第7歩 気づき
最近は筆が乗っています。
第7歩、お楽しみください。
前に立ってみたけれど、やっぱり怖い。でも、不思議と落ち着いている。どうしてだろう。エリカのおかげか、目の前の生き物の動きがゆっくりに見える。自分に襲い掛かってくる爪が、牙が、とてもゆっくりで、避けようとする自分の動きもまた、ゆっくりだった。それでも、間に合う。ギリギリだけど、躱せる。
「不思議……避けれるなら、そんなに怖くない…?」
少しだけ、恐怖が薄れる。どれだけ鋭くても、どれだけ怖くても、傷つけられないなら、傷つかないのなら、もはや脅威ではない。飾られている剣に危機感を覚える者がいないのと同じ。
「これなら反撃も、できるかな。」
避けながら拳を握り、気づく。私はこれから、生まれて初めて生き物を攻撃する。自分を、みんなを護るために、他を傷つけるのだ。
「ごめんね、痛いよ。」
ふさふさの毛に覆われた大きな顔に向けて、振りかぶった拳をぶつける。殴られた獣は少し後退し、その事実に困惑している様子だった。それもそのはず、最初のエリカの攻撃ではのけぞる程度だったのに、ずっと小さい私の攻撃で、その時より大きな衝撃を受けたのだから。もちろん、私も驚いてる。エリカのおかげだろうか。
気を持ち直した獣は、より苛烈に攻撃を仕掛けてきた。先ほどの攻撃は小手調べだったのだろう。速度が上がり、怖さが増す。その爪に、明確な殺意がこもっていることがわかる。でも、こっちだって慣れてきた。避けるのなんてわけはない。と、思っていたのだが、避けきれずに掠っていたようで、いつの間にか腕や太もも、ところどころに傷ができていた。
「いつの間に。でも別に、今は気にならない、かも。」
不思議と痛くもない、気がする。どうしちゃったんだろう。特訓の成果なのかな…
それよりも、良かった。相手も元気そうだ。私たちが傷つかないために、生き残るために、相手を傷つけなければならない。つい先ほど、それを理解した。だったらせめて、死なせたくはない。
「よし、それなら次は……」
先ほどよりも力を込めて、再び拳を握る。さっきは傷つけたくなくて遠慮しちゃったから、今度は思いっきり、目いっぱいの力で叩く。大丈夫、さっきので分かった。私程度の攻撃でこの生き物は死なない。
「お願い、帰って!」
ギリギリで爪を躱して、再び顔を叩く。毛をかき分けてその肉に拳が突き刺さる。その感覚は少しだけ嫌だけど、それでも振りぬく。追い返すつもりで。結果、獣は先ほどよりも遥かに大きく殴り飛ばされることになる。その巨体が僅かに浮き、エリカの能力が影響する範囲の外に押し出される。
「えっ。」
「嘘ぉ~。」
「うっそでしょ……」
その場にいた全員が驚く。そもそも、さっきの攻撃でエリカよりも大きな衝撃を与えた時点でおかしかった。多分、エリカのおかげなんだと思うけど……
「「……」」
エリカの能力の範囲外に弾かれた獣とにらみ合う。再び中に踏み入れるか、それとも引くか。こちらとしても、これ以上手は出したくない。エリカの能力だって、いつまで維持できるものか。
唐突に、獣が一声鳴き振り返る。その一吠えで、周りに待機していた獣たちも後に続く。しばらくの間、獣が去っていった方を警戒していたが、待っていても戻ってくる気配はない。
「お、終わった……?」
「ぃやったぁ~!エインセルちゃぁ~ん!
すっごいじゃぁ~ん!!」
「うわわ!?」
帰ってくれたのかと気を緩めた途端、エリカが抱き着いてきた。ちょっと痛い。凄い凄いと、頭を撫で散らかされている。二人を護れた実感が湧いてきて、忘れていた恐怖を思い出したかのように身体が震えてくる。わたし、がんばったんだ……
「エインセル、いつの間に強くなってたのね。」
「あ、リャナ。えへへ…」
リャナも寄ってきて、エリカに抱えられたままの私を優しく撫でてくれる。その手は暖かく、なんだかくすぐったい。でも、心地いい。
「さぁ~、傷を見せてごらぁ~ん。って、あれぇ?」
「怪我、してなさそうね。」
「あれ、ほんとだ。おかしいな、たしかに。」
言われて気付く。確かに負ったはずの怪我がどこにも見当たらない。服は破けて、血も滲んでいるのに傷が無い。こんなに早く治ったことなんて、今までなかった。
「むむむ~、これはぁ~、エインセルちゃんの能力だなぁ~?
