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終末のオラフォリオ  作者: 冷雹
第一章 箱庭崩壊編
6/25

第5歩 引き際

大分駆け足できました、第五話です。

 食事を終え、グレムと共に訓練場へ向かっていた。訓練場までの道でも追いかけっこは忘れない。茂みや木の(うろ)を利用して逃げるグレムと、枝や幹を蹴って立体的に追う私。

 そんな時だった。


「あっつ!?」

「っづぁっ!!」


 焼けるような暑さ。熱が、空から降ってくる。森が乾き、葉がしなびれ、洞が蒸し地獄と化す。突如として来襲した灼熱は、私たちを焼こうとして、引いていった。───ノヴァが周囲への被害を気にして、さらに上空へと飛び去った結果なのだが、エインセル達は知る由もない───干乾びた景色が、今の現象が幻ではないことを鮮明に語る。



「大丈夫?グレム。」

「…うん、びっくりしたけど、それだけ。

 なんだったんだろう、今の…」

「わかんない……とりあえず、みんなのところへ戻ってみよう。」


 一抹の不安を覚えながら広場へ向かう。焦燥から、自然と早くなる足に躓きそうになりながら走っていると、どこからか衝突音が聞こえ、続けて見知った声が耳に入る。


「今の声…リャナだ!」

「なにが…ううん、とにかく行こう!」


 こみ上げてくる言い知れぬ恐怖心を抑え込んで声のした方へ向かうと、そこには、見知らぬ幼女と交戦するリャナがいた。

 その幼女は、一目見てわかるほどに異質な気配を纏っていた。幼女の周囲の景色が揺らいでいるのだ。否、爆ぜている。景色が一瞬弾けたかと思えば、また別の場所が揺れ、弾ける。彼女の周囲は絶えず爆ぜ、歪む景色で距離感が掴めない。


「誰、あれ…」

「っ!リャナ!!」


 その異様さに目を奪われている私の横で、グレムがリャナを見つけて駆け寄る。刹那、グレムの姿が掻き消えたかと思えば、グレムのいた場所が弾けた。


「ちっ、逃がしたか。」

「グレム!あなたどうしてここに!?」


 気付けば、リャナがグレムを抱えていた。グレムの出現により、幼女がグレムを攻撃。その攻撃が当たる前にリャナが助けに入った。というところだろうか。

 今更ながら、戦場に出くわしてしまったことに気づき冷汗が噴き出る。嫌な汗が背中を伝い、痛いくらいに心臓が脈打つ。無意識に息を止めてしまう。まだ、自分は気づかれていないはず。気づかれていれば同じように攻撃されるはずだから。

 リャナの速度なら幼女の攻撃を躱すことができているようだが、幼女の周りが不定期に爆ぜるため、攻め切れないでいるようだった。

 グレムの登場により動きを止めたリャナ。その隙を、相対する幼女は見逃さない。


「リャナ!危ない!!」


 気付けばリャナを突き飛ばしていた。リャナの近くの空間が揺らぐのを見た私は、彼女を助けようととっさに全力で踏み切っていた。直後、強い衝撃に弾き飛ばされる。


「うぶっ!?」

「「エインセル!!」」


(息ができない。全身が痛い。体が動かない。怖い。痛い。苦しい。遠くで、吹き飛ばされた私を心配するグレムとリャナの声が聞こえた気がする。)


「あぁあぁああああぁぁあぁぁぁあ!!!」

「煩い。」

「グレム!!」


 激昂したグレムが突撃するも、出だしで弾かれる。力なく飛ばされる彼女を受け止めようと駆け出したリャナを、不可視の打撃が無慈悲に襲う。


(…やめて。グレムを、リャナを、これ以上、誰も殺さないで……)


 願いは虚しく、身体は動かず、声すら出せない。辛うじてグレムを受け止めたリャナは、何とか速度を上げ、攻撃を避け始める。膠着は一瞬だった。



 ────────────────────────────────



 時は遡り、リャナとノヴァがいなくなった広場。残された者たちの戦いが始まっていた。

 人数差はあれど、人外とは人を遥かに上回る能力を誇る、神話の体現者である。普通なら人間が幾人束になろうと物の数ではない。そう、普通なら。相対するは英雄部隊。人外に近い、場合によっては上回るほどの能力を持つ、新たな神話の部隊である。

