第17歩 収束
戦いは終わった。里は半壊してしまったが、死傷者なし。
「よーし、みんな無事やな?」
狐雪さんが、息も切らさずに確認している。私たちが護っていた反対側を、たった一人で護り切ってなお、まったく疲れを見せていない。
「よっしゃ。疲れてるやろうし、温泉行こか。
ゆっくり浸かって、リフレッシュしてきや。
また明日、みんなに話すこともあるしな。」
朗らかな表情で、狐雪さんが告げる。里が大荒れの中、どうしてそんな顔ができるのだろうか。見れば、新参の私たち以外のみんなが、にこやかに笑い合っていた。抱き合ったり、肩を叩いたり。生きていることを喜んでいる。里は半壊しても、そこで暮らす人は、だれ一人欠けることなく無事だった。それを喜んでいたのだ。
「……家も里も、また建て直せる。
人がいればな。」
そこで言葉を区切って、狐雪さんが私の頭を撫でる。
「せやから、あんま気負わんと、入ってきや。
気持ちいで。」
促されるまま、温泉館へと足を運ぶ。その足取りはやや重く、頭の中では、防衛戦でのことを思い返していた。あの時、確かに感じた高揚感。戦いは怖い。痛いのは嫌いだ。だけれど、いざ戦えば、ああして没頭する。結果、視野が狭くなり、足元をすくわれた。あれはいったい何だったのだろうか。あの興奮は、万能感は……
「私って、戦うのが好きだったのかな……」
いや、違う。私が嬉しかったのは、楽しかったのは、みんなと肩を並べて戦えたこと。みんなを護れていると実感できたことだ。そうして、敵の思惑によってあの状況が起きた。止めるには殺すしかなかった。命を奪うために振るった拳の感覚を、今でも覚えている。
「ごめんね。」
誰にともなく呟く。脱衣所で服を脱ぎ、浴室へ向かう。こびりついた感触を洗い流すように、念入りに身体を洗った。湯舟に向かい、ゆっくりと浸かる。綺麗になった手を見つめ、軽く握り、開く。
これからも同じようにしなくちゃいけないことがあるだろう。仕方のないこと。いつかは訪れていた、選択の、覚悟の瞬間。
「まだ、割り切れないなぁ…」
みんなのように、仕方のないことだと受け入れることはまだ、私にはできそうにない。カイコたちはそのうち慣れると言っていたけれど、しばらくは引きずりそうだ。
「はぁ、やめよう。」
考えても仕方がないと思い、私は壁に頭を預け、身体を投げ出した。暖かな湯の中で、身体が僅かに浮く。目を閉じ、ちょろちょろと流れ続ける湯の音に耳を傾ける。風が吹けば微かに波ができ、浮いたからだが流されるように揺れる。抵抗もせず身を預け、揺蕩う。ついさっきまで頭を埋めていた悩みが、波に攫われていく。
「……気持ちいぃ。」
「お、そりゃよかった。」
私の呟きに返事をしたのは、狐雪さんだった。だらしない恰好をしていた手前、少し恥ずかしい。
「どうやった?
今回の防衛戦。たぶん初めてやったろ?」
「……はい。」
ぽつぽつと、あの時の感覚を狐雪さんに話した。時間が引き延ばされるような感覚。周りの動きが、自分の動きがゆっくりに見えたこと。魔獣の群れの中を駆け回り、次々とそれを無力化していったときの高揚感。みんなと肩を並べて戦えていたこと、護れていたこと。どうしようもなく昂って、興奮していたこと。万能感に浸って周りが見えてなくて、それで捕まったこと。それでも戦うこと自体は怖くなかったこと。殺さなきゃいけなくなって初めて、怖さを思い出した。堰を切ったように、次から次へと口をついて出てくる。
「そうかぁ…
たくさん、頑張ったなぁ。」
ちゃぷ、と隣に入ってきた狐雪さんが再び撫でてくれる。その手付きはちょっとだけ雑で、でも、温かかった。
「いっぱい考えて、考えるのに疲れたらこうして休んで。
そうやって、ちょっとずつ受け入れて行こな。
ウチもそうやったから。」
「え…………狐雪さんも?」
あんなに強くて、誰よりもみんなのために戦っていた狐雪さんも、昔は同じように悩んでいたらしい。
「ウチな、戦うのあんま好きちゃうんよ。だから、こうして隠れ里を作って暮らしてる。
でもな、今日みたいにどうしようもない時って来るんよな。
ウチらの意志とは関係なしに、向こうからやってくる。
そこで、ウチはこう考えた。何が一番嫌か。って。」
目を見開く。私と同じだ。出来ることなら戦いたくない。殺すなんてもっての外だった。それでも、私の大切な人たちが、大好きなみんなが傷つくよりは、と、そうして戦ったんだ。
「ウチはな、大切な人だけを護ることにした。そのために、戦うことにした。
その結果が、その果てが、今や。
おかげで、みんな笑顔で暮らしとる。
これが正解とは言わんけど、ウチの中では、これが一番だと、そう思っとる。」
そこまで言い切って、狐雪さんは私を見た。私の目を。そうして、にこりと笑って言う。
「エインセルにも、そういう生き方が見つかるといいな。」
眩しかった。笑顔が、言葉が。慰めではない純粋な応援。励ましが。私の中の暗い悩みを照らすようだった。
「さ、だいぶ浸かっとったろ?
