番外編(リュークの恋模様part1)
一応part3まであります
北の街の春は短い。
だからこそ、人々はその季節を大切にする。
雪が消え。
花が咲き。
市場に色が戻る。
長い冬を越えた街は、どこか浮き足立っていた。
そしてそれは――
「兄様、最近あやしい」
リュークにも言えることだった。
「……何がだよ」
朝食の席。
リュークは紅茶を飲みながら、じろりと妹を見る。
十八歳になったリュークは、幼い頃よりずっとアデルに似てきていた。
銀髪。
鋭い目。
静かな雰囲気。
アデルにて男前ではあるが黙っていればかなり怖い。
ただし。
「だって最近、お花買ってる!」
エレナには全然効かない。
「花くらい買うだろ」
「いっぱい!」
「母様へのプレゼントだ。別に……普通だろ」
「ふつうじゃない!」
十一歳になったエレナは、以前より少し大人びてきた。
だが中身はまだまだ元気いっぱいである。
「兄様、最近よく街行く!」
「用事があるからな」
「しかも夕方!」
「……偶然だ」
「ぜったいあやしい!」
びしっ、と指差される。
リュークは小さくため息を吐いた。
面倒くさい。
なぜ妹という生き物は妙に鋭いのか。
「エレナ」
セレスティーヌが苦笑する。
「兄様にも色々あるのよ」
「こいびと?」
ぶふっ。
リュークが紅茶を吹きかけた。
「げほっげほっ……!」
「兄様!?」
「リューク?」
セレスティーヌが驚く。
エレナの目がキラキラし始めた。
「やっぱり!!」
「違う!!」
珍しく即答だった。
だが。
顔が少し赤い。
「…………」
「…………」
エレナがじーーーーっと見る。
リュークは視線を逸らした。
「……何でもない」
「何かある!」
「ない」
「ある!」
「ない!」
「ある!!」
「朝から元気だな」
横で見ていたアデルがぼそりと言う。
なお本人は全く空気を読んでいない。
「アデル」
セレスティーヌがくすくす笑う。
「あなたの息子、分かりやすいわよ」
「そうか?」
「誰かさんにそっくり」
「…………」
アデルは無言でリュークを見た。
リュークは目を逸らした。
父子で同じ反応をするな。
食後。
リュークは逃げるように席を立った。
「訓練行ってくる」
「あっ逃げた!」
「逃げてない」
「逃げた!」
ぱたぱたとエレナが追いかける。
「兄様ー!」
「走るな」
「こいびといるの!?」
「いない」
「でも顔赤かった!」
「うるさい」
「他にお花渡したい人いるの!?」
「……っ」
リュークがぴたりと止まった。
エレナの目がさらに輝く。
「いる!!!」
「声がでかい!」
その瞬間。
「リューク様」
後ろから声がした。
「あ」
アリサだった。
十五歳になった新米侍女。
栗色の髪を揺らしながら、目を輝かせている。
「恋のお話ですか!?」
「違う」
「違わない!」
エレナが即答する。
「兄様、最近お花買ってるの!」
「まあ!!」
アリサのテンションが爆上がりした。
「青春ですね!!」
「違うって言ってるだろ……」
リュークが頭を押さえる。
そこへ。
「……アリサ、何の騒ぎだ」
呆れた声。
護衛騎士のノアだった。
十八歳。
黒髪を後ろで軽く結んだ青年で、比較的常識人である。
「ノア!」
エレナが勢いよく振り返る。
「兄様にこいびといる!」
「へえ」
「興味なさそうですね!?」
アリサが叫ぶ。
「いやだってまだ決まったわけじゃ」
「花買ってるんですよ!?」
「花くらい買うだろ」
「男が頻繁に花買う時点で怪しいんです!!」
偏見がすごい。
リュークは深いため息を吐いた。
「……お前ら暇なのか」
「一応忙しいです!」
アリサが元気よく答える。
「リューク様、私は普通に忙しいです。たまたま通りがかっただけです」
「ノアさんは付き合い悪い!」
「巻き込まれてるだけなんだよこっちは」
完全に苦労人枠だった。
その日の夕方。
リュークは街へ出ていた。
春の北の街。
石畳の道には花屋が並び、人々の笑い声が響いている。
そして。
「……こ、こんにちは」
少し緊張した声。
「いらっしゃいませ」
花屋の店先。
柔らかく微笑んだのは、一人の少女だった。
淡い茶髪。
優しい雰囲気。
年は十七くらいだろうか。
「リューク様、今日はどんなお花にします?」
「…………」
リュークは少し黙った。
正直。
まだ慣れない。
この店に来るのも。
彼女と話すのも。
最初は本当に偶然だった。
騎士団の帰り道。
ふと立ち寄った花屋。
その時彼女が笑ったのだ。
『春のお花、綺麗ですよ』
その笑顔が。
なぜか妙に頭から離れなかった。
「リューク様?」
「……ああ」
我に返る。
「白い……花を」
「白ですか?」
「……す、好きなんだ」
「ふふ、覚えてます」
少女が楽しそうに笑った。
「前も選ばれてましたよね」
「……そうだったか」
「はい」
リュークの耳が少し赤くなる。
そんな彼を見ながら、少女はくすくす笑った。
その時だった。
「――いた!!」
遠くから小さな声。
リュークの眉がぴくりと動く。
「……?」
花屋の少女が首を傾げる。
だがリュークは気付いていた。
この声。
「兄様だ!」
「静かにしてくださいエレナ様!」
「だからやめとけって……!」
物陰から聞こえる、聞き慣れた声。
「…………」
リュークは静かに目を閉じた。
嫌な予感しかしない。
「エレナ様! もっと隠れてください!」
「だって見えない!」
「声が大きいですって!」
「だから帰ろうって言ったんだ俺は……」
花屋の裏路地。
三人は積まれた木箱の陰にしゃがみ込んでいた。
