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終末のオラフォリオ  作者: 冷雹
第二章 余燼鎮静編
10/25

第8歩 邂逅

第8歩、探索回です。

 森を抜けると広がる草原。高低差のある丘のひときわ高いひとつに登って周囲を見渡す。綺麗な景色。その中に、それはあった。


「あれ、箱庭……?」


 ごく最近まで、私たちが暮らしていた施設に酷似した建物が、そこに佇んでいた。それはもう廃棄されて何年も経っているようで、壁面にツタや苔がびっしりと張り巡らされている。箱庭は1つじゃなかったのだろうか。人外の保護施設なのだから、それ自体は不思議じゃない。だけど、ここはオラフォリオの外、人類が住む領域ではない。


「なんで、こんなところに……」


 隣のリャナとエリカを見るが、二人とも信じられないものを見るような顔をしていた。


「無視は、できないよね……」

「でもぉ、この人数だと不安かもです~。」


 リャナもエリカも、調査する方向で話をしている。だが、人数が人数。メンバーがメンバーだ。何かあったときにリャナは戦えないし、エリカは戦えなくもないが、その能力は直接戦闘には向かない。曖昧な地図では、また辿り着けるとも限らない。考えれば考えるほど、放置できない。


「わたしも、頑張る」


 二人に宣言する。昨晩だって、頑張ったらなんとかなった。逃げるにしても戦うにしても、私が戦力外みたいな扱いになるのは、もうおしまいにしたい。



 ───中に入ると、埃だらけで、少しかび臭い。それと、


「なんだろう、この、糸?」


 壁や戸棚、様々なところにキラキラと光る白く綺麗な糸が張り付いていた。先頭に立つのはエリカ、真ん中がリャナで、私は最後尾。特に後ろを警戒しつつ、調査を進める。


「う~ん、どうです?リャナさん、エインセルちゃん。

 二人が居た箱庭と比べて……」


 先頭を行くエリカが、足を止めて振り返る。どうと言われても、そもそも明るさとかいろいろ違うし、なんとも言えない。


「そこまで変わったところはないと思う。

 構造は違うけど、設備としては多分同じ。

 でも、やっぱり気になるのはこの糸よね…」


 ひょいと糸をつまみながらリャナが答えた。確かに、なんでこんなところに糸があるのか。いたるところに張り付いているのを見るに、まるで、巣のような……


「う~ん、魔獣の侵攻を受けて撤退した?で、攻めてきたのが多脚型の魔獣、とかぁ?

 うぅ~~ん。」


 廃墟化した原因を探り、あーでもないこーでもないと頭を揺らすエリカ。多脚型、とはなんだろうか。魔獣は、昨晩戦闘したあれの他にも、いろんな種類がいるのだろうか……で、それが糸を使うってことかな。


「いずれにしても、警戒しなきゃ。油断はできないわね……」


 緊張しているのだろう、全員の口が重い。いつもならエリカが気を利かせておどけてくれるが、ここではそれがない。できないのだろう。先ほどから空気が張り詰めていて、ゆっくりと歩いているだけなのに、鼓動がうるさい。そのとき、視界の端で光るものを見つけた。


「ねぇ、ちょっと待って。

 なんかある。」


 とてとてと歩み寄り、拾う。パッパッと埃を払うとそれは何かの端末だった。


「なにそれ、タブレット?」

「たぶれっと?って言うの?これ」


 リャナが言うには、タブレットというものらしい。箱庭にいた教団員さんが使っていたものだそうで、画面?にいろいろ表示されて、それを触ることで操作するらしい。


「やつらの遺物ですかぁ~?」

「うん。多分ね。

 逃げるときに持ち出せなかったものとかじゃないかな。」


 リャナとエリカに見られながら、スイスイとてきとーに操作していたら何かを開いてしまったらしく、映像と共に音声が流れだす。


「あっ。」


『あー、テステス。撮れてるー?

 よーし、緊急事態なので記録を残しまーす。

 私は、エクス・クエリ・レリーフ。この箱庭第4施設の管理者です。

 ここで保護されている人外がひとり、収容違反で暴れ出して崩壊寸前ですので、経緯とかを残します。』


「なにこれ。

 エクス?この教団員の名前かしら。」

「それにぃ~、第4って言ってましたねぇ……

 お二人が居た施設とここで二つなのでぇ、少なくともあと二つはどこかに箱庭があるみたいですねぇ~。」


 三人揃ってタブレットを食い入るように見る。エクスと名乗る女性が、画面の中で動く。紫色の髪と瞳が、画面の中で(あや)しく揺れている。もしかしたら、この映像からなにかがわかるかもしれない。


