第四話【鋭い中指】
───────バゴォォオオオオン!!!!!
地下15階に、とても人間同士が出したとは思えない衝突音が鳴り響く。
白骨の拳と、赤く膨れ上がった拳。 互いの右拳が真正面からぶつかり合い、二人の足元に細かなヒビが走った。
「グホァ─────!!」
ト壱の右肩が大きく後ろへ弾かれる。 骨のメリケンサックが衝撃を受け止めているとはいえ、その内側まで痛みが消えたワケではない。 肩の骨が抜けそうなほどの衝撃が、右腕を真っ直ぐ駆け抜ける。
しかし─────吹き飛ばされたのは、ト壱だけではなかった。
伊助の身体もまた、ズザザザッ───と床を滑る。 靴底を擦りながら数メートル後退し、鉄格子へ片手をついてようやく止まった。
伊助は自分の右手を見る。
血液を大量に送り込み、タイヤのように膨れ上がっていた拳。 その拳の皮膚が、四本の線を描くように裂けていた。
ツー……と、赤黒い血が一本の線を描いて垂れる。
「ハハッ──アッハハハハハハハハ!!!!」
伊助は笑っている。殴られて。 傷をつけられて。
それでも、伊助は腹を抱えるように笑っていた。
「最高ですヨ白骨さん!! 投与されてまだ数分……それなのに、もう私の出力に食らいついて来るとは!!!」
ト壱は右腕をブラブラと、振り子のように揺らす。
「こちとら今、自分の手ェから骨が生えてる状況に戸惑ってんだ。ジジイの感想聞いてる余裕なんざサラサラねぇんだよ。」
指の付け根から突き出した黄ばんだ白骨は、拳を守るように覆い、先端だけが短く尖っている。 感覚は、まるで本当にメリケンサックを装着しているようだった。
「こんな身体にしたツケ─────テメェの血で償えや」
伊助は自分の裂けた拳を眺めながら、恍惚とした表情で話を続けた。
「なるほど……感情による出力変化。それとも生存本能による、無意識下での形状変化? いや、単純な闘争心によって形成された可能性も─────」
「寝言は寝てからでも間に合うぞ」
ト壱が構える。左拳を前へ。 骨に覆われた右拳を頬の横まで引く。
そして右脚を一歩、前へ。
「俺ァ、マトモに勉強などしてこなかった。だが、『勘』だけはいつでも冴えていた。だから、俺ならやれると確信している」
床を蹴った。
「使い方は─────テメェを殴りながら覚えることにするワ!!!」
一気に間合いを詰める──────狙うは一点、顔面のみ。
今度は大振りではない。 長年の喧嘩で身体に染みついた、短く、速い左のジャブ。
あらゆる格闘技において、プロ相手でもジャブは『当たる』技。
骨の拳が伊助の尖った鼻へ迫る。
だが─────。
「威勢のいい事ですネ」
伊助の両脚が、ボコボコッ───と赤く膨れ上がった。
その脚はもはや人間のものではない。まるでカエルやカンガルーのような、あの太い脚を連想させる。
「そういう野蛮な学習方法も─────タマにはアリデスネ」
瞬間、ト壱の目の前から、伊助の姿が消える。
ト壱の放つジャブは、ただ空を殴るだけ。
────直後。背後から、あの鼻に掛かった伊助の声がした。
「でもまだ遅いデスヨ」
ト壱の背筋に、10年経とうとも忘れたことのない感覚が走った。
まるで背中を冷たいナイフが舐めたような、今まで幾度も味わった『殺気』……振り返るより先に、ト壱は頭を下げる。
──────ブォンッ!!!!