 トロイとエリカは、彼らの秘めたその能力を正しく理解し、緊張の汗を流した。


「や、厄介なのは引きはがしてもらったから、あ、あれぐらいは、ね。」

「う~ん、サクッと片付けて~、二人の援護に行こ~。」


 強がりを口にするが、そう簡単ではないことを察していた。だが、引くわけにはいかない。人外対英雄部隊、どちらともなく動き出した戦場は、直ぐに傾くことになる。


「ぐぁっ!」

「ごぼっ!?」


 数で劣る人外、囲まれてしまえば抵抗は虚しく、次々となすすべなく倒れていく。その光景に、唇から血が出るほどに歯がゆい思いを噛みしめ、ひとりでも多く、早く、数を減らす。耳に入る悲鳴が、味方か敵かもわからないほどに。


「こいつら、強いぞ!?」

「囲め囲め!数ではこっちが圧倒的なんだ!」


 有象無象がほざいている。雑魚のさえずりに耳を貸す暇はない。

 誰も気づかぬうちに発動されたエリカの異能。その効果は、あらゆる行動のささやかな妨害。全力で行使すれば相手を拘束することも可能だが、全体に散らすことで、相手の能力を数段落とすことができる。

 例えばそれは回避行動。退こうとするその数瞬が、思考ですらも鈍くなる。戦場では命取りとなる遅れ、それを誘発させる能力であった。


「がはっ、は、はやい。」


 否、彼らの動きが遅くなっているのだ。全てを阻害する能力は、その影響下にあると気づかれることもなく、致命的な隙を生み続ける。しかし、物量差は凄まじく、まだ半数ほど残っている英雄部隊に対して、人外側はもはや片手で数えられるほどしか残っていなかった。


「ふぐっ、うぅぅ…」

「な、泣かないで、エリカ。

 エリカは、が、頑張ってるから。

 お、お姉ちゃんも、本気、出すね。」


 惨状を前に、自身の力不足に涙ぐむ妹を目にし、姉は覚悟を決める。事ここに至っても、トロイはその能力を使用していなかった。それは、自信のない彼女の性格によるものでもあるが、エリカと違い、敵味方の判別ができない制御技術の未熟さゆえの温存であった。彼女の能力は、多勢に無勢の場合に真価を発揮する。自身を視認した者の敵と味方を、その認識を撹拌する、無差別な精神干渉。控えめな彼女に似合わぬ、狂喜乱舞。

 それでもなお、戦況は芳しくない。それもそのはず、相手はただ身体能力の高い人間というわけではない。相手も同じように、異能を有しており、それを発揮しているのだ。

 先ほどから血が止まらない。傷の治りを遅らせる能力者がいるのだろう。気づけば小さな孔が開いている。貫通はしないまでも、砂のような粒子を扱う者がいると考えた方が良いだろう。気づきにくい能力ばかりではない。先ほど、味方を二人ほど蹴散らしていた奴は見るからに当初より大きくなっている。増強型の能力とみて間違いないだろう。

 それらがどこまでの脅威か、それを予想、即判断しつつ戦う。気がつけば英雄部隊も残り数名、人外は、トロイとエリカの二名しか残っていなかった。


「くそっ!倍以上の人数差があったはずだ、なぜこうも…」

「言ってる場合か!全滅する前に救援を──」

「させるかぁああああ!!」


 増援など来させるものかと踏み込むも、間に合わない。異様に響く不快な鈴の音があたりに鳴り響いた。



 ────────────────────────────────



「救援要請?ばかな…あの人数差で……?」


 広場から少し離れた場所、二匹の人外を守るように瀕死の身体に鞭を打つ人外を尻目に、鳴り響いた音に意識を向ける。あれほどの戦力差で、ましてやクライア卿も居るのに救援を要請するほどとなると、よほど想定外のことが起きたに違いない。一刻も早く向かう必要がある。


「……っち。」


 とどめを刺しておきたいのは山々だが、もはや死に体となった三匹、放っておけばいずれ死ぬだろう。二匹の幼体の能力が不明な点だけ気がかりだったが、そうも言っていられない。後ろ髪をひかれる思いでその場を後にする。



