第28歩 表明
『……もういやだ。もう、戦いなんてしたくない、見たくない。
帰りたい、あそこに。優しかったあの場所に……』
いつだったか、あの子が言っていた言葉だ。過激派英雄の襲撃を受け、集落が壊滅した後の言葉。グレムが気を失い、リャナが片足を失った。それらが自分のせいで引き起こされたと、正しく理解してしまったが故の、逃避。
「あんなことを言っていた子が、随分と強く育ったものだ……
これは、狐雪の下に預けて正解だったかな?」
礼のひとつでも言っておくべきか。
どこへともなく、意識を向ける。深いつながりを持ち、分身ともいえる同胞に向けて。
(あー、あー、聞こえておるか?)
(なんやけったいな声が聞こえる思ったら、なんやの?ノヴァ)
念じることで会話を行う、念話。これができるのは、私と狐雪、あとは穏健派で長をやっとるあやつぐらいのものだろう。時間も時間だ、寝る直前だったのか、不機嫌そうな声が返ってくる。
(なに、大した用ではない)
(大した用でもないのにかけてきなんなや…)
(まぁそう言うな。五年前にお前のとこに預けた子、エインセルが今私の下にいる)
(ほう、なんやあの子、あんたんとこに入るんか?)
念話越しに伝わるこれは焦りだろうか。いや、不安だろうな。狐雪は一度面倒を見た相手に対して深い情を持つ。危険な目にあって欲しくないのだろう…
(いや、そう言うわけでもないらしい。
どうも、あやつにはあやつなりの考えがある様子ではあったな。)
(ほ、それならええわ。
変なこと吹き込まんとってや?)
(そのつもりなら端からお前の下になど送らんわ。
そういえば、面白い話を聞いたぞ?)
(……面白い話ぃ?なんやの?その言い方、気ぃ悪いわぁ…)
怪訝な表情が目に浮かぶようだ。くつくつと笑いながら答えてやる。
(お前さん、エインセルに一本取られたそうじゃないか。)
(んなっ!?)
ピシ、と固まった音が聞こえた気がする。以前やり取りしたときに言ってこなかったのは、私がからかうのをわかっていたからだろうが、その辺り、エインセルは純粋だ。聞けば全部喋る。
(随分と鈍っているのではないか?
あのような小童に不覚をとるなど。)
(五年も一緒に居れば私の癖の一つや二つ見抜くやろ。
そこを突かれただけやよ。)
(まぁ、そう言うことにしておいてやろうかの。
その後、苛烈に躾けられたと聞いておったからの、旧友が悔しくて泣いておらんか心配だっただけよ。)
(しぇからしか!
なぁにが泣いておらんか、や。
これっぽちも思ってないことがよくもまぁ口をついて出てくるもんやな…
ちっ、やっぱろくでもないわ。)
(くっくっくっ、まぁ、息災なようで何よりだ。
今日の用事はそれだけだ。また、何かあれば連絡する。)
(もうかけてくるな、と言いたいところやけど、しゃーなし、待っとくわ。
こっちも、何かあれば連絡する。
ほんじゃ、おやすみ。)
(あぁ、またの。)
愉快だ。狐雪のやつがああも取り乱す様を見れるとは……できれば、肉眼で見たかったものだが、高望みはするまい。まったく、エインセルが来るとどうも、皆浮足立ってしまうようだ。本人の溢れ出る善性に中てられたかな……
「さて、あの子らは皆寝たかな。
軽く、確認するとしよう。」
エリカたちが眠っているハズの部屋に近づく。規則正しい寝息が三つ。エリカとトロイ、そしてエインセルのものだろう。チェシャといったか、あの子はどこに行ったかな。
「……そんなところで何をしておる。」
「ノヴァ、様。」
チェシャは、すぐに見つかった。というのも、顔を向けた廊下の先に居たのだ。チェシャに近づき、隣に腰かける。成熟した人外としては背の低い私と同じぐらいの少女。エインセルの話では、元々居た集落で、暴走まがいのことを起こして追放された、だったか。
「なんじゃ、なんぞ不安なことでもあるのか?」
「不安……えぇ、ありますわ。
わたくし、きっとお姉さまとは考えが違うんですの…」
「ほう?
というと、どう違う?
