第6歩 一歩
章設定を追加してみました。
第二章 余燼鎮静編 開幕です。
私は負けた。あの戦いで、あのチビに手も足も出なかった。能力の相性だけじゃない、地力の違いだった。
私がもっと早く駆けることができていれば、あの攻性防壁とかいうのも関係なかった。弾ける前に撃ち、避ける。私の能力ならそれができたはずだったのに、守るべき子供たちを傷つけたうえで、負けた。
「私、ダメダメだなぁ…」
さらには、もう戦えない体となってしまった。右足を失い、鍛えて再戦、とも行かない。流石にこれは堪える。あの子たちの手前、気丈に振舞う必要があるのも、今は辛い……
「今だけは、弱音を吐かせて欲しかったんですけど。」
「良い良い、存分に吐くが良い。
私も、久々で鈍っていたようだ。あのような小僧ひとり殺せないとは…」
ひとりで耽っていたら、いつの間にかノヴァ長老が隣にいた。確か、長老はクライアと戦っていたはず。あの厄災は長老でも滅ぼせないほどの実力を有していたというのか。それでは、私など…
「で、どうしたのだ?
こんなところでひとり思い耽って。」
「あぁいえ、先の戦いで、私だけリタイアになってしまったことがですね……
勝てなかっただけならまだしも、あの子たちも傷つけてしまった。
ここまで護ってきたのに、護りたかったのに、護らなければいけなかったのに、護れなかった。
あまつさえ、足を捥がれ、次の機会すらも失った。
自分が情けないです……」
戦いが終わってからずっと考えていたこと。いや、戦えなくなったことを認めたくなくて、止められなかった思考を長老に吐露した。
「そうかそうか、それは悔しかったの。
お主はあの子らとずっと一緒に居たからこそ、責任感も一入じゃろう。
だがな、子供は存外逞しいぞ。
グレムは言わずもがな、今は沈んでいるエインセルも、いずれは私にすら並び立つ……可能性がある。
とは言っても、それとこれとは別じゃな。
よし、お主に能力の極意を授けよう。」
「え、いや、今はもう、足ないですし、戦えないですよ私。」
恐らく、私と同じように戦線離脱せざるを得なくなった者たちを数多見送ってきたのだろう。そこまで心配しなくても良いと、そう励ましてくれる。心は晴れなくとも、いくらか軽くなったものだが、続く提案に、再び影が差す。
「くっくっく、この世には神がおる。あぁ、あの教皇のことではないぞ?
我ら人外の祖、原点じゃ。
どこにいるかは知らぬ、会えるかもわからぬ、万に一つの可能性もないが、ほんの一握りにも満たぬ、ひとつまみ程度の可能性はある。」
途端、私の胸は高鳴る。諦めなくていい、万でも億でも、たった一つの可能性があるのなら、藁にだって縋る。今の私は、私だけの命ではない。集落のみんなが助け出してくれた命。あの子たちを護り、時には身代わりになるべき命。その役目を果たせるのなら、私は。
「といっても、直ぐは無理じゃ。エインセルと共に大人しく里に行け。
が、ただ漫然と過ごすな。今から教える修行を絶えず行え。睡眠時間を除き、常にじゃ。
お主の能力は私に近い。だからこそ、この方法が取れる。
良いか?」
そうして希望を胸に、私は修行方法を教わった。あの子たちに能力が発現したその時は、私が教えてあげよう。そう誓って。
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陽光が眩しい。目を覚ました私は、これからのことを考える。戦いから逃げて、隠れ里に向かうその道中や、里に着いた後のこと。誰がいるのか、何があるのか、まるでわからない。
ここまで流されてきた。なにもわからず、なにも知らずに保護されて、箱庭から連れ出されて、襲撃にあって、やっと自分で決めたのが、逃走。
「これで、いいのかな……」
グレムは戦うことを選んだらしい。誰かが傷つくのが嫌だから、傷つける敵を倒すんだ、って。私にはそんなことは選べなかった。もちろん、誰かが傷つくのが嫌なのは同じだ。でも、同じぐらいに戦いが怖い。思い返すだけで身震いする。自分の死をあんなに実感したのは初めてだった。怖かった……
