第19歩 始まり
第四章 物見巡遊編、開始いたしました
頭が割れそうだ。痛い。どうしてこんなところに来てしまったんだ。大人しく、お父さんとお母さんの言うことを聞いていれば良かった。意識が朦朧としてきた。僕は、ここで死ぬのか。
「─、────!────!」
薄れゆく意識の中で、誰かに呼ばれた気がした。
────────────────────────────────
隠れ里を出て早数日。私は今、砂漠の中を歩いている。日中は、照り付ける太陽が容赦なく肌を焼き、日没後は、急速に冷えた温度が凍てつくような風と共に体温を奪う。そんな極限的な環境。
「ふぅー、あっついなぁ…」
額の汗を腕で拭い、辺りを見渡す。一面の砂の海。平原か森からここに入ったはずだけれど、どちらに行けばそこに辿り着けるのか、まるで覚えていない。
「困ったなぁ……おっ!」
キョロキョロと周囲を見渡してみると、遠くの方に水場を見つけた。しめた、あそこで水分を補給しつつ休憩しよう。
「さて、他にはっと。
ん?」
水場とは別の方向に、人影を見つけた。背丈からして、まだ子供だろうか。黒髪で短髪なその人影は、はぐれてしまったのか、ひとりきりなようだ。
「荷物も持って無さそうだし、あれ、だいぶヤバイよねぇ…」
慌てて駆け出す。砂に脚を取られて思うように進めない。それでも、見つけてしまった以上、見捨てるわけにはいかない。急いで向かわなければ。
「君、そこの君!止まって!」
ようやく、声の届きそうな距離まで近づいた私は焦る。少年の進行方向には、スナジゴクと呼ばれる魔獣の張った罠があったのだ。獲物が砂を滑り落ちるのを待つ、待機型の狩人。場合によっては、砂をかけて脱出を妨害してくることもあるのだとか。今にも倒れそうな少年は、前に倒れようものなら、そのままスナジゴクの待つ穴の底まで一直線に滑り落ちそうだ。
「っ、間に合うか…」
能力を使用した。体中に力が溢れる。強化された脚力で砂を蹴り、加速する。しかし、少年は既に倒れこみ、滑り落ち始めていた。砂の流れを感知したスナジゴクが、穴から顔を出す。大きな顎と、鋭い歯の生えそろった口が見える。捕まったら一巻の終わりだろう。
「くっそ…間に合えぇぇえええ!!」
なんとか飛び込み、少年と並行して滑り落ちる。先に下まで行って、スナジゴクの注意を引くしかない。
私の滑落に気づいたスナジゴクが、こちらに顔を向ける。が、すぐに少年の方を向き直る。
「なんで!?」
思考し、気づく。流れてきた少年を丸呑みした後、私を捕まえるつもりなのだろう。ダメだ、間に合わない。それなら、倒すしかない。消化される前に救う。
「ごめんね、すぐ助け出すから。」
滑り落ちる少年を、大きく開けた口で丸呑みしたスナジゴクが私の方を向く。大きな顎をガチガチと鳴らし、私というごちそうが流れてくるのを待っている。
「悪いけど、食べられてはあげられないかな!」
砂を蹴り、スナジゴクに向かって加速する。顎を挟むタイミングがズレ、すり抜けた私の踵が、スナジゴクの頭を直撃する。
「硬っ!?」
けっこういいのが入ったと思ったのに、多少うめくぐらいで、目立った外傷はない。もっと強く叩かなきゃ。
再び砂を蹴り、加速する。獲物を待つ性質のスナジゴクは、私の動きに対応できない。さっきより硬く、強く叩くために脚に蹄を生やす。──修行で身に着けた技術。人外としての特徴を自由に出し入れする、暗听さんやカイコも使っていた基本的な技術。──蹄によって硬度を増した脚に、すべての加速を乗せて蹴る。
「ギィーーーッッ!!」
「よし、砕けた!」
蹴りを入れた頭部にヒビが入り、緑色の血液が染み出す。
「さっきの男の子を、返せ!」
拳にも蹄を纏い、連撃を加える。一撃ごとにひび割れた甲殻がはがれ、ヒビが広がっていく。脆い中身が潰れ、やがて動かなくなった。
「…ごめんね。」
私が少年を助けたいという一心で殺してしまったスナジゴクを悼む。けっきょくこれも、私の自己満足だ。
「さて、あの子を助け出さないと。」
気を取りなおして、バキバキとスナジゴクを割き、飲みこまれた少年を探し始める。頭を割り、砂から引きずり出しつつ、喉、腹まで割っていく。
「居た。
うわ、べとべとだ。」
見つけた少年は、消化液に触れていたのか、服が溶けかかっていた。私も私で、スナジゴクの返り血やら粘液で汚れてしまった。
「うぅ、汚い。
洗いたいし、さっき見えた水場に向かおう。」
少年を担いで、先ほど上から見渡した時に発見した水場へ向かう。気絶しているけれど、息はある。介抱すればすぐにでも目を覚ますかもしれない。
「もうちょっとだからね、頑張って。」
抱えた少年に声をかけながら砂漠を歩き、水場に辿り着いた。水を掬い、ひとくち飲む。
「うん、大丈夫そう。」
服ごと飛び込み、身体に着いた体液を流す。少年も水中に引きずり込み、洗っていく。顔は水につけずに、濡らした布で拭う。
「っ、げほっ、げほっ」
「あ、ごめん。」
しっかりと絞れていなかったらしく、水が口の中に入ってしまったらしい。喉に侵入しかけた水に驚き、少年が咳き込み、目を覚ます。
「だ、れ…」
ゆっくりと目を開けた少年が私の顔を見て、そして、私の頭に生えた角を見た。
「っ……!人外!?