聞かせてみよ。今、ここには私とお前さんしかおらん。」
エインセルに心酔しているものと思っていたが、どうもこの子も自分なりの考えをしっかり持っているようじゃな。悩める若人を導くのが、老人の務めじゃろうて。
「…っ。
それが、その、お姉さまはお優しいのです。どうしようもなく。
どんな相手だろうと、どうにか生かそうとする。
わたくしには、それが、理解できませんの。
危険分子は排除するべきですわ。
かつてのわたくしがそうされたように……」
確かに、エインセルは底なしと思えるほどに優しい。あれは、この世界のすべてを救わんと祈る者だろう。身に余る慈愛を抱えた、善意の具現化。そう評して、差し支えなかろうな。
「ならば、袂を分かつか?
それも良いだろう。
あの子はそれを止めない。
お前さんの選択を、あの子は尊重してくれるはずじゃ。」
「それは、イヤですの。
わたくしは、お姉さまと離れたくない。
でも、お姉さまのやることにケチをつけたくない。
それなのに、甘いと、生ぬるいと、思ってしまいますの……」
目元に涙をためながら、苦虫を嚙み潰したような顔で独白を続けるチェシャ。共にいたいが、自分がエインセルの邪魔になることを恐れている、といったところか。
「…少し、酷な質問をしようかの。
お前さんは、今、なんで生きていると思う?」
「え?
それは、追放されて行く当てもなかったわたくしを、お姉さまが救ってくださったからですわ。」
「危険分子は排除、じゃったか。
お前さんを追い出した連中にとって、最も確実なのは殺してしまうことでは?
追放などすれば、恨みを買うやもしれんかったのじゃぞ?」
「っ、そ、それは、わたくしの触脚が危険で、近寄れなくて……」
「追放はできるのに、か?」
「………」
詰めすぎたかな。しかし、大事な気づきだ。そもそも、チェシャは甘さに生かされていた。エインセルとめぐり逢えたのも、元々居た集落の連中が、恨みを買うリスクを負ってでも、チェシャを生かして追放したおかげだ。追放された側としてはたまったものではないのだろうが、生きていて欲しいという願いが、そこにあったことは明白。それに気づいたこの子が、それをどう受け止めるか、じゃな。
「……その…それは…でも………わたくし、生かされて……
…………ねぇね……わたくし、愛され…て?」
ねぇね、と言ったな。エインセルはお姉さまだったか。なんぞ昔馴染みでもいたか。であれば話は早い。原点に立ち戻れ。自分の行く先を決める決断には、必要なことじゃ。
「……まぁ、難しい話じゃったかの。」
「いえ、いいえ……
わたくし、薄々気づいておりましたの。
なぜ、ここまで生きてこられたのか。
わたくしには触脚があったとはいえ、それだけで、たった一人で生きていけるはずがありませんの。
都合よく食事にありつけたのも、触脚で対応できる魔獣しか襲ってこなかったのも、全部……
きっと、どこか、近くで見てくれていたんですのね。」
ふむ、よくわからんが本人なりによい着地点を見つけられたのじゃろうか。まだ、迷っておるようじゃが、この調子ならじきに心を定めるじゃろう。
「まぁ、そういうことじゃろうな。
お前さんなりに、納得できるものを目指すと良い。
もしも、人類を滅ぼしたくなったら、またここに来い。
私たちは、いや、わしらは、いつでも同志を求めておるからの。」
「っ、はい。ですわ。」
「はっはっはっ、冗談じゃよ。
エインセルについて行くんじゃろ?
