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欠落

「台風、帰りには過ぎてるかな?」

「どうだろうな、停滞はしてないらしいから、そうなってるかもしれないな。」

 浩希君が電話を掛けてきた翌日、今日は火曜日、台風が直撃するって言う予報通り、雨風が酷い。

 出勤する時はまだマシだったけど、午前中の仕事を終える頃には本格的に雨が降ってきて、風がガタガタと窓を揺らす、台風の大きさ自体、強さ自体はそこまでではないって言う話だから、養生テープなんかで補強はしてないけど、もう少し強い台風だったら、対策を考えないといけなかっただろう。

 今の所それは大丈夫だ、それに、浩希君の訃報もまだ届いていない、まだあの子は踏ん張ってる、何とか堪えてるだけかもしれないけど、まだ生きてる。

 他の人達も、今の所は訃報も危篤になった話も入ってこない、こんな台風が直撃されてる時に連絡されても何も出来ないけど、危篤の連絡を受けたら出来るだけ向かう、が信条な俺達にとって、それは有難い誤算と言うべきか、有難い話だった。

「お昼持ってきた?」

「今日は弁当作ってあるよ、悠治と良太の分も作って来たけど、迷惑だったか?」

「良いの?僕達まで。」

「さすが社長ー、僕達お昼ご飯どうしようかなーって思ってたからー、有難いねー。」

 昨日の晩に仕込んでおいた昼飯、鮭弁当なんだけど、それを四人前作って置いて正解だったらしい。

 悠治と良太は少し行き当たりばったりな所があるから、そう言う所はフォローしてあげるのも、社長って言うか、上司としてって言うか、兄として先輩として、やっておかないといけない事だ。

「じゃ、昼飯にしますか。」

 そろそろ十二時、昼休憩の時間だ。

 俺は一服する為に煙草を口に咥えて、ジッポで火を点けて肺に入れる。

 このジッポライター、俺の好きな小説作品のグッズなんだけど、今のご時勢にライターをグッズで出そう、って言う考えになるのが珍しいなっていうか、作者さんが吸ってるって言うのは知ってる、SNSでヘビースモーカーを名乗ってるのも知ってるから、でもご時勢的に売れるかどうか、としては博打な類だろう、グッズとして持っておく人が多いから売れたのかもしれないけど、俺みたいに使ってる人間、って言うのはそうそういないと思う、普段使いするのにもそこまで憚られるグッズではないから使ってるんだけど、希少価値、って言う意味合いでは、使わない方が高くなるんだろうな。

「あ、鮭弁当だ!悠にぃの鮭の塩焼き、好きなんだよねぇ。」

「社長、料理上手だもんねー。学生の頃から、よくお弁当作ってたっけー。」

「頂きます、悠介。」

「はいよ。」

 三人が先に飯を食べ始める、弁当っていても、鮭にわかめご飯、あとは付け合わせにポテトサラダ、って言うシンプルなもんしか入れてないけど、それでも喜んでもらえるのは有難い。

 煙草を吸い終えて、俺もさっさと飯を食べようか、なんて考えて、煙草の火を消す。

「頂きます。」

 自分で作った料理に頂きますもへったくれもない気がするけど、癖で言っちゃう、って言うか、そう言う教育を受けてきたんだから、そう言うのは必然だろうか。

 午後も出る事はない、電話を受けたら何某かをするけど、それまでは待機時間だから、暇っちゃ暇だ。

 悠治と良太が書類関係をやってくれてる中、暇だって言うのもおかしな話かもしれないけど、こういう時実働部隊は暇になる、それは当たり前の事、なんだろうな。


「雨やんだね。」

「そうだな、快晴になってるな。風はまだあるけど、こりゃ明日からまた暑いだろうな。」

 夕方、何事もなく時間は過ぎて行って、台風が通過して行って、台風一過、な状態で快晴になる。

 まだ風は吹いてるけど、雨がやんだだけ有難い、電車が動いてるかどうかを確認するけど、今日は乗る理由が無い、もうすぐ終業時間になるし、今日は誰も残業をしない日、になりそうだ。

 浩介が残業をしない事が珍しい、浩介は普段からお客さんの所で長話をするタイプだ、っていうのもあるけど、移動中に色々としてるらしくて、帰りが遅い事が多い、それが無い日って言うのは、ちょっとだけ違和感だ。