赤く膨れ上がった伊助のハイキックが、ト壱の頭上を薙ぎ払った。
弧を描く赤い残像、それは風を切ってト壱の後方へと消える。
ト壱は左へ身体を捻る。『骨のメリケンサック』を装備した右拳を、背後へ向けて繰り出す。
後ろに標的がいると分かれば、そこへ叩き込むのみ。
「────沈めやクソジジイ!!!!」
180度回転して放たれる、特に大振りな右フック。
迫り来る拳、しかし伊助は避けなかった。
伊助自身も、赤く膨張した右拳でフックを放ち、相打ちさせた。
防御、回避、伊助の頭にそれは無い。この目の前にいる『兵器』を『愛でたい』のだ。
拳を付き合わせ、力が拮抗する両者。
互いが互いに傷つけることを目的とし、傷つけられることを拒む『大喧嘩』───────。
鉄格子の中は、二人の荒い息と、サウナのような熱気に包まれていた。
(チクショ───いくら殴ろうとしても、避けられては相打ちされる……もしこのまま殴りあっても、ラチがあかんぞ)
ト壱は、突き出した右拳を左へずらし、伊助の横へ回り込む。
当然、伊助もそれを追う。 赤く膨れ上がった右腕を引き戻し、再びト壱へ向けて振りかぶった。
「このシャバ僧めガ─────ッッ!!!」
(……またその腕か)
ト壱の視線が、迫り来る伊助の右腕を捉えた。
皮膚の下で脈打つ、浮き上がるほど太い血管。 殴るたび、蹴るたび、あの腕は膨らむ。
拳を合わせればこちらまで弾かれる。骨で覆った拳でさえ、完全には押し切れなかった。
(殴ってダメなら──────)
ト壱の心────そこへ注がれる『殺意』
先程よりも強く、熱く、感情は沸き立つ。
それに答えるように、『骨のメリケンサック』がピシッと軋んだ。
(あの腕ごと─────ブッた斬れりゃあ勝てる)
──────ピキキ……メキッ。
右手に、先程とは違う感覚が走る。
『骨のメリケンサック』──────アレが出現した時も、無意識に感じていた。
再び右手へ瞬間、変化が起きる。
────────メキメキ……バキバキィ!!!!!
ト壱の右手が、メリケンサックとは違う形状へ変形し始める。
手の甲から中指にかけて、骨が盛り上がり、伸び、歪みながら形成されていく。
『中指』の延長線上へ向け、異形の『外骨格』が長く伸びていく。
長さ────およそ50cm。刀に似てはいるが、刃文も鍔も無い。
荒削りな表面。まるで象牙のような黄ばんだ骨の質感。
そして──────無機質な殺意。
『外骨格の刀』───────殺意に満ちた攻撃の表れ。
ト壱のその異形な右手。伊助は振りかぶっていた右腕を、接触ギリギリでピタリと止めた。
殴ることすら忘れたように、その目は大きく見開いている。
ト壱の右手。 そこから伸びる白骨の刃。
刃と呼ぶには、あまりにも生々しく、生物的な代物。しかし、その先端だけは鋭かった。
黄ばんだ蛍光灯を反射する細い光が、刃先をスゥー……ッと走る。
伊助の口が、ゆっくりと開かれる。
両手を頬へ添えたかと思えば、伊助は子供のように身体を震わせた。
昂る感情、抑えきれない好奇心。それらを顔に表し笑う。
「ハ……ハハッ……ハハハハハハハハハ────!!!! 素晴らしい!!! ナンという事でショー!! 同一の能力で形状まで変化させる!! 拳を覆うだけではなイイ!! 用途によって形を変える『外骨格』!!
