番外編(リュークの恋模様part3)
ラストです
春の北の街は、花の匂いがする。
雪解けを待っていたように色づき始めた花壇。
市場に並ぶ鮮やかな花々。
柔らかな陽射し。
そんな中。
「兄様」
「…………」
「兄様」
「…………」
「にーいーさーま!」
「聞こえてる」
リュークは深いため息を吐いた。
朝。
騎士団訓練場へ向かう途中。
なぜかエレナがぴったり後ろをついてきている。
「何だ」
「今日、お花屋さん行く?」
「行かない」
「うそ」
「何でだ」
「兄様、目そらした!」
鋭い。
十一歳なのに妙なところで鋭い。
「行くんだ!」
「……仕事帰りに前を通るかもしれないってだけだ」
「やっぱり!」
エレナがぱあっと笑う。
「恋だ!」
「声を抑えろ」
「恋ですか!?」
後ろからアリサが飛び出してきた。
「うわっ」
「リューク様、本日もお花屋さんへ!?」
「お前どこから出てきた」
「朝から待機してました!」
「アリサ、ちゃんと働け」
ノアが後ろから呆れ顔で歩いてくる。
「おはようございますリューク様」
「ああ、おはよう……じゃない!アリサをなんとかしてくれ」
「俺は止めたんですけど」
「止めれてないだろ」
「すいません。無理です」
即答だった。
アリサは今日も元気いっぱいである。
「リューク様!」
「何だ」
「今日は告白ですか!?」
「違う」
「えっまだなんですか!?」
「まだって何だ」
「もう両想いみたいな空気じゃないんですか!?」
「空気で告白させるな」
リュークが頭を押さえる。
すると。
「兄様」
エレナが真剣な顔で言った。
「告白するの?」
「…………」
「兄様?」
リュークは少し黙った。
正直。
考えていなかったわけではない。
花を買いに行くたび、少し話すようになった。
ミレイアは優しく笑ってくれるし。
自分が来ると嬉しそうにしてくれる。
……気がする。
でも。
「……分からない」
ぽつりと呟く。
エレナ達が少し驚いた顔をした。
「リューク様でも悩むことがあるんですね」
ノアが珍しそうに言う。
「そりゃ悩むだろ」
「いや、もっとこう……即断即決タイプかと」
「父様じゃないんだぞ」
「マーサさん曰く、団長も恋愛はかなり不器用らしいですよ」
ノアが真顔で言った。
リュークは静かに遠い目をした。
昨日のマーサの暴露を思い出したのである。
「……否定できないのが嫌だな」
「血筋ですね!」
アリサが元気よく頷く。
「兄様、かおあかい!」
「うるさい」
図星だった。
その日の午後。
騎士団の訓練を終えたリュークは、一人で街を歩いていた。
夕暮れ。
石畳が赤く染まる時間。
手には小さな包みがある。
「…………」
中には保存魔法のかかった枯れない花。
淡い青色の花だった。
以前ミレイアが言っていたのだ。
『青い花って好きなんです』
と。
ただ。
「……何やってるんだ俺は」
リュークは小さく顔を覆った。
騎士団では冷静だと言われる。
父譲りの落ち着きがあるとも。
だが今は全然駄目だった。
落ち着かない。
緊張する。
心臓が妙にうるさい。
「…………」
リュークは小さく息を吐いた。
そして花屋へ向かう。
店先には今日も花が並んでいた。
柔らかな春色。
その奥で。
「あ」
ミレイアが顔を上げる。
ぱっと表情が明るくなった。
「いらっしゃいませ、リューク様」
「……ああ」
それだけで少し安心する自分がいる。
ミレイアは微笑みながら店先へ出てきた。
「今日はお仕事帰りですか?」
「ああ」
「お疲れ様です」
柔らかな声。
優しい笑顔。
リュークは少しだけ視線を逸らした。
「……今日は、客少ないんだな」
「もう夕方ですから」
ミレイアがくすっと笑う。
「この時間は落ち着いてるんです」
「そうか」
「はい」
静かな時間だった。
春の風が花を揺らしている。
市場の喧騒も少し遠い。
「…………」
「…………」
沈黙。
だが不思議と嫌ではない。
ミレイアもどこか落ち着いた様子で、花を整えていた。
その横顔を見ながら。
リュークはふと思う。
綺麗だな、と。
「……リューク様?」
「っ」
気付けば見ていた。
リュークは慌てて視線を逸らす。
「いや……何でもない」
「ふふ」
ミレイアが少し笑う。
「最近、よく来てくださいますよね」
「…………」
直球だった。
リュークの耳が赤くなる。
「嫌……だったか」
「え?」
ミレイアが目を丸くする。
「そんなわけありません」
即答だった。
「来てくださると嬉しいです」
「――――っ」
駄目だ。
心臓がうるさい。
リュークは小さく息を飲んだ。
そんな彼を見ながら。
ミレイアは少しだけ首を傾げる。
「リューク様?」
「…………」
今なら。
言えるかもしれない。
そう思った。
その時だった。
「――いた!!」
遠くから聞こえる声。
「今日こそ告白です!!」
「だから声出すなって言っただろ!!」
「兄様がんばれー!!」
「…………」
リュークが静かに目を閉じた。
聞き慣れた声。
最悪だった。
「兄様がんばれー!!」
「今日こそ告白です!!」
「だから声がでかいって――」
遠くから聞こえる騒がしい声。
「…………」
リュークは静かに目を閉じた。
最悪だった。
本当に最悪だった。
なぜあいつらは来た。
しかも全然隠れる気がない。
ミレイアも目をぱちぱち瞬かせている。
「……もしかしてこの前の?」
「……妹達だ」
「達なんですね」
ミレイアがくすっと笑う。
その笑い方が柔らかくて。
リュークは余計に落ち着かなくなった。
すると。
「兄様ーー!!」
ぱたぱたぱたっ!!
