第16歩 芽吹き
カイコと暗听さんが、強そうな個体と睨み合っている。片方は手足を持った木。もう片方は、淡く緑色に輝く、ツタが寄り集まった女性。
「私ぃ、どっちも相性悪いかもですぅ。」
「……泣き言言わない。頑張って。」
私は、周りを取り囲む魔獣と戦っていた。脚の多い魔獣。女性の上半身を生やしたそれが、周囲を取り囲む。カイコと同じように糸を操るそれと、格闘戦を繰り広げる。人とは違う脚、人と同じ手。一方は鋭く、一方は巧みに迫る。掴み、弾き、打つ。脚を折り、腕を弾き、顎を打つ。手数で負けているが、速さで私が勝る。任されたという歓喜が、戦えているという高揚感が、次から次へと力を生み、速さを増す。
「邪魔はさせない。絶対に。」
それと、殺させないし殺さない。一体を倒したことで、様子見をしていた魔獣が同時に迫る。前だけじゃなく、横も、後ろも、敵意が、殺意が迫る。身をよじり、体を伏せ、跳ね、避ける。迫る腕を、脚を足場に、更に跳ね、放たれた糸を逆に辿り、敵に迫る。私を狙った攻撃が、私に避けられたことで別の魔獣に当たる。同士討ち。なるほど、これは使えそうだ。
「避けるだけでも、避け方次第で攻撃にもなる。」
呟きながら、戦い方を学ぶ。肩を並べるべく、護るべく。戦闘が加速する。私一人が、誰にも捉えられないほどに。一体一体を倒さず、駆け回り、跳びまわりながら、片っ端から攻撃を仕掛け、挑発する。全部が私に向けば、二人の邪魔にならないし、門番さんたちの方へ行く数も減る。私に向けば向くほど、同士討ちが増える。打て、当てろ、撫でるだけだって挑発になる。なんでもいい、私を見ろ。
「ふふ、あはは。」
笑みがこぼれる。楽しい。駆けまわれ。今の私は、これまでの私の中で一番強い。さぁ、あっちもこっちも、私が来たぞ。私がいるぞ。興奮が私を支配する。今なら出来ないことはないと、そう思えるほどに高ぶっている。万能感。
「……エインセル?」
「よそ見、してる場合か?」
「うぉっとぉ、地面から根っこですかぁ。油断も隙も、ないですねっ!」
「多腕、厄介ね…」
四人の会話が聞こえる。しかしそれは、ただの音として耳を通り抜けた。ふいに、跳びまわる私の脚を、木の根が、ツタが捉えた。
「え。」
ガクンと視界が落ちる。体勢が崩れ、魔獣の群れの中に墜ちていく。やばい。興奮していた私の頭が急激に冷めていく。冷や汗が溢れ、恐怖がこみ上げてくる。襲い来るであろう衝撃を前に、目をつぶった。
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「エインセルちゃん!」
「まず一人、かしら。」
「……離せ。」
「外して見せろ。」
地面から生えた根が、私の右手に絡みつく。一刻も早くエインセルを助けたい。助けなければいけない。数本の糸を寄り合わせ、強度を増した糸で、迫りくる根を縛り、止める。怒りと焦りが、私の力を底上げし、普段なら止めるに留まる糸が根に食い込み、ミシミシと砕いていく。
「……あの子に、あの子に傷ひとつでもつけてみろ。
ぶち殺すぞ。ゴミが。」
怒りが臨界点を越えた。副腕が、服を突き破り露出する。怒りのままに、私の邪魔をするゴミの処理を開始する。
「わぁお。カイコさん、そんなことできたんですねぇ。」
「ちょっと、隠し玉とかズルくなぁい?」
黙れ。どいつもこいつも、エインセルが危ないだろうが。助けの邪魔だ。
指から生成した糸をよじり、先端を硬く、鋭く。もっと、もっと鋭利に。エインセルに群がるゴミを、私を邪魔するゴミを、等しく…
「…穿て。」
「なっ!?」
「ちょ!?」
「うそ!?」
生やした副腕は二本、両手を含む四本の腕から、牽制も込めて複数方向へ、糸で作った槍を射出する。放たれた槍は、私の意志に沿って曲がる。牽制として放ったものも含めて、全てをエインセルの救出へ向かわせる。
「そんな見え見えな、させると思うのか?」
「やらせてあげてくださいよぉ~。」
「くっそ、邪魔。」
