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終末のオラフォリオ  作者: 冷雹
第三章 怪影蠢動編
20/25

第17歩 収束

 戦いは終わった。里は半壊してしまったが、死傷者なし。


「よーし、みんな無事やな?」


 狐雪さんが、息も切らさずに確認している。私たちが護っていた反対側を、たった一人で護り切ってなお、まったく疲れを見せていない。


「よっしゃ。疲れてるやろうし、温泉行こか。

 ゆっくり浸かって、リフレッシュしてきや。

 また明日、みんなに話すこともあるしな。」


 朗らかな表情で、狐雪さんが告げる。里が大荒れの中、どうしてそんな顔ができるのだろうか。見れば、新参の私たち以外のみんなが、にこやかに笑い合っていた。抱き合ったり、肩を叩いたり。生きていることを喜んでいる。里は半壊しても、そこで暮らす人は、だれ一人欠けることなく無事だった。それを喜んでいたのだ。


「……家も里も、また建て直せる。

 人がいればな。」


 そこで言葉を区切って、狐雪さんが私の頭を撫でる。


「せやから、あんま気負わんと、入ってきや。

 気持ちいで。」


 促されるまま、温泉館へと足を運ぶ。その足取りはやや重く、頭の中では、防衛戦でのことを思い返していた。あの時、確かに感じた高揚感。戦いは怖い。痛いのは嫌いだ。だけれど、いざ戦えば、ああして没頭する。結果、視野が狭くなり、足元をすくわれた。あれはいったい何だったのだろうか。あの興奮は、万能感は……


「私って、戦うのが好きだったのかな……」


 いや、違う。私が嬉しかったのは、楽しかったのは、みんなと肩を並べて戦えたこと。みんなを護れていると実感できたことだ。そうして、敵の思惑によってあの状況が起きた。止めるには殺すしかなかった。命を奪うために振るった拳の感覚を、今でも覚えている。


「ごめんね。」


 誰にともなく呟く。脱衣所で服を脱ぎ、浴室へ向かう。こびりついた感触を洗い流すように、念入りに身体を洗った。湯舟に向かい、ゆっくりと浸かる。綺麗になった手を見つめ、軽く握り、開く。

 これからも同じようにしなくちゃいけないことがあるだろう。仕方のないこと。いつかは訪れていた、選択の、覚悟の瞬間。


「まだ、割り切れないなぁ…」


 みんなのように、仕方のないことだと受け入れることはまだ、私にはできそうにない。カイコたちはそのうち慣れると言っていたけれど、しばらくは引きずりそうだ。


「はぁ、やめよう。」


 考えても仕方がないと思い、私は壁に頭を預け、身体を投げ出した。暖かな湯の中で、身体が僅かに浮く。目を閉じ、ちょろちょろと流れ続ける湯の音に耳を傾ける。風が吹けば微かに波ができ、浮いたからだが流されるように揺れる。抵抗もせず身を預け、揺蕩う。ついさっきまで頭を埋めていた悩みが、波に攫われていく。


「……気持ちいぃ。」

「お、そりゃよかった。」


 私の呟きに返事をしたのは、狐雪さんだった。だらしない恰好をしていた手前、少し恥ずかしい。


「どうやった?

 今回の防衛戦。たぶん初めてやったろ?」

「……はい。」


 ぽつぽつと、あの時の感覚を狐雪さんに話した。時間が引き延ばされるような感覚。周りの動きが、自分の動きがゆっくりに見えたこと。魔獣の群れの中を駆け回り、次々とそれを無力化していったときの高揚感。みんなと肩を並べて戦えていたこと、護れていたこと。どうしようもなく昂って、興奮していたこと。万能感に浸って周りが見えてなくて、それで捕まったこと。それでも戦うこと自体は怖くなかったこと。殺さなきゃいけなくなって初めて、怖さを思い出した。(せき)を切ったように、次から次へと口をついて出てくる。