 ───広場に着くと、ちょうどクライア卿も要請を受けて降りてきたところだった。


「クライア卿!今までどちらへ……?」


 抱いた疑問の回答は、直ぐに出た。いや、降りてきた。


「なんじゃ、楽しくなってきておったのに、妙な鈴の音を聞いて血相を変えて降りよって。

 よほど仲間が大事と見える。」


 凶星 レプティレス・ノヴァ。教団の特別危険指定人外の一柱。その災害がこの場に顕現していたとは、そして、クライア卿がそれを引き受けていたとは…


「……やむを得ません。ここは退きましょう。」

「なっ!?」


 クライア卿が撤退を提案するなど、確かに、動ける者は、生きている者は私たちを含めても数名、壊滅状態といって差し支えないだろう。だが、私と彼がいれば、かの凶星であろうとも───


「…逃がすと思うてか?」


 凶星が、重々しく口を開く。こちらに凄まじい威圧感を与えるそれは、まさに星の名を冠するに相応しいだけのものだった。


「……そうなれば、私は全力で抵抗します。あなたとて、生きて帰れる同胞を自らのせいで死なせたくはないでしょう。」


 ───倒せる。そんな思考は霧散した。底の見えない力の奔流、その一端を垣間見せられ、戦おうという気すら削がれそうになる。なんだこれは、こんな次元の存在がいるのか。まさしく災害。

 並び立つクライア卿ですら汗を滲ますその存在は、意外なほどにあっさりと、私たちを見逃した。

 そうして、辛うじて息のあった数名を連れ、私たちはその森を後にした。


「クライア卿、国の近隣にこれほどまでに強力な個体が潜んでいるとは、思ってもみませんでした……」

「…ええ、私も、あのような存在、資料の通りとんでもない存在でしたね。

 まるで衰えていないどころか、むしろ……

 いえ、今はそれより負傷者の手当てを急ぎましょう。

 来た時同様、私の船を出します。全員乗りなさい。」


 そう言いながら、クライア卿はご自身の能力である方舟を顕現させる。私を含めた全員が乗船したことを確認すると、その船は動き出し、みるみるうちに王都へ近づくのだった。

 見逃された。あれは、その気になればその場を焦土と化すことができる災害だ。あれがなりふり構わず暴れていれば、クライア卿と私はともかく、生き残った数名の命はなかっただろう。或いは私も……



 ────────────────────────────────



「…行ったか。」


 去っていく英雄部隊を睨め付けながら、周囲の安全を確認する。倒れ伏す同胞の亡骸を見て、不快感がこみ上げる。怒りが沸々と沸いて、今にも追いかけて飛び掛かりそうなほどだが、今気にするべきは別にある。この子たちだけはと、ギリギリで戦地から逃がした二人を探しに行かねばならない。あの場にチビの教団員がいたことから、リャナも気がかりだ。


「トロイ、エリカ、よくぞ生き延びた。

 他の者は残念だったが、お前たちだけでも生き残ったこと、嬉しく思う。

 私はリャナと二人を探してくる。しばし休むといい。」

「…ノヴァ様、申し訳ございません……」

「ごめんなさいぃ……弱くて……」


 ……気にするなという方が酷か。探しに行かないわけにもいかんし、仕方があるまい。


「まったく、若いもんは……守れなかったのは長たる私の責任だ。

 お前たちが背負うことは無い、といっても割り切れないだろう。

 ほれ、探しに行くぞ。」

「わっ。」

「わぁ~。」


 うなだれる二人を担いで歩き出す。ふふふ、手のかかる子たちだ。でも、優しい子だ。私はもう、涙も出なくなっちまったからね……あるのは怒りだけだ。

 訓練場への道中、茂みの方からすすり泣く声が聞こえた気がしてそちらへ向かうと、横たわるグレムとリャナに泣きつくエインセルがいた。


「……お前たちも戦ったのかい。」

「違うの、私たちは足手纏いで、リャナは、リャナが庇ってくれて。

 ぐすっ、ひっく、う˝あぁああぁぁぁぁ……」


 見れば、二人に傷はない。いや、リャナの方は片足が無くなってしまっているが、それでも傷は塞がっている。いかに身体能力が高い人外とはいえ、ここまでの治癒力はない。グレムかエインセルか、どちらかの能力によるものだろうが、無意識か。二人の意識はないが、呼吸は安定している。生きてはいるらしい。


