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終末のオラフォリオ  作者: 冷雹
第一章 箱庭崩壊編
2/25

第1歩 箱庭

早速の第一話となります

エインセルの旅の物語なので話数は「歩」としました

 私の名前はエインセル。

 それしかわからなかった。

 少し前の私は、気が付いたら広い草原に居て、どうしてここにいるのか、どうやってここに来たのか、何も覚えていないかった。そうして、たまたまそこに通りかかった教団の人に拾ってもらった。

 今は、オラフォリオのはずれにある人外保護施設、通称『箱庭』で同じように拾われたり保護されてきた仲間たちと暮らしている。

 この箱庭は、オラフォリオいち安全で、温かく、優しい場所だと信じている。

 きっと、国の外とは比べようもないほどに。


「みんな、ご飯の時間だよ。

 食堂においで。」


 遊具のあるエリア、公園と呼ばれる部屋のスピーカーから教団の人の声が響く。

 みんなと遊ぶことに夢中になっていたが、気づけばお腹が鳴っていた。


「今日のご飯は何かな~。」

「エインセルはいつも腹ペコだね。」


 美味しい記憶を反芻していると、後ろから声をかけられる。


「なぁに?

 グレムのお腹だって元気よくお返事してたじゃん。」


 振り向きながら声の主、グレムに笑いかける。淡い赤色をした長い髪の彼女は、腕や脚の一部と尻尾に鱗を生やした人外だ。運動が得意で、身体を使う遊びでは全敗中。お腹の音を指摘された彼女の茜色の瞳が泳ぐ。


「し、仕方ないでしょ、エインセルに付き合ってずっと動いてたんだから。お腹もすくよ。

 ていうか、聞こえてたの......」


 そう言いながらグレムは照れくさそうに顔を背ける。

 その姿がなんだか愛らしくて、私は彼女の頭に手を伸ばす。


「こーら、遊んだばかりの洗ってもない手で撫でるんじゃありません。

 ばっちいでしょ。」


 いつの間にか横にいた、大きな背びれを持つ人外が私の手を掴む。


「むぅ、確かに今は汚いか。

 ごめんね、グレム。」

「あ、ううん、大丈夫。」


 まだ触れてないし、と言いながら歩いて行ってしまったが、私は見逃さなかった。

 グレムはほんの少しだけ、残念そうな顔をしていたのだ。

 ほんと、いじらしくて可愛いなぁ。


「あなたも、手を洗ってらっしゃい。」

「はーい。

 グレム待ってー!」


 私の腕をつかんだ女性に促され、グレムを追いかける。



 ────────────────────────────────



 グレムとエインセルがかけて行った後の廊下。

 大きな背びれを持つ人外と皮膜を持つ翼の人外が、彼女たちに聞こえないようひそひそと会話している。


「─────────。

 ─────────────、────────。」

「──、────。

 ────────────────、───────。」


 特殊な方法による会話なのか、口は動いているのに音が聞こえない。


「──────、私たちが。」

「...そうだな。」


 ふいに漏れた言葉だけが、会話の断片のように廊下へ落ちた。



 ────────────────────────────────



「エインセル、ちゃんと手を拭いてきなよ。

 ほら、水が垂れてるじゃんか。」

「しぜんかんそーってやつだよ。

 そのうち乾くんだから、気にしなーい。」


 言われた通りに手は洗った、でもそのあとは知らない。だって言われてないもん。

 グレムはいつも着ている服で手を拭いてるけれど、それ、遊んで汚れてるんじゃないかな...

 ふと、後ろから何かが聞こえた気がして振り向く。


「......?」

「なにしてるの?置いて行っちゃうよ?」

「あ、待ってよー。

 気のせいだったかな。」


 グレムに急かされて駆け足で食堂に着くと、もうほとんど全員が揃っていて、順番にご飯を受け取っているところだった。


「うわー、出遅れちゃった。」

「エインセルが水で遊びだすからー。」


 グレムの文句を聞き流して列に並ぶ。


「あら、今日はのんびりさんなのね、エインセル。」

「グレムがごねたんだ。」

「違う!エインセルが水をかけて遊んでたんだ!」


 最後尾にいた、明るい薄茶色の髪をなびかせ、頭から大きな耳を生やした人外。リャナに声をかけられ、グレムのせいにしたが、すかさずグレムに訂正されてしまった。グレムの訂正を聞いたリャナの、黄緑色の瞳が私を見据える。


「もう、人のせいにしちゃだめよ。」

「ちぇー。」

「そーだそーだ、はんせーしなー。」


 ばつが悪くなった私はそれ以上口を開かなかったが、列は進み、ご飯が配られる。

 今日はハンバーグだった。

 しかも、カレーにコーンスープまでついている。

 箱庭のご飯はいつも美味しいが、今日のメニューは格別だ。

 あまりの嬉しさと空腹で、席に着く前にかぶりついてしまわないようにしなければ。

 気を紛らわせようと周りを見渡すと、みんな嬉しいのか、会話が弾んでいるようだ。

 軽く注意されるほどはしゃぐ子供たちと、妙に落ち着いた大人たちの姿が対照的だった。

 笑顔なんだけど我慢してるみたいな、みんな嬉しいんだから素直にはしゃげばいいのに。


「じゃあ、みんな準備できたかな。

 よし、いただきます。」

「「「「いただきます」」」」


 よく我慢した、私たちよりさらに後に来た、大きな背びれを持つ人外と皮膜を持つ翼の人外が食事を受け取り席に着くまで、本当によく我慢したと思う。


「美味し~!

