第26歩 再会
チェシャが登場してからずっと筆の乗りが良いです。
チェシャの触脚に包まれながら森を歩く。普段より高い視点から見る世界は少しだけ新鮮で…
「あ、チェシャ。
右の方に何かある。木の、柵かな。」
「ほんとですの?
わたくしからは見えませんけれど、どうされます?」
目を凝らしてよく見る。伐採した木をそのまま突き立てたような柵。どちらかというと、囲いだろうか。
「向かってみよう。
ついでだ、私もそろそろ降りようかな。」
「承知いたしましたわ。
あぅ、降りてしまわれるのですね。わかりました。」
しょんとした表情を浮かべるチェシャの頭をそっと撫で、私は触脚から降りた。久しぶりの地面の感触。触脚も快適だったが、旅は自分の脚で歩いてこそだろう。
「確かに、下から見ると普通の木にしか見えないね。
こっちだよ、ちょっと上から見ると、不自然なぐらいに密集してるんだ。」
茂みで根元が見えず、木の隙間から見る分には、普通に生えている木にしか見えない。だが、ちょっと近づいたり、上から見れば一目瞭然だった。
「なんだか、考えられているみたいですわね。
大丈夫でしょうか。近づいただけで攻撃されたりとか…」
「まぁ、その時はその時だね。
警戒しつつ、近づいてみよう。」
さっきのルインの件もあって、慎重に近づく。こうしてみると、初めて隠れ里に着いた時を思い出すな。あの時は確か、門番さんに凄い剣幕で詰められたっけ。事前に伝わってた人数より増えてたから、とかなんとか。
「そこのひとぉ~。
そこで止まってくださぁ~い。」
木でできた囲いの上の方から、間延びした声が聞こえる。聞き覚えのあるこの声は…
「…エリカ?」
「んぇ~?私のことを知ってる人ですかぁ?」
「お姉さま?エリカって、あちらの方をご存知ですの?」
声の主が囲いから飛び降りてくる。黒いツインテール、深い紫色の瞳。間違いない、エリカだ。
「エリカ……五年ぶりだね…」
「んん~?あ、もしかしてぇ、エインセルちゃん?」
訝し気に目を細めていたエリカは、私の角を見て、髪を、目を見て、思い出してくれたらしい。
「うわぁ~、おっきくなったねぇ~。」
「えへへ、エリカは変わらないね。」
抱き着いて、頭を撫でてくれる。五年で随分と背も伸びた。前みたいにすっぽり覆われるような形ではないけれど、それでも懐かしい。
「むぅ。ちょっと、エリカさん?
わたくしのお姉さまにずいぶんと馴れ馴れしいんじゃありませんの?
お姉さまも、デレデレしないでくださいまし!」
「んにゃぁ、ちょっと痛いぃ~。
エインセルちゃん、すっごく懐かれてるんだねぇ。」
頬を膨らませたチェシャが私からエリカを引き剥がそうとぐいぐいと引っ張る。エリカはさして抵抗もせずにされるがままに剥がされていく。
「あはは。
チェシャ、この人はエリカ。
私を箱庭から連れ出してくれた人達のひとりだよ。
エリカ、この子はチェシャ。
今は旅をしてるんだけど、道中で出会ったの。
こう見えてすっごく強いんだよ。」
「チェシャですの……
わたくしは、お姉さまに命を救っていただいたと言っても過言ではありませんわ。」
「エリカですぅ~。
あぁ~、それでチェシャちゃんはエインセルちゃんを慕ってるんですねぇ~。」
嫉妬剥きだしで宣言するチェシャと対照的に、エリカは相変わらずおっとりとしている。なんだか安心するな…
「そう!です!の!!
