閑話休題 穏健派主席の悪寒
章末の閑話休題です
最近、魔獣の動きが活発化しているらしい。教皇の言っていた聖戦の予兆だろうか。強さも段々と増してきているようで、過激派だけでは対処しきれず、我々穏健派も駆り出されている。
「ブルコワーズ様!
ぼーっとしてないで手伝ってくださいよ!」
襲い来る魔獣に応戦しつつ、どことなく余裕がありながら叫ぶ。流石に、この戦線に呼ばれる精鋭だ。数合わせに等しい下っ端とは違う。穏健派には、教皇から力を授かりながら、戦いを恐れているものが一定数いる。力は弱くはないが、こと戦闘にはあまり向かない。防衛で役に立ってもらった方がいい。
「すまない、考え事をしていた。
ところで、この群れの長はどこにいるかわかるか?」
片手間にハウンドを袈裟斬りにしつつ、群れ長個体を探す。
「ハウンドだけじゃないです!森の奥に、アラクネが確認されたようです!」
「はぁ?アラクネが?」
アラクネ、多脚型で糸を操って罠を張る魔獣。本来ならこのように侵攻してくることは無いはずの種が確認されたことに、驚きを隠せない。活発化しているとはいえ、これは流石に異常だ。何か別の原因がありそうだけど。
「とりあえず、任された以上ここは掃討しないと過激派に文句を言われる。
ハウンドの群れ長個体を探しながらアラクネも狩る、腕に覚えのある者はついてこい!」
言うが早いか、森へ向けて駆け出した。数名がついてくるのを確認し、少し喜ばしい気持ちになる。穏健派は日和見派と呼ばれることも多く、舐められている風潮がある。筆頭が私だからこそ表立って舐められることは無いが、私が不在の場ではちょこちょこちょっかいを出されていると、レイから聞いた。
「レイ!いるな?」
「は!ここに!」
穏健派次席、レイ・レオレグ。身体強化能力を有する彼は、私に忠実な、優秀な右腕。オールバックに揃えた金髪と、黄金色の瞳が特徴的な、野性的に見える男だ。
「アラクネは倒せるな?」
「もちろんでございます。ブルコワーズ様はハウンドの長を?」
「いや、アラクネの長だな。この様子じゃ、多分ハウンドの長はアラクネにやられてる。」
陰鬱な気配の漂う森に入る。周りを見れば、あちこちに糸が張り巡らされていた。ここは既にアラクネの巣と化しているようだ。ちらほらと、その糸でぐるぐる巻きにされたハウンドが見える。アラクネは、その牙に持った毒で相手を麻痺させ、抵抗力を奪ったうえで簀巻きにして保存食とする性質を持つ。奴らは腐肉であろうとかまわず食すため、エサとなりそうなものは尽く捉えるのだ。
「気を付けろよ?奴らの糸は、半端な力では切れないからな。
ついてきたやつらにも気を回してやれ。」
「承知いたしました。
ブルコワーズ様も、お気をつけて。」
気をつけろ、か。怪物と称される私に対しておくびもなくそんなことが言えるのは、レイぐらいであろう。同じく、各派閥の主席という立場のクライアとルルでさえ、そんなことは言ってこない。
「つくづく、我々英雄部隊と、人外の差がわからなくなるな!」
四方八方から襲い来るアラクネを、通り過ぎざまに粉微塵に切り刻みながら進む。こいつらは、切断されようとも数秒は動く。潰すかバラバラにしなければ、倒したはずの奴から奇襲を受けて詰むなんてのは、よくある話だ。
「ま、あっちはレイに任せておけば大丈夫か。」
そうこうしているうちに、ひと際大きな繭を発見した。よく見れば、ハウンドの群れ長個体が簀巻きにされた姿であったが、周囲にアラクネの姿はない。
「ついでに斬っちゃったかな。」
微かに、頭上の葉が揺れた。
「シャァアアァアア!!!!」
「おっと。」