「やめよう。」
考えてたって仕方がない。里に行くことは決まったんだ。みんなも待っているだろうし、行かなきゃ。
───ほどなくして、私とリャナとエリカの三人で、隠匿派の隠れ里へ出立した。里までの道は、エリカが知っているらしい。
「よ~っし、じゃいっくよ~。ちゃぁんと、私についてきてね~。」
どことなく不安の残る旅が始まった。
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はい、可愛いエリカちゃんです。私は今、とっっっっっても緊張しています。エインセルちゃんもリャナさんも、表情が暗い……
「助けてぇ、お姉ちゃぁん。」
頼れる姉も、この状況ではどうすることもできないだろう。わたわたするであろう姉を想像して、ひとり和んだのも束の間、リャナが転んでしまう。
「あっ。」
「っ、リャナ!」
き、気まずい……昨日の襲撃の時にリャナさんは右足を失ってしまった。今は杖をついて歩いているけれど、慣れていないせいか、木の幹につまづいてしまったのだ。
エインセルちゃんの手を借りて立ち上がるリャナさんに、何と声をかけたものか。
「っはは、ごめんねぇ、まだ慣れてなくてさ。
エインセル、ありがとう。
エリカちゃん、気にしないでいいからね。
そりゃ、情けないししんどい時もあるけど、ずっとそんなじゃ、やってけないでしょ。」
「ぅあ~、ありがとうございますぅ。」
リャナさんは大人だなぁ。エインセルちゃんは、ちょっとハラハラしてる感じの、心配そうな顔してるけど、いったんリャナさんに任せておこう。
さて、これから2~3日の旅、魔獣に遭遇することもあるだろうから気合を入れなければ。ここ最近、やけに活発になってきたという噂を聞く。それに伴って、強さも増しているらしい。
「何事もないといいけどぉ~。」
───その晩、それは来た。
「言霊ってぇ~、こういうことを言うんだろぉなぁ~。」
囲まれている。四足歩行の魔獣の群れ。統率力が高く、集団戦が強い種類だったはず。確か、『ハウンド』。強靭な顎と生えそろった鋭い牙。四足ゆえの高い機動性にそれらに生えた爪。
「この前の教団員よりはましだよねぇ~。」
真っ先に潰すのは頭。統率者となる個体を潰せば、群れは散り散りに逃げるはずだ。群れの中でも一回り体の大きい、正面に居る個体にアタリを付け、相手が動きを見せるより早く飛び掛かる。
群れ長と思われる個体に足刀を叩きこむが、さして堪えた様子もなく向き直る。けっこういいの入ったと思ったのに、これちょっとまずいかも。
ニヤリと笑う群れ長がひとつ吠え、群れが散開する。それを見た私は、咄嗟に二人の元へ戻り、全力で能力を発揮した。あらゆる行動のささやかな妨害。その効力を最大で発揮する。それはもはや、ささやかな妨害ではなく、完全な拘束。地面から生えた布が、今まさに襲い掛からんとするハウンドたちを捕らえる。
「これ~、私が動けなくなるのが欠点なの~。」
その能力を最大で行使する間、エリカはその場を動けない。加えて、完全な拘束は格下にしか通用しない。ただし、その効力は絶大。思考も、呼吸も、鼓動でさえも拘束し、停止させる。これにより、襲い掛かってきた個体の殲滅に成功するが、まだ範囲外で待機している個体がいる。加えて、
「やっぱり、あれは止まらないかぁ~。」
群れ長個体、あいつだけは実力が近いのか、ゆっくりとだが確実に踏み入ってくる。このままでは一方的にやられてしまう。かと言って、これを解除すると周りに待機している奴らが襲ってくるだろう。リャナさんはとてもじゃないが戦えないし、エインセルちゃんを戦わせるわけにもいかない……
「……あれぇ?これ、もしかして万事休す?」
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どうしてエリカは動かないんだろう、一番強そうなのが近づいてきているのに、エリカはその場から動かない。襲い掛かってきた他の生き物は、地面から生えてきた布みたいなものに縛られてそのまま動かなくなったけれど、あの強そうなのだけは布に縛られながらも、ゆっくりと近づいてくる。もしかして、あれを使ってる間は動けないのかな…
