第9歩 溢れる
すこぶる筆が乗ってしまっています
キリキリという音が聞こえた気がした。気が付いたら脇腹に衝撃を受け、横に飛んでいた。
「ふぅ、ふぅ。」
そこまで痛くはない。リャナかエリカか、気を遣ってくれたのだろう。落ち着け、落ち着け。魔獣の時より、怖くない。大丈夫。
「あなたは、人外?それとも…」
カイコが口を開く。また、キリキリという音がかすかに聞こえた。気がした。直感に従って前に飛び出そうとして、失敗した。身体が動かない。恐怖でというよりは、動きを縛られているような。
「なに、こ、れ。」
動きたくても動けないことからエリカの方を見るが、エリカも動けないようだった。唯一、リャナだけは動けるようだったが、食堂の外に飛び出したのだろう。廊下に倒れている。
「その腕輪、あいつらの……
でも、あなたは人外…
あなたたちは、なに?」
キリキリ、今度は気のせいじゃない。私の周りを囲むように、白くキラキラと光る糸があった。グルグルと回るように床も天井も切り裂きながらゆっくりと迫ってくる。逃げたいのに動けない。怖い。
「はっ、はっ、はっ……」
「……あなた、何かしてる。」
カイコがエリカの方を向く。エリカはニヤリと笑って、ゆっくりと動き始めた。しかし、拘束を完全に振り切ったわけではないらしく、その動きは緩慢だった。
「えり、か。」
「エインセルちゃん、ちょっと待っててねぇ~。」
「糸の動きが、悪い?
あなたの能力?」
ゆらりと、ゆっくりした動きでカイコがエリカに近づく。意識がエリカに向いたからだろうか、少しだけ動けるようになってきた。
「エインセル、ちょっとそのままでいて。」
後ろから、リャナの声がする。いつの間に後ろに来たのだろうか。杖をつきながら私の身体にペタペタと触る。そして、何かを見つけたようだった。
「やっぱり。」
ふっと、右腕の拘束が無くなった。続いて頭、胴と次々と拘束が無くなっていく。いったい何をしているのだろうか。
「多分、あの子の能力は糸。
いつの間にか、私たちの身体にほっそーい糸がくっついてて、それで動きが制限されてたみたい。」
よくよく目を凝らすと、確かに糸が見えなくもない。こんなものがいつの間にかくっついていたらしい。動けるようになった私は、直ぐには動けなかった。動けないことが怖くて、じわじわと迫る脅威が、逃げられないことが怖かった。それでも、今、一人でカイコと戦っているエリカを助けに、奮い立たせる。
「エリカ!」
「エインセルちゃん!?」
「そう、エリカにエインセル、って言うのね。」
目を凝らさずとも見えるほど太い糸を放つカイコと、それを懸命に避けるエリカ。その間に割って入る。その辺の瓦礫を拾って、エリカに絡みついた糸を切る。
「およ、ありがとぉ~。」
「リャナが見つけてくれた!」
「あっちの子が、リャナ、ね。
そう、気づいたの…」
三度、カイコが糸を放つ。それは、隙間のない網だった。エリカの能力の影響でゆっくりと迫るそれを、瓦礫で切り裂こうとするが、切れない。
「あれ?なんで!?」
「かったぁーい。避けなきゃダメだったぁ~。」
「……糸は、太ければ太いほど硬くなるのよ。」
捕まった。今度は切れない糸で。網で地面に貼り付けられた体勢で、迫りくるカイコを見ることしかできない。
『敵性人外の駆除。敵性人外の駆除を。敵性人外の駆除───
駆除駆除駆除駆除駆除駆除駆除駆除駆除駆除駆除……』
ガガガッと壊れたようにデバイスが音を鳴らす。段々と音が小さくなり、止んだ。ゆっくりと歩いてきていたカイコの動きが止まり、ゆっくりと頭に手を当て、ガリガリと搔き始めた。
「あ、ああ、あ、あ、あああ、ああああああ、あああ、ああ、あああああ」
綺麗な髪が乱暴に搔きむしられぼさぼさになる。半狂乱のその様が、神秘的ともいえる容姿と相まって恐怖心を煽る。
「なに、もう、いや。」
「お、落ち着いてぇ、エインセルちゃん。
リャナさぁ~ん。」
怖くて震えが出始めた私を宥めながら、エリカはどこか情けない声でリャナを呼ぶ。カイコは、未だ半狂乱に喘いでいる。
「おっ待たせっ!!」
勢いをつけて飛び上がったリャナが、今度は天井を蹴って床に突撃する。衝撃で床が陥没し、私たちを拘束していた網が緩んだ。
「ありがとぉございまぁ~す。」
「ぐぇっ?」
緩んだ隙に、エリカが私を連れて網から抜け出す。服を引っ張られて首が絞まって一瞬苦しかったが、何とか体勢を立て直す。既にカイコは静かになっていた。
「駆除、私を?あなたたち、は、人外…?
