閑話休題 白黒有翼人外の憂鬱
章末お決まりの閑話休題、今回は白黒有翼人外ちゃん視点です
「フェルト。ここ、なんか変だよ。」
「う、うん。なんだか、木が病気にかかったみたいだ、ね。」
ヘラクを隠れ里へ送る途中、エインセルとチェシャと名乗る人外の二人組に出会った。そのうちの一人、エインセルは、つい最近まで隠れ里にいたという。森の中にあった隠れ里はドラゴンによって半壊し、今は砂漠に移設した。と聞いたので、案内された方向に進んできたわけなのだが。
「紫色の木なんて、これまで見たことも聞いたこともない。
それに、このコブ。嫌な予感がする。」
「は、早くここを出よう、ヘラク。」
紫色の幹に、黄緑色の葉。あからさまに毒々しい見た目の木々が生えそろう地帯。ろくでもなさそうなことだけはわかる。
「ち、近寄っちゃだめ、だよ。」
「当たり前。フェルトこそ、転んだ拍子にぶつかっちゃう、なんてやめてね。」
「そ、そんなこと、しない、と、思いたい……」
自信はない。なぜなら既に足元がおぼつかないから。慎重に、刺激しないように歩を進めていると、人影が見えた。
「うひぃ!人ぉ!」
「フェルトうるさい!
今のでバレちゃったじゃん!」
その人影はずんずんとこちらに接近してくる。が、様子がおかしい。いや、容姿も。紫の肌、随所にあるコブ。周りの木と同じだった。
「な、なに!?」
「やばいやばい、フェルト!逃げるよ!!」
ヘラクが私の手を引いて、来た道を戻り始める。脚をもつれさせながら、何とかついて行くが、紫の人も同じように駆けてくる。
「ひゃぁ!?はひ、走ってくるぅ!!!」
「追いつかれたらヤバイよ!フェルト!急いで!!」
紫の木々が生えるエリアを抜けても、それは追ってきていた。どうしよう、どうしよう。
「へ、ヘラク!私につかまって!!」
「え、わかった!」
ヘラクが私に抱き着く。やるしかない。このまま走ってたら、どうせどこかで転んで捕まっちゃう。ヘラクを落とさないように抱え、脚に力を込めて跳ぶ。紫の人も同じように跳んでくるが、私は翼を動かしてさらに上昇する。
「フェルト、飛べたんだ。」
「つ、疲れるからやらないだけで、か、飾りじゃないもん。」
紫の人は着地を考えていないらしく、そのまま背中から地面に落ちた。その衝撃でコブが弾け、中から黄緑色の粒子が周囲に舞う。
「な、なに、あれ。」
「わかんない……」
様子を見ていると、黄緑色の粒子が舞った範囲にあった木が変化していく。幹の色が紫になり、コブができる。葉が黄緑に染まり、毒々しい見た目になった。上から見るとわかる。一区画だけ、まるでペンキをこぼしたみたいに、黄緑色の地帯があった。そして、そこから少しだけ離れて、私たちの真下に黄緑ができあがる。
「ど、どうなってるの。」
「これも、魔獣の仕業、なのかな。」
ゆっくりと、黄緑じゃない場所に降り立つ。しばらく飛んでいなかったから、疲労感がすごい。ここを突っ切るのが、多分最短。でも、入りたくはない。ヘラクを抱えたまま、飛んで通過できるほどの余力はない。迂回すれば方向がわからなくなる。あの紫の人も何体いるかわからない。ていうか、感染するなら相手は人型だけとは限らない。
「どうしよぉ……」
「フェルト…」
「お困りのようだね、お嬢さん。」
頭を抱えて悩んでいると、少女が声をかけてきた。地面に擦るほどの黒い長髪、研究者のような白衣、気だるげなタレ目の黒い瞳。どうしてこんな女の子がここにいるんだろう。
「え、えっと、ど、どなた?」
「あぁ、名乗るほどのものではないよ。
ただ、この辺りの異常現象について調査している者でね。
どうかな、私と一緒に、この中に入るというのは。」
調査。この少女はそう言った。それは恐らく、この紫色の感染の話だろう。それを調査している人なら、対処法とかを知っている可能性が高い。それなら、一緒にいた方が、安全、かも。
「じ、じゃあ、お願い、します。」
「……フェルト。」
「だ、だって、何も知らない私たちだけより、いいかな、って…」
「ははは、警戒するのも無理はないさ。
よし、私が先頭を歩こう。ついてくるもよし、危なくなったら見捨ててくれて構わないよ。」
そういって、少女は歩き出す。少しの恐れもないように、自信に満ちた歩み。私も、あぁなれたらな。
「い、行こう。」
「うん…」
紫の森の中は、意外なほどに穏やかだった。
「意外だろう?
