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第十四話【盗んだバイクで走り出す】

 ──────────遠く、パトカーのサイレンが薄く聞こえる。


 ウゥゥゥゥゥゥ───────!!!


 その音は、先程よりも確実に近づいている。

 格安ブティック『UNOQLI(ウノクリ)』───────その店内は、もうブティックと呼べる状態ではなかった。


 倒れた商品棚、割れた照明、床へ散乱した衣類。レジカウンターは粉々。

 そして店内中央には───────舌を切断され、白目を剥いて倒れている舌切(したきり) 雀(じゃん)。

 血混じった泡を吹き、周囲の衣服を赤く染めあげている。


 ───────ト壱と垣真は、そんな店内を後にする。


「警察来る前にはよ行くぞ──────俺ァもう『警察のお世話』になるのはコリゴリだ」


 首をコキコキと鳴らすト壱。


「店一軒メチャクチャにして……人一人死んでるけどな」


「俺がやったみたいに言うなよな」


「半分くらいアンタだよ。自由のためとは言え、躊躇ないんだから」


 壊れかけた自動ドア。ト壱はそのフレームを掴み、強引にこじ開ける。


 ─────────ガコンッ!!


 ドアの隙間から身体をねじ込み──────外へ出る。


 すると、店内の冷房から一転。外は、夏特有の湿気を含んだ熱気に包まれていた。

 17時45分────────日は徐々に傾き始めているが、アスファルトはまだ昼間の熱を大量に溜め込んでいる。

 ト壱は新品の赤いレザージャケットを羽織ったまま、店の前で立ち止まった。


 目の前をブォォン───────と車が走っていく。


 黒いワゴン車、白い軽自動車、電気自動車らしき丸っこい車体。

 道路脇には電子広告が浮かぶ大型看板。

 信号機も昔より幾分か薄く、街灯には何やら小型カメラのような物までくっ付いている。


 10年間……刑務所の中に閉じ込められていたト壱にとって───────全てが微妙に『新しい』。改めて、そう感じた。

 ト壱は道路を走る車をジィ──────っと見つめると、鼻を鳴らした。


「しっかし……2040年にもなって──────車はまだ『タイヤ付き』なんだな」


「何を期待してたんだよ……なんだ、『空飛ぶタイムマシン付きの車』でも走ってると思ってたのかい?」


 垣真が呆れた顔で言う。


「イヤ未来って言えば空飛ぶ車だろ。昔の映画じゃ大体飛んでた」


「アンタの未来観、80年代で止まってねぇか?」


「刑務所に10年いたんだ。仕方ねぇだろ」


 ト壱はチッ─────と舌打ちする。

 その間にも、遠方から聞こえるサイレンはだんだんと大きくなっている。


「で──────白骨のおっさん、これからどうするよ」


 垣真は青いロゴ入りパーカーのポケットへ両手を突っ込みながら、ト壱へ問いかけた。


「研究所脱出もしたし、俺も来紗(らいざ)を探したいが─────このまま何も考えず歩いてりゃ、またさっきみてぇな『BONE(ボーン)』が来るぞ」


 ト壱はジーパンのポケットに手を入れ、ぶっきらぼうに返す。


「ンなこたァわかってる」


「じゃあ──────行くアテあんのか?」


 垣真の質問。それに対しト壱は少しばかり考える。

 やっとこさ自由になった───────だが、『自由』というのは何も決めなくていいという意味ではない。

 家も無けりゃ、仕事も無い。10年間社会から離れていたせいで、知り合いもどれほど残っているか分からない。


 そして何より───────正体不明の『組織』から追われているこの『現状』である。


 数秒の沈黙────────ふと、ト壱は閃く。


「──────あるっちゃあ……ある」


 垣真は疑問の表情を浮かべた。


「どこだよ……まさか、田舎のお袋の家とか言うんじゃないだろうな」


「いや──────昔いた『組』だ」


 垣真の眉がピクリと動いた。


「組ってアンタ───────」


「あぁ、ヤクザの組だ。想像通りの」


 垣真は嫌そうな顔をした。


「アンタ─────『真っ当に生きる』んじゃなかったのかよ」


「その真っ当に生きる為にヤクザんトコ行くんだよ──────最後まで聞けよ。これだから今の若ェのは」


 ト壱は赤い革ジャンの襟元を指で引っ張りながら説明する。


「俺がいた『仁隊組(じんたいぐみ)』は、もう無ぇ……刑務所ん中で聞いた。暴対法で解散したとか潰れたとか─────まぁ、そんな話だ」


 ト壱が22歳頃から所属していた『仁隊組(じんたいぐみ)』。  ト壱にとって決して良い思い出ばかりの場所ではない。

 むしろ───────悪い思い出の方が圧倒的に多い。

 鉄砲玉をやらされたり、クラブのケツ持ちもしたし、借金の取り立てもやらされて……そして、逮捕。


 しかし────────



「仁隊組は無くなったが、その『上』が消えたって話は聞いてねぇ」



 ト壱は垣真の目を見て話す。


「俺らみてぇな下っ端の組を抱えてる、もっとデケェ組───────いわゆる『親』ってやつさ。俺も名前くらいしか知らねぇヤツが多いけどな」


「そこへ─────行くつもりか?」