暗听が、その触手で二体を抑えてくれる。そのままエインセルの救出に急ぐ。糸槍を突き刺し、エインセルの周囲にいた数体を蹴散らした。そのまま、よじった糸を拡散させ、さらに周囲を貫く。細い糸は、勢いさえあれば抵抗なく敵の身体を貫ける。地に伏したエインセルに駆け寄り、抱え上げる。
「……エインセル、起きて。」
「…カイコ?」
よかった、目を開けた。私が任せてしまったせいだ。大事な、大切な友人なのに。私のお願いで危険にさらしてしまった。
「ありがとう、カイコ。私、まだやれるよ。」
「……でも、危ない。」
「カイコ。」
繭でくるんでしまいたい。大事に覆って隠してしまいたい。でも、エインセルはそれを望まない。望まれないことは、できない。したくない。でも、だけど。
「行ってくる。」
「あ……」
「カイコさぁん!早く戻ってきてぇ!!」
エインセルはまた行ってしまった。後ろで暗听が呼んでいる。彼女も大切な友人だ。戻らなくては。エインセルの身体に刻まれた傷が、打撲痕が脳裏をよぎる。戦闘中だというのに、後悔がこみ上げる。動きが鈍る。
「隙ありだな。」
「カイコさん!」
先ほどの私と同じように、鋭利に尖らせた木の根が、私の脇腹を貫いた。
「……ご、ぐ。」
血が口に溢れ出す。痛みが、余計な思考を強制的に弾き出す。痛いな。なに、するんだ。副腕で木の根を掴み、圧し折る。糸を操り、小刻みに震わせる。ノコギリのように、震わせることで切れやすくなる。振動が速いほど、よく切れる。
「…はぁ。痛い。」
「ぎ、ぐぁ。離、せ。」
「……外して見せろ、だったっけ。
…………無理だけど。」
木の怪物を切り刻む。トレント、だったか。なんでもいい。等しく敵だ。
「……次。」
「ひっ。」
「私の見せ場も下さいよぉ~。」
ツルの集まったような女性、ドライアドが一歩後ずさる。それを、後ろから暗听が捕まえる。任せていいだろう。私はエインセルのフォローだ。
「ぐ、舐めるなぁ!」
「わちょ、変なことしない!」
ドライアドが奇声を上げるが、直後に暗听に殴り伏せられる。しかし、ドライアドは笑っていた。
「……何を。」
「ざまぁみろ、人外。
これが、我らが主より授かった、進化の種。
悪意だ。」
「ふんっ。」
不穏なことを言い残したドライアドの頭を、五本ほどの触手を束ねた暗听が叩き潰した。直後、さらに奥から足音が聞こえてくる。
「第二波、ですかぁ。」
「……それだけなら、悪意というには、ぬるい。」
「わちょ、なんで!?」
エインセルが声を上げる。見れば、周りの魔獣が、私たちを無視して全て里へ向かっていた。今の奇声は、命令だったのだ。全てを無視して里へ迎え、という。脚を折られた魔獣まで、這って移動する始末。
「……ダメ。もう、殺さないと止まらない。」
「うそ……」
「やるしかないですよねぇ……
早く戻って、門番さんたちに伝えないとぉ。」
言いながら、糸で首を落とし、暗听が周囲の魔獣に触れ、無力化する。急いで戻らなければ。響歌もリャナも居る。目尻に涙を浮かべ、歯を食いしばりながら急所を攻撃するエインセルを横目に、私はいたたまれない気持ちになる。殺したくないと言っていたあの子が、殺さなければ止められない状況になってしまった。
「……くそ。」
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まずい不味いマズイ、里に向かってる。全部。こいつらの目、もう私たちを見ていない。一心不乱に里へ向かっている。これが悪意。敵意も殺意もない。住処を壊す。こちらの護りたい場所を蹂躙する。ただそれだけを目的とした特攻。
「胸糞悪いですねぇ……」
「……急がなきゃ。」
「……」
エインセルちゃんが黙ってしまった。優しい子でしたからね。殺さなければならない状況に、心の整理が追い付いていないのでしょう。カイコさんが副腕で抱えながら私の後を飛行してついて来ている。飛べたんですか、あなた。羽があるので、当然と言えば当然なのですが……
「見えた。
門番さん!もうダメです!こいつら、もう里へ向かうことしか考えてません!!
