第21歩 藪蛇
「…飽きてきたな。」
ずぅっと森の中。それも一人で。代わり映えしない景色に、流石に飽きてきた。かと言って、何かトラブルが起きて欲しいわけでもないのだが。
「ぎゃー!!嫌ですわ~!!
どなたか助けてくださいましーー!!」
こういうのを、フラグ回収、というのだろうか。女の子の悲鳴が聞こえてきた。でも、そこまで切羽詰まってなさそうな、どことなく余裕のありそうな声だけれど。
「まぁ、ちょうど退屈してたし、見過ごすわけにもいかないからね。」
声のした方へ駆けていくと、甲殻に覆われた多節の脚か何かに巻き取られたハウンドと、それに向かってブンブンと手を振りながら逃げるように木に背を預けた少女が居た。
「どういう状況?これ。」
巻き取られているハウンドは苦しそうに呻いているが、少女はそれでも恐ろしいのだろう。目をぎゅっとつむり、首と手をブンブンと振っている。
「誰かいらっしゃいますの!?
あっ!そこのお姉さま!助けてくださいまし!!」
私の呟きを聞いて目を開けた少女は、私を見つけるなり涙目で助けを乞う。
「えっと、助けるも何も、その子、もう動けないと思うよ?」
「それは!そう!なんですけれどもぉ…
そちらではなく!わたくしの脚の方ですわ!
ぜんっっっぜん制御できないんですの!!」
言われて観察すると、甲殻に覆われた多節の脚は、目の前で泣き叫んでいる、ピンクブロンドの髪を振り乱す真紅の瞳の少女、その腰あたりから伸びていた。
「わたくしに危険が迫ると、この脚が勝手に動いて相手をギッタンギッタンにしてしまいますの!」
必死さがひしひしと伝わってくる。これまで壮絶なやらかしをしてきた者の顔だ。
「問題はその危険の判断基準で、見知らぬ方が近づいただけでも過敏に反応してしまいますの。
そのせいでわたくしは、もともと居た場所を追い出されて……」
どんどんと声量が小さくなっていく。目の前で泣きわめいていたのは、制御できない能力に振り回され、孤独になってしまった少女だった。
「よしわかった。
できるかわかんないけど、なんとかしてみよっか。」
「ほ、ほんとですの!?
でもでも、本当に危ないんですのよ!?」
私の発言に目を丸くした少女は、期待と不安を込めた視線を向けてくる。実際のところ、他人の能力の制御なんて、どうしたらいいかまるでわからない。でも、たぶんだけどこれは能力ではなく、人外としての特徴が勝手に出てきちゃって暴走しているだけだと思う。それなら、私も隠れ里でみんなに教えてもらったから教えられる。
「要は気の持ちようだよ。気合ってやつ。
その脚は、貴女の身体の一部なんだよ。
よくわからない、得体の知れないなにかじゃなくって、貴女の一部。」
「…わたくしの、一部。」
少女に近づこうとした瞬間、ハウンドを絞めつけていた脚が解かれて私に襲い掛かってきた。
「っ!ダメですわ!!」
「大丈夫。落ち着いて。」
手本を見せるように、手足に蹄を纏って応戦する。傷つけないように、受け流すように。
「手足を動かすときに意識している?
これは手足と一緒。自分の意志で動かせて当然のモノだよ。
私は大丈夫だから、落ち着いてごらん。」
「え?あの、えっと……はい、ですわ。」
おろおろしていた少女は、私が上手く脚をいなしているのを見て本当に大丈夫だと理解したのか、目を閉じて深呼吸をした。
しかし凄まじいな、この脚は。とてもじゃないが、素手では受けきれなさそうな衝撃。加えて多節による変幻自在な軌道。甲殻も硬く、私の蹄と打ち合っても砕けないのではなかろうか。
「ダメですわ!
どうしてもわたくしのモノだと思えませんの!!
わたくしが至らないばっかりに、わたくしの一部が貴女を傷つけてしまって!
あぁ!申し訳ございませんわ!!!」
しばらく顔をしかめて悩んでいた少女が、カッと目を見開いて叫ぶ。やはりダメか。これまで認識できなかったものが、そう簡単に認識できるようになるはずはない。
「もう、もういいんですの!
わたくしのことは放っておいてくださいまし!!」
「そうはいかない。
引き受けた以上、できることは全部試すよ!
