第27歩 成長
本話より、第五章 方途巡遊編、開始です!
「ほう、狐雪のやつが稽古をつけたか。」
「はい。とても厳しかったです。
けっきょく、一本しか取れなかったですし。」
「はっはっはっ、一本取ったか!
くくく、これは良い。」
私は、ノヴァ長老に五年の間に起こった出来事を話して聞かせた。隠れ里に着く前の出来事は、エリカから聞いているらしいから、隠れ里に着いてからのことを。
隠れ里はとてもいい環境だったこと。家畜を飼って、作物を育てて、自給自足を体現したような暮らしだった。里の人たちも穏やかで、里長の狐雪さんも優しくて、本当に幸せだったこと。しかし、それが壊されたこと。ドラゴンが襲来、いや、通過して霧が晴れ、魔獣の襲撃と共に隠れ里が崩壊したこと。それを受けて、里を別の場所に移したこと。その過程で、外の世界を知りたくなり、飛び出してきたこと。
ノヴァ長老は、その長い話をただただ聞いてくれていた。ところどころ、既に知っていたみたいな表情をしていたことが印象的だった。
「狐雪とは、旧知の仲でな。
個人的なやり取りをしているが、あやつがお前に一本取られたなんて話は無かった。
よほど悔しかったのだろうな。」
くすくすと心底楽しそうにノヴァ長老は応えてくれる。
個人的なやり取り……そういえば、初めて隠れ里に着いた時に狐雪さんが、三人で来ると聞いていた、と言っていたっけ。どうやって連絡を取り合っているのだろうか。
「どれ、狐雪から一本取ったその実力。
食事の後で見せてもらおうか。」
「っ!ぜひ!」
「お、お待たせしましたぁ。」
「はいはぁ~い、ぜぇったいナイスタイミングですよねぇ~。」
「お姉さまとの密談はそこまでですわ!」
タイミングを見計らったかのように完璧なタイミングで、三人が料理を持ってきた。
「腕によりをかけて作っちゃいましたぁ~。」
「り、力作、です。」
「わ、わたくしは、ちょっと、その、初めてですので……」
おいしそうな料理が机の上に所狭しと並ぶ。立ち昇る湯気が鼻を通じてその味を想起させる。肉も野菜も、色彩に気を使ったであろう色とりどりの料理が、目も楽しませてくれる。ここ数日の、自分が作った料理とは大違いだ。
「相変わらず、トロイとエリカの料理は凄いね……」
「ふっふ~ん、もっと褒めてくれていいよぉ~。」
「ほ、褒められても、な、なにもでないです、よ。」
誇らしげに胸を張るエリカと、まんざらでもない様子のトロイ。このまま褒めたら追加で料理が出てきそうだ。しかしもう一人。チェシャは俯いていた。
「……」
「チェシャが作ったのはこれかな?
お肉がたっぷりでとても美味しそう。」
「ほ、本当ですの?
お世辞は、要りませんのよ?」
ここまで不安そうなチェシャも珍しい。だが、料理は本当に美味しそうだった。私好みの肉ばっかりの料理。なけなしの健康志向による野菜がアクセントになっていて、罪悪感なく食べられそうだ。
「話はもうよいではないか。
冷める前に食そう。」
「は、はい。」
「はぁ~い。」
「よし、再会を祝して、乾杯だ。」
「か、「「「乾杯」」~」ですわ。」
それぞれが配られたコップを打ち合わせ、食事が始まった。
「いただきます。」
「たぁ~んと、召し上がれ~。」
「……」
不安そうな顔をしているチェシャが作ったであろう料理から手を付ける。塩コショウで味付けられたシンプルな料理。に、見せかけて、薄っすらと半透明なソースがかかっている。それを、野菜と共に口に入れた瞬間だった。
「ん~~~。」
口内にあふれる肉汁。それを受け止める野菜のシャキシャキとした食感。塩コショウで整えられた味を、半透明のソースが口全体に運んでくれる。味も食感も完璧。初めての調理とは思えないほどの出来栄えだった。
「うわぁ~、おぉいしいですねぇ~。」
「す、すごい。ち、チェシャちゃんは、料理の才能が、ある、ね。」
「ほう、これはいいな。
トロイとエリカが作ったものと比べても、遜色ない。」
「ほ、本当ですの?
