまう。

 その他よりマトモそうな男は、ムクリと頭を上げ、コチラを睨む。

 男は、透き通るような声で反応した。


「死んだように見えたのかよ髭ダルマ────ここから逃げんのかよ」


 ト壱は頷く。「あぁ」と、相槌を打つ。

 それを聞くなり男は立ち上がり、スタスタと鉄格子の方へ近づいてきた。

 ト壱は警戒する。研究所側の人間かもしれないという疑念はあった。

 しかし、研究所の情報がほとんど無い現状である以上、何か知っているヤツがいれば聞き出すのも手だと考えていた。

 男は狭い鉄格子の間に顔を覗かせると、口を開く。


「ここから逃げんなら、俺を連れてかないか……? 俺は運ばれてる間に、見れるモンは全部覚えた。

 それに……幸か不幸か、俺に与えられたのは『逃げるのに適した』能力だ─────どうだい」


 ト壱は、男の言葉を即座に信じはしなかった。

 逃げるのに適した能力───そんな都合のいいモノを、こんな場所で簡単に口にする人間を無条件で信用できるほど……

 ──────────今のト壱は甘くない。


「……逃げるに適する、ねぇ」


 低く呟き、男の全身を見る。

 赤いレザージャケットのト壱と違い、オレンジ色の囚人服を着たその男の頭から脚までじっくりと。

 痩せすぎてもいない。怯えすぎてもいない。妙に落ち着いている。

 しかし、それが一番、不気味だった。


「───それで……」


 ト壱は、鉄格子から一歩距離を取る。

 腕を組み、追っ手が来ていないか、確認を取りながら。


「お前さんを連れて行って、他に俺にメリットはあるのか。

 もしお前さんが研究所の仕込みで、途中で研究員にチクられたら……洒落にならねぇ」


 男は一瞬、目を細めた。

「やっぱりな」と言いたげな顔で、言葉を返す。


「んま、信用できねぇのは当然だワな」


 声は静かだった。

 この状況で、無理に取り繕う様子がない。

 冷静。沈着。まるで前職は探偵でしたと言わんばかりの、雰囲気がその男にあった。


「でもよ、知ってると思うが、ここに残ったら俺達は───『記憶改ざん手術』されるんだぜ。

 俺達の記憶から、生まれも育ちも、自分を証明できる記憶は消される。そして、この『組織』の都合のいい記憶と、生物兵器としての記憶が埋め込まれる」


 ト壱は、無言で視線を逸らす──────。

 男は話し続けた。訴えにも聞こえる。


「俺はまだその手術はされてないハズ……ってことは、マトモな記憶が残ってる証拠だ。じゃなきゃ、このブッてぇ檻に入れられはしないだろ?」


「何故、手術されていないとわかるんだ」


 男は呆れた様子で返す。


「ハァ────俺は『眼褄(めづま) 垣真(かいま)』……27歳。

 群馬県沼田市出身。ここに来る前は陸上自衛隊だった。レンジャー課程も経験済み、階級は2尉。

 被災地の支援で駆り出された後、『組織』の連中に連れ去られてこのザマだ」


 男が、異様に頑丈な鉄格子を指で軽く叩く。

 ゴンッ────という、人でも殺せるような鈍い音。


「逃げるのを手伝ってやるが……このままじゃ、逃げられるのも時間の問題だな」


 一拍、間を置き───垣真と名乗るその男は、ト壱を真っ直ぐ見た。

 救世主でも見るかのように、眼差しは明るい。


「アンタが騒ぎを起こした。 警報が鳴った─────つまり、研究所は今、余裕がない」


 その言葉に、ト壱の眉がわずかに動く。


「────続けろ」


 垣真は、口の端を少しだけ上げた。ニヤリと、何かコマが一つ揃ったかのような、策略家の笑み。


「地下15階から地上まで、上がる手段は二系統。一つはこの通路を戻って、三つ目の分岐を左。他の研究員も使うモノだからオススメはしない。

 んで、もう一つは嫌がると思うが─────」


 そこで、男は突然言葉を切った。

 その理由は、遠くから聞こえる音にある。


 ────────ダッ……ダッ……ダッ……。


 靴音。それも複数。警報に紛れても分かる、明確な足音。

 ト壱は即座に振り返り、通路の奥を見る。

 黒い人影……それだけはハッキリとしている。


「ッチ……しつけぇな」


 研究員……三人以上はいる。ホルスターの金属音も、かすかに混じっている。

 ト壱は、男を睨んだ。


「ご都合主義やしねぇか。まさか、お前が呼んだんじゃねぇよな」


 垣真は、鉄格子の中で、ゆっくりと右手を持ち上げた。


「────だから言っただろ。ほら、俺をさっさと出してくれ。信用を得るには……『魅せる』しかねぇ」


 男はそう、淡々と話す。鉄格子に手をかけ、痺れを切らしたように貧乏ゆすりを始める。

 靴音は確実に、段々と近づいてくる。ト壱がこうも迷っている内に、危機は迫っている。

 怒鳴り声──────研究員の、複数の声が耳に入る。


「居たぞ!!」

「止まれ!!!  そこの赤いBONE(ボーン)!!!」


 ト壱は舌打ちし、小さく息を吐いた。

 選択を余儀なくされている。時間にも、追っ手にも追われている。


「──────チッ。時間切れか」


 男は鉄格子の向こうで、肩をすくめる。「早くしろよ」と言わんばかりに急かし始める。


「そういうこった。ここでモタついてりゃ、アンタも俺も─────────記憶を持たない木偶の坊だ」


 ト壱は一歩、檻に近づいた。しかし、すぐには壊さない。

『外骨格』は、まだ出さない。ただ、低い声で告げる。それはほぼ、脅迫にも近い。


「……ナニも勘違いすんなよ」


 垣真の目が、わずかに細まる。しかし、その目は『やる気』に満ちていた。


「お前を助けるんじゃねぇ。マジで『脱出の鍵になるか』……それを今から判断する」


 垣真は笑った。胸を張り、「上等だ」と一言だけ発する。


 ト壱は、以前のように『メリケンサック』のような外骨格を、右手の指に纏い始める。

 グキグキと骨の擦れる音。物騒なほど、トゲトゲしい見た目。

『外骨格』の高い硬度、それを活かし、太い鉄格子を─────殴りつける。


「オラァ──────!!!」


 拳は風を切り、鉄格子とぶつかれば金属音を響かせる。



 ────────ガコンッ!!