うわぁっ!!はなせぇ!!」
「わちょ、危ない。」
みるみるうちに青褪めた少年が、私から逃れようと暴れる。急に暴れるものだから、水中に落としかけてしまうが、なんとか水からあがらせる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
怯え切った目で、後ずさる少年の様子を見て、私の胸がきゅうと痛くなる。やっぱり、人外とは人に恐れられる存在なのだろう。
「ねぇ。君、どこから来たの?
こんな砂漠に一人で。」
「僕は、僕は美味しくないぞ…」
会話が成立しない。どうにか安心させなければ。私が箱庭から連れ出されたとき、みんなはどうしてくれたっけ……
「心配しないで。私はあなたを食べたりしないから。
……そうだ、お腹空いてない?ご飯を食べましょう?」
「…え?」
水から出て、持っていた荷物の中から、里で飼っていた魔獣の肉を取り出す。今回使うのは、リュドーの肉。その辺の枯れ草をかき集め、火打石で火を起こす。フライパンを取り出し、それをまな板代わりに肉を捌いていく。どれぐらい食べるかわからなかったので、とりあえずひとくちサイズに二十個ほど切り出し、残りをしまう。少年は、その様子を目で追っていた。
「少し待っててね。」
「……」
充分に火力が上がったところで、肉の入ったフライパンを火の上に乗せた。肉を焼く音がジュウジュウと鳴り、食欲をそそる香りが漂う。つられて、少年がお腹を鳴らした。
「あ。」
「ふふふ。」
少年は恥ずかしそうに顔を背けてしまった。そのまま調理を続ける。荷物から取り出したのは、塩と胡椒。どちらも、里で自前で用意できるものではない。ではどこから来たのかというと、定住地に数か月に一度やってくる人外の集団から、物々交換的に手に入れていた。彼女たちがどのようにして定住地を知ったのかなど、疑問は尽きないが、今更確認する術はない。
「よし、もうすぐできるよ。」
ごくりと、生唾を飲む音が聞こえた。火を消して、フライパンごと少年の前へ持って行き、二人分の箸を置いて手を合わせる。
「いただきます。
熱いから気を付けてね。」
「あ、えと。」
少年は困惑していたが、私が食べ始めたのを見て、小さくいただきますと言ってから箸を持って手を付けた。
「あつっ!あふ、はふはふ。」
「あー、だから言ったのに、熱いよって…」
ひときれ口に放り込んだ直後、熱そうに口を動かす少年に、コップに汲んだ水を渡す。
「ほら、これ飲んで落ち着いて。」
「んぐ、んぐ、んぐ。ぷは。」
相当熱かったのか、それとも喉が渇いていたのか、一気に飲み干してひと息つく。そして、二切れ目を取り、恐る恐る口に入れる。
「はふ、はふはふ、もぐ。」
慣れたのか、ちょうどいい温度になったのか、先ほどと違って味わうように咀嚼する少年に満足し、私も食事を進めた。
「うん、美味しかった。
ごちそうさまでした。」
「ごちそう、さまでした。」
ものの十分ほどで完食し、食器を水で洗い流す。さて、これで多少は警戒心も薄れたと思うが、会話ぐらいはできるだろうか。
「さて、君。少し、お話聞かせてくれないかな?」
「……」
少年の目が、警戒の色を込めて私を見る。さっきは恐慌状態だったから、だいぶマシになった。
「君は、どこから来たのかな?
