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終末のオラフォリオ  作者: 冷雹
第二章 余燼鎮静編
13/25

第11歩 ひと息

隠れ里に着きましたね。

これからエインセルはどうなっていくのでしょうか。

「お嬢ちゃん。ウチな、三人で来るって聞いててん。

 なんで四人いるか、説明できる?」


 最後に出てきた綺麗なお姉さんは私の前にしゃがみ、にっこりと私を見つめてきた。吸い込まれそうな瞳に見つめられ、息が詰まりそうになる。表情は笑顔なのに、目が、目だけが笑っていない。


「えっと、その……」

「…私がとちゅ──っ!」

「わからんかな、ウチ、この子に聞いてるんよ。」


 カイコが代わりに説明してくれようとしたが、いつの間にか現れた氷の針を突きつけられ、中断させられる。


「ゆっくりでええよ。お姉さん、ちゃぁんと聞いたるからな。」

「あの、最初は、三人で出発してて、途中で、森を出たんです。」


 言葉だけは優しいけど、そこに温かさは欠片も感じない。そのちぐはぐさが不安を煽り、恐怖を加速させる。それでも、なんとか口を動かし、話し始めた。


「ふんふん、そいで?」

「森を出た、先で、箱庭、を見つけて。そこで、カイコ、あの人を見つけて、誘いました。」


 しどろもどろになりながらも、一通りの経緯を話せたと思う。これで納得してもらえるかはわからない。他にも言いたいことはあったけれど、言葉が出なかった。


「大体の流れはわかったわ。ほいじゃ次、足の欠けた子、は可哀想やな。

 最初に喋ってたあんたはんに聞こか。

 過激派集落って?」


 私の答えに満足したのか、お姉さんは立ち上がってエリカの方を向いた。急に目を向けられたエリカの目は泳いでいて、怪しさ満点だった。


「え、えぇっとぉ~?

 あのぉ、ノヴァ様っていう方に長を務めていただいてる、人類やっつけるぞぉ~って集まり、です。」

「…………」


 その説明は、ダメなんじゃないかな。エリカは今にも泣きそうな顔をしている。無事にここを切り抜けられたら後で慰めてあげよう。


「ノヴァ、ノヴァねぇ……

 ほんなら、心配はなさそうやけど…

 よし、最後や。

 あんたはんは?

 ちみっこお嬢ちゃんの話だとあんたはんが予定外のお人やんな?