よかったですわ……」
ほっとした表情を浮かべたチェシャが、おずおずと料理に手を伸ばし、口に運んだ。
口に入れた途端、その表情がほころぶ。よほど美味しかったのだろう。頬に手を添え、じっくりと味わっていた。
「美味しい、ですわね……」
「うん。
チェシャは天才だね。」
一口ずつ、されど確実にその口に吸いこまれていく。それからは、トロイとエリカに五年間の話を聞かせながら食事を続けた。思えば、チェシャにも聞かせたことなかったな。
「へぇ~、いろいろあったんですねぇ~。」
「え、エインセルちゃんも、いろいろと、大変だったんだね。」
二人にそれぞれ撫でられる。これは、労われているのだろうか……
「お姉さまにそんな過去が……
わたくしを受け入れてくださった理由が、わかった気がしますわ…」
もぐもぐと咀嚼しながら、チェシャが微笑みを浮かべる。可憐、そう評するのが相応しい笑みだった。
「さて、腹ごしらえも済ませたことだし、やるか。エインセル。」
「ご馳走さまでした。
はい。ノヴァ長老!」
「やる?なにをですの?」
「あぁ~、手合わせだなぁ~?」
「え、あ、危ない、よ?」
あっという間に食事が平らげられ、ノヴァ長老が立ち上がる。慌てて口に含んでいたものを飲み込んで立ち上がり、ついて行く。みんなも食事を済ませてついてくる。たどり着いたのは、平らな広場。やけに頑丈そうで、それなりに力を出して暴れても問題なさそうだ。
「ここじゃ。ここでわしと手合わせをしよう。
狐雪と稽古をしていたという話じゃからの、手加減は期待するな。」
「わかりました。
…胸を借りるのではなく、倒すつもりで行きます。」
「上等。では、ゆくぞ?」
ニヤリと笑ったノヴァ長老の口調が変わり、圧が増す。重く苦しく、そして、引き込まれるような。いや、物理的に引っ張られている気が……
「なにこれ…」
「そう驚いている暇はないぞ?ほれ。」
一瞬のうちに肉薄したノヴァ長老がジャブを放ってくる。腕で受けたが衝撃が重すぎる。これは何の能力だ。なんにせよ、防御一辺倒じゃ勝てない。反撃しなくちゃ。
「受けてばっかじゃ、ないですよ!」
「ほう?反撃してくるか。
ふむ、良い動きだ。だが、重さが足りん。」
それなりに全力で殴ったのだが、片手で受けられてしまった。増幅なしではこんな程度か。
「それならこっちも、ギアを上げますよ!」
「良い良い、全力で来い。」
私の目が熱く、赤く、淡く輝くのを感じる。今回行うのは、身体能力の増幅。ノヴァ長老に合わせて、段階的な増幅で行こう。合わせて、手足に蹄を出現させる。
「ほう、纏う圧が変わったな。
そして、蹄か。
ふむ、面白い。」
ノヴァ長老の動きが変わる。手足のみの人間的な戦い方から、背中に生えた翼と腰の尻尾を活用する人外的戦い方へ。鞭のようにしなる強靭な尾が、鋭い爪を携えた剛翼が、手足と共に襲い来る。そして、そのいずれもが、想定していた重量を大きく超えていた。
「ぐっ、くっ……」
「ふはは、凌ぐものじゃな。
どれ、もう一段上げようか?」
「ちょっ、待っ…」
圧がさらに増す。ノヴァ長老の攻撃がまた重くなった。慌てて身体能力の増幅をかける。これならなんとか追いつける。ついでに、蹄の硬さも増しておく。でなければ、重圧を増し続けるノヴァ長老の打撃で、その内砕けてしまいそうだ。
「ついてくるか。いいぞ、エインセル。
だがまだ、狐雪から一本取ったというには、足りんなぁ?」
「わかってます。じゃぁ、一気に上げますからね。
急な変化で、負けちゃっても知りませんからね!」
「強気だな、エインセル。
良い、応えてやろうぞ!」
増幅の強度を増す。それだけでなく、限界まで重ね掛けしていく。身体が軋む。増幅による負荷を、増幅した身体能力で耐え、抑え込む。もって数分。それまでに決着をつける。
「ぅおぉぉぉぉおおおおお!!!」
乱打に重ねた乱打。フェイントなど混ぜない。その全てを、ノヴァ長老へダメージを与えるために振るう。遠慮なんかしない。顔だって狙う。急所を的確に狙え。勝つために、倒すために本気になること、それがいちばん成長を見せられるはずだ。
「ふはははは、見事なものよ、エインセル!!
だがわしは、狐雪のように上限のある能力ではないぞ!」
激化する拳戟の間に、ノヴァ長老の圧がどんどん増していく。まだ辛うじて追いつけているが、数分も持たせられないかもしれない。それなら、
「限界なんて、超えてやる!!」
「むっ!?」
もう一段、増幅を重ね掛けする。全身が痛い。増した力に耐えきれず、はち切れそうだ。あぁ、内臓が口から飛び出そう。でもいい。この一撃、この一発に全てを賭ける。
「ふふふ、良い心意気じゃ。
受けて立つ。」
ノヴァ長老が、私に合わせて拳を振りかぶってくれる。嬉しい。嬉しい。だからこそ、絶対に勝つ。
「うあぁぁぁあああぁぁあぁああああ!!」
「ふんっ!!」
蹄を纏った私の拳と、鱗に覆われたノヴァ長老の拳が打ち合う。重い。圧倒的なまでの質量が、ノヴァ長老の拳には乗っていた。それでも、私は膂力で、硬度で対抗する。
拮抗は、一瞬だった。
「っ、くぁ!!」
「かっかっかっ!」
ノヴァ長老の拳が振り抜かれ、私は腕を弾かれてよろける。その瞬間、増幅が切れた。反動が、来る。
「ぃっだ、ぐぁ、く。」
「む、能力の反動か?
