第22歩 旅は道連れ
森を抜けて平原に出た私たちは、相も変わらず歩いていた。
「お姉さまー、いつまで歩くんですのー?」
しびれを切らしたチェシャが、腕をパタパタと振って不満を漏らす。腕を振る度に、フリルでいっぱいの洋服がひらひらと踊るのが見ていて可愛らしい。
「わかんないよー。
私はね、この世界で、オラフォリオの外で暮らす人たちを知りたいんだ。
どうやって生きているのか、どんな人が暮らしているのか。
ワクワクしない?
唯一のはずの生存圏の外で生きてる人がいるんだよ?」
不満を隠そうともしないチェシャの顔が、少し明るくなる。きっと、今の私の顔は眩しいほどにキラキラしているのだろう。驚いたように見開かれた目が、愛おしそうに細くなる。
「……えぇ、とっても、素敵ですわ。お姉さま。」
真っすぐな賛辞が私を貫く。あまりにも素直な褒め言葉が恥ずかしくて、顔を逸らして歩き出してしまった。頬が熱い。
「ほら、行くよ。」
「はい!どこへなりとも、お供いたしますわ!」
それからほどなくして、木製の柵で囲まれた集落が見えてきた。
「お、何か見えてきた。」
「あ、ここは…」
チェシャの様子がおかしい。そういえば、この子は自分の力を制御できなくて追い出されたのだったか。もしかして、ここがもともといた場所なのだろうか。
「なんでもありませんわ。なんでも、ないんですの。
…でも、できればここは……」
「よし、あっちに行ってみようか。」
「…え?」
深くは聞かない。でも、あからさまに行きたくなさそうな場所へ行く必要もないだろう。私は手前を曲がることにした。
「ちょっと、お姉さま?
いいんですの?」
「いいのいいの。
チェシャはもうこの旅の仲間なんだから、行きたくないとこは遠慮なく言っていいんだよ。
もちろん、行きたいところもね。」
「ッ~~~~!!」
チェシャの頬が紅潮し、目が潤む。感情が豊かで、すぐ表情に出る。わかりやすい。
「こっちの方に沢とかないかな?そろそろ水分を補給しておきたいんだけど。」
「はっ、確かこちらにあったはずですわ!
案内いたします!ついて来てくださいまし!」
張り切ってずんずんと進んでいくチェシャに苦笑交じりについて行く。私がついて来ているかしきりに振り返って確認しながら嬉しそうに案内された先は、木陰の小さな空間にできた綺麗な水場だった。水浴びもできそうな、理想的な場所だろう。
「わぁ、綺麗。
いい場所だね、チェシャ。」
「えぇ、わたくしのお気に入りの場所ですの。
わたくし、落ち着きたい時はいつもここに来ていましたの。
目を閉じてせせらぎに耳を傾けていると頭がすっきりして、だから、大好きですわ。」
近くの岩に腰かけ、脚を水につけて目を閉じる。木陰の涼しさ、水の流れる音、空気が澄んでいて、この場のすべてが心地よい。
「水浴びでもしようか。」
「!もっちろんですわ!!」
そんなに食いついてくるとは思わなかった。これまでそうとう我慢していたのかな。
「お姉さまと水浴び、お姉さまと水浴び。ふふふ。」
ぶつぶつと何かを言いながら服を脱ぐチェシャ。私も服を脱いで水に浸かる。
「あぁ、気持ちいい。」
「すっきりしますわ……煩悩退散…ですの……」
冷たさに浸っていると、風でそよぐ葉音以外の音が聞こえてくる。
「チェシャ。」
「えぇ、お姉さま。
誰か、なにか来ますわね。」
息を潜め、なにが来てもいいように身構える。音は上流から徐々に近づいてきて、その正体が顔を出した。
「やっぱり、ここに水たまりがある!」
茂みをかき分けるようにして顔を出したのは、人だった。その人は、私たちに気づくと赤面し、大慌てで顔を引っ込めた。
「わぁ!ごめんなさい!!」
「今、お姉さまの裸体を見ましたわね。
万死に値しますの。」
その反応とは正反対に、チェシャがその腰から触脚を生やして烈火の如く怒る。自分ではなく、私が見られたことに。
「チェシャだって、ガン見だったじゃん。」
「んな!?バレ、いえ、わたくしはいいんですの!!」
「いいから、早く出て服着よ。
さっきの人と話してみたい。」
「あっ、待ってくださいまし!!」
バシャバシャと水を跳ねさせながら大げさに否定するチェシャをスルーして、水に濡れた身体を拭き、服を着直す。その間もチェシャの視線を感じていたが、触れないでおいてあげよう。
服を着たチェシャと共に上流へ向かったが、そこにはもう誰もいなかった。
「くぅ、逃がしましたわ……
お姉さまの裸を見た大罪人、生かしておくものですか。」
「やめなさい。」
「あぅ。」
ギチギチと触脚を鳴らして威嚇するチェシャにチョップを入れて落ち着かせる。ふと地面を見ると、白い羽根が落ちていた。
「なんだろ、これ。」
「羽根、ですわね。
特段珍しくもないと思いますが…」
確かに、羽根が落ちているぐらいなんてことはないのだが、ついさっきまで人がいた場所だし、周囲に生き物の気配もないものだから、妙に気になってしまった。
「そうなんだけど、泥もついてないし…」
「たまたま踏まなかっただけでは?