それに、この脚は貴女を護るために動いているんだ。
嫌わないであげてよ。」
私の発言に、少女は目を見開く。
「わたくしを?護って?
だって、人を傷つける危険なもので……
でも、わたくしが危ない時だけ動いてて…?
そんなこと、考えたこともありませんでした。」
再び目を瞑って考え込む少女を見て、私はひとつ、思いついたことを試す。
「ちょっとだけ痛いよ。」
そう言って私は、能力を発動した。身体の奥底から力が湧き上がる。増した力で、暴れまわる脚を抱え込むように抑えつけ、そして、そのまま力任せに締め上げた。
「い゛っっったいですわぁ!!?」
痛みによって、自分の一部であるという認識を持たせる。ショック療法ではあるが、効果的だ。
「痛いってことは、やっぱりこれは貴女の一部なんだよ!」
「ぐぅぅ、酷いですわぁ~!」
先ほどまでとは別の理由で涙目になった少女に苦笑しつつも、私の能力で補助を行う。
「なんですの?なんだか急に、これがわたくしの一部だと思えてきましたわ。」
「私の能力でね。
『万物の増幅』っていうんだけど、貴女の中の意識を増幅させてるんだ。」
「ぞうふく?」
よくわかっていない様子だったが、今気にするべきはそこじゃない。力を抜いても、もう暴れることはなさそうだった。
「それより、どう?
制御できてるんじゃない?」
「え?あら?あらあら?
ホントですわ!やりましたわ!
わたくし、この子をちゃんと制御できてますわ!!
ありがとうございます!お姉さま!!」
少女はまた泣き出してしまった。今度は、歓喜の涙。一日に三種の涙を流すなんて、器用な子だ。こうして、自分の一部と認識した今なら、能力を解除してもいいだろう。
「うん、問題なさそうだね。」
「凄いですわ。先ほどまでの強烈な自己認識?とでも言いましょうか、が薄れていきますの。」
「私の能力はね、そこにある物を増やす能力なんだ。
そして、能力を解除すれば増えたものは元に戻る。」
「なるほど、だから薄れて……
お姉さま、ほんっとうにありがとうございますわ!」
少女は私の手を両手で握ってブンブンと振った。これまでずっと悩まされてきたのだろう。それが解消されて、心の底から嬉しいと思ってくれていることが伝わり、こちらも嬉しくなる。
「どういたしまして!
あ、そうだ。私はエインセル。
あなたは?」
「はっ!!
わたくしとしたことが、恩人に名乗っておりませんでしたわ!
わたくしはチェシャですの。
よろしくお願いいたしますわ、エインセルお姉さま!」
チェシャと名乗った少女は、眩しいほどの満面の笑みを浮かべていた。
──チェシャは、行く当てが無いらしく、私について行きたいと言ってきた。どうしても、といった様子で折れる気配がしないので、私が根負けして二人で歩いている。道すがら、人外としての特徴の出し入れの方法を、蹄を出し入れしながら教えたところ、多節の脚が見事に小さく収まったのだ。ハウンドを捕らえ、絞め殺せるほどの大きさがあったアレがチェシャの小さな体に収納されるなど、私の蹄といい、いったいどうなっているのやら。
「お姉さまは、どこに向かってますの?」
「ん~?ん~、特には決まってないかなぁ…
オラフォリオって国が人間の最後の生存圏であることは知ってると思うけど、その外で暮らす人が少なからずいるみたいなんだよね。
だから、その人たちに会ってみたくて。それで旅を始めたんだ~。」
「ふぅん。そうですの。
なら、わたくしも会ってみたいですわ。その人たちに。」
脚の問題を解決したからか、ずいぶんと懐かれてしまった。悪い気はしないが、私に依存するようなら良くないよなぁ……いつか帰った時に、狐雪さんにでも聞こう。
「わたくしの触脚。うふふ。」
「…触脚?」
「えぇ、脚と言っているとややこしいですから、触脚と呼ぶことにしましたの。」
完全に制御できるようになった脚を、自らの意志で生やして愛おしそうに撫でるチェシャ。どうやら、その脚を触脚と呼ぶことにしたらしい。
「良いじゃん。触手みたいで、わかりやすいね。」
「でしょう!?流石お姉さまですわ!」
私に肯定されて嬉しかったのか、上機嫌になったチェシャを尻目に、歩き続ける。正面には光が満ちていて、森の終わりを予感した。
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─神聖国オラフォリオ 王城内 研究施設─
「ふーむ、なんにもわからん。」
教団の管理派主席、ルブル・ル・ルルーフェが試験管を片手に悩んでいた。
「どうしたんです?ルル様?」
紫色の長髪を揺らして、ルルーフェに声をかけたのは、エクス・クエリ・レリーフ。管理派の次席である。
「ん、エクスか。
五年ほど前にブルちゃん、ブルコワーズの狩った変異種のアラクネを研究しただろう?