…好きにするといい。」
なかなかどうして、からかいがいのある娘じゃの。人に対する恨みつらみもさして無いようじゃし、エインセルに任せるとしようかの。
「ふーむ。しかし惜しい。
有望株はいつでも歓迎なんじゃがの。どこぞに落ちていないものかな、世を憎んでいるような、そんな強い恨みを抱えた人外が……」
「あぁ、それなら一人、心当たりがありますわ。
その辺の森をほっつき歩いている、ルインという人外がいましたの。
わたくしとお姉さまでどうにか撃退しましたが、催眠能力の使い手で、本当に厄介でしたわ。」
「ほう、催眠とな。
…ふむ、スカウトしに行くか。」
良いことを聞いた。エインセルとチェシャがふたりでどうにか、というほどの使い手ならば、申し分ない。今度、首根っこでも捕まえて、引っ張ってくるとしようかの。
「よし、今日はもう遅い。
心が決まったなら寝なさい。」
「はい。ありがとうございました。ノヴァ様。」
寝室に戻るチェシャを見送る。夜も更けてきた。寝る必要が無いというのも考えものじゃの。狐雪のやつは、里のやつらと同じ生活にこだわっておったな。それ故に、本来なら必要のない睡眠も取る。
「私たちには不要じゃというのに、奴も健気よのぉ……」
エインセルのやつは、狐雪の下も離れて、私たちの思想とも異なる考えを持っているじゃろう。どれ、次は穏健派のやつのとこにでも向かわせてみようかの。恐らく、考え方としてはいちばん似ておるじゃろうし。
「しかしのぉ…奴には、嫌われておるからのぉ……」
思想の違い、対極ともいえるほどの差。昔を思い出す。狐雪と、三人でいたときのことを…
昨日のことのように思い出せる。あれから私は、憎しみに身を任せ、数々の同志を伴って、人類と戦ってきた。悔やむことはあった。だが、止めるつもりもない。あやつらのためにも、せめて人類の過激派ぐらいは滅ぼしてやらんとな。
「クールクス・クル・クライア、じゃったか。
傑物、と評されておったのぉ……再びまみえることがあればその時は……」
事象の逆転のような攻撃を見せた、私に傷を負わせるほどの使い手。いかんな、思い出して昂ってしまう。
「発散してくるかの。」
どうせまた、外に魔獣が群がっておるのじゃろう。発散ついでに片っ端から狩ってまわろう。ついでに、ルインとやらも捕まえられたらよいのじゃが……まぁ、それは追々でよかろう。
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目が覚めると、チェシャが隣にいた。穏やかな表情で眠っている。
「ふふ、可愛い寝顔。」
「お前さんもなかなかじゃったぞ、エインセル。」
「っ!?ノヴァ長老!?」
勢いよく起き上がり、ノヴァ長老の姿を探す。いた。こちらを見て微笑み、ひらひらと手を振っている。
「これ、騒ぐでない。
起きてしまうじゃろ。」
朝から心臓に悪い。でもなんだか楽しそうな、晴れやかな、すっきりしたような表情に見える。なにかあったのかな。
「む、なんじゃ。
なんぞ私の顔に何かついているか?」
「いいえ、ただ、ちょっと嬉しそうだなって。」
「まぁな。少し、昔の友人と仲直りをな。
お前さん、どうせ私たちと一緒に居る気はないのじゃろ?」
遠い目。でも、優しい目をしている。隠れ里に行くように伝えてくれた時と同じ目だ。別れを惜しむような、それでいて、背中を押してくれる……
「…はい。
やっぱり私は、人類を滅ぼす気にはなれない。
私を、人外を受け入れてくれる人もいれば、人外同士でも、相容れない時もある。
上手く言えないんですけど、人と人外、そういう分け方をするべきじゃないと、私は思うんです。」
エリオットたちのように、受け入れてくれた人もいる。ルインのように、誰彼かまわず襲い掛かってくる人外もいる。人間だから、人外だから、そういうくくりで判断できるものではないと、そう感じる。
「そうかもしれん。
言わんとすることは、理解はできる。
じゃが、私たちはそれでは納得できなかったのじゃ。
お前はその道を行け。次に向かうべき場所ぐらいは教えてやるからの。」
そう言って、ノヴァ長老は昔のように頭を撫でてくれる。ちょっと雑で、温かい手。くすぐったくて、それが心地良い。
「…また、遊びに来ますね。」
「……うむ。いつでも来い。」
まだ撫でてくれてる。なんだか落ち着くなぁ……
そうこうしているうちに、みんなが起き始めた。
「んん、ふぁ…」
「ふわぁ~」
「ぅん……お姉さま?」
ノヴァ長老が手を離してくれない。流石に、誰よりも早く起きてて、撫でられている、という状態を見られるのは恥ずかしいのだけれど……
「あ~、エインセルちゃんがノヴァ様に撫でられてる~。」
「なっ!ノヴァ様!?わたくしのお姉さまですわよ!」
「い、いいなぁ、なんて……」
エリカが騒ぎ立て、チェシャが怒り、トロイが羨む。トロイの呟きを聞き逃さなかったエリカがトロイを撫で散らかすのを他所に、チェシャがノヴァ長老から私を奪って威嚇する。なんとも賑やかな朝だ。
ようやく、エインセル自身の思想が出てきました
心優しく、人も人外も分け隔てない彼女らしい思想ですね
今後、彼女がどう生きていくか、どうぞお楽しみください