調査の結果、これらのコブは、近くの生物に反応して弾けることが分かっている。
つまり、近づかなければ問題ない。」
「へ、へぇ、そうなんですねぇ。」
「さっき、ジャンプして背中から落ちたやつ。
あれは近づいてないのに破裂した。」
ヘラクの呟きを聞いて、少女はグリンと振り向く。
「なんだって?
ほう、これらのコブは衝撃でも弾けるのか。
貴重な情報をありがとう。
ではこちらからも情報を、近く、とはこれぐらいの距離だ。」
振り向いた少女が、身体の前で手のひらを向かい合わせる。その幅は、少女の手がちょうど入るぐらい。
「け、けっこう近づかないと、ダメなん、ですね。」
その幅なら、転んだりしない限り、近づかなさそうだ。
「あぁ、これでは意味がない。」
「?意味?」
「いや、何でもない。聞き流してくれ。
厄介なのは、生物なら何であれ見境なく感染することだ。
人も、人外も、魔獣も、植物も、関係ない。
まぁ、その感染には、個体差があるようだがね。」
その恰好から、やはり研究者なのだろう。顎に手を置きながらぶつぶつと呟くその姿は、見た目に似つかわしくなく、されど、様になっていた。
「うーん、もっとサンプルが欲しいな……
やはり、感染した個体そのものを持ち帰った方が……
だが、それはリスクが…」
「あ、あのぉ…」
「ん?あぁ、すまない。行こうか。」
私が声をかけると、少女はハッとして歩き出す。その直後だった。木陰から、影が飛び出してきたのだ。
「!?危ない!!」
「っ!!」
咄嗟に、後ろから少女を突き飛ばして庇う。飛び出してきたのは、紫色の、ハウンド。魔獣に感染した個体だった。
接触する。そう思って目を閉じる。ハウンドの牙が、私の右腕を噛む感触が伝わってきて、そのまま、コブが弾けた。
「フェルト!!!!」
ヘラクの声が聞こえる。あぁ、私、ここで死ぬのかな、これで終わるのかな。ヘラクを隠れ里に連れていけなかった。エインセルさんたちとも、また会いたかったな……
「これは、どういうことだ?」
「……あれ?」
いつまでたっても、苦しくならない。右腕の感覚がなくなっただけで、他は何ともない。
「フェルト、大丈夫なの?」
「興味深いな、感染が腕だけで止まっている。」
「えぇ?」
恐る恐る目を開けると、私の右腕が紫に変色しており、見事に感染していた。感覚が無いのはこのせいか。だが、他の部分は何ともなく、腕にできたコブも、かなり小さい。
「ど、どうなってるの?」
「頼む、私と共に来てほしい!
興味深いサンプルなんだ!」
「さ、サンプルって、お前!」
興奮した様子で私に詰め寄る少女。その物言いにヘラクが怒る。私は、なにが起きているのかわからず、置いてけぼりを喰らっている。
「あぁ、安心したまえ。君は要らないからちゃんと送り届けるさ。
どこに行きたいんだい?」
「っ、そうじゃない!!
それに、ボクはフェルトから離れない!」
「そうか。じゃあ君も一緒に来ることを許可しよう。
フェルトくん、どうかな?
君も、そのままだと不便だろう。
私の研究が進んで、治療ができるようになれば……」
「え、えぇ、とぉ?」
少女の勢いが凄い。ヘラクが突っかかるが、少女は軽くあしらい、ぐいぐいと私に詰め寄ってくる。だが確かに、右腕の感覚がまったくなく、感染したこの状態で隠れ里までの道のりを歩き通せるとは思えない。治る可能性があるなら、それに賭けた方がいいのかもしれない。
「わ、私でよければ、い、行きます。」
「な、フェルト!」
「よく言った、フェルトくん!
おーい!誰か!!」
私の宣言に、ヘラクは焦り、少女は喜んだ。そして、少女が大声をあげて誰かを呼ぶ。調査していると言っていたし、一人ではないのだろう。
「は~い。
呼びましたか~?」
「おぉ、エクスか。丁度いい。
見ろ。彼女はフェルト。感染が腕だけで止まっている。」
少女に呼ばれて出てきたのは、紫色の髪に紫色の瞳の女性。一瞬、感染者かと思って身構えてしまったほどに、その紫はそっくりだった。
エクスと呼ばれたその女性は、促されるままに私を、私の右腕を見る。
「およ~、これは珍しいですねぇ~。
本来ならこんなことは起きませんしぃ、確かに調査の必要がありますねぇ~。
で、こちらの少年は?」
「あぁ、彼女の連れでね、離れないと言ってきかないので一緒に連れていく。
用意しろ。」
「はぁ~い。
じゃぁ、ちくっとしますよぉ~。」
「え。」
「ぁひ。」
二人の会話を聞き流していたら、首筋に痛みが走り、意識が薄れていく。あれ、なにをされて、ていうか、どうなって、あれ、わたし、まちがえ、た、かも。
目が覚めたら、知らない場所にいた。真っ白な部屋。ふかふかのベッドに寝かされていて、身体が動かない。縛られているわけでもなさそうだけど、目以外動かせない。
「ん、目が覚めたかね、フェルトくん。
いやぁ、手荒い招待となってしまって申し訳ないね。」
「あ、ぅ。」
「あぁ、まだ喋れないだろう。
麻酔薬と、筋弛緩剤を入れたからね。」
きんしかんざい、ってなんだろう。とりあえず、身体が動かない上に、声も出ない原因らしい。これからどうなるんだろう、なにを、されるんだろう。
「ぇぁう、あ」
「んー?あぁ、あの少年のことが気になるのかな?
