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第十二話【奇抜な蛙】

 ザザッ───────床を擦るような足音。

 何者かが、ト壱の背後へ迫っている。

 気配を察知したト壱──────ふと、その場で振り返る。


 そこには───────店内で服を物色していた、『変な格好の男』が距離を詰めていた。

 いつの間にか、3mも満たない距離。

 黒いサングラスの奥の眼光が、二人を照らしているようだった。


「Hey,YO──────」


 男が腹の底から響くような、低い声で呟く。


「白骨(しらぼね) ト壱(といち)……だよNA?」


 ──────空気が凍る。横にいた垣真の表情が一瞬で変わり、問いを返す


「誰だオマエ。変なカッコウしてる時点で、ただ者じゃないとは思ってたが」


 男は答えない。代わりに、ゆっくりと両手を広げる──────その瞬間だった。


 男の口元が──────パックリと開かれる。

『口裂け女』のように頬が裂けるほど、大きく開口。

 唾液が歯と歯を繋ぐように、糸を引いている。

 喉奥まで暗いその口内を、ト壱らに見せつけているようだった。


「うぉ─────急になんなんだテメェ!!」


 ト壱に走る嫌な予感、そう感じるのも束の間だった。

 突如として、男の口腔内から、異常な速度で『何か』が射出される。

『拳銃の弾丸』や『外骨格』のような物でもなく、帯状の何かだった。



 ──────────……ズルァアッ!!!!



 紫色のそれは、唾液の膜を帯び、空気を裂きながら一直線に伸びていく。

 ト壱は、自分へ伸び、飛んでくる物体を見て───────その正体を理解した。



「─────『舌(ベロ)』……だとッ!?」



 だが、それはもう『人間の舌』ではない。

 太く、硬く、筋張り、ムチのようにしなる『筋肉の塊』……カメレオンやカエル等の舌を思わせる。

 ───────ト壱は反射的に、左腕を前へ構えた。


「……『一将万骨(いっしょうばんこつ)』!!! 『亀甲獣骨(きっこうじゅうこつ)』──────!!!」


 ギギィン!! ───────と、左前腕から生えるように形成される、『外骨格』──────骨がせり上がり、組み合わさり、亀の甲羅のような『盾』の形状を成す。


 そして、それはト壱が盾を構えたのと同時だった。


 バガァアン!! ────────────舌と外骨格の盾が激突。

 店内には、まるで『鉄板に鉄球をぶつけた』ような衝撃音が響き渡る。


「な、なんて威力(パワー)だッ!!」


 初撃は見事に防いだ。しかし、その衝撃はト壱を10m後退させるのには充分だった。

 ト壱の身体はグッグッと押され、更に少しずつ後退していく。


「まだ止まらないのか────────!!」


 舌が盾ごとト壱を更に押す──────押し返すというより、押し潰すように、ねじ込んでくる。

 ト壱は力いっぱいに床を踏みしめる。しかし、その舌の『圧力』は、だんだんと増していく。


 ──────ズズズズ……!!


 靴底が白い床を削るようだった。

 ト壱の腕に、盾越しでも伝わる異常な負荷─────外骨格内の神経を通り、伝わってくる。


(尋常じゃないほどの───────『筋肉』……ただ伸びてるだけじゃねぇ……!!!)


 舌の筋肉は『膨張』と『収縮』を繰り返し、グニグニと動く。

『舌』というのは、言わば『筋肉の塊』──────しかし、発音したり、喉へ食べ物を送るという器用さも併せ持つ『万能な筋肉』でもある。


「MEの舌─────まだまだEXTENDするZE!!!」


 男が語るや否や、ト壱へ伸びる舌がウネウネと捻り、グネグネと躍動する。


 瞬間──────爆発的な『伸び』が放たれた。

 まるで『ゴム』を思わせるほど伸びる舌の力、それはト壱の身体を床から浮かせてしまう。



 ────────────ンドゴォォォ!!!!



 構える盾ごと、ト壱の身体が後方へ勢いよく吹き飛ばされた。

 背中からレジカウンターへ激突。プラスチックと金属が砕け散り、レジスター内の紙幣が、桜のように宙を舞う。


「ガハッ──────────」


 肺の空気が一気に吐き出され、視界が一瞬ホワイト・アウトする。

 ガラガラ……──────細かな瓦礫が降り注ぐ。


「キャアアアア───────!!!!!」


 女性店員の悲鳴。

 ト壱は吹き飛ばされる際、間一髪で女性店員をレジから押し出し、衝突を免れている。

 助けるためでは無い。ただ、邪魔だったからである。


 床に仰向けで崩れ落ちるト壱。

 そのすぐ横では商品棚が倒れ、色とりどりの衣類が散乱する。


「白骨のオッサン──────!!!」


 垣真は叫ぶ。しかし、ト壱はその声が遠く聞こえている。

 キィーン───────と、黒板を爪で擦るような耳鳴りがするのだ。


 目前の敵、男は止まらない。

 常人以上の可動域で開かれている口、その喉の奥で舌が蠢いている。

 ズル……ズルルル……ウネウネ──────と、まるで別の生き物を、口内で飼っているようだった。

 舌が床を這い、脈打ちながら再び持ち上がる。


「HAッHA〜〜〜!!!」


 男はやけに高らかと笑った。


「どうだいBro!! 俺の舌──────『舌LIKE蛙(トード・タング)』ゥ!! 最大『29.34 m』まで伸びる、舌の筋肉を完全制御する力ァ!!!」


 舌が鞭のようにしなる。

 ビタンビタン───────と、掃除機のコードのように、地面を叩きながら口の中に戻されていく。

 口に戻ってもなお、その舌は紫色の不気味な色彩をしている。


 ト壱と垣真がこの男をBONE(ボーン)だと気が付かなかったのは、能力が舌である以上、口を開かない限り判別が出来ないからである。


「一度防げたくらいで安心するなYO! 『OLD MAN』────」


 男の視線は鋭くト壱を捉えている。

 対してト壱も、吐血しながらも歯を剥き、睨み返す。


「───────ッざけんな……」


 震える腕で、床に手を突く。

『亀甲獣骨(外骨格の盾)』にヒビは無い。しかし、神経を通じて、衝撃による鈍い痛みが走っている。


「──────『一将万骨(いっしょうばんこつ)』……『銘心鏤骨(めいしんるこつ)』!!!」


 ト壱の脳内……『攻撃』の命令を発令した。

 右手の中指を立てると、その一点を集中し力を込める。


 ───────グギ……グギギィン!!


 ト壱は『外骨格の刀』を装備すると、壊れたレジカウンターへ手をつき立ち上がる。


「だがまァ……蛙(トード)か───────『アイツ(蛇)』よりかは、素直に斬らせてくれそうだ」


 男の舌は、再びト壱へと照準を合わせる─────また弾丸のような、舌の攻撃を仕掛けるつもりだ。

 しかし、その舌は先程よりも口内で『圧縮』されている。


 恐らく──────次の一撃は、防御では済まない。

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