 ト壱は「あぁ」と、アッサリ答えた。


「一旦転がり込ませてもらう。10年も務めたんだ、『おかえり』ぐらい言われねぇとな」


 垣真は黙った。明らかに嫌そうな顔をしている。


「俺、一応─────元自衛官なんだけど」


「知ってる。あぁ〜、人生ってのは何があるか分かんねぇな」


「アンタが───────言うな!!」


 垣真は額へ手を当てる。困り果てている様子である。

 ヤクザの組に助けを求めるのは避けたい─────もはや『妻に会いに行く』よりも意思が強かった。


「ほ、他にもアテはあるよな……な? ほら、ホテルとか警察署とか、それこそ俺の駐屯地とか─────────」


 明らかに焦りを見せる垣真。ト壱は「はぁ」とため息をつく。


「ホテル、組織に場所割れたら終わり。警察署、死んでもヤダね。駐屯地、お前死んだことにされてンだから『アテ』じゃねぇだろ」


 反論しようとした垣真だったが───────言葉が出ない。

 現在、二人にまともな行き先など無い。

 ト壱には自宅すら無く、垣真は世間的には『死亡者』。そのうえ、組織からBONEを送り込まれている。


「────────分かったよ、分かりましたよ」


 垣真は渋々承諾した。


「ただし──────犯罪まがいなヤクザの仕事には付き合わねぇからな!!」


 そんな会話をしながら────────ト壱は、ふと視線を横へ移した。

 UNOQLIの入口。そのすぐ近く、駐輪スペースの片隅に───────一台の『バイク』が停まっている。


 丸目のヘッドライト、少し古臭いオレンジ色の車体、黒いシート────────そして、年季の入ったタンク。

 現代の電動バイクとは違う──────明らかに『旧車』。


 ト壱の目が細くなる。


「おい、こりゃイイもんあるぜ」


「なんだよ、いきなり」


 ト壱は指差す。垣真もバイクをまじまじと見る。


「あ〜……─────バイクだな」


「──────『ベビー』じゃねぇか」


「ベビー? なんだそれ」


 大して興味の無い垣真とは逆に、ト壱の鼓動が高鳴っている。


「……『ファルコン』だよ、ONDA(オンダ)の。昔よくいたんだよ─────ブォンブォンうるせぇ音出して走るヤツ……エンジン音がバブバブ鳴るから『ベビー』……」


 ト壱の目が───────まるで少年のようにギラギラ輝いている。


「へぇ─────アンタ、バイク分かるんだな」


「族だったからな昔。単車乗ってたから」


 ト壱はスタスタと、そのバイクへ近づいていく。

 どんどん距離を詰めていく。しかし、それだけなのに垣真は嫌な予感がした。


「ちょっと待てよ……そのバイク─────アンタの?」


「んなワケねぇだろ……俺ァ、今日刑務所から出てきたんだぞ」


「じゃあ触んな!!!」


 垣真が叫ぶ。しかし────────もう遅い。

 ト壱はバイクを物色するように眺め、ハンドルを握る。


「懐かしいな──────この重さ。コイツなら二人乗れんな」


「だから待てっつってんだろ!!! 人のバイクだぞ!!!」


「なーに『借りる』だけだ」


「持ち主の許可無しで!? どうやって返すんだ!」


 ト壱は面倒くさそうな顔で垣真を見る。

 その右手には、いつの間にか『銘心鏤骨(外骨格の刀)』を形成している。

 そしてカチャカチャ──────とバイクの鍵穴へ剣先を差し込み、強引に回そうと試みている。

 明らかに『やり慣れ』ている。


「ンなもん知らんよ」


「完全に盗難じゃねぇか!!」


 垣真が止めようと近寄った───────その時だった



 ───────────ドルンッ!!!



 バイクのエンジンが掛かった。

 ドッドッドッドッドッ───────と、独特なエンジン音。古い車体が細かく振動し、マフラーから低い排気音が響く。


 当のト壱は既にシートへ跨がっている。


「よし─────まだ走る」


「なんでエンジン掛かってんだよ!!!」


「昔取った杵柄(きねづか)ってヤツだ」


 ウゥゥゥゥゥゥ─────────パトカーのサイレンは、もうかなり近い。


 垣真はサイレンの鳴る方向を見る。

 バイクを見る。

 またサイレンの方向を見る。


 そして───────大きくため息を吐いた。


「早く乗れクソガキ。バイクが苦手か?」


「誰のせいだよほんとに……」


 垣真は諦めたように、ト壱の後ろへ跨がる。

 二人乗り──────いわゆる『ニケツ』である。


「よく掴まっとけよ。飛ばすぞ」


「アンタに抱きつくくらいなら、振り落とされた方がマシだね」


「──────じゃあ死ね」


 ト壱はニィ──────と口角を上げると、右手でアクセルを捻った。

 ブォォォンッ!!! ─────────雷が落ちたような、豪快な轟音。


「じゃあ行くぞ───────10年ぶりの『里帰り』だ」


「アンタだけで帰っててくれ……」


 ドルルルルルルルルッ────────古びたバイクは、白煙と排気音を残しながら──────夕暮れの街へと走り出した。

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