リュークとエレナの大冒険その1
4話完結くらいで考えてます。
## 第一話 秘密基地と古い本
春の北の街は、少しだけ特別だ。
長い冬が終わったあとの人々は、みんな少し嬉しそうで。
雪が消えた石畳には活気が戻り。
市場には笑い声が響く。
そして、アデルの邸宅もまた、穏やかな空気に包まれていた。
「リューク、朝食を食べながら歩かない」
「はーい」
十一歳になったリュークは、パンを咥えたまま適当に返事をした。
「返事が軽い」
低い声。
振り向くと、父――アデルが腕を組んで立っている。
今日も騎士服姿だ。
相変わらず迫力がある。
騎士団の人たちが見たら背筋を伸ばす顔だ。
だが。
「父様、エレナには甘いのに」
「……なんの話だ」
「昨日、エレナが朝食食べながら歩いても怒らなかった」
「エレナはまだ四歳だ」
「ずるい」
「お前は十一歳だ」
真顔だった。
なお、エレナが転びそうになった瞬間、父が一瞬で抱き止めていたのをリュークは知っている。
あれはもう過保護とかそういうレベルじゃない。
「リューク」
今度は優しい声。
母――セレスティーヌが苦笑しながら紅茶を置く。
「アデルを困らせないの」
「母様、父様は困ってない」
「困ってる」
「父様、困ってないじゃん」
「困ってるわ」
即答だった。
アデルが少しだけ黙る。
その様子を見て、食堂にいた使用人たちが小さく笑った。
昔なら考えられない光景だ。
北の邸宅は、今では随分賑やかになった。
翌日。
「にいさまー!」
ぱたぱたと小さな足音が響く。
次の瞬間、エレナが勢いよく飛びついてきた。
「おはよ!」
「おはよう」
抱き留める。
エレナはにこにこしていた。
母によく似た金色の髪が揺れる。
「きょうね!」
「ん?」
「ぼうけんしたい!」
食堂が静かになった。
アデルがゆっくり顔を上げる。
「……冒険?」
「うん!」
嫌な予感しかしない。
案の定。
「ひみつきちさがすの!」
エレナが元気よく宣言した。
アデルの眉間に皺が寄る。
「危険だ」
「まだ何もしてない!」
「危険な匂いがする」
「父様それ勘だろ」
「俺の勘は……当たる」
実際かなり当たるから困る。
セレスティーヌが吹き出した。
「アデル、心配しすぎ」
「セレス、お前は甘い」
「敷地の中なら大丈夫でしょう?」
「……リューク」
「はい」
「エレナから目を離すな」
「分かってる」
「危険な場所へ近付くな」
「分かってる」
「何かあればすぐ呼べ」
「父様」
「なんだ」
「過保護」
「普通だ」
絶対違う。
昼過ぎ。
春の風が庭を吹き抜ける。
リュークは木陰に座りながら、本を読んでいた。
今日は騎士団の訓練もない。
平和な日だ。
「にいさま!」
元気な声。
エレナが花を両手いっぱい抱えて走ってくる。
「みて!」
「すごいな」
「いっぱい!」
「庭師のじーちゃん泣いてない?」
「ないてない!」
たぶん少し泣いてる。
だがエレナは気付いていない。
「それで?」
「ぼうけん!」
「まだ言ってたのか」
「いこ!」
ぐいぐい袖を引っ張られる。
リュークは苦笑した。
昔なら、もっと子供っぽい遊びは嫌だったかもしれない。
でも今は違う。
エレナといると、なんだかんだ楽しい。
「敷地の中だけだからな」
「うん!」
「危ないことしない」
「うん!」
「勝手に走らない」
「うん!」
「知らない物触らない」
「……うん!」
一瞬間があった。
怪しい。
二人は庭を抜け、敷地の奥へ向かった。
邸宅の裏側はかなり広い。
古い倉庫。
使われていない温室。
昔の離れ。
子供にとっては冒険場所だらけだった。
「にいさま!」
エレナが小さな橋を渡りながら声を上げる。
「ここ、もりみたい!」
「昔は狩場だったらしいぞ」
「かりば?」
「父様が魔物狩ってた」
「とうさますごい!」
「めちゃくちゃ強いからな」
エレナはきらきらした目をした。
「でもね!」
「ん?」
「かあさまのほうがつよい!」
リュークは真顔になった。
「……それは否定できない」
母は怒ると怖い。
父ですら静かになる。
以前、アデルが怪我を隠して無理をした時など。
『アデル』
『……なんだ』
『座って』
『問題ない』
『座って』
『大丈夫だ』
『座りなさい』
『……わかった』
父が普通に負けていた。
騎士団のお兄さんたちが遠い目をしていた。
「わぁ……!」
エレナが声を上げる。
二人の前に現れたのは、古い石造りの離れだった。
蔦が絡まり、半分ほど使われなくなっている。
窓は薄汚れ、屋根も少し崩れていた。
「ひみつきちっぽい!!」
「まあ、それはそう」
リュークも少しわくわくした。
ここは昔、客人用だったらしい。
今はほとんど使われていない。
マーサに、
『あまり近付いてはいけませんよ』
と言われていた場所でもある。
……まあ少し見るくらいなら。
「入るか?」
「いく!!」
知ってた。
扉は少し重かった。
ぎぃ、と古い音を立てて開く。
中は薄暗い。
埃っぽい匂い。
古い家具。
白い布が掛けられた椅子。
窓から差し込む光の筋。
「おお……」
なんかすごい。
エレナは完全に目を輝かせていた。
「ぼうけんだ……!」
小声で呟いている。
かわいい。
「転ぶなよ」
「うん!」
と言った瞬間転びかけた。
「うわっ」
リュークが慌てて支える。
「エレナ」
「えへへ」
「笑ってごまかすな」
その時。
ごとり。
「?」
妙な音がした。
二人同時に振り向く。
本棚だった。
「……今動いた?」
「うごいた!」
よく見ると、本棚が少しだけ壁から浮いている。
隙間。
「……なんだこれ」
リュークは近付いた。
押してみる。
すると。
ぎぎぎぎ……。
「うわ」
本棚が横へ動いた。
「にいさま!!」
エレナ大興奮。
「ひみつのとびら!!」
本棚の奥。
そこには、地下へ続く石階段があった。
薄暗い。
冷たい空気が流れてくる。
完全に怪しい。
絶対マーサが見たら怒る。
「…………」
「にいさま!」
「…………」
「ぼうけん!!」
リュークは少し悩んだ。
でも。
正直。
気になる。
めちゃくちゃ気になる。
「……ちょっとだけだぞ」
「やったぁ!!」
エレナが飛び跳ねた。
こうして。
二人の大冒険が始まった。
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