第二十二話【覆われた男 Part3】
──────────ギャキィィィィンッ!!!!
空中、垣真の顔面────────その僅か手前。
『トレカヴ』から放たれた一発の弾丸と、鱗太郎の右腕から飛ばされた『飛魚鱗』が真正面から衝突し、甲高い金属音と共に互いが別々の方向へ弾け飛んだ。
「うぉあッ──────!!!」
垣真は思わず顔を僅かに背ける。
弾丸に弾かれた黒い鱗がクルクルッ───────と回転しながら床へ落ち、カランッ……と音を立てた。
顔面まで残り数十cm。もし弾丸が数cmでもズレていれば、あの硬い鱗はそのまま垣真の眉間か眼球へと突き刺さっていただろう。
「ハァッ……ハァッ───────危ねぇな……」
垣真は『トレカヴ』の銃口を上げたまま、その額から流れ落ちる汗を拭うことすらしない。
赤く発光した左目───────『照準眼鏡』が無ければ、今の芸当など絶対に不可能だった。
高速で回転しながら飛んでくる数cm程度の物体、その中心目掛けて拳銃弾をぶつけるなど、普通なら狙って出来るようなものではない。
「クッハッハッハ───────!!!」
一方、鱗太郎は────────笑っていた。
「何が──────おかしい……」
「いやァ〜……大した眼だなァと思ってよ」
黒い鱗に覆われた右腕を軽く振りながら、鱗太郎はニヤニヤと口角を持ち上げる。
「見直したぜクソガキ。飛んでくる鱗に弾丸当てるなんざ、常人じゃできねぇ……だがな───────」
鱗太郎の右腕を覆う鱗。
その一枚一枚が────────再びピシッ……ピシッ……と僅かに逆立ち始めた。
「たかが『一発』防いだくらいで───────死を免れたワケじゃねぇぞ!!!」
鱗太郎が右腕をブォン──────と、横へ大きく振り抜く。
「もう一回だ──────『飛魚鱗』!!!」
シュバッ─────── 一枚。黒い鱗が、再び高速回転しながら垣真へ。
「またかよ──────!!!」
しかし今度は、それだけではない。
振り抜いた右腕を逆方向へ振り抜き、その勢いのまま二度目。
シュバッ───────二枚目の鱗が飛ぶ。
「一枚じゃ──────満足しねぇだろ?」
さらに────────左腕を振り抜く。
シュバッ───────三枚目。
「三枚だと───────!!?」
計三枚。大きさはどれも掌より小さい程度。しかし硬さは、先程銃弾と真正面から衝突しても粉々にならなかったほど。
そんな鱗が、それぞれ僅かに違う高さ、違う角度から────────垣真目掛けて一直線に迫ってくる。
「今度は防げるかな──────クソガキ!!!」
垣真の左目が────────見開かれる。
『照準眼鏡』……世界が────────再び、遅く見える。
一枚目。左側、垣真の肩付近へ向かう軌道。
二枚目。顔面────────頬から首元。
三枚目。少し低い。左腕、その手元付近。
三枚の黒い鱗、それぞれが高速回転しているにも関わらず、垣真の眼には一枚一枚、その縁の形まで見えている。
(あれをまた撃ち落とすか────────否、弾が勿体ねぇか)
何発残っているかも分からない『トレカヴ』。先程一発使っている。
さらに一枚ずつ鱗を撃ち落とすためだけに三発使えば、それだけで弾丸が無くなる可能性すらある。
「だったら───────イチカバチか、避ける!!」
一枚目に対し、垣真は身体を────────右へ。
黒い鱗が左肩、その袖を僅かに掠めながら後方へ飛んでいく。
布地がスパッ───────と浅く切れ、青いパーカーの表面が裂けた。
二枚目。垣真は首を────────左へ。
鼻先から僅か数cm。
高速回転する鱗が、その風圧だけを顔へ残して横を通過する。
(二枚目までは避けたぞ───────!!!)
ギリギリの回避。残る────────三枚目。
その軌道は低い。垣真は反射的に左腕を引こうとする。
だが────────間に合わない。
ガギィン──────────ッ!!!