 やっぱりハンバーグよね、しかも今日はカレーにコーンスープまであって、あ~数か月に一度の組み合わせだわ!」

「もう、落ち着いて食べなさいな。」

「うるさいな、美味しいのはわかったから静かに食べてよ......」


 リャナとグレムに注意されてしまった。

 それにしても、なんだか今日のグレムは機嫌が悪いみたい、私がうるさいのなんていつものことだから、普段ならこんなに突っかかってこないのに。

 お腹が空きすぎて?もしかしたら、さっきグレムのせいにしようとしたことを怒っているのかも。


「…グレム、さっきはごめんね。

 グレムのせいにし────」


 さっきのことを謝ろうとしたその時、激しい振動と共に轟音が響いた。

 赤い光が点滅し、食堂は瞬く間にパニックに陥る。


「大丈夫、私たちを助けに来たのよ。」


 隣にいたリャナが私たちを宥めてくれる。

 特に気にしていなかったが、よく見れば小さい子が両脇に来るように大人たちが座っている。

 恐らくこの事態は想定通りなのだろう。


「助けって、なに?

 ここは危ないところなの?」


 グレムがリャナに尋ねるが、リャナは困ったような顔をするだけで答えてくれない。


「ねぇ、どうして───」

「全員無事か!!」


 今にも泣いてしまいそうな顔のグレムが縋るように絞り出した声は、食堂への乱入者によってかき消されてしまう。

 誰が入ってきたのか見るまでもない。

 いつも私たちを優しく見守ってくれていたあの声だった。


「みんな、落ち着いて聞いて欲しい。

 ここは今敵に襲撃されていてとても危険な状態だ。

 すぐに避難しないとみんなも危ない。

 だから、私についてきて欲しい。」


 わからない。

 いつも通りの優しい声、優しい言葉なのに、全部嘘みたいに聞こえる。

 騙そうとしているみたいな...

 それに、リャナ達は彼に敵意を剝き出しにしていて、凄く怖い。


「...急にこんなことになって、気が立つのも仕方がない。

 だが、急がないと間に合わなくなってしまう。

 だから早く、お願いだ。」


 言い終わるや否や、彼は吹き飛ばされた。

 否、圧し潰されたのだ。壁に。

 彼の左の壁が突然盛り上がったかと思えば、そのまま右の壁に向かって激突。

 挟まれた彼はひしゃげ、もはや助からないだろう。


「きゃぁああぁぁぁぁぁあ!!」


 どこからか悲鳴が聞こえる。

 いや、私の口から響いたそれは伝播し、あちこちから悲鳴が上がる。

 大人たちがついているため辛うじて逃げ回ることはなかったが、もはや混乱は止められない。


「よし、全員いるな!

 はやく逃げるぞ!ついてこい!」


 彼を潰した壁は、壁ではなかった。

 壁を突き破って出てきたそれは、ひたすらに筋肉質な女性であった。

 箱庭を壊しに来た敵であるはずのそれは、奇しくも彼と同じことを口にした。

 逃げる?なにから?どこへ?そんな疑問が浮かんでは消える。

 大人たちが、困惑する子供たちを誘導してその女性についていく。

 それが一層不思議でたまらない。


「大丈夫よ、エインセル。

 彼女は、彼女たちは味方。

 私たちを、この箱庭から連れ出すために助けに来てくれたの。」

「...うん。」


 リャナが私を宥めるように声をかけてくれるが、いまいち理解できない。

 なぜ箱庭から連れ出すのか、優しく声をかけてくれていた彼を潰しておきながら、本当に味方なのだろうか。

 だって、外の人外は力に呑まれた存在で危険だからって、それらはとても凶暴で力が強いから外に出ちゃいけないって、教団の人に口酸っぱく言われていたのに...

