番外編
ぼくの父様は強い。
とても強い。
王都で父様を知らない人はいないし、騎士団の人たちはみんな父様を見ると背筋を伸ばす。
街でも時々、ひそひそ声が聞こえる。
『氷の騎士様だ』
『怖い方らしいぞ』
『敵を一瞬で――』
でも、ぼくにはよく分からない。
だって父様は、あんまり怖くない。
「リューク」
低い声がして、振り向く。
廊下の向こうから父様が歩いてきた。
黒い騎士服姿のままだから、きっと今帰ってきたところだ。
父様はぼくの前で立ち止まると、少し眉を寄せた。
「また靴を履かずに歩いている」
「だってすぐそこだった」
「床は冷える」
そう言って父様は当然みたいにぼくを抱き上げた。
高い。
父様はとても背が高い。
「父様、ぼくもう子供じゃない」
「まだ子供だ」
「ちがう」
「五つだろう」
「もうすぐ六つ」
「まだ五つだ」
むぅ。
父様は時々こうやって、ぼくを小さい子みたいに扱う。
でも母様に言わせると、
『アデルはリュークに甘いのよ』
らしい。
よく分からない。
父様はいつも真面目な顔をしているし、騎士団の人たちはすごく緊張してるし、街の人も怖がってる。
だけど。
「……父様」
「なんだ」
「焼き菓子くれる?」
父様は少し黙った。
それから周囲を見回す。
なぜかこそこそしている。
「……内緒だぞ」
「うん」
父様は懐から小さな包みを出した。
やっぱり持ってた。
「やった」
「食べ過ぎると母様に叱られる」
「父様も?」
「……俺もだ」
ぼくは知っている。
父様は母様に弱い。
母様はきれいだ。
みんなそう言う。
ぼくが一番好きなのは、笑った顔。
母様が笑うと、家の中があったかくなる。
「リューク、走らないの」
「はーい!」
今日は天気がいい。
庭ではアーニャが洗濯物を干していて、マーサが使用人さんたちに指示を出している。
ぼくは木剣を持って庭を走っていた。
「えいっ!」
びゅん。
びゅん。
「おお、坊ちゃん。お強いですねぇ」
庭師のおじさんが笑う。
「ぼく騎士になるから!」
「父様みたいな?」
「うん!」
すると、少し離れたところで紅茶を飲んでいた母様が笑った。
「きっと素敵な騎士になるわ」
「母様を守る!」
「まあ」
母様は嬉しそうに目を細める。
でもその時。
「……その必要はない」
低い声。
振り向くと父様がいた。
いつの間に帰ってきたんだろう。
「母様は俺が守る」
「む」
「リュークはまだ小さい」
「ぼくだって強い!」
「俺の方が強い」
「むぅぅ……!」
父様は時々、大人気ない。
母様がくすくす笑っている。
「アデル、大人気ありませんよ」
「事実だ」
「父様ずるい」
「事実だ」
「ずるい!」
庭師のおじさんまで笑い出した。
夜。
ぼくは少しだけ目が覚めた。
喉が渇いた。
部屋を出ると、廊下は静かだった。
でも、奥の部屋から小さな声が聞こえる。
「……まだ熱いな」
父様だ。
そっと覗く。
母様が椅子に座っていた。
少し顔が赤い。
「ただの風邪よ」
「ただではない」
「大げさね」
「熱がある」
父様は真剣な顔をしていた。
戦ってる時みたいな顔。
でも相手は風邪。
父様は濡れた布をしぼると、母様の額に乗せる。
その動きがすごく優しい。
「アデル」
「なんだ」
「近いわ」
「看病中だ」
「顔が怖いの」
「……そうか?」
「ええ」
父様は少し困った顔をした。
その時、母様がふっと笑う。
「ありがとう」
父様は黙った。
でも少しだけ耳が赤い。
ぼくは知っている。
父様は母様にありがとうって言われると弱い。
昔は父様は母様に敬語?というのを使っていたらしい。
次の日。
騎士団のお兄さんたちが来ていた。
父様に報告があるらしい。
ぼくは廊下で待っていた。
部屋の中から声が聞こえる。
「団長、次回の遠征ですが」
「ああ」
「――しかし、その規模ですと1週間は」
「駄目だ」
「え?」
「三日以内に終わらせる」
「いや、ですが」
「聞こえなかったか。三日以内だ」
「…………」
静かになった。
ぼくは首を傾げる。
その時。
「父様ー!」
部屋の扉を開く。
騎士のお兄さんたちがびくっとした。
父様が振り向く。
「どうした」
「これ見て!」
描いた絵を見せる。
父様と母様とぼく。
三人の絵。
父様はしばらく黙っていた。
「……俺達か」
「うん!」
「似ているな」
「ほんと?」
「ああ」
父様はそう言って、ぼくの頭を撫でた。
大きな手。
少し硬い。
でもあったかい。
騎士のお兄さんたちが、なんだか変な顔をしている。
「……だ、団長が笑ってる」
「見たことあるか?」
「ない」
「奇跡では?」
よく分からない。
父様は時々笑う。
母様とぼくがいる時。
夜。
眠くなってきた。
でも今日は少しだけ寂しい。
「父様」
「なんだ」
「今日はお仕事?」
「ああ」
「帰る?」
「帰る」
「ほんと?」
「嘘は言わない」
父様はぼくの前でしゃがんだ。
目線が近くなる。
「眠っていれば朝には戻る」
「……うん」
父様はぼくの頭を撫でる。
「母様を頼めるか」
ぼくはぱちぱち瞬きをした。
それから胸を張る。
「まかせて!」
「ああ」
父様が少し笑った。
ぼく、その顔好き。
だから頑張る。
母様を守る。
父様が安心して帰ってこられるように。
だってぼくは、父様と母様の子供だから。
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