 ウチのもんに手ぇ出してくれたみたいやけど?」


 今度はカイコが標的となった。私やエリカと違って、カイコは眉ひとつ動かさなかった。凄い。怖くないのかな。


「……ちみっこお嬢ちゃんじゃなくて、エインセル。

 その子に対して、怪しい動きをしたから護るために拘束した。

 攻撃はしてないし、傷もつけてない。」


 カイコは、堂々とした態度で答えた。まるで、なに一つ悪いことはしていないとでも言うかのような。悪いと思っていないというより、自信がある感じ。


「…ふぅん。」


 それを聞いてお姉さんは振り返り、門番さんたちを見る。見られた門番さんたちは、ビシッと綺麗に足を揃えて一列に並んで、ちょっと面白い。


「まぁ、元気そうやね。

 ええよ、あんたはんらを受け入れますえ。

 …堪忍な、必要なことやねん。怪しいもん入れたら中の子らが怯えてまうからな。

 まぁ、この霧の杜に入って来てからずぅっと見とったから、心配ないことはわかっとったけどね。」


 そういって再びこちらを向いたお姉さんからは、先ほどまであった怖さを感じなかった。


「確認は終わったし、この空気も終わりにしよか。

 ウチは狐雪(こゆき)、この霧の杜の隠れ里を管理する里長やらせてもろてます。

 よろしゅうに。」


 今までの怖さが嘘のような、雪が溶けたように朗らかな笑顔を浮かべてくれた。


「せっかく出てきたしな、ウチが直接案内したるわ。

 次いでにあんたはんらの名前でも聞かせてもらおか。」

「あ、エインセルです!よろしくお願いします!」

「……カイコ…」

「エリカですぅ~。せっかくですがぁ、私はこのまま帰りますぅ。」

「そうなん?あぁ、あんたが道案内役やったんね。

 お土産持って行きなんし。」


 歩き出した狐雪さんの後ろについていきながら順番に自己紹介をする。そうだ、エリカはここまでなんだった。ちょっと残念だけれど、引き留め続けるわけにもいかない。


「あらぁ、お土産ありがとうございます~。

 エインセルちゃん、とぉっても助かった。ありがとぉね。

 カイコさん、あんまり物騒なのはだめですよぉ。

 リャナさん、よろしくお願いします。

 じゃ、またねぇ~。」


 狐雪さんに渡されたお土産を片手に、全員に一言ずつ告げたエリカは、ぶんぶんと腕を振りながら霧の中へ帰って行った。


「元気な子やねぇ、なんもなく帰ってほしいわぁ。

 ほんで、足の欠けたお嬢さん、あんたはんのお名前は?」

「あ、リャナです。

 足がこんななので、戦線離脱(リタイア)しまして…」


 リャナ、無理して貼り付けたような笑顔で、たははとおどけて見せる。私の、私たちのせいでリャナの足はなくなった。私たちがもっと強ければ。私がグレムを護れていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに……


「あれまぁ、それは辛かったやろ…

 ウチには似たような子がたくさんおるでな、くつろぎや。」


 狐雪さんは少しだけ歩くのを止めて、リャナの方を向き、そしてまた、歩き出した。一瞬だけ見えたその表情は、何ともやるせないという感じの色を浮かべていた。


「この隠れ里はな、外との繋がりを完全に絶って、この中だけで生活してるんよ。

 例えば食糧なんかは、こんな感じやね。」


 狐雪さんに促されて顔を上げると、そこには大きな牧場と畑が広がっていた。


「うわぁ~、おっき~。」

「確かに、オラフォリオ内にいたのより、ずっと大きいわね。」


 牧場では、角の生えた四足歩行の魔獣や、鼻の大きな四足歩行の魔獣、トサカと翼をもつ二足歩行の魔獣がいて、それらはオラフォリオでも見たことのある生き物だった。ただし、その大きさは段違い、二回りぐらい大きい。


「……これは、魔獣?」

「なんや、カイコはんは知らんかったか。

 あの角の生えたのが、タウラスっちゅう魔獣、こっちの鼻がでっかいのが、リュドー。

 ほんであっちの飛べもせんのにバタバタ翼動かしてんのがコカートや。

 こいつらの肉は美味くてなぁ、後で振舞ったる。」


 箱庭で食べていたお肉は、この魔獣たちのお肉だった。それを思い出し、涎と共に涙が滲む。それをそっとぬぐい、畑の方を見た。


「こっちはなぁ、いろんな野菜を育てとるんよ。

 ちょっとダメになってきたやつなんかは、そのまま隣の魔獣たちのエサ行きや。」


 言いながら狐雪さんは、周りより少しだけくたびれた野菜を地面から引き抜き、タウラスの方へ投げた。野菜を投げられたタウラスは、訝しげに二、三回つついてから、齧り付いた。


「可愛いやろ。意外と。」


 最初は怖かったけれど、狐雪さんはとても優しい人のようだ。だって、野菜を食べるタウラスを見る目が、私を撫でてくれるリャナと同じぐらいに穏やかだったから。それに、


「あ、里長!お疲れ様です!