 瞬間、あれほど太かった鉄格子はひん曲がり、いとも容易く隙間が空いた。

 垣真は微笑みながら、身体を乗り出して檻の外へ。


「すげぇパンチだな、感謝するぜ……髭のおっさん。それと、そのジャケットに入ってる拳銃、俺にくれないか」


 ト壱は驚く。


「何故、俺が拳銃を持ってるとわかった」


 垣真は、得意げな表情で話した。


「まぁ────身体の重心とか、ジャケットが右に沈んでたりとか、何かを入れている立ち方とか……色々『見えた』からな」


 ト壱は、渋々拳銃を取り出すと、それを垣真に手渡した。


「アリガトよ、おっさん。何処から拳銃を持ってきたかは聞かないでおくよ」


 垣真は、拳銃をいじりながら、こちらへ走る研究員を一瞥する。


「────ほう、『ニュートウブ』か。自衛隊の頃はお目にかかったことがないがね。警察や麻薬取締部(マトリ)が使う、5発装填のリボルバーだな。

 来てる研究員は三人……余裕だな」


 垣真はリボルバーのシリンダーをカチャッとしまうと、研究員の方へ向け構える。

 フゥー……と息を吐き、右目を瞑る。


「───狙い……定めて……『照準眼鏡(ザ・スコープ)』!!!」


 瞬間、垣真の左目が赤く光った。

 左目、瞳孔。そこに赤い十字──────『レティクル』の刻印が出現した。

 その左目を通して見える視界、それはまるで『FPSゲームのプレイ画面』の様に、中心のレティクルを通して研究員を見ている状態である。

 垣真は研究員の一人へ向け、引き金を引いた。

 撃鉄が叩く。火薬が炸裂し、黄金の弾丸は銃口から射出される。



 ───────パンッ!!



 乾いた破裂音。一発の弾丸、それは通路奥まで進み─────走ってきた研究員の一人が、急に喉を押さえて崩れ落ちた。


「なッ───────ッ!?」


 残った足音が、慌てて停止される。

 一人の死亡を見た他の研究員は、一目散に逃げていく。

 まるで人の死を初めて見たかのような、そんな反応。


「あ、アイツ、殺しやがった!!!!」

「に、逃げろ──────!!!!」


 しかし、垣真は逃がさない。

 奥へ向けて走る二人の研究員。バタバタと、慌ただしく動く二人の脚。

 垣真の左目には、その乱雑に動く脚が『スローモーション』に見えていた。

 ぬったりと送られていくその脚が重なるその瞬間。



 ───────パンッ!!



 垣真はさらにもう一発弾丸を放つ。

 一直線に突き進むそれは、二人の脚が重なった地点へ命中。研究員が同時にドサリと倒れ込んだ。


「あ、脚がぁぁあ!!!」

「うぐぉあ───────!!!!」


 ト壱の目が、僅かに見開かれる。

 目の前で起きた光景。たった二発で、三人を鎮圧させる射撃スキル。

 一人を殺すことで、他二人の静止。さらには、二人の脚を同時に撃ち抜き倒す。

 ト壱は理解した。コイツは─────『使える』と。


「お前の能力って……ソイツは一体……」


 垣真は拳銃を下ろすと、淡々と答えた。


「見ての通りだ。俺の能力『照準眼鏡(ザ・スコープ)』は、シンプルに『自分の視力を強化する』能力。

 測ったことはねぇが数km先まで見える視力と、時間がゆっくりになったと思うほどスローモーションに見える動体視力。そういう能力だ」


 垣真は拳銃を自分のポケットにしまう。


「まぁ、その動体視力に身体が着いてこられるかはわからん。あくまで『見て、理解できる』だけで、俺が速くなったわけじゃないからな」


 ト壱は数秒、黙っていた。

 そして、ゆっくりと、ひん曲がった檻の鉄格子に肘をかける。


「そんじゃあ条件がある」


 両腕を組み、垣真は頷く。


「裏切ったら──────お前を殺すぞ」


 一瞬の沈黙。垣真は、はっきりと笑った。

 無邪気な笑顔。先程の慌てたような表情はもう無い。


「ハハハ……信用されてねぇな」


 ト壱は改めて男を観察する。

 垣真の身長は175cmと言ったところだろうか。ト壱より背が高い。

 少しコンプレックスを抱きながらも、ト壱は男の背中を叩く。


「名乗ってなかったな────俺は白骨(しらぼね) ト壱(といち)……元ヤーさんだ。よろしくな」


 垣真は胸を張り、腕を広げ言い放つ。


「よろしくな白骨のおっさん。まぁ、手の傷や顔から『暴力』と縁のある人物だとは思ってたがね」


 ──────────警報の赤の中。二人のBONE (ボーン)は、同じ通路に立った。


「行くぞ」と、ト壱が言う。彼の心に、少しばかり余裕が出来たような気がした。


「地上までの道、案内しろ。眼褄」


 ぶっきらぼうなその言葉に、垣真は返す。


「ああ。出口なら─────『見えた』からな」

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