『経緯、って言ってもさっき言った通りでー、いつも通り人外の研究、もとい実験をしてたんだけど、ちょっとねー、急成長しちゃってさ。

 いやー、予想外予想外。

 もう凄いのよー。子供だったんだけど、ピリっと割れたかと思えば中から大人が出てきてさー。

 脱皮?って言うのかな。あんな感じ。一回りとかじゃなくてもう一気に。

 で、成長したのは当然身体だけじゃないわけ。子供の時にはわからなかったんだけど、脱皮と共に能力が開花したみたいで、そのまま暴走。

 で、今に至るって感じ。』


 子供が大人に急成長。脱皮。能力の開花。よくわからないけど、凄いことが起きたのはわかった。


「脱皮……その子は、鱗とかあったのかな……」

「う~ん、多分この糸って、その子の能力ですよねぇ……

 脱皮というより……羽化?でも、繭を経由してないみたいですしぃ…」


 リャナとエリカが難しい話をしている。私には何を言っているか全くわからない。映像はまだ終わっていなかった。


『で、それに乗じて他の子も逃げ出しちゃったから、私たちもこのまま逃げることにしましたー。

 だからー、今これを見ている誰だかわかんない君に、この施設のことを任せまーす。

 なんだかわかんない怪しいものを勝手に拾って弄っちゃだめだよー。』


 そこで、ブツッと映像が切れ、タブレットがばらばらと形を変える。


「っ!?エインセル!!」

「ちょっ、エインセルちゃん!」


 リャナとエリカが慌てて手を離させようとするが、間に合わない。


「え。」


 みるみるうちに形を変えたそれは、腕に巻き付き、収まった。


『デバイスの装着を確認しました。

 只今より、本デバイス装着者に施設内全エリアのアクセス権を付与します。』


 腕に巻き付いたそれが何を言っているのかまるでわからない。リャナとエリカが頭を抱えている。どうやらまずいことになったらしい。


「迂闊だった、まさかこんな罠があるなんて。」

「エインセルちゃん、だいじょーぶ?

 痛くなぁい?」

「…うん、痛くはないよ。きつくも、ないかな。」


 どういう仕組みか、私の腕にぴったりとはまってしまい、どう頑張っても外せそうにない。アクセス権ってなんのことだろうか。


「アクセス権。アクセス権って、まぁ、そういうことよね。」

「まぁ、そうですよねぇ…

 エインセルちゃんには悪いですけど、おかげで調査はしやすくなりましたね……」


 なんであれ、役に立てるというのなら悪い気はしない。今のところ、この腕輪もなんともないし。調査を続けよう。



 ───想像していたよりも酷かった。汚れているのもそうだが、その内容。私がいなければ開けられないから、すべての場所についていったが、そこでいろんなものを目にした。

 糸にからめとられ、壁や天井に貼り付けにされたままの教団員と思しき死体。あまりにむごいその有様に、思わず目をそらしてしまった。その先で目にした研究内容が特に酷かった。ご丁寧に映像や画像付きで記録された数々の研究、実験。

 この施設では、子供までもがその対象となっていたらしい。大人との差、成長過程での傷の治り具合とその影響。なかには、やり過ぎて失敗したデータも含まれていて、その一部はわざとの形跡もあった。


「……」

「これは……」

「胸糞ぉ~。」


 リャナもエリカも顔をしかめていて、少し怖い。私がいた箱庭とは違う、暖かさのかけらもない場所。だって、さっきからいろんな部屋を周っているけれど、写真とか玩具とか、そういうものが一つもないのだ。ここにいた子たちは、遊ぶことも出来なかったのではないだろうか。


「エインセル、ごめんね。こんなもの見せて……」

「ううん、大丈夫……」

「そろそろぉ、帰りましょぉかぁ~。

 もうほとんど見て回ったと思いますしぃ~。」


『あと三か所、開放していないロックがございます。

 そちらへ向かってください。』


 大体見終わって帰ろうとしたその時、腕に巻き付いた機械が音を鳴らす。あと三か所、見に行けという。


「どう、する?」

「三か所、ですかぁ……」

「それぐらいなら回ってもいいけど、大体の真相は分かったからなぁ…」


 三人で顔を見合わせる。ここに長居するのは危険だし、里へ向かう時間がどんどん遅くなる。それはそれとして、もしも誰かがいるなら、何かがあるなら、情報が欲しい。


『あと三か所、開放していないロックがございます。

 そちらへ向かってください。』


 再び、音が鳴る。同じ文言。どうしても全部開けさせたいらしい。


「このまま帰ったら、これがどうなるか分からないのも怖い、か。」

「ですねぇ、エインセルちゃんの腕が心配ですしぃ、仕方ないですねぇ~。」


 勝手に巻き付いた機械だ、無視したら何が起こるかわからない。というのも後押しして、とりあえずは指示に従うことにした。

 指示に従ってたどり着いたのは、ひときわ重厚な扉。二重にロックがかかっていたようで、三か所のうちの二か所がここだった。開放された場所は、これまでの場所と違って綺麗だった。糸がまとわりついていないどころか、埃すら見えない。


「わぁ……」


 棚に並んだ、瓶詰めされた液体。難しそうな本の数々。そして、見たこともない生き物の、一部。なんだろう、これ。三つのはさみを持った、たくさんの足が生えた生き物や、大きく膨らんだトゲトゲの玉みたいな生き物。見たこともないものが並んでいた。


「さそり?に、ふぐ?