「そうかぁ…

 たくさん、頑張ったなぁ。」


 ちゃぷ、と隣に入ってきた狐雪さんが再び撫でてくれる。その手付きはちょっとだけ雑で、でも、温かかった。


「いっぱい考えて、考えるのに疲れたらこうして休んで。

 そうやって、ちょっとずつ受け入れて行こな。

 ウチもそうやったから。」

「え…………狐雪さんも?」


 あんなに強くて、誰よりもみんなのために戦っていた狐雪さんも、昔は同じように悩んでいたらしい。


「ウチな、戦うのあんま好きちゃうんよ。だから、こうして隠れ里を作って暮らしてる。

 でもな、今日みたいにどうしようもない時って来るんよな。

 ウチらの意志とは関係なしに、向こうからやってくる。

 そこで、ウチはこう考えた。何が一番嫌か。って。」


 目を見開く。私と同じだ。出来ることなら戦いたくない。殺すなんてもっての外だった。それでも、私の大切な人たちが、大好きなみんなが傷つくよりは、と、そうして戦ったんだ。


「ウチはな、大切な人だけを護ることにした。そのために、戦うことにした。

 その結果が、その果てが、今や。

 おかげで、みんな笑顔で暮らしとる。

 これが正解とは言わんけど、ウチの中では、これが一番だと、そう思っとる。」


 そこまで言い切って、狐雪さんは私を見た。私の目を。そうして、にこりと笑って言う。


「エインセルにも、そういう生き方が見つかるといいな。」


 眩しかった。笑顔が、言葉が。慰めではない純粋な応援。励ましが。私の中の暗い悩みを照らすようだった。


「さ、だいぶ浸かっとったろ?

 のぼせる前に上がろか。」


 立ち上がろうとして、視界が軽くゆがむ。しまった、長湯しすぎた。けっきょく、狐雪さんに抱えられて戻るのだった。



 商店街に戻ると、瓦礫の木材を活用したキャンプファイヤーが行われていた。


「お、戻ってきましたねぇ~。」

「…エインセル、なんかいいことあった?」

「うん。なんか、吹っ切れたような顔してるね。」

「……!」


 狐雪さんと一緒に商店街に戻ってきた私を見て、みんながそれぞれの反応をする。抱き着いてきた響歌ちゃんを抱き返し、みんなに返事をする。


「うん。狐雪さんのおかげ。」



 ────────────────────────────────



 あかん、泣きそうや。ええ子過ぎる。

 満面の笑みで暗听たちに答えるエインセルを見て、ウチはこめかみを抑えて顔を逸らす。


「っとそうや。みんなに伝えなあかんことがあるんやった。」


 里が半壊したことにより、性急に行わなければならないことがある。


「えー、みんな。今回の襲撃、無事だったことを嬉しく思う。

 門番を始め、戦ってくれたみんな。ホンマにありがとう。

 それはそれとして、里は半壊し、位置もバレてしもうた。ここにはもう留まれん。

 明日から、新天地を目指して移住を開始する。絶対に必要、ってもんだけまとめといてくれ。

 家畜は、各雄雌二頭ずつ連れて行く。他は、放牧するのも可哀想やからありがたく食べよう。」


 ざっと、宣言する。いきなりのことで理解できていないのが数人、あとは、もう慣れたもんやな。そもそもこんなに長く定住できたのが初めてのことで、これまでも各地を転々としていた。言われるまでもなく準備はできている。という顔だ。頼もしいわ。


「ま、急に言われてもわからんやろうし、いったん今は楽しもうや。

 みんな無事で生き残れた祝い酒や!乾杯!!」


 酒がなみなみと入ったコップを掲げて宣言する。慣れている者も、呆けていた者も、皆同じようにコップを掲げて宴が始まった。

 普段とは比べ物にならない量の肉が長机に並ぶ。食べたい人が食べたいだけ、自分の皿に取っていくバイキング形式。肉も野菜も、みるみるうちに減っていく。ウチの手元の皿にも、こんもりと盛られていた。暗听、響歌、エインセルの三人がそれぞれ取ってきてくれたのだ。おかげで満腹やわ。


「里長ぁ~、飲んれますぅ~?」

「おぉ、暗听。

 珍しいなぁ、酔ってんけ?」

「あぁ!里長ぁ、酔っれないですねぇ?