 目の前を走るこの人外は、少なくとも力に呑まれて自我を失っているようには見えなかった。


「...リャナ、あとは手筈通り頼む。

 私たちはやつらをできる限り足止めするから。

 ──っ!?」


 私たちがついてこれる程度の駆け足で先頭を走っていた、太く大きな角を持つ筋肉の塊のような壁みたいな女──もうかべでいいや──がリャナに何かを言っていたが、鈍い衝撃音と共にそれも止まる。


「よくもやってくれたなぁ、害獣。

 駆除してやるよ。

 うちの研究成果でなぁ!」


 そこに居たのはお世話係さんだった。

 普段、私たちの健康を気遣って優しく検査をしてくれているその人は、今はまるで別人のように額に青筋を浮かばせている。

 わけもわからずにナニカから逃げている私たちを阻むように立ちはだかったお世話係さんは、手に持った装置をこちらに向けながら操作した。

 何をしたのかと考える間もなく、後ろからうめき声が聞こえた気がして、振り向いた瞬間、二つの影がかべに飛び掛かる。

 私たちの後に食堂に来た二人だった。


「逃げて!!早く!!!」


 かべに襲い掛かりながら、二人が叫ぶ。

 もうずっと何が何だかわからない、横を見ればリャナが頭を抱えていて、周りを見ると大人たちがみんなうずくまって苦しそうにしている。

 何かに必死に抵抗しているようにも見える大人たち。

 子供たちはしきりに心配そうに声をかけるが、ついには突き飛ばされてしまった。


「逃げなさい!!!」


 普段大きな声など上げない、温厚なリャナが吠え、私たちは弾かれたように来た道を戻る。

 何も理解できないまま、ただ足を動かして戻ってきた食堂には、数人の見慣れない人外が居た。

 彼女たちは私たちを見ると、まるで守るかのように箱庭の外へ誘導してくれた。

 混乱しきっている私たちは、促されるままに外へ向かうが、道中で教団の人と人外が戦闘を行っているのを目にする。

 自分たちの理解できない何かが起こっているのだろう。

 それが何かはわからない、わからないけれど、私の中にあった常識が、小さな世界が、確かにあった安心が、崩壊していくのを感じる。


「やめて―!!」


 私たちを保護し、匿って、お世話してくれた人たちが人外との戦闘で負傷していくことに耐えられなかった幾人かが人外に飛び掛かり、巻き添えになってしまう。

 先ほどまで横にいた友人が、肉塊へと変貌してしまうその光景に、ある者は泣き、ある者は吐き、ある者は放心し、恐怖でもって辛うじて統率されていた子供の群れは散り散りとなってしまった。


「あぁ、う、ぉえぇ」


 私もその場でうずくまり、吐き出してしまう。

 気付けば、周りには誰もいなくなってしまっていた。


「グレム、グレムを探さないと。」


 1人は寂しい。

 きっと、グレムもどこかで泣いているはずだ。

 見つけてあげないと。

 いろいろあり過ぎてもはや何も考えられなかったが、それでも一番の友達は忘れない。

 あの子は私が居ないとダメなんだ。私も、


「がぁあああああああ!!!」

「ぐ、ぉおおおおおぉぉおぉぉお!!」


 襲い掛かる外の人外から教団員を守る箱庭の人外、人外同士がなぜ争っているのか。

 音は聞こえる、見えてもいる、でも、私はそれどころではなかった。

 グレム、リャナ、誰でもいい、誰かと一緒に居たい。

 あれは喧嘩じゃない、殺し合いだ。

 傍らには私と同じぐらいの子供だったであろう肉塊。

 守られている教団の人はその肉塊を怖いくらいの笑顔で集めている。

 なんで、笑っているの。どういう顔なの、あれは...

 また、わからない。


「エインセル!こっち!!」


 名前を呼ばれて見れば、そこにはリャナが居て、グレムを抱えていた。

 リャナ、グレム、無事だった、生きてた、よかった。

 リャナについていけば大丈夫、リャナが居れば、グレムもいる、だからきっと大丈夫。

 少しずつ落ち着きを取り戻した視界に映ったリャナは傷だらけで、


「リャナ!怪我が、それに血も!」

「いいから!早く逃げるの!!

 この地獄から早く!

 そのために、みんな来てくれたんだ!」


 余裕がないのだろう、リャナは私も抱えて走り出す。

 今一瞬、箱庭の人外が、子供を襲っていたように見えたが、きっと見間違いだろう。

 なにせ、凄い速度で景色が過去になるのだ。きっとそうだ、きっと。


「この子たちをお願い!私は戻るから!」


 箱庭の外、神聖国の外に出たリャナは、私たちを降ろして告げる。

 外には迎えに来たであろう人外たちが居て、私は怖くて駄々をこねる。


「リャナは!?リャナも一緒がいいよ!」

「.........ごめんね。」


 また、困ったような顔をしたリャナは、最後に一度だけ振り返って、それでも行ってしまう。

 取り残された私たちは、外の人外に抱えられ箱庭から離れていく。

 外から見た箱庭は無機質で、あんなにも燃え上がっているのに、中で暮らしていた時の温かさが嘘のように冷たく感じた。

紹介したい要素が多くて情報が多くなってしまいましたが、読んでいただき、ありがとうございます

引き続きよろしくお願いいたします

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