 なにこれ……」

「こっちはぁ~、いぬって書いてありますねぇ……

 多分生き物なんでしょうけどぉ、なんですかねぇこれ。」


 どうやら、リャナやエリカの高さからは、瓶に貼られたラベルのようなものが読めたらしい。さそりにふぐ、それといぬって言ってた。なんだろう……


『何者かが接近しています。直ちにその場を離れてください。

 繰り返します。

 何者かが接近しています。直ちにその場を離れてください。』


 ビーッビーッ、という警告音と共に腕の機械が音を鳴らす。ここを出ろと言うのだ。


「ちょ、なに!?」

「接近~?そんな気配はぁ……」

「リャナ、エリカ、早く早く。」


 急いで離れないと。こんなに警報が鳴っているんだ、ここにいたらきっと危ない。早歩きで離れると、ほどなくして警告音が止んだ。


『反応が遠ざかりました。

 ……最後のロックを解放しに向かってください。』


「良かった、逃げ切れたみたい。」

「……そうね。良かった、わね。」

「うーーーん……」


 リャナとエリカの反応が鈍い。せっかく危機を脱したのだから、喜べばいいのに。とにかく、最後のロックとやらを外しに行こう。


「ほら、二人とも、行こう?」

「考えても仕方ない、か。うん、行きましょう。」

「そうですねぇ。気になりますけどぉ、他に選択肢もないですしぃ~。」


 再び、指示に従って施設内を歩きだす。時折、さっきと同じ警告音が鳴って、遠回りしたみたいだけれど、なんとかたどり着いた。


「しょくどう?」

「うん、そう書いてあるね。」

「よく読めましたぁ~。エインセルちゃんてんさぁ~い。」


 入口に書いてあった文字を読んだら、エリカが褒めてくれた。ちょっと誇らしげに、最後のロックを開放して中に入る。そこは、私の知っている食堂とは違った。長椅子も長机も、糸で絡めて積み上げられ、中央に全て集まっていた。


「変ね、ロックがかかっていたのに、ここにも糸がある。」

「というかぁ、さっきの部屋以外ぜぇんぶ。

 私たちはロックを開けないと入れなかったのにぃ、全部の部屋に糸はありましたねぇ~。」


 確かに、言われてみればそうだ。私たちはずっと、この腕に巻き付いた機械でロックを解除して探索してきた。それは、解除しなければ入れなかったということ。それなのに、入る部屋全てに糸はあり、壊されたあとがあった。

 これまでの探索結果から警戒心を強め、食堂に踏み入るのを躊躇していたその時だった。積みあがった長椅子の向こうから、声が響いた。


「どなたですか…?」


 ガコンガコンと音がする。天井の方。そして、ぼとりと、それは降りてきた。

 それは、美しい人外だった。白く綺麗な長髪。頭部には毛並みの美しい触角があり、その背には鮮やかな紋様をあしらった大きな羽根を持っていた。この廃墟にはとても似つかない、儚く、ただただ白い、美しさの暴力がそこに居た。


「あなた、は?」

「……蝶よ花よと、愛でられました、

 夢を、賜り──幸せでした、

 ……それら全ては、まやかしでした、

 カイコは、いったいなんなのでしょう。」


 その白は、かつての情景を思い出すように見上げ、その後の惨状を思い出したように目を伏せ、そうしておぞましいほどの真顔になり、こちらへ向きなおる。


「ダクト、なるほどね。」

「確かにぃ、それならほとんどの部屋に出入りできますねぇ~。」


 私がその存在に見とれる後ろ、リャナとエリカは冷静だった。しかし、その雰囲気は今までとは違う。一層の警戒を持って、カイコと名乗ったその人外を見つめていた。


『敵性人外の反応を検知しました。

 反応パターンから、本施設壊滅の原因と推測します。

 駆除を開始してください。』


 腕についた機械が音を鳴らす。その瞬間、空気が凍った。カイコと名乗る白が一切の動きを止め、血のように赤い瞳で私を凝視する。その視線が痛くて、目をそらした。そらしてしまった。


「「エインセル!!」」


 刹那、二人の叫び声が聞こえ、私は横に飛ばされていた。


「ぅげっ!?」


 淡い痛みの中、起き上がって二人の方を見ると、先ほどまで私が居たところに孔が開いていた。何が起きたのかわからない。それでも、薄暗い食堂の中でも白く目立つカイコと名乗った人外は、その双眸で痛いほどに私を見つめていた。

廃墟に棲まう人外、カイコ登場回でした。

次回、戦闘回です。

引き続き、お楽しみください。

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