三枚目の『飛魚鱗』が────────左手へ命中するが、何かに防がれる。
垣真が握っていた五連発式リボルバー────────『ニュートウブ』である。
「うおッ───────!!」
衝撃で左腕が大きく後方へ弾かれる。
硬質な鱗、その鋭い先端が『ニュートウブ』の中央部へ深く食い込み────────回転式弾倉、いわゆる『シリンダー』部分へ突き刺さっていた。
「じ、銃が──────!!!」
垣真は慌てて銃を見る。
黒い鱗がシリンダーと本体の間へ、まるで鉄板を打ち込まれたかのように深々と噛み込んでいる。
無理矢理指で動かそうとするが────────動かない。
回らない。シリンダーは完全に固定。
それどころか鱗が衝突した勢いで金属そのものが僅かに歪み、銃身との位置までズレているのが分かる。
残弾──────── 一発。
先程まで確かにそこに入っていた、最後の一発。
しかし、弾丸が残っていようが関係ない。
シリンダーが回らず、撃鉄の位置へ弾薬を送れない以上、この『ニュートウブ』は────────ただの鉄の塊。
「ハッハッハッハ───────!!!」
鱗太郎が腹を抱えるように笑う。
「一丁上がりってヤツだ。無論、二丁拳銃だろうが俺は負けねぇがな」
垣真は壊れた『ニュートウブ』を左手に持ったまま、右手の『トレカヴ』を見る。
その残弾、今度こそ確認しなければならない。
左手の『ニュートウブ』が死んだ以上────────この一丁だけが、垣真に残されたまともな武器。
『トレカヴ』のマガジンを素早く抜く。
カチャッ──────── 一瞬、垣真の表情が固まった。
「なんだと……!!!」
マガジンの中。残されていた弾丸────────たったの四発。
「マジかよ……」
本来、八弾装填の拳銃。拾う前に元の持ち主が何発撃ったのかは分からない。
垣真自身も既に二発使っている。
そして────────残り四発。
この四発で、目の前の────────拳銃の弾すら防ぐ大男を倒せと。
「モタモタしてんじゃねぇぞォ────────!!!」
鱗太郎が────────飛び込んでくる。
今度は右腕だけではない。
右腕、左腕。その両方を────────頭上へ高く振り上げた。
両腕には、黒い鱗を纏い直している。
先程腹部へ移していた鱗が消え、現在は左右の腕────────二箇所へ集中している。
鱗太郎は両手を組む。巨大な拳を一つにするように。
そして────────頭上から。
「ぶち込むぜ──────『撞木鱗』!!!」
両腕を、一気に振り下ろした。
──────────ブォォォォンッ!!!
所謂────────『ダブルスレッジハンマー』である。
プロレスや他格闘技などでも見られる、両拳を組み合わせ────────上からハンマーのように叩き落とす攻撃。
それを、185cmを越える巨体と分厚い筋肉。
そして、銃弾すら防ぐ黒い鱗を纏った────────鱗太郎が放つ。
「喰らったら───────洒落にならねぇ!!!」
垣真は後方へ飛ぶ。
ドゴォォォンッ────────両拳が床へ。
垣真がほんの一瞬前まで居た場所へ叩き込まれ、穴富会本部の磨かれた床材がバキバキッ!!! と割れて大きく陥没する。
「逃がすかクソガキィィイ!!!」
鱗太郎は止まらない。
振り下ろした両腕を戻しながら、再び垣真へ踏み込んでくる。
「しつけぇな───────!!」
垣真は後退しながら『トレカヴ』を構える。
残り────────四発。
「だったら───────!」
狙うのは、胸部。現在、鱗が展開されているのは────────太いその両腕。
ならば──────────
「そこは空いてんだろ───────!!」
──────────バァンッ!!!