「さて、帰ろうか。」

「そうだね。」

 終業時間まで何事もなく終わって、今日の仕事はお終い。

 事務所を閉めて、皆で一緒に出る、俺と佑治達が一緒に出る事は多いけど、浩介が一緒って言うのが、本当に珍しい。

「暑いな。」

「そうだねー、まだまだ夏だねー。」

「こういう日はビールが欲しくなるね。」

 帰り道、途中までは一緒だから、四人で歩いて帰る。

 本当は千葉の中央の方に事務所を構えたかったけど、最初の鐘の無い状態から事務所の賃料を払う、って言うのが大変で、家の近所に安い所があったから、そう言う理由で地元に居を構えてる、って言う現在がある。

 って言っても、俺は地元愛とかは無いし、浩介達が地元が好きだから、って言う理由で留まってるだけ、俺独りだったら、どこか遠くの街にでも行ってたかもしれない。

 地元の友達、って言っても、俺はそもそも友達が少ない方だったし、今でも連絡を取る人、って言うのは限られてる、だから、別段地元に執着する理由はない。

「悠介、電話なってない?」

「ん?あ、個人用の方か。誰だろうな。」

 電話が鳴る、個人使用してる方のスマホで、そっちが鳴る事ってあんまり無いんだけど、ラインの電話の通知音が鳴ってるから、気になってスマホをポケットから取り出す。

「もしもし?」

「あ、悠介か……?」

「おう、健太、どうした?久しぶりだけど、元気か?」

 電話の相手は、高校時代の友達の健太、一緒に慢研で小説書いてた奇特な仲間で、地元の友達の一人だ。

 なんだか声に覇気がない、って言うか、ハキハキと喋るタイプのやつだった覚えがあるから、元気のない声って言うのを聞いた事が無い気がする。

「えっと……、あのな……。俺……。」

「どうした?らしくもない。」

「……。俺、余命一か月らしいんだ……。末期がん、って言われて、進行が知らないうちに進んでて……、それで……。」

「癌?」

 健太が癌になっ太、そんな嘘をつくやつじゃない事は、よくわかってる、って言う事は、それが現実だって言う前提で動くのが筋だろう。

「あれ、お前結婚してなかったっけ?嫁さんは?一歳になる息子君は?」

「それ、が……、よ……。嫁さん、俺が癌だって知ってから、ずっと変だと思ってたら……。男作って、どっか行っちまった……。」「……。そうか、辛かったな。それで、俺にその事で電話を掛けて来たって事は、そう言う事って言う認識で良いのか?」

 健太は俺の職業を知ってる、たまに飲みに行く中だし、嫁さんも息子君も紹介してもらった事があるから知ってる、ただ、不倫して逃げるタイプだとは思わなかった、そこに関しては俺もまだまだ見識眼が甘いな。

「……。無茶な事、言ってるって、わかってる。ただ……。俺、独りじゃ、どうすりゃ良いか……。」

「今どこにいる?」

「え……?」

「だから、今どこにいる?会いに行くから。」

「会いに……、来てくれるのか……?」

 電話越しに泣いてる健太の声を聴いて、俺は動こうとする、それは当たり前のことだ、高校で一緒にばかやってた仲間が、あと一か月で死んじまうってのに、何もしない馬鹿がいるもんか。

「今……、家、いる……。明日、から……、入院、だから……。」

「わかった、すぐ行く。」

「悠介……、俺……。」

「良いんだよ、健太。」

 電話をしながら泣きじゃくる健太と通話を繋いだまま、ここからなら徒歩十分位で健太の家には着く、家とは逆方向だけど、まあそれは構わない。

「浩介、先に帰っててくれ。」

「どうしたの?お電話の相手、どちら様?」

「高校時代俺と一緒に慢研にいた、健太だよ。末期がんになって、嫁さんは息子連れて不倫相手の所行っちゃったらしい。明日から入院だって。」

「そっか、それは行ってあげないとね。僕は健太君とはクラスも違ったし、行くのは返って気を遣わせちゃうかな。」

「そうだな、浩介は健太とは接点が無かったから、そうしてくれると有難い。無理に気を遣わせて、余計な負担を掛けたくないから。」

 それだけ言って、俺は家とは逆方向に歩き出す、健太の家までは道は単純、国道を超えて少し坂を登った所、去年に一軒家を買ったって言って招待してもらってから、何度か遊びにも行ってる、健太は俺とは逆で地元愛が強いタイプだったから、将来は地元に家を買いたい、ってずっと言ってて、それが去年やっと叶った、はずだったんだけどな。


「健太、来たよ。」

「……。悠介……。」

 健太の家について、インターホンを押して、健太が出て来るのを待つ。

 健太はすぐに出て来る、最後に会ったのが半年前、それ位から会ってなかったけど、ふくよかだった健太はげっそりと痩せてて、この変化に気づかなかったのは驚きだ、って言う位、体型と顔つきが変わってた。