こんな砂漠にひとりで、誰かと一緒じゃなかったの?」
しばしの沈黙。やがて、ぽつぽつと、少年が口を開く。
「僕たちは、森に、住んでたんだ。
砂漠は、危ないから、って、お父さんと、お母さんに言われてて。
でも、全然、なんにもなさそうだったから、つい。」
「そっかぁ…
大変だったね。」
この少年は、好奇心の赴くままに砂漠へ立ち入ったらしい。なぜ森に引き返さなかったのか、など疑問点はあるが、森に魔獣がいたとか、砂漠に棲む魔獣に追われたとか、そんなところだろう。よく生き残ったものだ。
「あの……」
「ん?なぁに?」
「えっと…」
何か言いたげに、もじもじとしている少年を、努めて穏やかに眺める。
「あ、ありが、とう。
その、助けて、くれた、んでしょ?」
「!……どういたしまして。」
感謝されるとは思っていなかった。少年はとても素直なようだ。事実を整理して、状況を判断する。なんともまぁ、賢しい子だ。
「ねぇ、歩ける?
歩けるなら、お父さんとお母さんのところに戻ろ?
ついて行ってあげる。」
「え、いいの?」
「もちろん。
むしろ、心配だから一人では行かせられないかな。」
荷物を背負い、少年と共に歩き出す。少年は、自分が来た方向を覚えていたようで、少年の案内に従って歩いていた。道中、私から話しかける形で会話を交わしていると、少しずつ、少年の私に対する警戒が緩んでいくのを感じた。それにしても、一時は気絶していたのに、帰りの方向がわかるというのはにわかに信じがたかったが、数時間歩いた辺りで森が見えてきたため、信じざるを得なかった。
「ところで、君の名前は?なんて言うの?」
「…僕の名前は、エリオット。
お姉ちゃんは?」
「私は、エインセル。よろしくね、エリオット。」
遅ればせながら自己紹介をした私たちは、二人で森へ踏み入る。風に揺られる木々の作る木陰が、照りつける陽光を遮ってくれる。
「ふぅ、だいぶ涼しくなってきたね。」
「うん。砂漠は暑くて干乾びそうだったよ…
お父さんとお母さんはこっちの方に居るはずだよ。」
エリオットに手を引かれながら森を進む。目印らしいものもないのに、迷う様子もなく歩くエリオットに疑問を投げる。
「エリオット、どうして道がわかるの?」
「え、エインセルお姉ちゃんはわかんないの?」
わかるのが当然とでも言いたげに首をかしげるエリオットに、面を喰らってしまう。
「ごめんね、私はわかんないや。」
「それじゃあ、迷子になっちゃうじゃん。
お父さんもお母さんも、みんなわかるんだけどなぁ…
安心して、僕が案内するから!」
よりいっそう、気合を入れてエリオットが歩き出す。が、
「エリオット、ストップ。」
「えっ。」
引かれた手を逆に引き寄せ、エリオットを抱き寄せる。
「何か来る。」
正面から何者かの気配がした。二人だろうか。人間のようだが、教団員だろうか。なんであれ、エリオットだけは無事に帰さなければ。
「そこに、誰かいるのか?」
向こうから声が響く。低い男性の声。しかし、その声に含まれているのは警戒と、不安。それと、ほんの少しの恐怖だろうか。
「お父さんだ!
お父さん!僕だよ!」
「おぉ、エリオットか!」
エリオットが駆け出し、それに合わせて相手も駆けてくる。どうやらお父さんのようだが、人間に擬態する魔獣の可能性もある。警戒は緩めずに後を追う。
「あぁ、エリオット!
良かった。」
「よく無事で帰ってきた、エリオット。」
「お父さん、お母さん、ごめんなさい!ごめんなさい!」
三人が抱き合って、涙を流し始めた。この様子を見るに、どうやら本物の両親だったようだ。
「あのお姉ちゃんが助けてくれたんだ!」
「あぁ、これはどうもありがと……う………」
私を指すエリオットに釣られて顔を上げた両親が固まる。エリオットを助けたときと同じだろう。私が人外だから……
「…良かったね、エリオット。
それじゃ、またね。」
「え!待ってよ!!
エインセルお姉ちゃん!!」
振り返って立ち去ろうとした私の服を、エリオットが掴んで引き留める。
「エリオット…」
「お父さん、お母さん。
お姉ちゃんは、人外だけど違うんだ!
僕を助けてくれて、ご飯も分けてくれたんだよ。」
「…………」
エリオットの言葉に、二人はしばらく黙り込んでしまう。
「…そうだな。
息子の命の恩人だ。
これでは失礼だったな。」
「……そうね。ごめんなさい、エインセルさん。
エリオットを助けてくれてありがとう。
良かったら、お礼をさせていただけませんか?」
「………え?」
思いがけない提案に、素っ頓狂な声を出してしまった。まさか、受け入れられるとは思っていなかった。
「ダメだろうか?」
「ねぇ、お姉ちゃん。一緒に行こ?」
「…えっと、じゃあ、お願いします。」
エリオットの後押しを受けて、おずおずと軽く頭を下げ、エリオットの両親について行くことにする。こうして、世界を巡る私の旅は始まったのだった。
これから、エインセルは様々な人間や人外と交流していくのでしょうね
どうぞご一緒に、お楽しみください