どんな力を使ったのかぁ、教えなさぁ~い。」
「わ、わかんない。とにかく必死で、がんばった、から……」
そうか、私にもなにかの能力があるんだ。それできっと怪我が。もしかしたら、さっきのパンチも…?
「とにかく、エインセルのおかげで助かったわ。
ありがとう。
よく頑張ってくれたわね。
疲れたでしょうし、ご飯を食べて寝ましょう。」
「お~、それじゃぁご飯の用意してきまぁ~す。」
そう言って、二人は準備をしに行く。気づけば、お腹が鳴っていた。能力、能力か。みんなのためにできる事が増えた気がして、嬉しい。もっともっと強くなって、いつかは私がみんなを護るんだ。
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獣は思慮に耽る。今しがた殴られた頬に受けた衝撃を思い返す。最初に蹴ってきたやつの方が強そうで、実際に厄介だったのに、最初は小物に思えていた存在に撤退を決意させられた。果たしてあれは、それほどの脅威だったのだろうか。二度殴られたが、どちらも大したダメージはない。実際に受けた被害としては、先に襲い掛かった手下たちぐらいなものだろう。それはそれで十分な損失ではある。だからこそ、あれ以上は割に合わないと退いたわけだが、今となってはその判断も不可解だ。まるで、必要以上に警戒していたような……
とはいえ、もはや撤退を決意した後だ。長としてのメンツを保つためにも、再び襲い掛かることはできない。自分の判断が誤りだったと宣言しているようなものだからだ。
獣はそこで思考をやめ、別のエサを探すのだった。
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エリカと一緒に食事の準備をする。さっきの魔獣、可食部は多くないけれどちゃんと食べれるらしい。
「…ねぇ、エリカ。」
「なんですぅ~?」
「さっきのエインセル、さ。あれ、どう思う?」
テキパキと慣れた手つきで魔獣を捌くエリカの横で、器などの準備をしながら先ほどのエインセルについて話題を振る。あれは間違いなく何らかの能力を使っていたはずだ。素の身体能力ならエリカの方が圧倒的に強い。それなのに、エリカの攻撃ではびくともしなかった敵を殴り飛ばしていた。ただ、それよりも気になることがある。
「ん~。まぁ、能力ですよねぇ~。
私の能力の影響があったとはいえ~、相手の体重を軽くするとかぁ、相手の抵抗力を下げるとかはないですしぃ~。
どんな力なんでしょーねぇ~、頼もしいぃ~。」
「うん、そうなんだけどそうじゃなくって、大丈夫かなって。
あの子、優しいから、誰かを攻撃するなんてしたことないはずなんだよね。
自分が傷つけた、って悩んでないといいけど。」
多分、自分でも気づいていない。今は、自分も戦えた、私たちを護れた喜びで溢れているだろう。だけど、そのうち気づく。気づいてしまえば、きっと悩むだろう。他にどうしようもなかったとはいえ、今後も、どうしようもない時が来るとはいえ、最初の一回とはそういうものだ。
「この先だけど、魔獣の生息地を避けて行動しない?