なぁに、心配は要らない。」
そう言って少女はちらりと私の左を見る。つられて目を向けると、そこには、布がかけられた何かの塊があった。まさか、
「ぁうあ!?」
「いやいや、君の想像しているようなことはしていないさ。
私たちは何も手を出していない。ただ、君に同行していた彼が、君と同じように一部の感染で済むかを試しただけさ。
結果は、まぁ言わなくてもわかるだろう。」
血の気が引いていくのがわかる。寒いと感じるほどに、頭が冴えていく。つまり、ヘラクは、ヘラクに感染させて…私のせいだ。私が飛んで連れて行かなかったから。私が中途半端に耐えてしまったから。
「ぅ、あぁ……」
「あぁ、泣かないでおくれ。泣いても何も変わらないから。
しかし、君と彼の違いは何だろうな?
同じ琥珀色の瞳をしているから姉弟なのだと思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。
さて、これから君の右腕を解剖していく。感覚があるのかを確かめるため、麻酔はなしだ。
痛かったら存分に悶えてくれたまえ。」
「はいはぁ~い、やぁっと出番ですねぇ~、ルル様。」
涙が止まらない。エクスと呼ばれていた紫の髪の女性が、少女をルルと呼びながら、どこか恍惚とした表情で視界に入る。右腕、ずっと感覚のないそこを、なんて言った。解剖、って言ったか。なるほど、調査。
「さて、開いて行こうか。」
「さく~っ。
……あれ、痛がらない。
やせ我慢かな、えいえい。」
「こらエクス、貴重なサンプルを傷つけるんじゃない。」
「はぁ~い。」
右腕が揺れているが、それ以外何も感じない。ふと、目を向けると、私の右腕はその中まで紫になっていた。
「ふむ、感染箇所の状態は全身感染体と同じか。
一応、精密検査にもかけておこう。」
「はぁ~い、じゃぁ、サンプルを採取しまぁ~す。」
カチャカチャと、器具が動く音がする。紫色の塊がピンセットで掴まれ、液体の入った試験管に入れられていく。十本ほど、紫色の塊の入った試験管が作られると、今度は二人が左側に来た。
「じゃあ、次は感染していない部位のサンプルを取らせてもらおう。
右腕との反応の違いを見るため、こちらも麻酔はなしだ。」
「いっきまぁ~す。さく~っ。」
「んぅ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!!!」
激痛が左腕を走る。刃物が肉を分けていく感覚。今、骨に到達した。筋肉が無理やり開かれて、固定される。
「おぉ~、右腕は本当に感覚が無かったんですねぇ~。」
「アレに感染すると、感覚がなくなるのだな。
まぁ確かに、神経や筋線維など、右と左で全然違うからな。」
「ぐぅううう、ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!!」
私が悶える様子など意にも介さず、エクスとルルは、私の左腕を解剖していく。全力で声を張り上げているが、その中でも不気味なほどにカチャカチャと器具の音が響いていた。
「こっちのサンプルも取りますよぉ~。」
「あぅ!ぃああぁぁああ!!!」
ぶちり、と、肉がちぎられる。ピンセットで掴まれ、無理やりちぎられる。脂肪、筋肉、骨。少しずつ削られる。右と同じように、十本ほどの試験管ができ、ようやく終わった。
「はぁ…はぁ……」
「うむ、ご苦労エクス。
それに、フェルトくんも、協力感謝する。
この研究の結果次第で、治療ができるかもしれん。
まぁ、わかるまでサンプルを取らせてもらうから、そのつもりでいてくれ。」
その言葉に、私は絶望した。終わりじゃない。研究結果が出るまで、私はこうして切り開かれる。私が、私たちが何をしたというのだろうか。ヘラクは殺され、私は捌かれ。ルルと呼ばれた少女が襲われかけていたのを助けたはずなのに……
仰向けに寝かされたままの私は、今はもう、涙を流すことしか、できなかった。
自分たちの撒いた細菌兵器を回収しに来たエクスとルルに、運悪く捕まってしまいました
さらに不幸なことに、貴重なサンプルとして認識されてしまったので、しばらく脱出は望めなさそうですね