 飲め飲め~。」


 顔を赤くした暗听が、飲み終わってもないのにコップに酒を注ぐ。今日は大変だったんやろな。ショックもあるやろうし、付き合ったるか。


「里長!乾杯っす!!」

「大将!まいどおおきに。

 今日はみんなで飲みやな。」


「里長ぁ!こっちにも来てくださいよ!」

「はいはい、順番に行くからなぁ。」


 あっちもこっちも、みんなに呼ばれる。こうなった経緯はアレだが、引っ張りだこなこの感じはかなり好きや。気がかりがあるとすれば、さっきからずっと、ウチの着物の裾をちょんと握ってついて来ている響歌か。


「なんや、どないしたん?」

「…………」


 ふるふると首を横に振る。なんでもないけど、一緒に居たい。そんなところだろうか。気づいたらエインセルまで着いて来とるし、どないしたんやろな、ホンマに。

 向こうでは、暗听がカイコはんとリャナはんに絡んで、リャナはんにあしらわれている。カイコはんはお酒にハマったのか、暗听を無視して飲み続けているし、なんならコップに注がずに直で行ってる。酒豪や。


「勿体ないなぁ…」


 この場所には、珍しく長いこと居れたから、愛着が湧いてしまったようだ。仕方がない、移動しなければ、いつ誰から干渉されるかわからないのだ。どうしようもない。とはいえ、また一から開拓するのか。

 まぁ、それはそれで楽しさはある。少しずつ家が建ち、畑ができ、作物が育ち、家畜が増える。自分たちの居場所を作る行為は、そのまま、生きる意志になる。それ自体はいいのだが……


「温泉がなぁ…………」


 次の場所では、温泉が沸くかわからない。そういう地を目的地にすればいいのだが、この人数でその大移動は危険だ。いつ、巡回中の教団員に会うともしれず、そうでなくとも魔獣が居るのだ。あぁ温泉。名残惜しい。

 ウチの嘆きを聞いて気づいたのだろう。みんながざわつきだす。


「そうか、温泉。」

「新天地にあるとは限らないから、今のうちに入らないとか。」

「あれがある生活に慣れちまったよ、クソ。」


 などなど、反応はさまざまである。みんなに好評だったようでなによりだが、今日で終わりだ。あの温泉は、後に知る人ぞ知る秘湯とでも言われるのだろう。命知らずの莫迦が入りに来る、なんてこともあるのかもしれない。


 そうして夜は更けていく。温泉には、別れを惜しむ人が殺到し、皮肉にも過去一番の繁盛を見せた。それも、じきにまばらになっていく。宴もそこそこに、荷造りを始めたのだ。明日、起きればこの場所とはお別れ。現実が、刻々と迫ってくる。霧の杜の隠れ里は、今日をもってこの場所からなくなる。次はどこに造ろうか。



 ──朝日が顔を打つ。いつの間に自宅に帰ってきていたのだろうか。酔った自分の記憶など曖昧で、まるで頼りにならない。頭の上で手を組んで背伸びをすれば、背中や腰がパキパキと子気味良い音を鳴らす。窓を開けて外を確認する。まだ、誰も起きていないようだ。


「…散歩でもするか。」


 腰をひねって身体をほぐす。後ろを向いたら、暗听がいた。


「っうわぁ!?」

「おはよぉございます。里長ぁ。」


 眠そうに目をこすりながら挨拶してくる。心臓に悪いからやめてほしい。


「お散歩、ご一緒していいですかぁ?」

「あぁ、ええけど、荷造りは終わったん?」

「大丈夫ですよぉ、わたし、とくにこれといって荷物ないんでぇ。」


 荷物になりそうなものと言えば服ぐらいだが、暗听は昨日買ってやった破廉恥な格好のままだった。当の本人は相変わらずまったく気にしていないようで、もう諦めている。


「ほな、行こか。」


 カランコロンと下駄を打ち鳴らしながら、暗听と並んで歩く。澄んだ空気が心地よい。高台へ向かい、里を見下ろす。


「いろいろありましたねぇ、里長。」

「せやなぁ、これからもあるで。たくさんな。」

「ですねぇ、場所が変わっても私たちは私たちですからね。」

「なんや、励ましてくれてんの?」

「今気づいたんですかぁ?ずっとそうですよぉ。」


 無言で暗听の頭を撫でた。そっと、優しく。いつも気遣ってウチの傍に居てくれる。


「……救われとるよ。ありがとう。」

「えへへ~、どういたしましてぇ。」


 眼下では、里のみんなが着々と起きてきている。すでに荷物を抱えている者もいて、商店街に用意しておいた荷車に荷物が積まれ始めていた。準備が早くて助かるわ。


 暗听と共に商店街まで降りていくと、既に全員が揃っていた。昨日の宴で、散々騒いだ。愚痴もこぼしたろう。もう、それほど言葉は要らない。


「ほな、行こか。」


 その合図で、タウラスが荷車を牽き、車輪がガラガラと鳴る。


「いざ、新天地へ。」

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