なら、どうして私、を?操られ、敵?」
ぶつぶつと呟きながら、ふらふらと動き出したカイコ。また、私の腕が動かなくなる。いつの間にかまた糸を付けられたらしい。
「また!?」
「あらぁ、油断しちゃったぁ~。」
まだ動く脚で、カイコから全力で離れる。どこかに引っかけて引きちぎる作戦。どこか、何かないか。
「…逃がさない。」
「うぁ!?」
「リャナ!!」
ようやく見つけた瓦礫に身体ごとこすりつけて何とか糸を切る。悲鳴が聞こえてみれば、リャナが立っていた。いや、立たされている。片足がないのに杖もなく立てていることを見るに、リャナにも糸がついていて、それで操られているんだと思う。
「あちゃぁ、そりゃそうなりますよねぇ~。
さぁて、どうしますぅ?エインセルちゃん。」
「助ける。リャナは助けて、カイコは……カイコも助ける…!」
ですよねぇ、そう来なくっちゃぁ。とエリカが答えて駆け出す。それと同時に地面や壁から、布のようなものが生えてきた。
「?あれって、前の。」
「ちょぉっと違いますねぇ~。あれ使うと動けなくなっちゃうのでぇ、ちょっとやる気出したぐらいのやつぅ~。」
布がリャナとカイコに巻き付き、その動きを制限すべく、ピンと張り、軋み始める。リャナを操る糸の力はそれほど強くないようで、リャナは動かなくなる。
「あっちの子は、全然元気ですねぇ……
わたしよりずっと強いみたい。困っちゃうなぁ……」
「わ、私、頑張る。あの時みたいに。」
「う~ん、頼もしぃ~。
一緒に頑張ろーねぇ~。」
助ける。リャナはもちろん、多分ここの被害者であるカイコも、二人とも助ける。そう思うと、力が漲ってきた。動ける。今は、今だけは怖くない。
素手での応酬。エリカの突き出した空拳がカイコの頬を掠め、カイコの繰り出した膝をエリカが手で制す。かと思えば、エリカの背後から糸が迫り、それを察知したエリカがカイコと位置を入れ替わるように組技を仕掛ける。結局躱されてしまったが、糸の攻撃を回避することにも成功している。
「すごい……」
「エインセルちゃぁ~ん、見てないでたぁすけてぇ~。」
泣き言を言うエリカは、口ぶりほど余裕が無いようには見えない。それでも、私を奮い立たせるために頼ってくれている。きっとそう、そう思いたい。多分、おそらく。
カイコがチラと私の方を見て、手を振るった。格子状の糸が、ガリガリと床と天井を削りながら迫りくる。でも今は避けられる。
「ふっ!」
「…それは、囮。」
格子の隙間、まばらな網目の隙間を抜けたところで、カイコが口を開く。途端、避けて通り抜けたはずの糸が踵を返して襲ってきた。私の周りを囲むように、包むように。
「このぉ、こっちに集中しろぉー。」
「別に、無視してはないよ。」
「んぇ?どひゃぁ!?」
「エリカ!」
わたしを心配してか、エリカがカイコに突進するが、目の前に出現した糸に翻弄されている。再び瓦礫を拾い上げ、今まさに私を捕まえんとする糸を切り裂き、加勢する。
「……嘘、あれを切れたの?どうして。」
「わかんないけど、なんかいけた!」
がむしゃらに攻撃する。ここまでのやり取りで分かった、この人は強い。とんでもなく。それもそのはず、ここはこの人が棲んでいた場所。指から新しい糸を出してもいるけれど、いたるところに張り付いていた糸がそのまま、この人の武器なんだ。リャナが万全でもどうだったか。
『速やかに駆除してください。速やかに駆除してください。速やかに駆除してください。速やかに駆除してください。速やかに───』
「あぁもう!!うるさい!!!」
空気を読まずに再び鳴りだしたデバイスに苛立ち、腕ごと壁に思いっきり叩きつける。あんなに頑張っても外れそうになかったデバイスは、バチバチと音を立てて壊れ、ずるりと外れた。
「……………こわ、した?」
「え?」
デバイスが壊れたのを見て、カイコがぴたりと動きを止める。戦闘中の急な停止に、素っ頓狂な声を出してしまった。エリカも驚いて動きを止め、リャナも警戒が緩んでしまっているようだった。
「あなたたち、本当に、なんなの……?」
心底困惑した様子で、カイコが聞いてくる。そういえば、最初からずっと私たちがなんなのか、を気にしていた。
「もしかして、これのせい……?」
壊れたデバイスに目を向ける。思い返せば、様子がおかしくなったのは、このデバイスが鳴った時だった。これが原因だとすると、つまりは箱庭に強いトラウマが、ある?