一発、トレカヴから放たれた弾丸が────────鱗太郎の胸元へ。
「何発撃とうが無駄だァ!!!」
その瞬間。垣真の赤い左目は────────見ていた。
鱗太郎の左腕。そこを覆っていた黒い鱗が、まるで皮膚の中へ吸い込まれるかのように消えていく。
そして────────胸部。
黒いタンクトップ、その下でピシピシピシッ────────新たな鱗が一瞬で展開。
ガキィンッ────────弾丸が胸部へ命中。
しかし肉へは届かない。
黒い鱗へぶつかり────────キンッ!! と横へ弾かれた。
「ハッハッハ……何度も言わせるんじゃねぇ」
鱗太郎が笑う。
「どこ撃とうが同じだ!! 頭だろうが腹だろうが胸だろうが───────撃つ瞬間に鱗持ってきゃ終わりだろうが!!!」
「チッ───────」
「もう諦めろよ。お前が次どこ撃つかなんて、銃口の向きさえ見りゃ一目瞭然なんだよ」
鱗太郎はゆっくりと垣真へ歩み寄る。
「死ぬ前に教えてやる。俺の能力『御鱗戦』にお前は勝てねぇ」
一歩、また一歩と。ズンズンと近づいていく。
「楽にしてやるよ───────クソガキ」
垣真は返事をしない。
残り────────三発。
相手は銃口を見てから────────撃たれた場所へ鱗を移動出来る。
垣真は────────左手を見る。
壊れた『ニュートウブ』。黒い『飛魚鱗』がシリンダーへ深く食い込み、完全に銃としての機能を失っている。
そのシリンダーの中。残っている────────『最後の一発』
垣真の目が────────それに止まった。
「今更壊れた銃見てどうした? 悲しくなっちまったか?」
「いや───────」
垣真はゆっくりと、壊れた『ニュートウブ』へ指を掛ける。
「そういう事か」
垣真の口角が────────僅かに上がった。
二箇所。鱗太郎が同時に守れる場所は────────たった二箇所。
弾丸を撃てば、その場所へ鱗を移さんとする。
つまり───────
(こっちから───────守らせる場所を『指定』してしまえばいい)
垣真は『トレカヴ』を────────構える。
「まだやんのか……懲りねぇなクソガキ」
「アンタもな」
銃口、今度は────────鱗の無い胸でも、腹でもない。
鱗太郎の────────『右腕』である。
「ほう? 俺の腕か」
鱗太郎が眉を上げる。
「確かに外は暑いが───────熱で頭がやられたワケじゃねぇよな」
「さぁ────どうかね」
瞬間──────────バァンッ!!!
「撃ちやがった────────!!!」
一発、弾丸が────────右腕へ。
ガキィンッ!!! ──────────当然防がれる。
右腕を覆う黒い鱗へ命中し────────弾丸はいとも簡単に弾かれた。
「だから……何して───────」
「喋るヒマはねぇぞ」
垣真が────────銃口を横へ。
左腕。今、左腕には鱗が無い。鱗太郎の顔色が────────変わる。
二発目──────────バァンッ!!!
「チィッ───────!!!」
弾丸が左腕へ向かって飛ぶ。
その瞬間、鱗太郎は胸部に纏っていた鱗を────────解除。
そして────────左腕へ。
ピシピシピシッ───────黒い鱗が一瞬で展開。
ガキィンッ────────!!!
二発目も────────防いだ。
「ハッ───────」
鱗太郎が呆れた様子で笑う。
「何がしてぇんだ……テメェはよ」
右腕──────────黒い鱗。
左腕──────────黒い鱗。
「ただ弾ァ無駄にしてるだけじゃねぇのか? 残り何発だ!? 一発か!?」
「その、まさかだ」
「バカが!!!」
鱗太郎が笑う。
「その最後の一発も撃ってみろよ!!! 右腕でも左腕でもねぇ───────脚でも心臓でも、好きな所撃て!! どこに撃とうが、鱗移しゃ終わりだ!!」
「そうだな……でもよ」
垣真は────────笑った。
「今、アンタの鱗───────両腕にあるよな?」
鱗太郎の笑いが────────僅かに止まる。
「それがどうした?」
「いや───────それでいい」
垣真の左手、壊れた『ニュートウブ』
「何がいいって───────」
垣真は、シリンダーへ食い込んでいた鱗を無理矢理引き抜く。
ギギッ───────ガキッ!!!
