番外編
ついにリュークがお兄ちゃん!?
なんだか、みんな変だった。
朝から屋敷の中が落ち着かない。
使用人さんたちは忙しそうに歩いているし、マーサはいつもよりずっと怖い顔をしている。
アーニャも何回も部屋を出入りしていた。
「マーサ」
「はい、坊ちゃん」
「今日はみんなどうしたの?」
聞くと、マーサは少しだけ困ったように笑った。
「奥様が、もうすぐ赤ちゃんを産まれるのです」
「……あかちゃん」
「ええ。坊ちゃんの妹君ですよ」
妹。
ぼくに?
「……ほんとに?」
「もちろんです」
なんだか不思議だった。
でも少しだけ知ってる。
母様のお腹が最近ずっと大きかったこと。
父様がいつもよりもっと過保護だったこと。
『階段は気を付けろ』
『無理をするな』
『重い物は持つな』
毎日言っていた。
この前なんて、母様が少し咳をしただけで医師を呼ぼうとしていた。
『アデル、大げさです』
『大げさではない』
『ただ咳をしただけです』
『咳をした』
父様は真剣だった。
母様は笑ってた。
でも今日は違う。
なんだか、みんなぴりぴりしている。
ぼくも少しそわそわした。
「母様は?」
「今はお部屋です」
「会える?」
「……少し待ちましょうね」
マーサが優しく言う。
ぼくはうなずいた。
でも落ち着かない。
だから廊下をうろうろしていたら。
「リューク」
低い声。
振り向く。
「父様」
父様がいた。
だけど、いつもと少し違う。
顔はいつも通りなのに、なんだか落ち着かない。
「母様は?」
「部屋にいる」
「苦しいの?」
「……ああ」
父様の声が少し硬かった。
ぼくは胸がぎゅっとした。
「母様、死なない?」
聞いた瞬間。
父様が目を見開いた。
しまったと思った。
でも怖かった。
母様が苦しそうなの、嫌だ。
父様はしばらく黙っていた。
それからぼくの前にしゃがむ。
大きな手が、頭を撫でた。
「大丈夫だ」
低い声。
でも優しい。
「母様は強い」
「……ほんと?」
「ああ」
「父様より?」
一瞬だけ。
父様が困った顔をした。
「……それは難しい質問だな」
でも少しして。
「違う強さだ」
と言った。
「母様は、とても強い」
父様は真っ直ぐ言った。
ぼくは少し安心した。
でも。
やっぱり落ち着かない。
部屋の向こうから時々、母様の苦しそうな声が聞こえる。
そのたびに胸が苦しくなる。
父様はずっと部屋の前にいた。
何時間も。
腕を組んだまま、動かない。
騎士団の人が来ても。
「団長、討伐の件ですが」
「後にしろ」
「ですが」
「後だ」
終わり。
騎士のお兄さん、かわいそう。
でも父様はそれどころじゃないみたいだった。
時々部屋の扉が開くたび、すぐ振り向く。
だけど入っていいと言われない限り、中には入らない。
ぼくは父様の隣に座った。
「父様」
「なんだ」
「こわい?」
父様は少し黙った。
「……ああ」
小さな声だった。
ぼく、初めて聞いた。
父様が怖いって言うの。
「でも」
父様がぼくを見る。
「母様は頑張っている」
「うん」
「だから俺たちも待つ」
ぼくはこくりとうなずいた。
それから、どれくらい経ったんだろう。
急に。
部屋の奥から、小さな声が聞こえた。
「――――ぁ」
え?
父様も顔を上げる。
次の瞬間。
「おぎゃああああっ!」
大きな泣き声。
びっくりした。
でも同時に。
部屋の中から、安心したみたいな空気が広がった。
アーニャが扉を開ける。
目が少し赤い。
「旦那様」
アーニャが笑った。
「お生まれになりました」
一瞬。
父様が固まった。
本当に少しだけ。
それから。
見たことないくらい急いで立ち上がった。
部屋の中はあったかかった。
母様はベッドに横になっている。
少し疲れてるみたいだけど、笑っていた。
「母様!」
「リューク……」
ぼくは駆け寄る。
「大丈夫!?」
「ええ」
母様が優しく笑う。
「リューク、あなたの妹よ」
「うん……!」
するとその横で。
父様が固まっていた。
赤ちゃんを見てる。
すごい真剣な顔。
魔物と戦う時みたい。
「……小さい」
ぼそっと言った。
「赤ちゃんですから」
母様が少し笑う。
父様はそっと赤ちゃんを抱いた。
すごく慎重に。
壊れものみたいに。
「父様」
「なんだ」
「こわいの?」
「……怖い」
やっぱり初めて聞いた。
父様でも怖いことあるんだ。
赤ちゃんってすごい。
ぼくは父様の腕の中を覗き込む。
「……ちいさい」
赤ちゃんは小さかった。
ふにゃふにゃで、赤くて。
でも、かわいい。
「エレナよ」
母様が言った。
「えれな」
名前を呼ぶ。
すると小さな手が動いた。
「わっ」
ぼくの指を握った。
ちっちゃい。
でも、あったかい。
なんだか胸がぎゅっとした。
「……ぼくの妹」
「ああ」
父様が静かに言う。
「お前の妹だ」
ぼくはエレナを見た。
母様に似て、きっとかわいくなる。
父様みたいに強くなるかもしれない。
でも。
こんなに小さい。
「父様」
「なんだ」
「ぼく、守る」
父様が少し目を見開いた。
「エレナも」
「……ああ」
「母様も」
「……ああ」
父様の大きな手が、ぼくの頭を撫でる。
「頼りにしている」
その言葉が、なんだかすごく嬉しかった。
胸が熱くなる。
母様が優しく笑っていた。
「ふふ……立派なお兄ちゃんね」
ぼく、ちょっとだけ胸を張る。
だって今日から。
ぼくはお兄ちゃんだから。
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