「私たちはぁ~、廃墟になったここを調査に来ただけだよ~。」
「探索してたら、その子の腕にその、デバイスがくっついちゃってさ、外せなかったからそのまま探索を続けてただけだよ。」
エリカとリャナが、カイコに説明する。まだ、警戒は解いていない。私も、その挙動のすべてに気を張っている。
「……そう。
ねぇ、ここを見て、どう思った?」
「…惨状としては、まぁ、酷かった。かな。」
「でもぉ、自業自得ぅ、ですよねぇ~。」
迷っている様子で、質問を投げ続けるカイコ。リャナとエリカが答えたが、それに対して少し目を伏せて、それから私を見つめた。
「あなたは?」
「……私、は。私は、可哀想だと、思った。」
「そう、なのね……」
満足したのか、カイコは頷いて、積み上げられた長椅子の1つに腰かけた。ふぅっと息を吐いて、脱力する。連動して、触角は垂れ下がり、羽もしおれていく。終わったのだろうか。
「…………ねぇ、ここを全部調べてきたんでしょう?
そしたら、他にここに残っている子は、いなかった……?」
心底心配そうな顔で、切実な口調で聞いてきた。
「私たちが見た限りでは、いなかったわ。」
「ご遺体もぉ、人外の子の物はぁなかったと思う~。」
その言葉を聞いたカイコは、安心したような表情になった。
「ねぇ、カイコ、はどうしてここに残ったの?」
どうしてここに、誰もいなくなった場所に残り続けたのか。どうしても気になってしまって、聞いてしまった。
「……私が壊したの、ここ。
保護してあげるって、友達もいっぱいいるって、連れてこられたの。」
一緒だ。私も、名前しかわからない中、同じようにして、箱庭に連れてこられた。違うのは、私は、何も知らないままだったということ。リャナ達が酷いことをされているなか、私は何も知らずにグレム達と遊んでいた。幸せで、暖かい記憶。でも、きっとカイコは違う。
「最初はよかった。本当に、優しくて、愛されていた。でもいつしか変わったの。所長さんが変わってから。みんな変わってって、誰もかれもが傷ついていた。私も……」
話しながら表情が変わる。思い出しているのだろう。善意も、悪意も……
「だから、壊したの。
みんなが逃げられるように、これ以上誰も傷つかないように。
でも、まだ誰かが残ってるかもしれない、そう思ったら出られなくて。
あなたたちが来てくれてよかった……もう、誰も残っていないのね……」
穏やかな、聖母を思わせるような柔和な微笑みを浮かべて、カイコは目を閉じる。美しさの暴力とも言えるその容姿も相まって、神秘的だった。再び開いたその目は、どこか覚悟を決めたような色が浮かんでいた。
「調査が終わったなら、出るのでしょう?ここに誰もいないなら、私も出て行くわ。」
「出て、どうするの?行くところがないなら、私たちと一緒に行こうよ。
ね?リャナ、エリカ、いいでしょ?」
「う~ん、まぁ~事情を説明すれば~?いいかもですねぇ……」
「うん。ほっとくわけにも行かないしねぇ……」
こうして、廃墟の箱庭の探索は終わった。人外保護施設、箱庭。優しさと残酷さを併せ持った、歪な施設。でもそれは、教団の人みんなが悪いわけではないように思う。カイコの話でも、所長さんとが変わるまでは優しかったみたいだし……本当に、なんなんだろう……
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エインセル達がカイコを連れて去った後、食堂に残されたデバイスが微かに光る。
『敵性人外の、施設からの排除確認。施設内に生命反応なし。安全を確保いたしました。
全隔壁を閉鎖します。適切な生体認証でのみ、解除可能です。』
音声に合わせて再び食堂の扉が閉まる。エインセル達が開けたロックが次々と閉まっていく。やがて、入口の扉も閉まり、ピピっとロックがかかった。
『……ありがとねー。』
全てのロックがかかり、侵入を拒む形を整えた廃墟に、デバイスを通じて何者かの声が響いていた。
廃墟箱庭探索パート終了です
次回あたりで、隠れ里につくと良いですね。。。