動けなくするのは有効ですが、手っ取り早いのは殺してしまうことです!」
優秀な門番さんたちは、既に戦法を変えていた。脚や胴体などを切りつけ、勢いを落とすことに重点を置いていた戦闘が、急所を積極的に狙う方向に変化していた。機動力を奪う攻撃は未だに有効であるため、脚は狙っているが、出来ることなら命を絶つという判断は正しい。
「エインセルちゃんは無理せず中に戻っても大丈夫ですからね。
カイコさん、やりましょう。」
「……ん。
エインセル、また後でね。」
「……」
エインセルちゃんは、立ち去らなかった。放心しているのか、葛藤しているのか。気にする余裕がなくなる。今は、里に一匹も入れないようにしなければ。
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殺した。ころした。コロシタ。私が殺した。生き物を、何匹も。仕方がなかった。本当だろうか。他に何か手があったのでは。殺さなくても、脚を全部圧し折って、動けなくすれば。そんなことはできなかった。私にそんな余裕はない。私が弱いから。でも、だけど、里は護らなきゃいけない。リャナがいる。響歌ちゃんがいる。みんながいる。だから、殺すの……
暗听さんとカイコがまだ戦っている。門番さんたちも、里を護るために。私も動かなきゃ。でも、身体が動かない。これまでとは違う恐怖が、手足に絡みつく。膝が震える。手が痺れる。喉が枯れる。息が上がり、鼓動がうるさいほどに耳を貫く。嫌な汗が全身から吹き出し、下を向いてしまう。怖い。殺した感触がこびりついている。力任せに殴った。なりふり構わずに蹴った。肉を貫き、骨を砕き、命に届いた感触。そうしなければ、止められなかった。そうしなければ、止まらなかった。
「はっ…はっ……」
落ち着こうと口を開くが、息が吸えない。短く、浅くなる。ダメだ、こんなことをしている場合じゃない。動け、うごけ。
「…………。
エインセル、邪魔。」
カイコに、邪魔と言われてしまった。
「ちょ、カイコさん?」
「…………わかってる。でも、仕方ない。今は……」
じゃま。戦えない人がここにいても、確かに邪魔なだけだ。立ち向かおうとしたときには動かなかった脚が、里に入るためには動いた。それが、たまらなく悔しい。
俯いたまま門をくぐり、見上げた景色に、息をのむ。対岸に広がる巨大な氷の壁。狐雪さんの技だろうか。それが、里の内側に広がっている。侵入されたのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
「っ。」
弾かれたように駆け出す。みんなが無事なのか。リャナが、響歌ちゃんが。避難所へ向かって。途中で転びかけるが、地面に手をつき、転がるようにして前へ進む。箱庭での、嫌な記憶が蘇る。涙で前が見づらい。
「エインセル!?どうしたの?」
避難所と目と鼻の先で、聞きなれた声が耳に入った。リャナだ。みんな、無事だった。狐雪さんが間に合ったんだ。
「リャナ、よかった。」
涙がボロボロと溢れてくる。まだ、みんなが外で戦っているのに、私はまた、逃げてきてしまった。情けない。悔しい。怖い。
「エインセル……。」
涙を流した私を前に、リャナが背中を撫でてくれる。きっとリャナはわかっている。私がまた、戦いから逃げてきたことを。
「ねぇ、エインセル。」
リャナが私を呼ぶ。鼻を啜りながら見上げた顔は、いつもの優しい表情。だけど、私を叱るときのような厳しさを感じた。
「エインセルが本当に嫌なのは、なに?
私とエリカの三人で集落を出たとき、はじめて魔獣と戦ったあの時。
エインセルは何を思って、立ち向かったの?
なにがあったのかは聞かない。けれど、それを、その時の気持ちを、思い出して。」
思い出す。集落を出て、里へ向かう途中。野営地で魔獣に襲われたあの時、怖くて仕方なかったはずなのに、立ち向かえた理由。
「わたし、は。」
大切な人が傷つくのが嫌だった。自分が痛いのも嫌だし、誰かを、何かを殺したくもない。でも、だけど、なにより嫌なのは、大切な人が傷つくこと。リャナやグレムだけじゃない。カイコも、この里で出会った、私たちを迎え入れてくれた人たちが、狐雪さんが、暗听さんが、響歌ちゃんが傷つくのも、嫌だ。
「……答えは、見つかった?」
「…………うん。」
「…そっか。なら、行っておいで。
きっと、みんな待ってるよ。」
涙を拭い、振り返る。脚は震えてるし、手も痺れたままだけど、それでも戻る。怖いけど、私も護るんだ。それが、何よりも優先すべき、今の私の願いだから。