イヤ、『外骨格』だから出来るのデスネ!! 体内の骨の形状を変えられる能力があるとしても、これほど自由に変形は無理でショー!!!!」
ト壱も、静かに自分の『外骨格の刀』を眺めている。
「白骨さん!! もう一回!! もう一回見せてくだサイ!! その刀はどういう硬度なんです!? 何処まで伸びる!? 形は自由自在!? 骨密度は!? 生成した『外骨格』は切り離しても残るんですカ!?」
ト壱は黙ったまま、右腕を軽く振る。
ブォンッ──────空気を裂く音。
まだ重さにも慣れていない。 それでも、自分の腕の延長として振れる。 握る必要すらない。手から生えているのだから、落とす心配もない。
手から離れることのない、刀の弱点を克服した理想の武器である。
「さっきからベラベラと……うるせぇんだよなテメェ」
ト壱はフッと鼻を鳴らす。同時に、刀の先端を伊助へ突き刺すように向け、構える。
「俺も初めて見たんだ。使い方なんざ知るワケねぇだろ。生えたんだぞ手からコレ。ワケ分からん」
「イヤ──────それが良いんですヨォ!!!」
伊助は身体を反り、天井へ向け叫んだ。
「分からないから良い……知らないから解剖する……予測できないから実験する……!!! その先にある『実験結果』を見る瞬間こそが、研究者の─────」
「はいはい立派だ立派だ」
ト壱の棒読みが、伊助の言葉を遮る。
「墓石にでも書いといてやるよ」
伊助の歓喜の笑顔が、一瞬だけ止まった。
突如、墓石の話題を持ち出すト壱に理解が出来なかった。
「────墓石?」
「死んだ後に立てるヤツだぜ。知らねぇのか博士のクセに。
海外じゃ、死んだヤツへのメッセージを刻むそうだぜ。『墓碑銘』ってヤツさ」
ト壱は口元を歪める。そして睨みつける。
「名前ぐらいは覚えといてやる。脳の片隅のタンスの隙間にな……」
その言葉に、伊助の頬がピクリと動いた。
さっきまで歓喜に震えていた目から、ほんの僅かに温度が消える。
「ククク……。」と伊助は俯き、肩を揺らす。
「いいでしょう──────ならば実験です!!」
両脚へ血液が集まる。
ボコッボコボコボコッ──────!!!
ズボンが張り裂けんばかりに太腿が膨れ、老人の脚とは思えない巨大な筋肉が形作られる。
そして右腕。そこへも、今まで以上の血液が送り込まれていく。
まるで腕の内部に心臓があるように、太い血管が脈打った。
「そのイビツな刃が─────私の最大出力を上回るか!!」
握られる右拳、皮膚が赤を通り越し、黒ずんだ赤へ変わっていく。
まるで壊死した皮膚のような、怪奇的な発色をしている。
「試してみましょうカァァァァ!!!!」
ドンッ───────ト壱の目には一瞬、コンクリートの床が、波打ったように見えた。
伊助が飛び出す。
速い─────先程よりも、更に。
対して、ト壱は右腕の刀を構えている。真正面から伊助の巨腕が迫る。
刀で受けるか。 斬るか……そう考えた瞬間─────ト壱の脳裏へ、昔の光景が過ぎった。
新宿の狭い路地にて、 5、6人に囲まれたあの夜のこと。 ビール瓶や鉄パイプに包丁……なんでもござれな、あの戦場。
まともに一対一で殴り合った覚えなど、ほとんど無い。
喧嘩にルールなんて無かった。
砂利を投げ…… 椅子を蹴って……酒瓶を割って…… 消火器をぶち撒けて……。
目的はただ一つ───────勝ちゃあいい。生き残ればいい。
そんな修羅場で生きてきた。
「あぁ───何年経っても変わらないんだよ。喧嘩のセオリーは」
ト壱は一歩、シュッと横へ跳ぶ。
伊助の巨拳が空を切るが、避けるために跳んだのではない。
─────そのままト壱は、先程まで自分が縛り付けられていたベッドへ駆け寄った。