そこまで気にすることでもないような気がしますが……」
それきり、抱えている違和感を言語化できずに、断念した。
「…そうだね。
じゃあ、水の補給に戻ろっか。
水浴びしたかったら、もう一回入ってもいいよ。」
「わかりましたわ。
お姉さまももう一度一緒に入りましょ?」
チェシャに手を引かれるまま、私は水浴びを再開するのだった。
────────────────────────────────
「はぁ…はぁ…
ちょっと、待ってよ。
こ、こんなに離れなきゃ、だめ?」
「う~、どこまで離れたらいいかなんてわかんないよぉ~。
あの子たち、絶対強いもん。」
二人組の人外の水浴びを見てしまったボクは、左右で異なる色の翼が生えた人外、フェルトに連れられて走っていた。
「ボクもう疲れたよ~、ほんとにそんなに危険なの~?」
「わ、わかんない~。
でも、ピンクの髪の子からはすっごい敵意を感じたもん。」
フェルトは、涙目になりながらもボクのペースに合わせて走っている。その翼で飛べばいいのに。そもそもフェルトも人外なんだから逃げなくていいのに。
「フェルトぉ、喉渇いたよぉ。」
「う~。ここまで来れば大丈夫かなぁ……
我慢させ続けるわけにもいかないしぃ……うぅ…いいよぉ……」
心底不安そうに、しぶしぶといった感じで許可が出た。川沿いを走っていたので、水場はすぐ隣だ。我慢していた分を取り戻すように、ボクはがぶがぶと水を飲んだ。
「私も、ちょっと飲もうかな。
走って疲れたし…」
ボクの横に並んでちびちびと水を飲み始めたが、喉が渇いていたことに気づいたのか、次第に勢いが増していく。そうやって夢中で水を飲んでいたせいで、近づいてきた気配に気づけなかった。
「あは!見つけましたわぁ~。」
「ほんとだ、こんな方まで来てたんだ。」
「え。」
「ぎにゃぁあ!?」
突然声をかけられ驚いて振り向くと、そこには先ほど沢で水浴びをしていた二人組の人外がいた。後をつけてきたのか。だとすれば目的はなんだ。痕跡をもっとしっかり消せば、フェルトに頼んで飛んでもらえばよかった。
「なななな、なんのようでしゅか?」
フェルトがボクの前に出て問いかける。かっこいいと思った。でも、噛みまくりでちょっと情けない。それが、フェルトだった。
「万死、ですわぁ~。」
「あばばばばばば。」
ピンクの髪の人外が、邪悪な笑みを浮かべて宣言すると、フェルトは壊れた玩具みたいにがくがく震え出した。
「くっ。」
「やめなさいっての。」
「あう!」
ボクが立ち上がろうとした瞬間、もう一人の人外がピンクの髪の人外にチョップを入れた。
「ごめんね。
私たちは今、この世界を旅してる途中でさ。
いろんな人に会って、いろんな人と話したいと思ってたんだ。」
角の生えた人外は、わざわざボクに目線を合わせるようにかがんで、そう言った。
「いろんな人、ですか?」
「それはぁ、どういった理由で?」
人と会って話したい、意味が分からない。そんなことをしてどうするというのか。なにになるというのか。こちとら、日々を生きることにすら必死だというのに。
「理由、理由かぁ……
それが上手く説明できなくてね。
私は、箱庭育ちでね。オラフォリオの外に人類はいない、と教わっていた。
でもどうだろうか、こうして人が暮らしている。
だから、もっと知りたくなっちゃったんだ。
それだけ。」
「それだけ…」
それだけ、というには、裏に含まれる感情が多そうだけれど…
「あー、でもごめんね。
ボク、人間じゃないんだ。」
「え。」
「実はね、ボクは人間じゃない。人外と人間のハーフなんだ。」
────────────────────────────────
「実はね、ボクは人間じゃない。人外と人間のハーフなんだ。」
沢の上流で見つけた茶髪の少年は、自身を人外と人間のハーフと称した。
人外と人間のハーフ。狐雪さんから、響歌ちゃんがそうであると聞いたことがある。確か、禁忌の存在らしいけれど……
「それ、言っちゃってよかったの?ヘラク。」
「たぶん大丈夫。この人は、良い人だから。」
妙に確信めいたことを言うヘラクと呼ばれた少年。人外のように高い身体能力と特殊な能力を持ちながら、見た目は人そのものな存在。教団の英雄とほぼ同質の、人類にとっての異物。だったか。だが、狐雪さんの響歌ちゃんに対する対応。ヘラクと一緒にいる、左右で白黒に分かれた髪と翼をもつ人外の対応を見るに、人外にとってはむしろ歓迎すべき存在、なのだろうか。
「だからごめんね、お姉ちゃん。
ボクたち、お姉ちゃんの探している人じゃないみたい。」
「ううん。大丈夫だよ。
私が探しているのは、なにも人間だけじゃないんだ。
この世界で暮らしているみんなの話を、聞いてみたいの。」
「……お姉さま!
