番外編(リュークの恋模様part2)
その日の夜。
邸宅の食堂は、妙な熱気に包まれていた。
「つまり」
エレナが真剣な顔で言う。
「兄様は恋をしてるの!」
「してない」
即答。
だが説得力がない。
「してます!!」
アリサが拳を突き上げた。
「絶対してます!!」
「アリサ落ち着け」
ノアが呆れ顔でアリサの肩に手を置く。
ちなみにこの二人、なぜか夕食後も普通に邸宅にいた。
エレナが引き留めたのである。
『恋ばなしする!』
の一言で。
「兄様、かおあかかった!」
「うるさい」
「お花えらぶとき、店員さんばっかり見てた!」
「……見てたのか」
「見てた!」
リュークが目頭を押さえる。
完全に失敗した。
尾行されていた時点で嫌な予感はしていたが、ここまで騒がれるとは思っていなかった。
「で?」
セレスティーヌが楽しそうに微笑む。
「その子、可愛かった?」
「母様」
「何?」
「面白がってませんか?」
「ええ」
即答だった。
リュークは遠い目をした。
隣ではアデルが静かに腕を組んでいる。
「…………」
「父様、何か言って」
「……中央通りから一つ外れた通りにある花屋か」
エレナが目を輝かせる。
「父様も知ってるの!?」
「ああ」
アデルは頷いた。
「街でも評判の店だ」
「えっ」
リュークが少し驚く。
アデルは続けた。
「お前、最近わざわさその辺りを通っていただろ」
「…………」
「分かりやすい奴だ」
父親にまで言われた。
しかも真顔で。
リュークは静かに沈黙した。
なおセレスティーヌは笑いを堪えている。
「あなた、本当にアデルに似てきたわねぇ」
「似てない」
「恋愛方面が特に似てるわよ」
「似てない」
「そっくりです!!」
アリサが勢いよく言った。
「旦那様も絶対こうだったと思います!!」
「アリサ」
マーサが優雅に紅茶を淹れながら口を挟む。
「“絶対”ではなく“実際に”ですよ」
「えっ」
リュークが顔を上げた。
セレスティーヌが吹き出す。
「そういえばあなた達知らなかったわね」
「旦那様、昔はもっと酷かったんですよ」
「マーサ、黙っていろ」
「事実です」
アデルの眉間に皺が寄る。
だが止まらない。
「セレスティーヌ様に花を贈る時など、それはもう大騒ぎで」
「マーサ」
「一輪選ぶのに三十分」
「やめろ」
「花言葉の本まで読んで」
「マーサ」
「騎士団の皆様に相談して」
「…………」
リュークが静かに父を見る。
アデルは無表情だった。
ただ耳が少し赤い。
「父様……」
「言うな」
「めちゃくちゃ恋愛弱者じゃないですか」
「リューク」
「すみません」
怖かった。
でもエレナは爆笑している。
「とうさまかわいい!」
「笑うな」
「兄様もおなじ!」
「違う」
「おなじ!」
血筋だった。
その後。
リュークは逃げるように席を立った。
「部屋に戻ります」
「あっ逃げた!」
「逃げてない」
「あぁ!リューク様ぁぁぁ!!」
後ろからアリサの声が飛んでくる。
うるさい。
非常にうるさい。
廊下を歩きながら、リュークは深いため息を吐いた。
「……面倒だ」
だが。
頭の中に浮かぶのは、やはり花屋の少女だった。
『嬉しいです』
柔らかな笑顔。
少し照れた声。
思い出すだけで妙に落ち着かない。
「…………」
リュークは小さく顔を覆った。
自覚はある。
かなりある。
だからこそ困る。
「兄様!!」
「うわっ」
突然後ろから飛びつかれた。
「エレナ!?」
「兄様、恋してる!」
「声がでかい!」
エレナがにやにやしている。
完全に面白がっていた。
「お前な……」
「兄様、あの人すきなの?」
「…………」
「兄様?」
リュークは少し黙った。
エレナがじっと見上げてくる。
その目は妙に真っ直ぐだった。
「……嫌いじゃない」
「!!」
エレナの目が輝く。
「すきなんだ!!」
「だから声を」
「母様ーーー!!」
「待てエレナ!!」
ぱたぱたぱたっ!!