エレナが全力で走ってきた。
「エレナ様、お待ち下さい!」
「だからやめろって!」
後ろからアリサとノアも来る。
最悪だった。
「兄様!」
エレナがリュークを見上げる。
「がんばって!」
「何をだ」
「こくはく!」
「言うな!!」
リュークが珍しく声を荒げた。
ミレイアが固まる。
アリサが「あっ」という顔をした。
ノアは顔を覆っている。
「エレナ様!?」
「え?」
「今それ言っちゃ駄目です!!」
「そうなの!?」
「「そうですよ!!」」
遅かった。
空気が止まる。
夕暮れの花屋。
妙な静寂。
「…………」
「…………」
リュークは人生でかなり上位に入るくらい気まずかった。
逃げたい。
今すぐ帰りたい。
だが。
「……あの」
ミレイアがおそるおそる口を開く。
「告白って……」
「…………」
終わった。
リュークは静かに覚悟を決めた。
ここまで来たら誤魔化せない。
後ろではアリサが「きゃあああ」と小声で騒いでいるし、エレナは期待に満ちた目でこちらを見ている。
ノアだけが「頑張れ……」みたいな顔をしていた。
「……ふぅ」
リュークは小さく息を吐いた。
それから。
手に持っていた花を見下ろす。
淡い青色の花。
ミレイアが好きだと言っていた花。
「……ミレイア」
「は、はい」
彼女が少し緊張したように顔を上げる。
夕陽がその髪を柔らかく照らしていた。
綺麗だと思った。
本当に。
「俺は」
喉が少し乾く。
騎士団の前では平気なのに。
魔物相手でも冷静でいられるのに。
たった一人の少女の前で、こんなにも緊張する。
「……あなたといる時間が好きだ」
静かな声だった。
市場の喧騒が遠い。
春の風が花を揺らす。
「花を選んでる時も」
「話してる時も」
「……会いに来る時間も」
全部。
「気付けば、楽しみにしていた」
ミレイアが目を見開く。
リュークは少しだけ視線を逸らした。
耳が熱い。
多分かなり赤い。
「だから」
花を差し出す。
「……もし迷惑じゃなければ、これからも会いたい」
静寂。
後ろでエレナ達が息を呑む気配がした。
ミレイアはしばらく固まっていた。
やがて。
ふわりと笑う。
その笑顔は、初めて会った時よりずっと柔らかかった。
「……はい」
優しい声だった。
「私も」
ミレイアは花を受け取る。
「リューク様が来てくださるの、ずっと嬉しかったです」
「――――っ」
リュークが小さく息を飲む。
ミレイアは少し照れたように笑った。
「また来てくれますか?」
「……ああ」
今度は迷わず頷けた。
その瞬間。
「きゃーーーーー!!」
後ろでアリサが叫んだ。
「両想いですーーー!!」
「兄様おめでとう!!」
「うるさいお前ら!!」
リュークが真っ赤になる。
ミレイアが思わず吹き出した。
「ふふっ……」
「……すまない」
「いえ」
ミレイアは楽しそうに笑う。
「賑やかで素敵ですね」
「…………」
リュークは少しだけ後ろを見る。
大騒ぎしているエレナ。
泣きそうな顔で喜ぶアリサ。
呆れながら笑っているノア。
本当に騒がしい。
でも。
不思議と嫌じゃなかった。
「兄様ーー!!」
「何だ!」
「顔まっかー!!」
「エレナ!!」
夕暮れの花屋に笑い声が響く。
春の風は柔らかく。
花の香りは優しく。
そしてリュークは。
人生で初めての恋を、ようやくちゃんと掴んだのだった。
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