「使えねぇ銃にも────────まだ使い道があったって事だよ」
歪んだシリンダーの、その内部から。
指先で────────一発、残されていた最後の『実包』を取り出した。
「何してやがる……」
鱗太郎が怪訝そうに見る。
「撃てねぇ銃から弾だけ出してどうすんだ? 口径の違うリボルバーの弾が自動式拳銃に入るかよ」
「いや、こうすんだよ」
垣真はその一発を上へ。ヒュッ────────と投げた。
小さな実包が、穴富会本部、その高い天井へ向かって────────クルクルと回転しながら舞い上がる。
それを鱗太郎が見上げている。
「マジで何してんだテメェ?」
拳銃から取り出した、ただの一発。
それが鱗太郎の頭上、数mほどの高さまで────────上昇していく。
「とうとう気ィ狂ったかクソガキ!!!」
「……どうだろうな」
垣真の右目が────────閉じる。左目の『照準眼鏡』は見えている。
投げられた弾丸。
回転。
角度。
落下速度。
薬莢。
底部。
そして────────『雷管』を。
垣真の『トレカヴ』。残された────────最後の一発。
その銃口は、鱗太郎を通り過ぎ、頭上へ投げた────────『実包』へ向けられる。
「まさかテメェ───────」
「アンタに直接撃っても───────鱗で防がれる」
実包が────────頂点。一瞬、垣真は空中で止まったように見える。
「だったら───────」
垣真の人差し指、引き金へ。
「三箇所目──────『上』からならどうだ?」
鱗太郎の目が────────大きく見開いた。
──────────バァンッ!!!
『トレカヴ』の最後の弾丸。
銃口から放たれたそれが────────上空へ。
狙うは、小さなたった一発の────────拳銃弾。
「そんなモン────────当たるワケ───────!!」
当たる。垣真には────────『見えて』いる。
「──────『見えた』ぜ」
ギィンッ────────!!!
『トレカヴ』から放たれた弾丸が、空中に浮かぶ『ニュートウブ』の実包────────その底部へ一直線。
真正面から────────叩き込まれた。
瞬間──────────バァンッ!!!!
「なッ───────!!?」
二発目の発砲音。空中、実包内部の火薬が────────一気に燃焼。
『弾丸』が『弾丸』を、『撃鉄』として叩く。
薬莢内部から────────先端の弾丸が飛び出した。
真下、そこには鱗太郎。
左右の腕には硬質な鱗を纏っている。しかし、そのスキンヘッドの頭部は────────生身。
「クソッ───────!!!」
鱗太郎が慌てて鱗を移そうとする。
左腕、黒い鱗が────────僅かに沈み始める。
頭の皮膚の下から────────迫り上がるように鱗を出そうとする。
だが、もう遅い。距離が────────近過ぎる。頭上僅か数m。
銃口の向きを見てからならば、鱗を移動できたかもしれない。しかし、既に発砲の後である。
しかも鱗は今、垣真自身が撃ち込んだ二発によって────────両腕へ『誘導』されている。
「間に合わねぇよ───────デカブツ」
垣真が赤く光る左目で────────見上げる。
「ハゲ頭は───────ガラ空きだ」
空中で発火した『ニュートウブ』最後の一発。
その弾丸が────────鱗太郎の頭頂部へ。
──────────ズブッ!!!
鱗太郎の身体が────────止まった。
弾丸は頭頂部の皮膚を抜き、頭蓋を抜き、その内部へ。
脳、首、そして────────身体の中心を、真下へ。
ギュンッ──────── 一直線。
鱗太郎の巨体、その内部を────────頭から足元へ向け、一本の弾丸が突き進んだ。
───────肉を穿ち、体内に血の道を創る。
「グガッ……」
鱗太郎の口が僅かに開く。まともに声は────────出ない。
右腕と左腕、そこを覆っていた黒い鱗が。
パラッ─────── 一枚、また一枚と、皮膚から剥がれ落ちていく。
そして、鱗太郎の膝が────────折れた。185cmを越える巨体が前へ傾く。
垣真は何も言わず、弾切れになった『トレカヴ』を構えたまま────────その姿を見ている。
「─────ク……ソ……ガキ……」
鱗太郎の口から、最後に────────それだけ。
大きな身体が──────────ドォンッ!!! と、穴富会本部、黒く磨かれた床へうつ伏せに倒れ込んだ。
そこで初めて、垣真は────────大きく息を吐いた。
赤く光っていた左目からは、十字線が消える。
「やっと──────くたばったか。デカブツめ」
垣真は床へ倒れた鱗太郎を見下ろす。
「だがまぁ、おっさんも言ってた通り『最後に立ってたヤツが勝ち』って言うことだな」
静まり返った穴富会の、その玄関。
階段下の床には────────動かなくなった大男。
そして、二丁の弾切れした銃を握る────────垣真。
────────残弾数……0。