 丸っこかった顔はげっそりとしてて、頬骨が見える位げっそりとしてて、坊主頭は少し伸びてて、白髪が沢山見える。

 丸くてぱっちりとしてた目はどんよりと曇ってて、本当にこれで今まで病気に気づかなかったとしたら、それは関心が無さすぎるだろう、って言う位に変化が顕著だった。

「悠介ぇ……!」

「健太……。独りで、寂しかったな。」

「……!」

 泣きじゃくる健太、玄関から出て来て、俺に飛びつくみたいに縋りついてくる健太を、無碍には出来なかった、俺だっていつかは独りになるのかもしれない、俺だって、一歩間違えてたらこういう未来が待ってたのかもしれない、だから、健太の涙の意味が、痛い程わかる。

「取り合えず中入るぞ?こんな玄関先で、病人と話すのは気分が悪いから。」

「お、おう……。」

 泣きながら俺を家に入れる健太、健太の家は俺達の家より小さい、3LDKの一軒家で、確かに嫁さんと息子君のいる気配がしない、ひっそりと静まり返ってて、リビングに通されるんだけど、リビングのベビーベッドが物寂しい。

「それで、末期がんか。」

「……。俺、どうしたら良いか、わかんなくてよぉ……。嫁さんも新太もいなくなっちまって、余命一か月なんて言われて……。」

「パニックになるのはわかるよ、嫁さんの事は仕方がないのかもしれない、真実を知らない俺が何かを言うのは間違ってる、それはわかってる。ただ、健太が辛いのはよくわかるよ。」

「……。俺、どうなっちまうんだろう……。」

 リビングのテーブルにコーヒーを置かれて、こういう時にまで気を遣う健太に関心しながら、コーヒーを飲んで、目を真っ赤にしてる健太を改めて観察する。

 最後に会った半年前、まだその兆候は無かった、と思う、ふくよかだったし、病気をしてるって言う様子も見えなかった、まだ初期症状だった頃だったからかもしれないけど、でも、少なくともこうなる未来、は見えなかった。

 それが、半年間会わないだけでこうなってしまった、こんなにも頬骨が見える位に痩せこけて、仲が良かったはずの嫁さんと、溺愛してた息子君が何処かに行ってしまった、それはそれはショックだろう、それ位の事はわかる。

「明日から入院って、病院何処だ?」

「中央病院、あそこが一番近いから……。」

「そっか、なら通いやすいな。」

「良いのか……?俺、金もあんまり無いぞ?家買うのに精いっぱいだったから、貯金もあんまりないし、これから先治療費で貯金を使う事になっちまうし……。泣きついておいてあれだけどよ……、看取り業の代金、払えるかどうかもわかんないぞ……?」

「なんで金が必要なんだ?俺は友達の最期を看取るだけ、看取りたいだけ、余命一か月って言われた健太の、最期の時を穏やかに過ごして欲しいだけ、だから、金なんて必要が無いよ。もしも必要な事があるとしても、それは友達料金って事で、俺が出すよ。」

「悠介……。」

 そこまで言うと、また健太は泣き出す。

 不安定なんだろう、嫁さんに逃げられて、不倫までされて、家に独りっきりでいたんだから、それは心も病んでくるだろう。

 不安で仕方がない、これから自分が死んでしまう事、自分が生きていけない事、それを理解してるから、怖いんだろう。

「健太……。お前は独りじゃない、俺がいる。確かに俺は浩介の恋人、他の誰かと付き合う事は出来ない、それが高校時代に告白してくれた健太だったとしても、慢研で一緒にばかやった仲だったとしても、付き合う事は出来ない、それは事実だ。ただな、健太。俺達は友達、仲間である事も、また事実なんだよ。俺が仲間や友達を見捨てると思うか?看取り業なんて言う、他人の最期の面倒を見ようって言う人間な俺が、友達を見捨てて生きていけると思うか?」

「ゆう……、すけ……。」

 健太の手を握る、ぷにぷにしてた健太の手は、がりがりにやせ細って、触ってて骨がわかってしまう位に、細くなってた。

 そうなるまで放っておいた嫁さんも許せないし、そうなるまで連絡を寄こしてこなかった健太も許せない、健太にとって、俺は過去の男なのかもしれない、過去に告白をして、ふられたっていう事実だけが残ってる相手なのかもしれない、ただ、俺にとって健太は、大切な友達だ、大切な友達、かけがえのない友達だ。

