第13歩 湯治
第三章 怪影蠢動 編開幕となります
案内された客室でリャナとぼーっとしていたら、カイコが狐雪さんに抱えられてきた。そのままカイコを寝かせて、リャナと共に三人で横になる。
「…落ち着けた?リャナ」
「……うん。エインセルは?」
「うーん、落ち着けたとは違うかな。
とっても、楽しい。幸せ。」
本当にそう思う。口に出したら、なおの事。ここのみんなは幸せそうだった。大変なんだろうけど、その大変さが嬉しいような、そんな顔。羨ましいと思うと同時に、そんなところに受け入れられたことが嬉しい。
「…それならよかった。今日はもうお休み、眠いでしょう。」
「……うん。お休み、リャナ。」
温泉で火照った体温が引いていく感覚に合わせて、ゆっくりと意識を沈めて、手放した。
───眩しいほどの日差しを受けて目を覚ます。
「ん……あれ。」
知らない天井に一瞬困惑したが、そういえばこのところ、ずっとそんな感じだったな。寝転がった体勢のまま右を見れば、リャナがまだ眠っている。いつも私を気にかけてくれているリャナが、今は無防備で、なんだか可愛く見えてきた。左を見れば、カイコもまだ眠っていた。見とれてしまうほどの顔立ちは眠っている今でも健在で、時折その眉間にしわを寄せている。悪夢でも見ているのだろうか。そっと手を伸ばして撫でてやれば、表情がほころぶ。
「…ふふふ。」
そうしていると、廊下の方からパタパタと足音が聞こえてきた。
「ほれ、起きやー!朝になったでー!」
ガラッと勢いよく扉を開けて大きな声を出したのは、狐雪さんだった。傍らには、カイコと同じような真っ白い髪の女の子がいた。クマがすごいし、全身に包帯を巻いている。大丈夫かな…
「ん?なんや、起きとるのはエインセルだけか。
おはようさん。」
「あ、おはよう、ございます。」
狐雪さんから朗らかな笑顔で挨拶をされて、慌てて考えを中断して返答をする。狐雪さんの横の女の子は、私と目が合うとぺこりと軽く頭を下げて、前髪で瞳を隠してしまった。
「……ん、おはよう。エインセル。
それと、狐雪。響歌。」
カイコが起き上がってきた。響歌、って言ってた。あの女の子、響歌ちゃんって言うのかな。
「ん、おはようさん。
あぁそうか、エインセルとリャナには紹介してなかったな。
こっちの無口なのは、奏吹 響歌。機嫌が悪いわけやないから、仲ようしたってな。
ほれ、響歌。」
促されて狐雪さんの後ろから出てきた響歌ちゃんは再び、ぺこりと頭を下げてきた。動きがぴょこぴょこしていてとても可愛い。
「起きとるやろ、リャナ。
おはようさん。」
先ほどからぴくぴくと耳を動かしていたリャナが、ポリポリと頬を掻きながら起き上がる。どうして寝たふりなんかしていたのだろう。
「……おはようございます。
その、起き上がるタイミングを逃しまして。」
話が始まってしまって起きるに起きられなかったらしい。頬がほんのり赤いのは、寝起きだからではないだろう。
「ちょっと、エインセル。面白がってるんじゃないの。」
「ぶみゃー、いひゃいいひゃい。」
ニコニコしていただけなのに、リャナに頬を引っ張られてしまった。ヒリヒリする頬を撫でながら狐雪さんのあとをついていく。時折目を向けると、響歌ちゃんとカイコが話していた。話すといっても、カイコが話しかけて、響歌ちゃんが身振り手振りで応答する形ではあるが。何はともあれ楽しそうだ。リャナは狐雪さんと何かを話している。何の話をしているかは聞き取れないけど、これまでのような張り詰めた感じじゃない。
「えへへ、楽しいな。」
ぼそりと、誰にも聞こえないように呟いた。この時間が、もっと続きますように。
────────────────────────────────
片足にもだいぶ慣れた。気を利かせてくれた狐雪さんが、手を使わなくてもいいようにと、脚に直接杖となる枝を巻き付けて歩けるようにしてくれた。普通の脚とは勝手が違うが、それでも手を使うよりよっぽどマシだった。