 今回の野菜は出来がいいんで後で食べてみてください!」

「おー、里長!今度うちのが出産なんですよ、お暇だったら立ち会ってくださいよ!」


 先ほどから、すれ違う里の住人にしきりに声をかけられている。私たちという外から来た存在が居ても声をかけられるあたり、人の良さと、安心感が伝わる。


「はいはい、後で行くから待っとってな~。

 すまんなぁ、ウチの子らも新顔に興奮しとるみたいやわぁ。

 歓迎半分、緊張半分ってとこやろか。」

「皆さん生き生きとされていて、とても良い場所であることが伝わります。

 受け入れてくださって、ありがとうございます。」


 苦笑しながらこちらを向く狐雪さんに、リャナが返事をする。どこか申し訳なさを感じる発言に、狐雪さんの表情が少しだけこわばる。


「あんた、あんまり背負い過ぎちゃいけんよ。

 もういっぱいいっぱいやろ。

 半分、ウチに預けぇ、持ったるさかい。」

「っ……!」


 どこまでも穏やかな、包み込むような表情を向ける狐雪さんを見て、リャナがその顔を拭う動きを見せる。私の位置からではよく見えなかったが、きっと泣いていたのだろう。リャナが泣くところなんて、初めて見た。


「……あなたは、優しいのね。

 でも、優しすぎる。」

「そうやろか、ウチの子らにだけやで。

 それ以外は……それ以外は居ないものと思っとる。それだけや。

 …酷いやろ?」


 カイコが狐雪さんに声をかける。その声は、心なしか狐雪さんを心配するような声色だったが、狐雪さんはそれを軽く流し、自嘲気味に答えた。


「…外界と断絶した隠れ里、里の中で全てが完結する。

 霧の杜があるおかげで、魔獣も教団も近寄らない。安全な楽園。

 ウチが護れるのはこの中の子らだけ。

 他は、たとえ世界が滅びていようとお構いなし。

 残酷な、無慈悲な女やねん、ウチ。」

「狐雪さん……」


 少し俯き、まるで自分を責めるように言い放つ狐雪さんが、どこか寂しそうで、悔しそうで、その過去に何があったのか、私では到底想像できない何かがあるように感じられた。


「やめやめ、しんみりしてもうたな。

 最高のおもてなしがあんねん、こっち来や。」


 パっと、明るい表情を造って、狐雪さんは再び歩き出した。私たちは何も言えずに、着いていくしかないのだった。

 しばらく歩いて着いたのは、石の階段が並んだ坂だった。段数を数える気にもならない。まさかこれを登るのだろうか。


「さ、気張りや。

 これを登った先に、最っっっ高の幸福が待ってんで!

 あ、リャナちゃんだけは別で行こか。足、気を付けんと。」

「あぁ、いえ。慣れるためにも、私も登らせてください。」

「そう?

 無理そうやったら言うてな?」


 カラカラと足音を鳴らして、すらすら登っていく狐雪さんに着いていくように階段を上る。一段一段の段差はそこまで大きくないが、なにぶん数が多い。すぐに息が上がり始めた。リャナもしんどそうに肩で息をしているが、狐雪さんとカイコは、涼しい顔で登っている。


「あ、あとどれぐらい……」

「もう少しや、ほら、見えて来たやろ?」


 見上げてみれば、下からだとよく見えなかった階段の先に、厳かな建物が見えた。木を使った豪奢なそれは、深く突き出た屋根は赤く、その壁は白く、あたりに吊るされた灯りも相まって、妖艶で神秘的な雰囲気を纏っていた。


「これ、この灯りな、ちょうちんって言うんよ。

 温かい光がぷらぷらして、落ち着くやろ。」


 登り切った先で、狐雪さんが壁にかかっていた明かりのひとつを取り外して見せる。ぼんやりと温かな光が、ゆらゆらと風になびき、心が落ち着く。荒かった息が次第に落ち着き、身体を揺らしていた鼓動も静まった。


「凄い……」

「あんたは素直でええこやなぁ~。うりうり~。」


 感想を漏らしたら、狐雪さんが嬉しそうな顔で頭を撫でてきた。くすぐったいけど、気持ちいい。温かくて、落ち着いて、くすぐったくて、気持ちよくて、なんだか眠くなってきてしまう。