「俺は友達を捨てて生きていける程、器用な性格はしてない、それは健太も良く知ってるだろう?俺の性格、友を捨てる事は命の終わりまでない、そう言ってた俺が、友達を見捨てる訳がないだろう?お前から金を取る事はない、看取り業として動く事があったとしても、それは俺のエゴだ、健太の依頼じゃなかったとしても、俺はそう動いただろうさ。それにな、健太。俺達は仲間なんだ、仲間って言うのは、何時だって助け合う存在だ、そう言ってただろう?健太が書いたファンタジー、今でも覚えてる言葉があるよ。俺達は、盃を交わした仲間は、死するその時まで仲間だ、互いの為に生きて、互いの為に死にゆく、それが仲間だ、って言う言葉、あれ俺は好きだよ。俺達の関係がそうであれたら良いな、俺達が仲間である証左として、そう在れたら良いな、なんて思ってたんだ。」

「悠介……。」

「だから、独りになろうとするなよ?俺達はずっと友達だ、健太が死んでしまうのが、避けられない未来、近い将来なんだとしても、俺達は友達だ、仲間だ、同士だ。一緒に慢研で小説を書いてた頃の事、俺は今でも覚えてるよ。周りにやいのやいの言われてたけど、それでも、健太がいてくれたから、俺は我を通せたんだ。健太がいなかったら、俺はあの時点で慢研をやめてたと思う、それだけ、健太の存在は大きかったんだ。だから、今度は俺の番、今度は俺が健太に恩返しをする番だ。」

「ゆうすけぇ……!」

 健太は泣きじゃくる、あの頃からそうだった、涙を流せない俺の代わりに、涙を流してくれる人達がいた、浩介も、悠治も、良太も、健太も、俺が涙を流せずにいた頃、泣く事に意味を感じられなくて、涙を流す事をやめてしまった頃、代わりに泣いてくれた、俺に分まで、涙を流してくれていた、だから、今度は俺の番なんだ。


「それじゃあ、明日また来るから、入院手続きとか、そう言うのは一緒にやろう。看取りが必要なのであれば、そっちの書類も一応作っておかないと、後が大変だからな。……。健太、独りで死のうなんて考えるなよ?俺が一緒に居る、ここにいる、お前の傍にいる、だから、お前は独りじゃない。」

「悠介……。おう、ありがとな。」

 夕飯を作って、食欲の無い健太に少し食べさせてから、明日の入院の為の服の準備とかをして、いったん家に帰る。

 もう時間は夜十時、浩介はそろそろ寝る時間だろう、普段は俺の方が早く帰ってきてて、浩介を待つって言うのが普段だったから、こういう風に俺が遅くに帰るのは珍しい。

 と思いながら、健太の家を後にして、一旦今日は家に帰る。

「ふー……。」

 帰り道、人気が無い事を確認して、煙草に火を点ける。

 まさか健太が、とは思えなかった、健太はずっと長生きがしたい、ひ孫まで見たいんだ!なんて言ってた子だったから、こんなに早く寿命が来るとは思ってなかった、衝撃的と言い換えても良いかもしれない、それ位、健太が余命一か月って言うのが、信じられなかった。

 ただ、あの痩せようは病気である事は間違いないだろうし、納得してしまう部分もある、認めたくない、俺の心が、健太が死んでしまう事を認めたくない、って言うだけで、それは近い将来の話なんだろう。

 俺もいつか、ああなるのかもしれない、その時に誰かがいてくれたら幸いだけど、もしかしたら誰もいないかもしれない、浩介だって、何時までも生きる人間じゃない、不老不死じゃない、だから、いつの日か、別れは必ずやってくる。

 それが俺の死か、浩介の死か、それとも単純に別れなのか、それはわからない、ただ、浩介とは、死ぬまで一緒に居る気はしてる、どっちかが死ぬまで、ずっと一緒に居るんだろうな、って。

 だから、じゃないけど、俺は浩介を見送る立ち位置でいたい、看取られるより、看取る方が個人的には楽だから、そうしたい。

 看取られる事、それは置いて行く事、悲しい現実、それを俺は受け入れられないだろう、俺は、看取る側でいたいと願い続けるんだろう。

「ふー……。」

 台風一過、暑い夜の中、煙草を吸いながら家に帰る、明日は仕事を午前中は休んで、健太の方の手伝いをする、その旨も話さないとだ。


「ただいま。」

「あ、悠介お帰り。」

「ただいま、浩介。」

「それで、健太君の様子はどうだった?」

 悠介が帰ってきた、浩介は、関係値が無いなりに関りがあった健太の事を心配していた、だから、悠介に健太の様子を聞く。

 悠介は、出来るだけ正確に、健太の状態を浩介に伝える、病があり、余命が短い事、それが真実である事を理解出来るだけの状態であった事、だから、明日は午前休を取って健太の手伝いがしたい旨、それを浩介に伝える。

