↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

謝罪の意味

「悠介、ごめんな。仕事だったろ?」

「良いんだよ、健太。午前休を取る事は伝えてある、こういう時、家が一緒だと連絡が簡単で良いな。それで、職場には連絡したのか?保険会社には?」

「えっと、まだ出来てねぇんだ。なんか、余命の事言われて、嫁さんが出てってからずっと、ボーっと過ごしてたって言うか……。会社には行ってたけどよ、何してたかも覚えてねぇんだ。」

「そっか、じゃあそっちも連絡しないとな。」

 結局、夜通しでパソコンのファイルを漁ったけど、それらしいデータは見つからなかった、って言うのがあって、少し眠い中、朝から健太の入院の為の手伝いに来てる。

 健太は、仕事には行ってたらしい、今週に入るまでは仕事に行ってて、入院する事自体は会社に伝えてたらしいけど、肝心の入院日とかを言ってなかったらしい、そこに関しては俺はどうしようもないから、健太自身にして貰わないと困るけど、保険会社に関しては、代理人って事で電話程度は出来るはずだ。

 当面の着替えを持って、保険証だとか貴重品類を纏めて、タクシーを呼んで、近くの総合病院に向かう。


「はい、では入院手続きはこれで終了になります、患者さんに会われていきますか?」

「はい、そうさせてもらいます。」

 病院について、健太は先に病室に入って、俺が代筆で入院手続きをする、本人からの許可が出てるって事は本人から聞いてたっぽくて、そこら辺の手続きは簡単に終わった。

「健太、どうだ?」

「どうって……、わかんねぇ。実感がねぇんだ、死んじまうって事も……、これから、自分がいなくなるって事も……。」

「……。それで良いんだ、それは仕方が無いんだ。俺が見て来た沢山の人達も、皆実感なんて湧いてなかった、死ぬ事、死んでしまう事、その事について、理解をしている人の方が少なかったんだ。だから、健太の想いは間違いじゃない、それは、決して間違いじゃない。」

「悠介……。」

 個室は高いからって言う理由で、大部屋になった健太、他の患者さんに聞こえない様に、小さな声で話をする。

「……。そうだ、健太。高校時代、俺が書いた小説って、覚えてたりするか?」

「藪から棒だな、どうしたんだ?」

「……。俺には、欠落している何かがあるらしい。浩介に言われた、俺には欠落してる、失ってしまった何かがある、って。その答えが、俺の書いてた小説にある気がしてさ。だから、探してたんだけど、見つからなくてな。もしかしたら、健太が残してくれたりしないかな、なんて思ったんだ。って言っても、十年以上前の事だし、難しいかな。」

「えと、あるぜ?悠介が文化祭で頒布したやつ、俺取っといてあるから、家に戻ればあるぜ?」

「あるのか?」

「おう、大事なもんだと思ってたから、残ってるぜ?俺の部屋の棚の一番奥、なんなら家いって取り行くか?別に悠介が入る分には構わないぜ?」

「……。お言葉に甘えようか。俺は、取り戻さないといけない気がするんだ、その感情を、その欠落を。」

 健太が家の鍵を寄こしてくる、俺はまだ午前中だから、と思って、早速健太の家に戻る。

 健太は大丈夫、まだすぐに死ぬわけじゃない、って励まして、俺は健太の家にとんぼ返りした。


「えっと、健太の部屋の棚の一番奥……。」

 健太の家に戻ってきて、俺は健太の部屋の棚を探してた。

 よそから見たら、強盗でも入って来たのか、って言われそうだけど、健太の家は質素倹約って言うか、家を買うのに無理をした関係上、高価なものは置いてない、それに、これからは着替えを持って行ったりする兼ね合いで、何度かは一人でお邪魔する事になる、その練習だと思えば良い。

 なんて事を考えながら、健太に言われた棚の奥、を探す。

「これか……。」

 頒布した小説、タイトルは「命の重さ」だった、そんなタイトルを健太が思いつくとは思わなかったし、これが俺が最初に書いた小説なんだろう。

 取り合えず後で読むか、まずは午後に出勤しないとだから、って思って、それを鞄にしまって家を出る。

 鍵を閉めて、健太には明日にでも返せばいいか、と言うか俺が持っていた方が良いのか、なんて思いながら、仕事に向かう。

 この薄い本に、俺の原典がある、原典、俺がこういう性格になった理由がある、そう感じてた、俺にとって、失ってしまった感情、欠落してしまった事柄、そのヒントがこの同人誌にはある気がする。


「ん、電話。」

 午後出社をして、浩希君の所に行こうと準備をしていたら、電話が掛かってくる、その電話は浩希君の入院してる病院からで、何が起こって何の用事で電話してきたのか、についてはすぐに分かった。

「もしもし。」

「あ、お看取り業の坂入さんですね?松本浩希君のの事なのですが……。」

「亡くなりましたか?」

「あ、え、はい、先程……。ご家族の型に連絡をした際、家は看取り代行に全てを任せてるから、と言われまして……。」

「……。了解しました、こちらで手続きをさせていただきます、荼毘にふす前に、一度だけお顔を拝見させていただく事は可能でしょうか?」

 出る準備を終えて、電車に乗る為に駅の方に向かいながら、病院の事務の方と話をする。

 やっぱり、って言うか、浩希君のご両親は、浩希君に関しての事は俺達に放り投げるつもり満々だった、それが現実になっただけだ。

 それだけだ、それだけの事だ、予想が予想通りになった、それだけの事。

 それだけの事なのに、何だろう、この感情は。

 俺は、俺の中にある感情を理解出来なかった、俺の中に渦巻いてる感情、こうして亡くなった方の事を放置して生きている人間を見るたびに、その話をされるたびに感じる感情、その感情の意味、が俺はわからなかった。