「……狐雪、案内。」

「おっかなー、別に取ったりせぇへんよ。

 ほれ、あがりや。靴は脱いでもろて、こっちのに履き替えてな。

 建物の中用の靴やねん、これ。」


 履き替えたらこっちなー、と言いながら先へ行ってしまう狐雪さんに置いて行かれないよう、少しだけ駆け足で着いていくと、ほんのりと温かないい香りが漂ってきた。


「そろそろ香ってきたんちゃう?ほら、湯気も見えるやろ。

 中庭の方、見てみ?」


 格子状の窓から外をちらりと見れば、湯気が立ち昇る大きな水たまりが見えた。先ほどの香りは、あそこから漂っているようだ。


「あれは温泉言うてな、あったか~い水、お湯が入ってんねん。

 あん中に肩まで浸かるとな、気持ちよくて疲れとか悩みとか吹っ飛ぶんよ。」

「おっきーお風呂だ!」

「……温泉、って言うの?」

「凄い、大きなお風呂ね……」


 狐雪さんの尻尾がゆらゆらと揺れ、誇らしげな表情を見るに、随分と自信のある施設なのだろう。自然と、こちらの期待も高まる。


「さ、入ろか。」


 するすると服を脱ぎ、タオルと桶を片手に、狐雪さんが催促してくる。よっぽど早く堪能してほしいか、自分が入りたいか。ともかく、私たちは促されるままに服を脱ぎ、狐雪さんを真似てタオルと桶を片手に、温泉へ足を踏み入れた。


「そのまま入ったあかんよ。

 先ずはお湯で身体を流してからにせんと。」


 手に持った桶でお湯を掬い、身体にかける。温かいお湯が一瞬体を包み、流れていく。それを数回繰り返して、慎重に湯舟に足を入れた。


「あ、温かい。」

「今のかけ湯で身体に温度を慣らしたんよ。

 ついでに汚れも流して、綺麗な状態で湯に浸かんねん。

 気持ちええやろ?」


 確かに、心地いい。お湯の中では身体が浮いて、脱力すればまるで浮遊しているかのような感覚を味わえる。程よく温かいお湯に包まれ、全身の力が抜けていくのを感じた。


「ん~。ほんと、気持ちいわぁ~…

 疲労が身体から溶け落ちていくみたい……」

「……ん、熱い。

 けど、嫌じゃない。ふふ。」


 リャナもカイコも、気持ちよさそうにしている。みんながみんな、こんなに穏やかな表情をしているのは久しぶりに見た。ここ数日、ずっと思いつめたような、張り詰めた顔をしていたから。きっと私も……


「温泉な、気持ちよくて好きなんやけど、尻尾が水吸ってまうのだけどうにかならんもんかね……」

「っふ、ふふふ、狐雪さん、ふふ。」


 ふいっと、狐雪さんの方に目を向けると、尻尾が水を吸ってぶわっと大きくなっていた。九本も生えていて、ただでさえ印象的だったシルエットがより大きくなり、とても邪魔そうだ。


「……エインセル、楽しそう。」

「?なーんか微妙にピリピリするんだけど、これ何?」

「んー?それなぁ、この温泉の効能なんよ。

 肌がきれーになるんやってー、ウチの子らにも評判で、そのピリピリする感覚も癖になるらしいわぁ。」


 湯舟に意識を向ければ、微かにシュワシュワと泡立っている。これで肌が綺麗になるらしい。確かにこのピリピリは癖になる。狐雪さんが自慢するだけあって、とても気持ちがいい。


「……エリカも入ればよかったのに。」


 それだけ呟いて、私は、心地よい感覚に身を任せるのだった。

温泉、いいですよね。

大浴場で脚を伸ばして肩まで浸かりたいものです。

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