「エリカ、私がどうにか囮になるから、エインセルと一緒に逃げて。」
「えっ!?」
リャナがエリカに提案する。自分が囮になるから、私と逃げろ、と。
「そ、そんなのダメだよ…」
「そうだよぉ、それはぜぇったいダメ~。
逃げるならぁ、リャナさんとエインセルちゃんの二人。
エインセルちゃん、できる?」
今度はエリカが私に聞いてくる。リャナは戦えない、エリカは動けない。だから逃げる。でも、逃げようとしたらあの強そうなのも、周りでうろうろしてるのも、全部が追いかけてくる。だから、誰かが囮になる。
どうしたらいい、どうすればいい、わかってる、私が戦えばいいんだ。私が戦えれば。でも、怖い、足が震えて、動けない。怖い、怖い。怖いのは嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だいやだ。
「落ち着いて、エインセル。大丈夫だから。
あなたは、私たちが護るから。
だから、走ってみんなのところに戻って、応援を呼んできて?」
頭を抱える私に顔をあげさせ、目を見てリャナが言う。私はまだ、護られるべき子供なのだと。ずっと、ずっとそうだ。箱庭に来た時から、出てきたときも、昨日だって、私を護るために、私たちを護るためにみんなが傷ついている。私が嫌なのは、みんなが傷つくことと、戦うこと。私がここを離れれば、周りにいるやつらはきっと私を狙う。リャナは、それを護ってくれるだろう。でも、戦えない身体で護るということは、そういうことだ。それは、それだけは嫌だ。それが一番、いやだ。
「ダメ、いやだ。
痛いのはいやだけど、みんないなくなっちゃう方が、もっといやだ。
だから、だから怖いけど、私、やるよ、リャナ。」
「…エインセル。」
怖い、私より全然大きいし、最初にエリカが蹴ったのだって、多分なんにも効いてない。私がどうこうできる相手じゃないかもしれない。でも、私だって、護られるだけは嫌だ。それじゃあ、何もできなかったあの時と同じだ。みんなで生きるために、できる事をやりたい。やらなきゃ、いけない。
「エインセルちゃん、無理はしちゃダメだからねぇ~。
ダメそうだったらぁ、みんなで逃げよぉね。
みんなでぇ~。」
「うん、みんなで。」
震えは止まらない。ずっと怖い。でも、誰かが傷つくこと、いなくなっちゃうことより、ちょっとはマシ。嫌だけど、もっと嫌なことよりは、ずっといい。震える脚を一歩ずつ進め、エリカの前に立つ。傷つきたくない、傷ついて欲しくない、そのために強くなりたい。そのために、修行をしてたんだ。やれるだけ頑張れ、私。
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獣はその存在を警戒していた。本来なら、取るに足らない小さな命。いくらかの手下はやられたものの、手負いと小物、そう思っていた。なぜか動かない目の前の個体を屠れば、後は食事にありつくだけだと、そう考えていた。だが、小物と考えていた存在の雰囲気が変わった。妙な気配ではあるものの、急激に強くなったかのような。そんなはずはない、そんなはずはないのだ。
既に、獣の感覚は狂っている。エリカの能力が適用されているこの場において、エリカと同格にあたるその獣は、手下ほどの影響こそ受けていないものの、それでも抵抗しきれず、無視できないほどの干渉を許してしまっている。そのささやかとは言い難い妨害によって、死には至らないものの、徐々に、だが確実に衰弱しているのだ。ゆえに、エインセルを脅威と捉えてもおかしくはない。しかも、彼女は現時点で、無意識にその能力を発動させている。護る覚悟を決め、護られる立場から踏み出したその瞬間から。
魔獣対人外、戦いの火蓋が今、切って落とされた。
やっと、エインセルに1つ選ばせることができました。
引き続き、お楽しみください。




