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【完結】追放された悪役令嬢は氷の騎士と静かに人生を取り戻す~復縁は望みませんが、謝罪は受け取ります~  作者: モーヒアス


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番外編

アーニャ回

 北の街にも、ようやく春が来た。


 長く厳しい冬を越えた石畳には雪解けの水が流れ、吐く息ももう白くはない。


 空気はまだ冷たいけれど、それでも陽射しは柔らかくて。


「……いい天気」


 ぽつりと呟きながら、アーニャは小さく伸びをした。


 今日は久しぶりの休日だった。


 旦那様――アデルは討伐任務で不在。

 奥様――セレスティーヌは、リュークと昼寝中。


 だからマーサが気を利かせて言ったのだ。


『たまには街へ行ってきなさいな』


 と。


 最初は遠慮した。


 けれど。


『あなた、ここへ来てからずっとセレスティーヌ様のことばかりでしょう』


 そう言われてしまえば、否定できない。


 アーニャは北の街へ来てから、ずっと必死だった。


 セレスティーヌを支えるために。


 あの日。

 何もできなかった自分を、少しでも許せるように。


 だから。


 こうして一人で街を歩くのは、随分久しぶりだった。


「素敵な街ね」


 王都とは違う。


 けれど嫌いじゃない。


 北の街は不器用だ。


 人も、空気も、建物も。


 けれどその分、温かい。


 市場には笑い声が響いていて、焼き立てのパンの匂いが漂っている。


 アーニャはゆっくり歩きながら、小さく目を細めた。


「アーニャさん?」


「……え?」


 突然声をかけられ、振り向く。


 そこにいたのは見知った顔だった。


「あ……」


「やっぱり。こんにちは」


 騎士服ではなく、ラフな服装。


 けれど背筋は真っ直ぐで、短く切った茶髪がよく似合っている。


 アデル直属騎士団所属。


 クラウスだった。


「こんにちは」


「珍しいですね。一人ですか?」


「今日はお休みなので」


「へえ」


 クラウスは少し驚いた顔をした。


「アーニャさん、休みでも働いてそうだから」


「どういう意味ですか」


「そのままの意味です」


「失礼ですね」


 じろりと睨む。


 するとクラウスが笑った。


「すみません」


 ……この男。


 時々妙に距離が近い。


 悪い人ではない。


 むしろかなり良い人だと思う。


 リューク様の遊び相手にもなってくれるし、セレスティーヌ様にも敬意を払っている。


 けれど。


 どうにも調子が狂う。


「買い物ですか?」


「少し街を見ていただけです」


「なら案内しますよ」


「結構です」


「はっはっ、即答ですね」


「お仕事ではありませんので」


「俺も今日は休みです」


「…………」


 断りづらい。


 というか。


 この人、押しが強い。


「嫌ですか?」


「……別にそういうわけでは」


「じゃあ決まりですね」


 にこやかだ。


 アーニャは小さくため息を吐いた。


「ここの店、焼き菓子美味いんですよ」


「……へぇ」


「ちょっと買ってきます」


「え!ちょ、ちょっと!」


走り去るクラウス。


「はい!どうぞ!」


サクッ。


「……あ、本当に美味しい」





 結局。


 アーニャはクラウスと街を歩いていた。


 最初は少し警戒していたものの、話していると案外気楽だった。


 クラウスは必要以上に踏み込まない。


 けれど放ってもおかない。


 その距離感が不思議と心地いい。


「旦那様、また無茶してるんですか?」


「ええ」


「団長、仕事になると止まらないですからね……」


 クラウスが遠い目をする。


「奥様は?」


「呆れながら心配されています」


「ああ、目に浮かぶ」


 思わず二人で笑った。


 北へ来たばかりの頃。


 セレスティーヌ様は、まだどこか張り詰めていた。


 笑っていても。

 穏やかに見えても。


 どこか壊れてしまいそうだった。


 けれど今は違う。


 リューク様を抱いて笑って。

 アデル様と並んで歩いて。

 マーサざんと紅茶を飲んで。


 ちゃんと幸せそうだ。


 そのことが、アーニャは嬉しかった。


 本当に。


 胸がいっぱいになるくらい。


「……アーニャさん」


「え?」


「泣きそうな顔してます」


「してません」


「してます」


「していません」


 むっとすると、クラウスが苦笑した。


「奥様のこと考えてたんでしょう」


「…………」


「図星だ」


「うるさいです」


 でも。


 否定はできなかった。


「私……」


 アーニャは足を止めた。


 春の風が髪を揺らす。


「ずっと後悔していたんです」


 王都での日々。


 追放の日。


 泣きそうなのに気丈に微笑んだセレスティーヌ様。


『ありがとう、アーニャ』


 最後まで、自分のことより周囲を気遣っていた主人。


「もっと、何かできたんじゃないかって」


 声が少し震える。


「だから北まで追いかけてきたんです」


 侍女として。

 支えるために。


 それしかできなかったから。


「でも今は……」


 ふっと笑う。


「奥様、幸せそうでしょう?」


「ええ」


「旦那様も」


「はい」


「だから、来て良かったなって」


 クラウスは静かにアーニャを見ていた。


 茶化さない。


 軽く流さない。


 その目が優しくて。


 アーニャは少しだけ困ってしまう。


「……なんですか」


「いや」


 クラウスが笑う。


「あなた、ほんと奥様のこと好きですね」


「当然です」


「即答だ」


「当たり前でしょう」


 するとクラウスが少し目を細めた。


「でも」


「?」


「そんなふうに誰かを大事にできるところ、俺は好きですよ」


「――――え」


 一瞬。


 思考が止まった。


「……は?」


「だから好きだって」


「な、何をさらっと……!?」


 顔が熱い。


 意味が分からない。


 いや意味は分かるけれど。


 分かるから困る。


「あなたはもう少し言葉を選んでください!」


「選んでますよ?」


「選べてません!」


 クラウスは楽しそうに笑っている。


 この男。


 本当に調子が狂う。


「顔真っ赤」


「うるさいです!」


「かわいい」


「~~っ!!」


 アーニャは勢いよく背を向けた。


「帰ります!」


「送ります」


「結構です!」


「迷子になりますよ」


「なりません!」


「帰り道はどこか分かりますか?結構歩き回りましたけど」


「……っ」


 言い返せない。


 するとクラウスが隣に並んだ。


「まあ、ゆっくり帰りましょう」


 自然な声だった。


 押しつけがましくなく。


 当たり前みたいに。


 アーニャは少しだけ視線を逸らす。


 春の風はまだ冷たい。


 けれど。


 隣を歩く温度は、不思議と心地よかった。


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