昨日からここで暮らすことになった。ここでやることは大体聞いた。家畜の世話をして、畑仕事をする。それだけ。自分たちの食べる分を自分たちで作る。着るものも、住む場所も、全部自分たちで用意する。それがここの暮らしらしい。
「頑張ります、か。」
とりあえず指示されたのは、タウラスの世話。気を抜くと突進されるから気を付けろって話だったけど、そこまで言うなら私にやらせるのは間違いなんじゃないかな。
「えーっと、干し草を食べるんだっけ。
んーと、これか。」
小屋の端に積まれていた干し草の束をいくつか取り、エサ置きに入れる。我先にとタウラスが殺到してくるが、この柵、壊れないのだろうか。一か所にだけ入れるとこうなるのか、他のエサ置きにも早く入れなければ。
「っと、まぁいったんはこんなもんかな。」
三か所あるエサ置きに山盛りの干し草を詰めて、額の汗を拭う。どうやらタウラスという種は草食ながら大食らいらしい。最初に入れたエサ置きの中には、もうほとんど残っていなかった。やることはまだある。食事中の彼らの身体を洗う必要がある。柄の長いブラシを持って、身体をこする。それだけの単純作業ではあるけれど、数がいるのもあって、けっこうな時間がかかる。
「よい、しょ。よい、しょっと。
存外、骨が折れるなぁ…」
ようやく、半分ぐらいだろうか。満腹になったからか、タウラスたちの動きが緩慢になり、眠り始める子もいた。起こさないようにはしたいが、洗わないわけにもいかない、慎重にしつつも、ある程度の力を込めて、身体をこする。
「神経遣うわね、この作業。」
片足が杖であることもあり、上手く踏ん張りが効かないのも相まって、けっこうしんどい。それでも、できる事があるという事実は、とても嬉しい。自ずとやる気が出てくる。気づけば、鼻唄交じりに作業をしていた。
作業が終わったのは、日が暮れたころだった。最後にもう一度、三か所のエサ置きに最初よりは少なめに干し草を盛って、その場を後にする。
「ふぅ、おしまい!
つっかれたー。」
背伸びをして訪れたのは、温泉。そう、気づいてしまった。身体を動かして汗をかいた後の温泉が格別に気持ちいいことに。脱衣所で服を脱いで浴室へ向かうと、先客がいた。
「お~。確か、リャナさん。」
「暗听さん、お疲れ様です。」
暗听さんだった。ということは、
「お、初仕事ご苦労さん。」
当然、狐雪さんもいる。二人は、頭の上に畳んだタオルを乗っけて湯舟に浸かっていた。狐雪さんは、普段はピンと立っている細長い耳を器用に使って、タオルを抑えてるみたいだ。暗听さんはというと、頭に生えた半透明な笠の上にタオルを置いており、意味があるのかいまいちわからない状態になっている。
「けっこう重労働ですね、あれ。」
「んふふ、せやろ?
あの苦労があるから温泉が気持ちいいし、食事も一層美味いんや。」
「暗听もそう思いま~す。
里長は頑張りすぎなのでぇ、明日は暗听とのんびりしてくださぁ~い。」
湯舟の中で二人が笑っていた。幸せそうで、とても微笑ましい。そういえば、今日は朝以外にエインセルやカイコに会っていない。こんなに長く会わなかったのは久しぶりだったけれど、そんなに心配じゃない自分が意外だった。
「ん、先客。」
「お、カイコはん。」
「カイコさ~ん。元気そうで何よりで~す。」
「あら、カイコ。」
ガラリと脱衣所の扉を開けて入ってきたのは、カイコだった。そこにエインセルの姿はない。今誰と一緒に居るんだろう、あの子。
────────────────────────────────
どうしてこうなったんだろう。誰についていたわけでもないけれど、どうしてこの子と、客間で二人きりなんだろう。
「…………」
「それでね!リャナが私を助けてくれたの。
私は弱くて、護ってもらうしかなくて、だから私強くなろうって思ったんだ!」
エインセルと呼ばれていたこの子は、私がしゃべれないにも関わらず延々と話しかけてきていた。私はろくに相槌も打てていないのだが、それでも構わないのか、本当にただひたすらに喋っている。
「みんな能力があるんだってさ。響歌ちゃんもなにかあるのかな?