奇襲。頭上から振ってきたそれは、アラクネだがアラクネではなかった。通常のアラクネは、頭、胴、腹の順に身体が繋がっており、胴から8本の脚が生えている。だが、この個体は違った。頭が無く、代わりに、胴から人間の上半身が生えていたのだ。
「おいおい、どうなってる?これは、人外なのか?」
「ハァアアァアァァ……」
魔獣を統率する人外か、異常発生した特殊個体の魔獣か、判断に迷っている暇はなかった。腹の先がこちらに向けられ、糸が放たれる。逃げ場を塞ぐように拡散されたそれを、右手に携えたレイピアで切り裂き、本体に迫る。
「ガァア!!」
「っぐ。」
人間の上半身部分、その指から糸が射出された。どうやらこいつは、腹の先だけじゃなくて、指からも糸を生成できるらしい。
「ま、わかっていればどうとでもなるか。」
全ての糸を、躱し、切り捨てながら再度接近し、人間の上半身部分の右腕を切り落とした。
「ギャァアァアァアアアア!!」
言葉を発さない、その口から出る音は意味を持つ言葉ではないことを確認し、対象を魔獣であると断定。討伐に意識を切り替える。左手首を切り落とし、指からの糸の射出を停止。脚を切り離し機動力を削ぐ。そうして、上半身部分の首を刎ねた。
「……終わりだな。」
倒したと思って振り返ったその瞬間、タランチュラの腹がこちらを向いて糸を射出する。
「なっ!?」
瞬く間に絡めとられ、再び起き上がるアラクネの群れ長。通常、頭の生えているはずの部分がグムグムと盛り上がったかと思えば、そこに頭が生えた。
「その人間の上半身部分はダミーだったってわけね。」
勝ち誇ったように身体を揺らすアラクネの群れ長。しかし、私はぐっと力を込めて拘束する糸を引きちぎる。
「お前の対処法は大体分かった。もういいぞ。」
同様の個体が別で発生した際の倒し方を調べるために戦闘を長引かせただけで、ただ倒すだけなら一瞬で終わる。腕を軽く一振りして、アラクネの群れ長個体を細切れにすると、今度こそ終了と、振り返った。特殊個体が一体とは限らない。レイの方も心配だ。早く戻ろう。
「サンプルで欠片かなんか持ってくか。管理派の奴なら何かわかるかもしれんし。」
───レイの下へ戻ると、アラクネの特殊個体の死体が転がっていた。息は上がっているものの、少し休めばすぐに回復する程度の消耗で済ませている辺り、流石だった。
「レイ、こっちにもいたか。」
「ブルコワーズ様。
ということは、そちらにも?
異様な容姿をしており一瞬迷いましたが、結局人を襲うのであれば共存は不可能と判断して切り捨てました。」
上々、その判断は正しい。人外なのか魔獣なのかは不明だが、どちらにせよ人に危害を加えるなら討伐しなければならない。死体を見れば、人間の上半身部分が袈裟懸けに斬られているのみで、本体の頭が出てきていない。
「こいつ、随分と知能が高いんだな。」
「は?」
確認のために、脚を切り飛ばす。すると、案の定反応して、本体となる頭を生やして起き上がった。
「な!?あれは、ダミーだったのか。」
「レイが油断するまで待っていたらしいな。
そういう知恵が働く魔獣ってことだ。
他のメンバーは?」
起き上がった時点で切り刻み、レイとの会話を続ける。周りには他の団員の姿はなく、周囲の糸にそれらしいサイズの繭はない。
「こいつが出現した時点で、護りながらでは戦えないと踏んだため、撤退させました。」
「良い判断だ。流石、私の副官だな。」
ちゃんと全員撤退させたらしい。確かに、レイはやられないだろうが、他はわからない。やつに噛まれればものの数秒で筋肉が弛緩し、身動きが取れなくなる。現状、時間経過以外での解消方法はない。長時間、こんな敵の巣窟で身動きの取れない状態の味方を護りながら戦うことは、かなり難しい。
「ここらのは片付けたんだよな?