あの時より少しは技術が上がったからな、あの時まったくわからなかったこれも、今ならば何かわかるだろう、と思っていたのだが。
これを見てみろ。」
ルルーフェの机に散乱している資料。それを手に取ったエクスは、顔をしかめる。
「これー、本当に変異種のものですかー?
ふつーのアラクネの数値だと思うんですけどー……」
「そう、そうなんだよ。
強いて言えばここ。
魔獣の生命力に関係していると思われる数値だけが異常に高い。」
資料に記載されている数字のひとつを、ルルーフェが指さす。指された数値をエクスが凝視するが、それが何を意味するのか、まったく読み取れない。
「んー、これってすっごく再生が早い、とかって話なんですかねー。」
「可能性はある。が、過剰再生の結果、人の姿をした部位が生えた?
だとするなら、魔獣はもともと人ということにならないか?」
生命力が高く、再生力が高い、という数値にはなっているものの、だからと言って、人の上半身のような器官が生えてくる理由がわからない。再生とは、いわば回帰。その結果が人の上半身のような器官なら、魔獣は元人間、という理屈になってしまう。
「んーーー、それはちょっと飛躍しすぎな気もしますが。
数値から推測するとそうなりますねー。」
「研究者としては、数値以外の希望的観測は込めたくないものだが、こればっかりは、数値を否定したいものだな。
人類を護るために魔獣を狩っているわけだが、それが元人間となれば、あまりにも滑稽だ。」
二人揃って悩ましい結果に首を傾ける。沈黙を破ったのは、エクスだった。
「でもー、やることは変わらないですよねー。
もとが人だろうと、今人類を脅かすなら排除しないわけにはいかないですしー。」
「…違いない。
研究も駆除も止めるわけにはいかないからな。」
それきり、納得したのかルルーフェは資料を机に戻して、研究に戻ろうとした。
「それで?何の用があったんだ?エクス」
「あー、この前作った細菌、あれの実地試験をしてきたんですよー。」
「アレのテストをしたのか。
確か、施設内でのテストが不十分だったはずだが。」
ルルーフェが僅かに目を細めてエクスを見るが、当のエクスは肩をすくめるだけだった。
「まーまー、で結果なんですけどねー。
実地試験をさせた人外が感染したところまでは良かったんですけどー、木とかその辺の生物に感染し始めたので退散してきましたー。」
「なに?」
保護を受け入れない危険な人外を駆除するために開発中の細菌兵器。その実地試験中に、対象外の生物。あろうことか植物にすら感染したというのだ。
「待て待て、それで、感染者は駆除してきたんだろうな?」
当然の確認。失敗自体はどうでもいい。次に活かせばよいのだから。だが、後処理は別だ。全ての生物に無差別に感染する細菌兵器など、そのまま放置していていいわけがない。だが、この女ならやりかねない。
「えー?してないですよぉ。
しようとした教団員があっという間に感染しちゃったんで、もー大慌てで逃げてきたんですからー。」
絶句。やはりだった。エクスはぬけぬけと、パンデミックを起こしかねないものを放置してきたと言い放ったのだ。
「まったく、貴様は優秀だがオラフォリオ外のことに無頓着すぎるな。」
「えー、そんなことないですよぅ。
流石に改良しないとなーって思ってますし。」
そうではない、そうではないのだが、彼女の中ではいたって真面目な思考回路なのだ。
「そこではない。
まぁいい。あれは感染者をわかりやすく変異させていたはずだ。
過激派にしろ穏健派にしろ、討伐隊が何も知らずに感染することはあるまい。
一応、私から連絡はしておくか…」
「お願いしまーす。」
「エクス。次からは私に一言ぐらい言ってからにしてくれ。
後処理が面倒だ。その分研究時間が減る。」
「はーい。」
本当に理解したのかわからない態度で返事をしたエクスに、半ば呆れつつもそれ以上は何も言わずに、研究に戻るのだった。