のぼせる前に上がろか。」
立ち上がろうとして、視界が軽くゆがむ。しまった、長湯しすぎた。けっきょく、狐雪さんに抱えられて戻るのだった。
商店街に戻ると、瓦礫の木材を活用したキャンプファイヤーが行われていた。
「お、戻ってきましたねぇ~。」
「…エインセル、なんかいいことあった?」
「うん。なんか、吹っ切れたような顔してるね。」
「……!」
狐雪さんと一緒に商店街に戻ってきた私を見て、みんながそれぞれの反応をする。抱き着いてきた響歌ちゃんを抱き返し、みんなに返事をする。
「うん。狐雪さんのおかげ。」
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あかん、泣きそうや。ええ子過ぎる。
満面の笑みで暗听たちに答えるエインセルを見て、ウチはこめかみを抑えて顔を逸らす。
「っとそうや。みんなに伝えなあかんことがあるんやった。」
里が半壊したことにより、性急に行わなければならないことがある。
「えー、みんな。今回の襲撃、無事だったことを嬉しく思う。
門番を始め、戦ってくれたみんな。ホンマにありがとう。
それはそれとして、里は半壊し、位置もバレてしもうた。ここにはもう留まれん。
明日から、新天地を目指して移住を開始する。絶対に必要、ってもんだけまとめといてくれ。
家畜は、各雄雌二頭ずつ連れて行く。他は、放牧するのも可哀想やからありがたく食べよう。」
ざっと、宣言する。いきなりのことで理解できていないのが数人、あとは、もう慣れたもんやな。そもそもこんなに長く定住できたのが初めてのことで、これまでも各地を転々としていた。言われるまでもなく準備はできている。という顔だ。頼もしいわ。
「ま、急に言われてもわからんやろうし、いったん今は楽しもうや。
みんな無事で生き残れた祝い酒や!乾杯!!」
酒がなみなみと入ったコップを掲げて宣言する。慣れている者も、呆けていた者も、皆同じようにコップを掲げて宴が始まった。
普段とは比べ物にならない量の肉が長机に並ぶ。食べたい人が食べたいだけ、自分の皿に取っていくバイキング形式。肉も野菜も、みるみるうちに減っていく。ウチの手元の皿にも、こんもりと盛られていた。暗听、響歌、エインセルの三人がそれぞれ取ってきてくれたのだ。おかげで満腹やわ。
「里長ぁ~、飲んれますぅ~?」
「おぉ、暗听。
珍しいなぁ、酔ってんけ?」
「あぁ!里長ぁ、酔っれないですねぇ?