それなら戻ろう。報告書を書く必要もあるし。」
「承知いたしました。
皆の下へ戻りましょう。」
踵を返して森を後にする。珍しく応援を依頼してきた過激派への報告書を書くついでに、管理派の連中に呼びかけて、特殊個体の調査を依頼しなければならない。
そもそも、ハウンドだって賢い種だ。アラクネに捕まるような範囲に近づくことは無いはずだ。そのアラクネも、ハウンドを追って出てきたという感じではない。特殊個体についても、あれは何だったのだろうか。進化だとしても、あの形から急に人間の上半身が生えてくるはずがない。
「……考えてもわからん。後は管理派に任せるしかないか。」
なんにせよ、教皇の言っていた聖戦の前触れか、日に日に魔獣は力を増している。それに、日々討伐しているにもかかわらず、数が一向に減らない。各地に生息していた個体が集結しているのだとすれば問題ないのだが、もし仮に数そのものが増えているのであれば、どこから来ているのかなども調べなければ。
「考えても仕方がないとはいえ、考え込んでしまうのは私の悪い癖かな。」
その時、こんこんと、扉がノックされる。私に会いに来るような奇特な者などそうはいない。なぜなら、怪物、だからな。
「いるぞ。」
「はいるよ、ブルちゃん。」
扉を開けて入ってきたのは、気だるげな黒い瞳のタレ目を瞬かせ、黒く長い髪を引きずる少女。ルルだった。
管理派主席 ルブル・ル・ルルーフェ、思想は私たち穏健派に近いものの、共存の定義が致命的に異なる派閥の長だ。
「それで?調べて欲しいものがあるんだって?」
屈託のない笑顔を浮かべて、催促するように手を差し出す。白衣を纏った少女を思わせる風貌。髪も白衣も、その身長を超える長さで、床にすらせながら歩いている。幸い、白衣の上に髪が乗る形になっているので、髪が汚れることは無いみたいだが。
「あぁ、今日討伐したアラクネの中に、特殊個体がいてな。」
「……特殊個体?ふぅん、どんな?」
刻んできたパーツの一部を卓上に置く。
「これだ。」
「っ、これは…………」
それは、人体に酷似した上半身と魔獣の身体の繋ぎ目。ちょうど上半身が生えていた部分の切れ端だった。触れてみて分かったが、魔獣部分と人体部分で明らかに感触が違う。まるで人そのもののような柔らかさの人体部分に対して、魔獣部分はただ押しただけではちっとも凹まない外殻を持っていた。
「これは興味深い、魔獣を討伐したと聞いていたが、人外が混ざっていたのか?」
「いや、それがよくわからないんだ。
結局、人を襲っている以上は討伐することに変わりはないんだが、意思の存在を確認したところ、ついぞ意味のある言葉を発さなかった。
だから、私は魔獣だと判断している。」
ルルは、私が持ってきたサンプルを持ちあげて様々な角度から確認している。切断した一部であるため、切断面から内部構造が伺える。人体部分には内臓と思しきものは一切なく、筋肉のような組織が詰まっているだけで、骨すらなかった。
「形だけを真似ているようだね。
どう進化してもこれはおかしいんじゃないか?」
「外殻を持つ生物から、そうではない組織が生える。
それ自体は有り得ない話ではないんじゃないか?」
「ふむ。それはそうだが、なぜ形が人型になる?
何かしらの、誰かしらの意図を、関与を感じるな。
だが、こんなのは断面を見ただけの予測に過ぎん。
机上の空論でだらだらとだべっている時間を研究に当てた方が有意義だ。」
そう言ってルルは愛おしそうにサンプルを撫で、抱えた。
「じゃぁ、ありがたく貰っていくよ。これ、本体は現場にあるんだろう?
今頃回収班が驚いてるんだろうな。
調査結果はいの一番に報告してやるよ。」
くくく、と笑って去っていくルル。その背中を見送りつつ、先ほどの会話を思い返す。確かに、器官としては生えてきてもおかしくないが、それがあの形である必要は無いはずだ。そもそも、糸で罠を張る習性のアラクネが、その上で何かしらを呼び寄せるためのエサのような機関が必要なのだろうか。
「ルルが早めに研究結果を教えてくれることを願うか。」
ルルが去った後、窓の外を眺め、オラフォリオを囲む城壁を睨む。あの外には数多の魔獣と人外が住んでいる。魔獣は人外も襲い、人類と人外双方にとっての脅威だ。どんどんと力を増していく魔獣に対して、人外たちはどのように対応しているのだろうか。一部、心配する気も失せるような存在がいるとはいえ、彼女たち自身は生き残れても、彼女らの庇護下にある人外たちはどうなるのか。できる事なら、無事に生き延びて欲しいものだ。そのままふと見上げた空に、影が見えた気がしたが、直ぐに夕闇に溶けて消えてしまう。
「……気のせいだったか?」
アラクネの件もあり、言い知れぬ不安が、悪寒が過るのだった。
第二章は本話で終了となります
お楽しみいただけましたでしょうか