 怒り、じゃない、悲しみ、とも違う、子感情の出所、それが俺はわからなかった。

 もしかしたら、それも同人誌を読んでみたら何かがわかるのかもしれない、何某かのヒントを、俺自身が残してるかもしれない、電車に乗ってる時間を使って、読んでみようか。

 なんて事を考えている内に駅について、電車を待つ傍ら、同人誌を捲ってみる。

「俺が感情を消そうとしてるのは、俺の為でしかない、俺が傷つきたくないから、俺が涙を流しても、誰も何も出来ないから。だから、俺は涙を止めよう、涙をやめよう、泣く事は、何も解決しやしない、だから、俺は泣く事をやめた。」

 そう言う語り口って言うか、そう言うスタートをしてる同人誌、思い出す事はある、確かこれは自伝小説的に書いた覚えがある、俺の人生を圧縮して、抽出して起こった出来事を書いた覚えがある。 

 って言う事は、これは俺の何かが欠落したきっかけ、を書いているんじゃないだろうか、だから、俺自身が何を書いたかを思い出せなかったんじゃないだろうか。

「家族だとは思ってない、じいちゃんは、もういなくなる、だから、俺は独りで生きていかないと。」

 そう書いている、当時の俺。

 今読んだら恥かしい、って思わなくもないかもしれない位、ニヒルって言うか、自分に溺れてる文章なんだけど、言いたい事は理解出来る。

「じいちゃんが死んだら、俺は独りっきり、浩介がいてくれたとしても、悠治がいてくれたとしても、俺は独りだ。だから、強くならないといけない、俺は、強い人間にならないといけない。涙を流してはいけない、悲しんではいけない、俺には、その権利が無い。じいちゃんの所に行きたい、本当は、泣いて泣いて、涙が枯れ果てて、それでじいちゃんを見送りたい。でも、俺にはそれが出来ない、俺にはそれをする資格がない。俺には家族はいない、俺は独りっきりだ。だから、俺は泣かない、涙は、意味がない。」

 そうか、涙は意味がない、このころの俺は、そう思ってたんだろう。

 それは今の俺にも通ずる部分がある、涙を流したとて、何が変わる訳でもない、何かが変わってくれる事を期待する方がおかしい、そう思ってる。

 そのきっかけ、この頃に俺が自分に言い聞かせた、涙を流す事は無意味だ、って言う言葉。

「……。」

 俺が失っていた感情、欠落していた事柄、浩介が言いたかった事、ずっとそう願っていた事、それがわかった気がした。

 わかった気がしただけで、わかってないのかもしれない、ただ、俺は自分自身に掛けた呪いについて、理解した。

 涙を流すな、悲しむな、哀しむな。

 そう言い聞かせてきた、五年間、看取り業を続けていく中で、そう言い聞かせてきた、涙を流してはいけない、俺にその資格はない、俺は、涙を流す事に意味を感じられない、そうずっと思ってた。

 それが呪い、浩介にとって、俺が変わってしまった様に見えた事、実際に変わってしまった事、それが、俺が俺自身に掛けた呪い。

「俺は……。泣いても、良いのかな……。」

 電車の中で、独りつぶやく。

 周りには誰もいない、電車は気味が悪い程空いてる、だから、この車両に乗ってるのは、俺と離れた所に一人老人が座ってるだけだ。

「泣いても、良いのかな……。」

 呪い、泣き虫だった俺が、泣かなくなった意味、涙に意味を見出せなくなった事、そして、今泣いてはいけないという、枷。

 ぽつぽつと、涙が流れてくる。

 浩希君が亡くなった事、そして、健太がこれから死んでいく事、今まで亡くなってきた、看取ってきた人達の分、感情労働として、必要経費だと思ってた感情、それと向き合う、向き合えた、初めて向き合えた気がする、高校時代には今の状態になってた、今の中ない人間になってた、だから、感情として涙を流す事、それが間違いじゃないとしても、俺は違うと思ってた。

 涙が、止まらない。

 どうして、どうして止まってくれないんだ。

「……。」

 違う、わかってる、わかってるんだ。

 十年間、十年間もずっと、自分に呪いを掛け続けて、十年間以上ずっと、その感情から目を背けてた、だから、涙が止まってくれないんだ。

 思い出した感情、じいちゃんを失う時、失った時、泣けなかった意味、泣かなかった意味、それを思い出す、あの時、本当は泣きたかった、本当は、枯れ果てるまで泣きたかった、でも、それを自分自身が許さなかった。

「ごめん……。」

 その言葉は、俺に向けた言葉だ。

 十年間、呪いを掛け続けてごめん、逃げてごめん、感情を見ないふりをしてごめん、そう言う事だ。

 ごめんよ、十年前の俺、ずっとずっと、我慢してたんだな。

 ずっとずっと、泣きたかったんだな。

 ごめんよ、俺。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。