わたくしのお話も聞いてくださいませ!」
ずっと黙っていたチェシャが、飛びついてきた。チェシャの話はもう聞いたんだけどな。まぁ、何度聞いてもいっか。
「あの、そしたら、えっと。
い、一緒に、行きます?なんて、えへへ。」
「え、珍しい。フェルトが誰かを誘うなんて。」
翼の生えた人外。フェルトと呼ばれた女性が、おどおどしながらも提案してくる。彼女を見ていると、なんだかトロイを思い出すな。元気にしているだろうか。
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
こうして、集落や村が見つかるまでの間、旅を共にするメンバーが、また増えたのだった。
「近くに集落があったと思うよ。
お姉ちゃんたちが来た方向。」
「あー、あそこはちょっとね。
この子、チェシャが嫌だって。」
「チェシャですわ!
あの集落には嫌~な思い出しかありませんの。
行くならお二人だけで行ってくださいまし。」
いーっと、歯を剥きだして嫌そうな顔をするチェシャを見て、二人は苦笑していた。
「っと、そういえば自己紹介がまだだったね。
私はエインセル。よろしくね。」
「そういえばそうだったね。ボクは、ヘラク。
こっちの、フェルトに、ある場所まで連れて行ってもらってるところなんだ。」
「あぅ、あの、その、ナチュル・フェルトです。
えっと、そんな感じです。」
今更ながら、自己紹介をしてお互いの名前を聞く。ヘラクとフェルト、二人はとある場所に向かっている途中だったらしい。
「ある場所?それってどこ?
聞いてもいいやつかな?」
「うーんとね、場所自体はわかってないんだけど、隠れ里って呼ばれてるところ。」
「じ、人外が隠れ住んでる里があるって聞きましてぇ。
迷いの森、でしたっけ、霧がかかってる森を目指してましたぁ。」
迷いの森。五年前、私がいた場所だ。里長である狐雪さんの能力によって、常に深い霧が立ち込める森。そこは、魔獣の襲撃によって半壊し、今は砂漠の中にある渓谷に場所を移している。
「私、つい最近までその隠れ里にいたよ。
五年ぐらい前にね。
ドラゴンが里の上を通過したせいでその霧が晴れちゃって、魔獣の襲撃にあったんだ。
それで半壊しちゃったから、砂漠の中の渓谷に場所を移したの。」
「えっ、お姉ちゃん、隠れ里にいたの!?」
「そうだったんですの!?お姉さま?」
「森、なくなっちゃったんだ。
聞けて良かったぁ…」
確かに、隠れ里がなくなったことは誰も知らない。知らせていたら隠れ里の意味がないし。もしかしたら、同じように里を探して彷徨っている人外もいるのかな。
「こっちの方向に真っすぐ行った先に砂漠があるよ。
その中の渓谷に、迷いの森と同じように霧が張ってあって、そこが隠れ里だよ。」
「ありがとうございますぅ~。
よかったね、ヘラク。」
「うん。
お姉ちゃん、ありがとう!」
私はまだ、里を離れて数日だから戻れないなぁ。すぐに戻っちゃ恥ずかしいし、盛大に送り出してくれたみんなに申し訳ないや。
「どうする?せっかくだけど、隠れ里に向かう?」
「そう、ですねぇ。
やっぱり、早いところこの子を安全なところに連れていきたいので。」
「一緒に行きたいけれど、ボクがお願いしたことだからね。
わがままは言わないよ。」
旅の仲間が増えた、と思った矢先、目的地の違いですぐに別れることになってしまいそうだ。
「そっか、残念だけれど。またどこかで会おう。
じゃあね。」
「さよならですわ。」
「うん。またね。」
「あ、ありがとうございました~。」
手を振って、それぞれの道へ歩き出す。旅は道連れとは言うけれど、目的地が違うなら仕方がないよね。旅を続けていれば、またどこかで会えるだろう。
「よし、行こっか。チェシャ。」
「はい!お姉さま!」
私事ですが、チェシャちゃん書いてて本当に楽しいです
今後とも、本作をよろしくお願いいたします