わたくしは!お姉さまを心からお慕いしておりますの!!」
「うわぁ、圧が凄いぃ。
大丈夫ですよぉ、エインセルちゃんを取ったりしませんからねぇ~。」
そう言いながら、エリカはチェシャを撫でる。撫でられたチェシャは、目を丸くして固まってしまった。それもそうだろう、牙を剥いた相手が歯牙にもかけないどころか、撫でてくるのだ。そんな相手は、チェシャの経験の中には存在しない。
「エリカ、なんだか落ち着いたね。」
「えぇ~、エインセルちゃんこそぉ。
こ~んな小っちゃかったのになぁ~。」
エリカは自分の腰ぐらいの高さに手を置いてみせた。確かに、前はあれぐらいだったかも。
「まぁ、五年もあればね。
それで?ここはみんなの新しい集落?」
「あぁ、そうだったぁ。
エインセルちゃんなら大丈夫だろうしぃ、案内するよぉ。
私たち、過激派人外の本拠地を。」
「過激派、ですの?」
そうか、チェシャやルインのようなはぐれの人外は派閥のことなんか知る機会が無いのか。私もそれほど詳しく知ってるわけではないけれど、概要ぐらいは説明しておこうかな。
「私たち人外が集まってできた集落とか、村とかがあってね。
特に大きい三つのコミュニティをそれぞれの思想から、過激派、穏健派、隠匿派、って呼ぶんだってさ。
ちなみに、私が居た隠れ里は隠匿派ね。」
「そうなんですのね。
それぞれどのような思想を?」
「私たち過激派はぁ、人間全部やっちゃお~、って感じだよぉ。」
「あら、物騒ですのね。」
「あはは。
あとは、穏健派が人類との共存を謳ってて、隠匿派が外界と断絶した暮らしを送っている。
って感じだね。」
「あぁ、それで隠れ里ですのね。
わたくしは特に人間に対しての思い入れはないですけれども、いろんな方がいらっしゃいますのね。」
やっぱり、エリカたちは人間を絶滅させたいんだ。私も、前にエリカたちといたときに教団の英雄部隊に襲われたり、カイコと会った箱庭でその実態を知っているから、気持ちはわかる。でも、箱庭の職員にも優しい人はいたし、エリオットの家族みたいに人外としてじゃなくて、私を私として受け入れてくれる人がいることも知っている。
「はいは~い、ここが入り口だよぉ。
エリカでぇ~す。知り合いが訪ねてきたので開けてくださぁ~い。」
「わわ、ま、待ってね。
い、今開けるよ。」
「あれ、今のって。」
「うん~、多分エインセルちゃんを見たらびっくりすると思うよぉ。」
重そうな木の扉がゆっくりと開いていく。隙間から見える中には人外が沢山いて、その喧騒が聞こえてくるようだった。
「お、おかえり。エリカ。」
「ただいまぁ、お姉ちゃん。
んふふ~、さぁ、誰でしょ~。」
「やっぱりトロイだ。
久しぶり。」
「む、また知り合いの方ですの?」
扉が開ききった先で待っていたのは、エリカと同じ深い紫色の瞳に、黒髪をポニーテールで束ねたトロイだった。トロイは、私を見て、チェシャを見て、また私を見た。
「え、え?
え、っと、もしかして、え、エインセル、ちゃん?
で、でも、そちらは、どちらさま?でしょうか。」
「さっすがお姉ちゃぁん。せいかぁい。」
「そうだよ、エインセルだよ。
こっちはチェシャ。私の旅の仲間。」
「トロイさん。初めまして、チェシャですの。」
困惑しながらも、私を言い当てたトロイに、エリカが抱き着く。そのまま流れでチェシャの紹介をし、チェシャも、エリカの時と違って素直に自己紹介をした。
「あ、ご、ご丁寧に、どうも。エリカの双子の姉の、トロイ、です。
え、あの、ほ、本当にエインセルちゃん?
わぁ、おっきくなったねぇ、な、撫でてもいい?」
「うん、いいよ。
はい。」
「ぐぬぅ、許可しますわ。」
「じゃあチェシャちゃんは私が撫でちゃお~。」
「おやめくださいまし!くすぐったいですわ!」
トロイに頭を差し出す私の隣で、チェシャがエリカに撫でられている。文句を言いつつもその表情は緩んでいて、まんざらでもなさそうだ。
「それでぇ?
エインセルちゃんは隠れ里から出てきちゃったのぉ?
リャナさんとか、カイコさんはどうしたの?」
「あ、つ、積もる話もあると思うけど、ま、先ずは長老のとこ、行こ?
い、一応、そ、外から来た人、だから。」
「え、ノヴァ長老もいるの?
じゃあ、グレムも?」
「あぁ、次から次へとわたくしの知らないお姉さまの旧知の方が……」
長老、と聞いて思い出すのは、ノヴァ長老だ。私たちを箱庭から連れ出してくれた人外たちの、まとめ役。あの人がいるなら、グレムもいるかもしれない。期待を募らせる私の横では、次々と出てくる名前にチェシャが頭を抱えていた。
「あぁ~、グレムちゃんは今ぁ、ちょぉっと任務で外に出てるんだよねぇ…」
「げ、元気では、いるよ?」
「そっか、じゃあしょうがないね。」
会いたかったけれど、いないものは仕方がない。ノヴァ長老に会いに行こう。あの人に、成長したところを見せたい。狐雪さんとは旧知の仲だって聞いたから、その辺りの話も聞きたいな。
「こ、こっちだよ。
き、きっと、ノヴァ様も喜ぶ、と、思う。」
「あの、わたくしもご一緒してよろしいんですの?」
「もちろんだよぉ~。
というか、むしろチェシャちゃんこそぉ、ノヴァ様に会わないとかもぉ。」
「あぁ、まぁ確かにノヴァ長老からしたら本当に知らない人外だもんね。」
トロイに連れられて私たちは集落の中を歩きだした。道行く人たちが私たちに目を向けてくる。好奇心、警戒、それとささやかな敵意。当然の反応だろう。チェシャは、そわそわとあちこちに目を配っているが、私が大人しくしているのを見て、堪えているようだ。
「ついた、よ。」
「お姉さま……」
「うん。凄く豪華だ。」
「頑張って建てましたぁ~。ぶい。」
珍しく少し誇らしげなトロイと、褒めてと言わんばかりにピースを作るエリカを他所に、私はその建物の豪華さに圧倒されていた。
精巧に削り出された装飾をあつらえた木製の、これはもはや神殿だ。だが、隣にいるチェシャは、別のことに気を取られている様子だった。この神殿の中から漂う、ただならぬ圧だろう。私にとっては少なからず馴染み深いこれは、チェシャにとっては警戒すべき脅威なのだ。
「ノヴァ様ぁ~、訪問者を連れてきましたよぉ~。」
「ん?あぁ、すまないねエリカ。
今、そちらに行くよ。」
のそりと、白く薄い暖簾ごしに赤い影が動く。暖簾をかき分けて覗いたのは、燃えるような赤い長髪。皮膜と爪のある翼を背中に携え、鱗の生えた尻尾を引きずる、私の記憶通りの、レプティレス・ノヴァその人だった。
「ど、ドラゴン、ですの?」
「あぁ、言われて見たらそうだね。
久しぶり、ノヴァ長老。」
「んん?