まだまだ未熟じゃのぉ~。」
全身の筋肉が千切れている気がする。痙攣し、力が入りっぱなしだ。緩めることができない。あー、くそ。ここまでしても勝てなかった。未熟だって。
「じゃが、良い力じゃな。
いずれは私をも超えるかもしれんほどの……」
「ぁぐ、はぁ……え?」
苦痛に顔を歪めながら、ノヴァ長老の言葉を耳が拾った。いずれは、ノヴァ長老を超えるかもしれない力。
「お姉さま!!!無事ですの!?
お怪我は!?どこが痛みますの!!??」
「あっははぁ~、エインセルちゃんすごいなぁ~。
もう勝てるかわかんないやぁ~。」
「す、すごい、です。でも、お姉ちゃんも負けていられません。」
駆けよってきたチェシャに体をがくがくと揺らされる。全身に響くからやめて欲しいが、上手く言葉を紡げない。トロイとエリカも、私を褒めてくれる。嬉しい。でも、悔しい。勝ちたかったなぁ…
「しかしそうか、あの、戦闘嫌いのエインセルがこうも強く育ったか……」
「感慨深いですねぇ~、ノヴァ様。」
「た、確かに。ぐ、グレムちゃんも、び、びっくりだね。」
グレム。私と一緒に箱庭から救い出された人外の少女。箱庭ではよく一緒に遊んでいた。箱庭の真実を知って、襲撃を受けて、過激派のみんなと共に、戦うことを選んだ、親友。
「反動が大きいようじゃな、そのまま休んでおれ。
エリカ、湯を沸かせ。
エインセルとチェシャに湯あみをさせよう。」
「はぁ~い、ついでに私とお姉ちゃんも一緒に入りまぁ~す。」
「わ、わたしも!?べ、別に、いいけどぉ……」
ウキウキでどこかへ向かうエリカと、頬を赤らめて俯くトロイ。平和だ。人類を滅ぼすために戦っているだなんて、嘘みたいに。
「私も、一緒に入らせてもらおうかの。」
「の、ノヴァ様も、ですか?き、緊張するなぁ。」
「ちょっと、わたくしはいいとしても、お姉さまの意見も聞かずに勝手に進めないでくださいまし。」
「心配いらん、エインセルもその気じゃよ。
中身は甘ったれなあの頃から大して変わっていないと見えるからの。」
見抜かれている。顔が熱い。さっきの模擬戦で火照っただけだと、思いたい。
「お姉さま?」
「ふん、まったく愛いやつじゃ。」
「おっふろ~、沸きましたよぉ~!」
「い、今行くよぉ~。」
「ほれ、もう立てるじゃろ、エインセル。
それとも、おぶってやろうかの?」
「お姉さまは、わ、た、く、し、が、お運びしますわ。」
「…ありがとね、チェシャ。」
しばらくして、湯を沸かしたらしいエリカがスキップで戻ってきた。トロイが迎え、ノヴァ長老が立ち上がる。私はチェシャの触脚に包まれて運ばれる。ほんとは歩けるけど、今は動く気力が無い。
「うっわ、広……」
「そうじゃろうそうじゃろう。
狐雪の奴は温泉にこだわっておったがの、私は広いのがいいんじゃ。
翼も尻尾も、存分に伸ばせるというものよ。」
そう言いながらノヴァ長老が湯舟に浸かる。浸かるというか、浮かんでる。翼と尻尾をゆったりと広げ、伸ばして。
「ノヴァ様ぁ~、そのぷかぷか浮くやつやめてくださいねぇ~。」
「え、えっと、その、せっかく広いのに、その…」
「翼と尻尾が邪魔で狭いですわ。」
あ、チェシャがハッキリ言っちゃった。ノヴァ長老はさして気にした様子もなく、変わらずのびのびと浮かんでいる。顔をしかめたチェシャが、対抗するかのように、同じように触脚を伸ばして浮かべた。
「なんじゃ、邪魔じゃのぉ…」
「こっちのセリフですわよ。
お姉さまが浸かる場所がありませんの。」
「こーら、チェシャ。
失礼な態度を取らないの。」
「でもぉ、ノヴァ様も大人げないですよねぇ~。」
「え、エリカ。こら、めっ。」
チェシャが私に、エリカがトロイに叱られ、しゅんとするのを見てニヤリと笑い、やっと普通に座って浸かり始めた。
「くくく、よいよい。
のんびりと浸かるがよい。」
ノヴァ長老はのんびりしすぎですけどね。なんて、言えない感想を抱えながら、天井を見上げ、湯に身体を預けた。
「あったかい……」