私はね、私にもね、なにかしらの力があるみたいなんだけど、よくわかってなくて……
頑張るぞー、って時にぐわーって力が湧いてくるの。それだけなんだけど、でも、すっごくて、ってわかんないか。ごめんね。」
「……」
首を振って答える。人の話を聞くのは嫌いじゃない。好き、とは言えないけれど、悪くない。そこに乗っかっている感情には、あまり興味を示せないけれど、それでも、音があるのは、落ち着く。
「そっか、よかったー。ところで響歌ちゃんは、どうしてここにいるの?」
「……」
「あ、ごめん。えっと、誰かに連れてきてもらったの?」
今度は首を縦に振る。私は、狐雪さんにここに連れてこられた。人と人外の間に産まれた禁忌の子。それが私らしい。狐雪さんが振り払ってくれた追手が、そう言っていた。その前後については、あんまり覚えていないし、思い出したくもない。気がする。
「そっか!よかったね。で、いいのかな。
ここは暖かくてみんな優しくて、私、来たばかりだけどここが好き。
来れてよかったって、本当に思ってる。だから、響歌ちゃんも、よかったね、って言いたいな。」
「……」
また、首を縦に振った。よかった。うん、きいと、よかった。狐雪さんの近くは、落ち着く。エインセルと一緒に来たカイコも、狐雪さんとは違うけれど、なんとなく似ていて、たぶん、好き。エインセルも、賑やかだけど、こちらを気遣ってくれるし、煩くなくていい。
「えへへ。
……あ、外が結構暗くなってる。みんな帰って来てるかもだし、温泉行こ!
温泉、嫌いじゃない?」
「……」
三度、頷く。客間の扉を開けて、とてとてとエインセルが小走りに先へ進み、思い出したように帰ってくる。心配しなくてもついていくから大丈夫なのに。優しい子だな。
「あー、みんないる!」
やがて温泉に着くと、そこには全員がいた。狐雪さん、暗听、カイコ、リャナさん、みんないる。これはきっと、賑やかになるだろう。
「なんや珍しい組み合わせで来たなぁ!」
「エインセル、響歌と、仲良くなれた?」
狐雪さんとカイコがまず声をかけてくる。
「こらエインセル、走らないの。滑って転ぶわよ。」
「響歌ちゃん、洗ってあげますよ~。」
次に、暗听とリャナさんが湯舟から出てきた。私とエインセルが並んで座り、その後ろに暗听とリャナさんが着く。そのまま頭と身体を洗ってもらった。横目でエインセルを見ると、頭を洗われる気持ちよさに、目を閉じて、口が半開きになっていた。気持ちはわかる。と、私も目を閉じて、暗听に身を任せる。
「エインセルちゃんは誰とでも仲良くなれそうですねぇ~。」
「この子、ずっとそうなのよ。相手を選ばないというかなんというか。」
後ろで保護者の会話が聞こえるが、気にしない。身を任せている今、いつも以上にただの音にしか聞こえない。
「流しますよ~。」
「こっちも流すよ、エインセル。」
頭からお湯がかけられ、夜風で冷えた身体が熱に包まれる。少しだけ身震いをして、目を開けた。
「……」
後ろの暗听に目を向けて確認する。もう、立っていいか、と。
「はぁ~い、もう大丈夫ですよぉ~。
さ、湯舟に浸かりましょ。」
「わーい。」
「だから、走らないの!」
私の視線を正確に受け取った暗听に連れられ、狐雪さんとカイコが目を閉じて気持ちよさそうにしている湯舟に、四人で向かう。
「よかったなぁ、響歌。
昨日今日で、友達増えたんちゃう?」
「……友達。私と響歌は、友達?」
「……」
少しだけ不安そうな表情で確認してきたカイコに、首を縦に振って答える。いまいち定義はあいまいだが、たぶん、友達だと思う。昨日今日で会ったばかりで、話しかけられて身振り手振りで返すだけの関係だが、カイコとエインセルは友達と言えると思う。
「友達~。えい!」
「!」
横で話を聞いていたエインセルが抱き着いてきた。お湯の温度より、少しだけ体温が高いみたいで、抱き着かれた部分だけ、一層温かい。すぐにエインセルは離れてしまったが、そのまま、背中を湯舟に預け、目を閉じる。五人が喋る賑やかな音を背景に、お湯の温かさに身を投げ出した。
このところ、平和回が多くて書いてて非常に穏やかな気持ちになります
皆さんもそうなっていただけていれば、幸いです