あまり、エインセルを戦わせたくなくて……」
「そぉですねぇ~。思ってたより、魔獣が強くなっててぇ、私も危なかったですもんねぇ~。
森を出て迂回するルートにしましょーかぁ~。」
一先ず、エインセルを戦わせない方向で話は進みそうだ。旅が始まったばかりだというのに、こうも立て続けに足が欠けたことを痛感させられるとはね……長老の元で吐ききったと思ったのに、次から次へと底から湧いて出てくる。煮え滾った自己嫌悪。どす黒く、絡みつき、まとわりつく。不快だなぁ……
「リャナさんもぉ、そんな顔、するんですねぇ~。
なぁんか意外ぃ~。」
「えっ、嘘やだ。顔に出てた?」
「んふふ~、うっそでぇ~す。
だぁいじょうぶですよぉ~。
リャナさんたちとは短い付き合いですけどぉ~、エインセルちゃんもグレムちゃんもぉ、それに私たちだってぇ、だぁ~れも、リャナさんを責めたりしませんよ~。
と言ってもぉ、納得できませんよねぇ~。」
やられた、エリカってカマかけとかするんだ。わかっている。誰にも責められることは無い。自分の中で折り合いがつけられないだけ。エリカは、そればっかりは時間が経たないとどうしよーもないですよぉ~、と言いながらエインセルの下へ食事を運んで行ってしまった。
「……いつの間に盛り付け済ませたんだろう。」
───食事をしながら、エインセルに今後の方針を告げる。
「明日からは、森を抜けて魔獣を避ける方向で移動することにしたよ。」
「お恥ずかしながらぁ~、私ひとりじゃ二人を護り切れないからぁ~。」
「わたしも、多少は戦えるようになったけど、やっぱり怖いし、そうしてもらえると嬉しいな。」
心配は無用だったかな。存外ケロッとした態度のエインセルの頭を撫でる。撫でられることが嬉しいようなその表情に和むのだった。
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いやぁ~、ちょっとだけ自信なくしちゃうなぁ~。私の攻撃は効かなかったのに、エインセルちゃんの攻撃はめっちゃ効いてたもんなぁ~。まぁ、私の能力は補助系だからそう悲観しなくてもねぇ~。
「さぁ~て?森を抜けて迂回するとどうなるんだぁ~?」
想像以上に魔獣が強くなっていて私ひとりじゃどうしようもなかったため、魔獣を避けていくことにした。魔獣は森に棲んでいる種類がほとんどなので、先ずは森を抜けることにした。ので、長老にもらった地図を手に順路を考えているんだけど……
「わっかんなぁ~い。
仕方ないけどぉ、この地図もテキトーだしさぁ~。」
そう、もらった地図も鮮明ではない。なにしろ、集落を離れられなかった長老が隙間をぬって即席で作ってくれたものだ。距離感もなにもあったものではない。まぁ、多分そのうち着くと思おう。
「そろそろ森を抜けるよぉ~。
森から出る前にぃ、安全確認は忘れないようにねぇ~。」
「うん、わかった!」
エインセルちゃんが元気に返事をしてくれる。昨晩の戦闘から、頼もしくてしょうがない。でも、可愛い盛りで癒しでもある。だからこそ、リャナさんはその心を心配しているみたいだ。なら、私はいつも通りでいよう。そういうのは付き合いが長い人に任せよう。
「さぁ~、いったん安全そうなのでサクサク歩いていきましょ~。」
「のどかな平原、心地いいわ。」
「うわぁ~、広いね!リャナ!エリカ!」
森を抜けるとそこには平原が広がっていた。まぁ平原というよりは、それなりの高低差のある丘だったけれど。とにかく周りに人影はないし、魔獣の気配もしない。一先ずは安全とみていいだろう。
「ここからはぁ、けっこーアドリブで動くことになるのでぇ、先ずは周辺の調査からしましょ~。」
「そうね、賛成よ。
こら!エインセル!
あんまり遠くに行かないの!!」
リャナさんと今後の動きについて相談している間も、好奇心旺盛なエインセルちゃんはあちこち駆けまわっている。森の中って意外と圧迫感あるし、開けた場所に来て晴れやかな気持ちなんだろう。注意しているリャナさんも、心なしか憑き物が落ちたみたいな表情を浮かべている。
周辺の調査と言えば、高いところからの目視、これに尽きる。パッと見で一番高そうな丘に全員で向かう。頂上からぐるりと見渡す景色は綺麗で…
「ふんふん、周りは特に何もぉ~……およ?
なぁんかありますねぇ~、超人工物だしぃ、なぁんか見覚えあるしぃ~、どうしますぅ?」
「う…そ。あれ…って……」
「あれ、は……」
上から見渡した先、周囲より一段深く沈んだ位置に、一つの建造物があった。まだまだ距離はあるけれど、目視できない距離ではない。あちこちに苔やツタが絡まっていて、まるで廃墟のようだけれど、あれは、
「「箱…庭……」」
「ですよねぇ~。」
人外保護施設、通称『箱庭』が、そこにあった。
エインセルの戦闘描写をやっと書けました。
引き続きよろしくお願いいたします。