「……よしよし、撫でてやりたいが、今手が塞がっていてね。」

「お、降ろしてください。」

「おろして~。」


 流石に子供に見られるのは恥ずかしいのか、抱えられた二人が暴れるので降ろしてやる。抱えていた二人を降ろしたことで空いた手で、エインセルを撫でる。サラサラだった髪は荒れ、土くれや葉っぱがついてしまっている。この子は優しすぎる。今はただ、戦闘についてこられなかっただけだろうが、いずれ強くなった時、それでもこの子はきっと敵を殺せない。


「……もういやだ。もう、戦いなんてしたくない、見たくない。

 帰りたい、あそこに。優しかったあの場所に……」


 戦意喪失。帰りたい、か。無理もない、元々『箱庭』で育った子だ。こうも連続ではな。


「……今は休みなさい。

 リャナとグレムが目を覚ますまで、ゆっくりと。」

「……」


 この集落で生き残ったのは、私を除いて五名か…嫌になる……敵を滅ぼせなかったのは残念だが、生き残った者がいたことは喜ばしい。特に、未来ある子供が二人とも生きている。こんなに嬉しいことは無い。

 私がいることが知れれば、奴らもすぐには襲ってくるまい。来るとすれば、あの女ぐらいなものか。


「久しぶりに、連絡でもするかの……」


 そうして、どこへともなく意識を向ける。深いつながりを持ち、分身ともいえる同胞に向けて。



 ────────────────────────────────



 目が覚めるともう夜だった。焚火の明かりが、眩しい。それに、やけに静かだ。起き上がると、数人が焚火を囲んでいるのが見えた。


「起きたね、エインセル。

 こっちへおいで。」


 ノヴァに呼ばれるままに近寄る。いつもの広場ではないことに違和感を覚えつつも、そろそろ食事の時間かと思い、気づく。リャナの右足が無い。そうだ、リャナは敵と戦っていたんだ。私とグレムを庇って。それで、その時に足を……

 そこまで思い出して身体が震える。嫌な汗が噴き出し、呼吸が乱れる。ふと、背中に手が触れる。暖かい。優しく撫でるその手は、エリカのものだった。


「痛かったねぇ、怖かったねぇ、もう、大丈夫だからね~。」


 エリカのおっとりとした口調が、声が、癒しをくれる。気づけば、震えは止まっていた。


「……落ち着いたかい?

 少し早いが、先の話をしよう。

 先ず、エインセルとリャナはここを離れ、里に向かいなさい。

 人類と断絶した生活を送る隠匿派、その隠れ里だ。

 今のリャナは戦える状態ではないからね、エリカを護衛につけよう。」

「え。」


 グレムは?そう言おうとしたが声にならない。わかっている、きっとグレムは残るといったのだ。戦うと。私にはそれは言えない。誰かが傷つくのを見たくないのは一緒だが、私には、傷つく覚悟が、できなかった。


「…グレムは、私とトロイと一緒に修行だ。

 この集落の他にも、志を同じくする同胞はまだいる。

 エリカが戻ったら、彼らと合流しに向かう。」


 強いなぁ、グレムは…私だけ逃げて、ごめんね。


「さて、いろいろあったからね。

 エインセルは起きたばかりだが、出発は明日だ。

 また、おやすみ。」


 悲しい。そして、悔しい。何もできなかった。しようと思えなかった。怖かった。痛くて、苦しくて、もう嫌だと思った。そうして、私は逃げる。人から。人類から。

 立ち向かうグレムと自分の差に、私は嫌気がさし、涙が滲む。もう何も考えたくないと、深く頭を抱え込み、再び眠りについた。

ここでいったん一区切りとして、のんびり投稿をさせていただきます

更新の際は twitter (https://x.com/reil_hail?s=20 )にて報告をあげておりますので、よろしければご確認ください

では、また次話で

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