エレナが全力疾走した。
「兄様が――」
その瞬間。
ひょい。
「きゃっ」
リュークが首根っこを掴んだ。
「静かにしろ」
「むー!」
「むーじゃない」
じたばた暴れるエレナ。
だがリュークは慣れていた。
「兄様、かくしてもむだ!」
「隠してない」
「でもかおあかい!」
「……うるさい」
図星だった。
エレナはそんな兄を見て、急に嬉しそうに笑った。
「でもよかった!」
「?」
「兄様、ずっとむずかしいかおしてたから」
リュークが少し目を瞬く。
「……そうか?」
「うん」
エレナはこくこく頷いた。
「騎士団のおしごといっぱいで、いつも大人みたいだった」
「…………」
「でも今日、ちょっとちがう」
にこっと笑う。
「ちゃんと兄様だった!」
その言葉に。
リュークは少しだけ目を細めた。
十一歳になっても、エレナは時々妙に核心を突く。
「……お前な」
「なに?」
「そういうこと平気で言うよな」
「?」
本人に自覚はないらしい。
リュークは小さく笑った。
「ありがとな」
「えへへ!」
その時だった。
「リューク様ー!!」
遠くからアリサが走ってくる。
嫌な予感しかしない。
「大変です!!」
「何が」
「花屋の子のお名前、判明しました!!」
「…………は?」
リュークが固まった。
エレナの目がさらに輝く。
「アリサ!!でかした!!」
無言で親指を立てるアリサ。
「アリサ、いつの間に……!?」
「……で、誰なんだ」
リュークが呆れた顔で聞く。
アリサは得意げに胸を張った。
「ミレイアさんです!」
「ミレイア……」
エレナが真剣な顔で頷く。
「かわいい名前!」
「でしょう!?」
「いや何でお前が誇らしげなんだよ」
リュークが冷静に突っ込む。
だがアリサは止まらない。
「しかも十七歳!お花屋さんの娘さんで、街でも優しいって評判です!」
「調べたのか……」
リュークが遠い目をする。
「はい!」
「即答するな」
「だって気になります!」
「俺の意思は」
「青春の前では些細なことです!」
「横暴すぎる……」
リュークがぼそりと呟いた。
「兄様」
「なんだ」
「いつからすきなの?」
「好きって決まったわけじゃ」
「好きなんですね!」
アリサが食い気味に入ってくる。
「いやだから」
「初恋ですか!?」
「…………」
リュークが黙った。
「えっ」
アリサが固まる。
エレナも目を丸くする。
「兄様……」
「初恋!?」
「うるさい」
耳が赤い。
分かりやすすぎた。
「きゃーーーー!!」
アリサがソファに倒れ込んだ。
「眩しい!! 青春が眩しいです!!」
「何なんだお前」
「しかもリューク様、絶対一人で悩んでたタイプですよね!?」
「…………」
「図星です!!」
アリサが拳を突き上げる。
いつの間にか現れたノアは肩を震わせていた。
「リューク様、意外と可愛いとこありますね」
「ノア、覚えろ」
「すみません」
その時。
「で?」
エレナがニマニマしながら近付く。
「どうするの?」
「……何が」
「告白」
ぶふっ。
今度はリュークが本気でむせた。
「げほっ……!」
「だって気になる!」
「気軽に言うな!」
エレナは楽しそうだった。
「…………」
「兄様?」
リュークは少し考えた。
花を買う理由。
店へ通う理由。
彼女と話したいと思う理由。
全部。
もう自分でも分かっている。
「……そのうちな」
「!!」
エレナがぱあっと笑顔になる。
「がんばれ兄様!」
「応援します!!」
「お前らな……」
騒がしい。
けれど。
胸の奥は、不思議と少し温かかった。
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