もしかしてお前、エインセルかい?
ずいぶんとまぁ大きくなったじゃないか。」
久しぶりに会ったノヴァ長老は、以前と変わらない温かな口調で声をかけてくれた。
「五年もありましたから……」
「ふふ、それもそうだね。
積もる話の前に、そちらのお嬢さんは誰だい?」
「申し遅れました、チェシャと申しますの。
お姉さまの、旅の仲間ですわ。」
チェシャの自己紹介を聞いて、ノヴァ長老は少しだけ驚いたような顔をした。それもそのはず。ノヴァ長老の中で私は、隠れ里へ移り住んだことになっている。実際そうだったわけだし、大方今回の来訪を、狐雪さんからの伝言、とでも考えていたのだろう。
「旅、か。
うん、いろいろと話を聞かせてもらおうか。
そろそろ食事の時間だからね、久しぶりに一緒に食事をしよう、エインセル。
チェシャ、お前さんも良ければ一緒に。」
「うん。
エリカとトロイのご飯、久しぶりだ。」
「…ご、ご一緒させていただきますわ。」
「よぉ~し、腕によりをかけちゃうぞぉ~!」
「ふ、普段より、が、頑張っちゃう、ぞ。」
そうして、五人で神殿を出て集落を移動する。あの住居から予想できてはいたが、ノヴァ長老はこの集落で神のように敬われているらしい。すれ違う人が皆一様にひれ伏すのだ。だが、当の本人はそれを少し困ったような表情で受け入れている。本位じゃないのは明らかだった。
「まったく、そんなにかしこまらなくていいのにねぇ。」
「ノヴァ様すっごいですもんねぇ~、仕方ないですよぉ。」
「わ、私たちも、し、神官様、とか、言われてて、ね。」
まるで言い訳をするように、三人が私たち、いや、私に向かって苦笑を浮かべる。強要しているわけじゃない、とでも言いたげだ。
「大丈夫だよ。そんな勘違いなんかしてないってば。
ていうか、エリカとトロイ、神官様なんだ?」
なんだかイメージがつかなくて、くすくすと笑っていると、安心したのか、三人の苦笑が微笑みに変わる。
「神官様が料理をなさるんですのね…」
「み、貢物として奉納されるのが、さ、作物そのままとか、だったから、調理してたら、いつの間にか…」
「流れだよねぇ~。
まぁ、もともとやってたことだしぃ?
楽しいよぉ?チェシャちゃんも覚えてみるぅ?」
「わ、わたくしは、その、お姉さまは、わたくしが料理を覚えたら嬉しい、でしょうか。」
「もっちろん!チェシャの手料理、食べてみたいな。」
エリカとトロイの話を受け、恐る恐るといった感じで尋ねてきたチェシャに、即答する。レシピが同じでも、作り手の味の好みとかで微妙に変わるんだよねぇ。チェシャはどんな味が好きなんだろう。
「で、でしたら!覚えたいですわ!!
エリカさま、トロイさま、ご指導ご鞭撻、よろしくお願いいたしますわ!!」
「ま、まかせてよ。」
「よぉ~し、早速キッチンにれっつごぉ~!」
ぱたぱたと足早に厨房に向けて駆けていく三人を、私はノヴァ長老と共に見送る。
「さて、ではエインセルよ、話を聞こうではないか。」
「はい。と言っても何から話したものか……」
残った私たちは広場の椅子に腰かけ、話し始める。五年の歳月で積もりに積もった話を。
以前共に過ごした過激派集落の面々との再会でした
トロイにエリカ、そしてノヴァ。グレムは残念ながらいませんでしたが、元気にしているようですね。