忌々しいベッド。そこに敷かれている、白いシーツ。
ト壱は左手で端を掴んでは、ブチッ───っと、シーツを力任せに引き剥がす。
「昔っからこういう時ァ─────使えるモンはなんでも使うのが、教科書通りだったんだよ!!!」
ト壱は投網の様に、シーツを大きく広げる。
すると、バサァッ────っと、白い布が、伊助の眼前いっぱいに広がった。
「オワッ─────!?」
視界が白一色に染まり、物理的にト壱の姿が消えた。
伊助は反射的に右拳を振るう。その拳は、シーツを突き破った。
ビリリリと布が裂ける────だが、そこにト壱はいない。
「何処ダ─────!?」
伊助が顔へ張りついた布を、左手で払い除けた───────その刹那。
「────どこ見てんだよボケ老人」
右側、すぐ横から声がした。
伊助がバッと振り向くと────そこには、腰を落としたト壱。
右腕から伸びた『外骨格の刀』を、まるで『居合切り』の如く、低く構えている。
「その程度の刀で、私の腕は──────」
ダッ────っと、ト壱は踏み込んだ。
横薙ぎに一閃。刀を振る技術など知らない。
剣道も居合道も、ましてや日本刀の握り方すら知らない。
伊助の腕を、一本の棒だと見立てていた。
それを─────横からブッ叩く。ただそれだけ。
──────────ブォオンッ───。
黄ばんだ骨の刃が、冷たく走る。
伊助は咄嗟に、血液を集中させた右腕を盾にした。
しかし──────ト壱の骨刃は、止まらない。
赤黒く膨れ上がった皮膚から筋肉、血管、骨……。
その全てを、横一文字に断ち切った。
刹那の出来事。何も起きなかったように見えた。
伊助も、腕を構えたまま動かない。
ト壱も、刀を振り切った姿勢のまま止まっている。
そして────────ボトッ。
何かが床へ落ちた。
その正体、それは太く膨れ上がった─────伊助の右腕。
伊助は静かに、自分の右肩へ視線を移す。
肘より遥か上。 二の腕の付け根に近い部分から先が、『無い』のだ。
再び床に落ちた腕に目をやれば、それはまだドクン……ドクン……と痙攣していた。
ト壱は、伊助が苦痛に悶えるかと思っていた。
しかし、伊助の口元は持ち上がる。しぶとく、満面の笑みをこちらへ見せてくる。
「ハハ……ハハハハ……こんな腕の一本や二本──────」
伊助は左手を切断面へ伸ばした。これ以上出血しないようにと、圧迫をしようと企んでいる。
「こんなモノ……血液量を操る『血液製造局』があれば─────」
その瞬間だった。
───────ブシャァァァァァァァァァァァァ!!!!!!
凄まじい量の血液が、切断面から一直線に噴き出した。
常人が腕を切られたとて、ここまでの出血は無いだろう。
赤黒い液体が壁へ叩きつけられ、コンクリート一面を塗り潰す。
ト壱は思わず半歩退く。
「うぉ、久々に見たな……こんな大量出血」
深紅の血一色。
床へ落ちるなどという量ではない。 ホースの先端を指で潰したような勢いで、伊助の身体から血液が飛び続ける。
「ナゼダ……ナゼ血が止まらない!!!」
伊助は自分の肩を左手で押さえる。しかし、その指の隙間からも、止めどなく血が溢れた。
決壊したダムの如く、ビチャビチャと音を上げている。
伊助の顔から笑みが消える。
自身の能力を使い、止血を試みている。
「止まれ……止まれ止まれ止まれ止まレ!!!」
しかし─────つい数秒前まで、伊助はト壱の骨刃へ対抗するために『最大出力』で右腕へ血液を集中させていた。
造られた血を送り、膨らませる……ホースで水風船を作るように、自分で増幅させ続けた大量の血液。
その出口だった腕が─────突然、無くなった。
「止マレェェェェェ!!!!」
ブシュッ!! ──────ブシャァア────────!!!