エレナはきらきらした目で店の方を覗き込み。
アリサは完全に恋愛劇を見る顔をしている。
ノアはもう疲れていた。
「……なあ」
ノアがぼそりと言う。
「これ普通にバレてないか?」
「そんなわけありません!」
「いやめちゃくちゃ声聞こえてる」
「兄様は鈍いからきっと大丈夫!」
「エレナ様、帰った方が良いですって」
だが。
「見ます!!」
アリサが拳を握った。
「ここで帰ったら一生後悔します!!」
「何をだよ」
「青春を!!」
意味が分からない。
その間にも、エレナはこそこそ覗いている。
「わぁ……」
「?」
「兄様、なんかいつもとちがう」
アリサとノアもそっと視線を向けた。
花屋の店先。
リュークが少女と話している。
普段のリュークは静かで落ち着いている。
騎士団でも次期団長候補と言われるほど優秀だ。
だが今は。
「…………」
少しぎこちない。
どこか落ち着かない。
しかも。
耳が赤い。
「――――っ!!」
アリサが両手で口を押さえた。
「赤い!! 赤いです!!」
「静かにしろって!」
「恋です!!」
「だから声がでかい!」
エレナも興奮していた。
「照れてる!」
「確かに……あれは照れてますね……」
ノアが妙に感心した顔をする。
「リューク様でもああなるんだ」
「え、何ですかその言い方」
「いや、もっとこう……」
ノアは少し考える。
「恋愛とか興味なさそうだったから」
「分かります!」
その時。
花屋の少女がふわりと笑った。
「今日は暖かいですね」
「ああ」
「春って好きなんです」
「……そうか」
「はい。お花も綺麗ですし」
少女が白い花を手に取る。
「これ、覚えてます?」
リュークが目を向けた。
「以前リューク様が選ばれた花です」
「……覚えてない」
「ふふ、嘘ですね」
「…………」
図星らしい。
リュークが視線を逸らす。
「――――っ!!」
アリサが崩れ落ちた。
「甘い……!」
「何でお前がダメージ受けてるんだ」
「青春が眩しすぎます……!」
ノアはもう半分呆れていた。
だが。
確かに意外だった。
リュークはアデルの息子だ。
強く。
真面目で。
冷静。
同年代の女性たちからかなり人気もある。
だが本人はそういうことに無頓着で、恋愛とは縁遠そうに見えていた。
そんな男が。
花屋の少女相手に少し照れている。
その事実はかなり衝撃だった。
「……兄様かわいい」
エレナが真顔で呟いた。
「分かります!!」
「分からなくていい」
ノアだけ冷静だった。
一方その頃。
「…………」
リュークは完全に気付いていた。
視線。
気配。
物陰から聞こえる小声。
隠密が下手すぎる。
特にエレナ。
全然隠れる気がない。
「リューク様?」
「……いや」
少女が首を傾げる。
「どうかされました?」
「…………」
少し迷う。
だが。
このまま放置すると絶対面倒なことになる。
主に妹が。
「少し待っててくれ」
「はい?」
リュークは小さくため息を吐き。
そのまま裏路地へ向かった。
「――え」
エレナが固まる。
「来る!!」
「だから言ったじゃないですか!帰りましょう!」
ノアが頭を抱えた。
次の瞬間。
ひょい。
「きゃっ」
エレナが軽々持ち上げられた。
「兄様!」
「何してる」
リュークだった。
無表情。
怖い。
だがエレナは全然怖がらない。
「えへへ」
「えへへじゃない」
その後ろからアリサとノアも出てくる。
「……お前らもな」
「すみません!!」
アリサが即座に頭を下げた。
ノアもため息を吐く。
「巻き込まれました」
「嘘です!一緒に来ました!」
「余計なこと言うな!」
リュークは深いため息を吐いた。
「暇なのか」
「忙しいです!」
アリサが元気よく答える。
「忙しいなら屋敷へ戻れ」
「だって気になります!」
「何が」
「恋です!!」
エレナがきらきらした目で言った。
「兄様、あの人こいびと!?」
「……違う」
即答。
だが少し間があった。
「エレナ様、今少し間がありました!」
「うるさい」
「兄様かおあかい!」
「赤くない」
「赤いです!」
「赤くない」
「赤い!」
完全に子供の喧嘩である。
ノアはもう笑いを堪えきれていなかった。
「リューク様、分かりやすいですね」
「ノア、覚えておけ」
「すみません」
全然反省してない。
その時。
「あの……」
花屋の少女が、おそるおそるこちらへ来た。
「お知り合いですか?」
その瞬間。
エレナがぴしっと姿勢を正した。
「いもうとです!」
「侍女です!!」
「護衛騎士です……」
温度差がひどい。
少女はぱちぱち瞬きをして。
それから、ふふっと笑った。
「仲良しなんですね」
「はい!」
エレナが元気よく頷く。
「兄様、やさしいの!」
「エレナ」
「でもちょっと不器用!」
「エレナ」
「お花えらぶとき、ずっと何かまよってた!」
「…………」
リュークが静かに固まった。
アリサが口を押さえる。
ノアは肩を震わせている。
「えっと……」
少女が困ったように笑う。
そして。
「嬉しいです」
柔らかい声だった。
「リューク様、いつも真剣にお花を選んでくださるので」
「…………」
リュークが完全に黙る。
耳が赤い。
「兄様まっか!」
「言うな……」
珍しく弱々しい声だった。
その姿を見ながら。
エレナは確信した。
(これはぜったい、こいだわ)
十一歳の名探偵は、満足そうに頷いたのだった。
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