飲め飲め~。」
顔を赤くした暗听が、飲み終わってもないのにコップに酒を注ぐ。今日は大変だったんやろな。ショックもあるやろうし、付き合ったるか。
「里長!乾杯っす!!」
「大将!まいどおおきに。
今日はみんなで飲みやな。」
「里長ぁ!こっちにも来てくださいよ!」
「はいはい、順番に行くからなぁ。」
あっちもこっちも、みんなに呼ばれる。こうなった経緯はアレだが、引っ張りだこなこの感じはかなり好きや。気がかりがあるとすれば、さっきからずっと、ウチの着物の裾をちょんと握ってついて来ている響歌か。
「なんや、どないしたん?」
「…………」
ふるふると首を横に振る。なんでもないけど、一緒に居たい。そんなところだろうか。気づいたらエインセルまで着いて来とるし、どないしたんやろな、ホンマに。
向こうでは、暗听がカイコはんとリャナはんに絡んで、リャナはんにあしらわれている。カイコはんはお酒にハマったのか、暗听を無視して飲み続けているし、なんならコップに注がずに直で行ってる。酒豪や。
「勿体ないなぁ…」
この場所には、珍しく長いこと居れたから、愛着が湧いてしまったようだ。仕方がない、移動しなければ、いつ誰から干渉されるかわからないのだ。どうしようもない。とはいえ、また一から開拓するのか。
まぁ、それはそれで楽しさはある。少しずつ家が建ち、畑ができ、作物が育ち、家畜が増える。自分たちの居場所を作る行為は、そのまま、生きる意志になる。それ自体はいいのだが……
「温泉がなぁ…………」
次の場所では、温泉が沸くかわからない。そういう地を目的地にすればいいのだが、この人数でその大移動は危険だ。いつ、巡回中の教団員に会うともしれず、そうでなくとも魔獣が居るのだ。あぁ温泉。名残惜しい。
ウチの嘆きを聞いて気づいたのだろう。みんながざわつきだす。
「そうか、温泉。」
「新天地にあるとは限らないから、今のうちに入らないとか。」
「あれがある生活に慣れちまったよ、クソ。」
などなど、反応はさまざまである。みんなに好評だったようでなによりだが、今日で終わりだ。あの温泉は、後に知る人ぞ知る秘湯とでも言われるのだろう。命知らずの莫迦が入りに来る、なんてこともあるのかもしれない。
そうして夜は更けていく。温泉には、別れを惜しむ人が殺到し、皮肉にも過去一番の繁盛を見せた。それも、じきにまばらになっていく。宴もそこそこに、荷造りを始めたのだ。明日、起きればこの場所とはお別れ。現実が、刻々と迫ってくる。霧の杜の隠れ里は、今日をもってこの場所からなくなる。次はどこに造ろうか。
──朝日が顔を打つ。いつの間に自宅に帰ってきていたのだろうか。酔った自分の記憶など曖昧で、まるで頼りにならない。頭の上で手を組んで背伸びをすれば、背中や腰がパキパキと子気味良い音を鳴らす。窓を開けて外を確認する。まだ、誰も起きていないようだ。
「…散歩でもするか。」
腰をひねって身体をほぐす。後ろを向いたら、暗听がいた。
「っうわぁ!?」
「おはよぉございます。里長ぁ。」
眠そうに目をこすりながら挨拶してくる。心臓に悪いからやめてほしい。
「お散歩、ご一緒していいですかぁ?」
「あぁ、ええけど、荷造りは終わったん?」
「大丈夫ですよぉ、わたし、とくにこれといって荷物ないんでぇ。」
荷物になりそうなものと言えば服ぐらいだが、暗听は昨日買ってやった破廉恥な格好のままだった。当の本人は相変わらずまったく気にしていないようで、もう諦めている。
「ほな、行こか。」
カランコロンと下駄を打ち鳴らしながら、暗听と並んで歩く。澄んだ空気が心地よい。高台へ向かい、里を見下ろす。
「いろいろありましたねぇ、里長。」
「せやなぁ、これからもあるで。たくさんな。」
「ですねぇ、場所が変わっても私たちは私たちですからね。」
「なんや、励ましてくれてんの?」
「今気づいたんですかぁ?ずっとそうですよぉ。」
無言で暗听の頭を撫でた。そっと、優しく。いつも気遣ってウチの傍に居てくれる。
「……救われとるよ。ありがとう。」
「えへへ~、どういたしましてぇ。」
眼下では、里のみんなが着々と起きてきている。すでに荷物を抱えている者もいて、商店街に用意しておいた荷車に荷物が積まれ始めていた。準備が早くて助かるわ。
暗听と共に商店街まで降りていくと、既に全員が揃っていた。昨日の宴で、散々騒いだ。愚痴もこぼしたろう。もう、それほど言葉は要らない。
「ほな、行こか。」
その合図で、タウラスが荷車を牽き、車輪がガラガラと鳴る。
「いざ、新天地へ。」