脈拍に合わせて血が吹き出し、伊助の白衣は瞬く間に真っ赤に染まった。
ト壱は眺めるだけ、何も言わない。
それとは対照的に、伊助の膝は震え、声が漏れ出ていく。
「私は……血液量……血液を……私は……」
言葉が途切れ途切れに続く。
伊助の顔色から、みるみる赤みが消え、唇が紫色へ変わる。
「白骨……さん……」
伊助はよろめき、ガシャン────と鉄格子へ背中を預け、肩で息をしている。
「私……の方が、能力を上手く……使えてたはずですよネ」
ト壱は骨の刀を下げた。
「知るかよ。喧嘩はいつだって、最後に倒れたヤツが負けだ」
「私は……もっと……作らなければ……もっと……『BONE』を……」
伊助の左手が、何かを掴もうとするように伸びるが、そこには何も無い。
伊助だけが見える、何かを目指し真っ直ぐと伸ばしている。
ドクドクと流れていた血液は段々と量を減らし、ついに───────ドスン……と、伊助は仰向けに倒れた
伊助の首が後ろへ落ち、それ以上、動かなかった。
「…………死んだか」
ト壱は鼻から長く息を吐いた。
右手を見れば、『外骨格の刀』……床を見れば、切り落とされた伊助の腕。
最後に前を見れば、そこには動かなくなった老人。
ト壱は少しだけ眉間に皺を寄せた。
久しぶりのシャバでタバコ一本吸って。
電車に乗って。 山道を歩いて。更生施設へ来ただけだった。
出所日の、まだ午前中である
「なんで─────こうなるんだよ」
誰に言うでもなく、そう呟いたその時。
──────バタンッ!!!
鉄扉が勢いよく開いた。
「所長!! 木鼓所長!!!」
白衣を着た男が一人。駆け込んでくるや、床に倒れた伊助を見て立ち止まる。
次に視線は、床へ落ちた右腕へ移る。
そして最後に、手から刀の生えた、血塗れのト壱。
白衣の男は、現場を一瞥しただけで状況を理解した。
「ヒィッ……!!!」
白衣の男は腰へ手を伸ばす。
黒いリボルバー拳銃。それを素早く、革製ホルスターから引き抜く。
「う、動くな!!」
銃口がト壱へ向く。
「両手を上げろ!! 今……すぐにだ!!!」
ト壱は男を見る。トリガーに指をかけるその手が震えていた。
カタカタと銃口が上下する。構え方も酷い。
脚は引けて、目は泳いでいる。 ただ指だけが、引き金へ掛かっていた。
(銃……撃ったことねぇな、コイツ。恐らくタダの『護身用』で持っているだけと見た)
ト壱は一歩、足を踏み出す。
「く、来るな!!!」
もう一歩。
「来るなって言ってんだろ!!!」
白衣の男の声が裏返る。
恐れおののく男を前に、ト壱の歩は止まらない。
「撃つぞ!! 本当に撃つからな!!!」
「──────撃てよ。撃てんならな」
ト壱が睨む。
血走った目。
口元には乾き始めた血。
右腕からは50cmの骨刃。
──────その背後には、腕を失って死んだ研究所長。
「俺ァよ、頭ァブン殴られて─────ワケ分かんねぇ薬打たれて─────手から骨まで生えてきやがった。その上で、やっと一匹終わらせたトコだ」
一歩、ト壱が進むと同時に、白衣の男も後退する。
「撃つなら撃てよ。だが──────」
ト壱の顔から笑みが消え、そして──────怒鳴った。
「───────外したらテメェも殺すぞマヌケがァァァアア!!!!!!」
白衣の男の肩が跳ねた。
ガシャン──────と、握られていた拳銃が床へ落ちる。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」
一目散に、伊助に近づくこともなく踵を返した。
バタバタバタバタ─────と慌ただしく、白衣を翻し廊下の奥へ消えていく。
ト壱は床に落ちた拳銃を見る。
ヤクザ人生、飽きるほど見てきた拳銃。ト壱はそれを拾い上げる。
「懐かしいな。この重さ。何かに使えっかもな」
ト壱は拳銃を懐へしまうと、鉄格子から廊下へ一歩踏み出した。
一歩、また一歩と、湿ったコンクリートの床に、血の足跡が残っていく。
ここが何処なのか。 出口は何処なのか。 『我ら』とは誰なのか。
伊助と出会ってから何一つ分かっていない。
分かっていることは、たった一つ。
「まず─────ここから出る」
ト壱は骨の刀をぶら下げたまま、地下15階の薄暗い廊下を進んでいく。
真っ当に生きるための『更生施設』。
その最深部を───────血塗れの男が、一人歩いていた。




