リュークとエレナの大冒険その2
## 第二話 本の世界の二人
地下へ続く階段は、思ったより長かった。
石造りの壁。
ひんやりした空気。
足音がやけに響く。
エレナはリュークの服をぎゅっと掴みながら、きょろきょろ辺りを見回していた。
「くらい……」
「怖いか?」
「ちょっと!」
でもその目は完全にわくわくしている。
怖いより好奇心が勝ってる顔だ。
リュークは少し笑った。
「離れるなよ」
「うん!」
やがて目が暗闇に慣れてきた頃、階段を下り切る。
そこには、小さな地下室が広がっていた。
「……なんだここ」
思わず呟く。
想像していたよりずっと綺麗だった。
古い机。
本棚。
魔力ランプ。
埃は積もっているが、荒れてはいない。
まるで。
誰かが大切に使っていた部屋みたいだった。
「にいさま!」
エレナがぱたぱた走る。
「ほん、いっぱい!」
本棚には大量の本が並んでいた。
革表紙のもの。
金色の文字が入ったもの。
分厚い辞典みたいなもの。
「触るなよー」
「うん!」
返事だけはいい。
絶対あとで触る。
その時。
ふわり、と。
「……ん?」
青白い光が視界の端を横切った。
「にいさま!」
「見えたか?」
「おほしさま!」
いや星ではない。
小さな光の粒。
蛍みたいにふわふわ浮いている。
「……魔力灯?」
でも違う。
こんな光、見たことがない。
しかも。
その光は、部屋の奥へ向かってゆっくり漂っていた。
まるで。
“こっちへ来い”
と言うみたいに。
「……なんか嫌な感じはしないな」
「うん!」
二人はそっと光を追いかけた。
そして。
部屋の一番奥。
古い机の上に、一冊の本が置かれていた。
「これ……」
分厚い本だった。
深い紺色の革表紙。
銀色の装飾。
中央には、小さく文字が刻まれている。
『願いの国の冒険記』
「ぼうけん!!」
エレナが嬉しそうに飛び跳ねた。
「いや、待てって」
リュークは眉を寄せる。
怪しい。
どう考えても怪しい。
父様なら絶対
『触るな』
って言う。
母様なら
『面白そう!』
って笑う。
そして結果的に父様が頭を抱える。
いつもの流れだ。
「にいさま!」
「ん?」
「よんで!」
「えぇ……」
嫌な予感しかしない。
でも。
正直。
めちゃくちゃ気になる。
リュークは慎重に本へ手を伸ばした。
ひやり、と冷たい感触。
「……普通の本?」
ゆっくり開く。
その瞬間。
ぶわっ、と光が溢れた。
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
強い風。
地下室なのに。
本のページが勝手にめくれていく。
光が渦を巻く。
「な、なんだこれ!?」
身体が浮いた。
足が地面から離れる。
「にいさま!!」
「エレナ!!」
咄嗟に妹の手を掴む。
その瞬間。
世界がぐにゃりと歪んだ。
風。
光。
落ちる感覚。
目が回る。
「うわああああ!?」
「きゃーーーー!!」
次の瞬間。
どさっ!!
「いっ……!」
草の上に落ちた。
「にいさまぁ……」
「エレナ、大丈夫か!?」
「へいき……」
よかった。
怪我はない。
リュークはほっと息を吐いて――
固まった。
「…………」
空。
青い。
雲。
白い。
草原。
どこまでも広い。
「…………え?」
理解が追いつかない。
後ろを見る。
地下室がない。
本棚もない。
邸宅もない。
知らない場所。
完全に知らない場所。
「……夢?」
「ぼうけん!!」
エレナだけテンションが高い。
「にいさま、ぼうけんだよ!!」
「いやいやいやいや!!」
リュークは立ち上がった。
辺りを見回す。
遠くには森。
さらに奥には城みたいなものまで見える。
「え、なにこれ……」
本当に意味が分からない。
その時。
ぴょこん。
「……ん?」
足元で何か動いた。
小さな白い生き物。
丸い。
ふわふわ。
耳が長い。
「うさぎ?」
違った。
「モチです!」
「しゃべった!?」
エレナが目を輝かせる。
「しゃべるうさぎ!」
「モチはモチです!」
「ウサギが、喋ってる……」
白い生き物――モチは、ぴょんぴょん跳ねながら二人を見上げた。
「あなたたち、旅人ですね!」
「え、まあ……たぶん?」
「大変です!」
モチが突然叫んだ。
「願いの国が危機なんです!!」
「……は?」
「黒ブタ魔王が暴れてるんです!!」
「豚の魔王!?」
エレナがわくわくした顔でリュークを見た。
「まおう!」
「エレナ、落ち着け!」
だが。
モチは本気らしい。
「どうか助けてください!」
「いや急に言われても……」
リュークは困惑した。
意味が分からない。
ここどこ。
なんで喋る生き物いるの。
なんで魔王いるの。
帰りたい。
でも。
「にいさま」
エレナが服を引っ張る。
「たすけてあげよ?」
きらきらした目だった。
困ってる人を放っておけない顔。
その顔。
母様そっくりだ。
「…………」
リュークは空を見上げた。
たぶん今、父様なら。
『絶対関わるな』
って言う。
でも母様なら。
『困ってるなら助けましょう?』
って笑う。
そして父様が結局付き合う。
……ああ、なるほど。
父様の苦労が少し分かった気がする。
「……少しだけだからな」
「やったぁ!!」
エレナが飛び跳ねた。
モチも嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。
「ありがとうございます勇者様!!」
「勇者じゃない」
「にいさま、ゆうしゃ!」
「違うって」
その時。
どすん、と地響きがした。
「……え?」
振り向く。
森の奥。
何かでかいものが突っ込んでくる。
木が倒れる。
鳥が飛び立つ。
「……なあモチ」
「はい!」
「あれ何」
「黒ブタです!」
「早く言えぇぇぇぇ!!」
次の瞬間。
「ぶもおおおおおおお!!!」
巨大な黒い猪みたいな魔物が飛び出してきた。
でかい。
怖い。
目が赤い。
「にいさま!」
「逃げるぞエレナ!!」
「きゃーーーー!!」
二人の、本当の冒険が始まった。
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