「……。そっか、健太君、苦労してお家建てたって言ってたのに、残念だね……。」

「……。それは、仕方のない事なのかも知れないな。誰がいつ死んで、誰がどれ位生きて、なんて事は、神様しか知らない事なんだ。だから、皆精一杯今を生きようとする、生きなきゃならない、今を精一杯生きれない人間に、未来を掴む資格はないからな。」

「……。大切なお友達が余命一か月なのに、悠介は泣かないんだね。」

 浩介の言葉、チクリと刺さるであろう、自然と出てきてしまった言葉。

 悠介が、祖父が亡くなって以降涙を流さなくなった事は知っていた、涙を流せなくなった、と言っていたのも知っていた、ただ、それでも、親友と呼べる存在、その死が待ち構えているのに、看取り業として出来る事を、と言って泣かない悠介の感情、そこに疑問を抱いてしまった。

 もしも、自分がその立場だったら、共に泣いていただろう、涙を我慢出来なかっただろう、それでも悠介は泣かない、それでも悠介は涙を流さない、その理由は、何なのか、と。

「……。泣かないんじゃない、泣けないんだ、俺はね。涙の意味、泣く事の意味、それを考えてしまった時から、俺は泣けなくなった。涙を流す事、それは誰かにとっての負担になってしまう、そう考えてしまったから。だから、俺は泣けない、涙は何も解決はしてくれない、一時の感情のはき所にはなるかもしれないけど、それ以上の意味を持たない、俺は少なくとも、そう思った。浩介達にとって無く意味がある様に、俺にとっては泣かない意味がある、って事だな。」

「……。悠介、変わったね。ううん、違う、悠介はいつだって悠介だった、成長した、って言えば良いのかな、でも……。悠介は、何かを失ってしまったんだと思う、欠落してしまったんだと思う、……。何が、って言われたら、僕にもわからない、わからないよ?でも、悠介は欠落してしちゃった何かがある、成長する時に、不要だって言って捨ててしまった何かがある、僕にはそう見えるよ。」

「欠落……。俺が捨て去った感情って言ったら、そうだな……。答えは、今は出てこないな。でも、浩介がそう言うんであれば、そうなのかもしれないな、俺には決定的に足りない何かがある、昔は持っていたはずなのに、失ってしまった感情がある、それが浩介には、欠落に見えてるんだろうな。……。欠落、ロストエモーション、とでも言えば良いんだろうかね、そう言った何かが、俺にはあるんだろうな。……。ありがとう、浩介。それを伝えてくれて、それを言ってくれて。俺にはそれが何かはわからない、俺に何が足りなくて、俺の中で何が欠落してて、俺の中で何を失ってしまったのか、それはわからない。でも、浩介がそう言ったって事はそれには意味がある、って事だと思う。だから、俺はその意味を探さないと。」

「……。ごめんね、悠介。辛いの知ってるのに、意地悪な事言っちゃった。健太君の事、きっと誰よりも心配してるのは、悠介なのに、泣いてないからって、そんな事を言って……。ごめんね、悠介。」

 浩介は、言った後に思い出す、悠介は失ったのであって、欠落があるわけではないのだ、と。

 祖父を看取れなかった自分が持ってはいけない感情だ、と言っていたその感情、人の死に関する悲しみ、苦しみ、それらを持ってはいけないんだ、自分には、その資格が無いんだ、と悠介はかつて言っていた。

 その呪い、自分自身に課してしまった呪いが、未だに悠介の中に残っているのだろう。

 呪い、自らに課せられた呪い、それに悠介は気づいているのだろうか、気づいていたら、こんな風に話をする前に何とかしているのだろうか、浩介は、そんな事を考える。

「……。」

「浩介?」

「……、ううん、何でもない。悠介、夜ご飯食べた?」

「向こうで少しだけ食べて来たけど、足りないから何か食べようかって悩んでる所だよ。」

「じゃあ、僕が作ったご飯食べる?悠介に普段してもらってばっかりだから、あんまり美味しくないかもしれないけど……。」

「頂こうかな。」

 悠介は、着替えだけをしに部屋に上がっていく、浩介は、自分の言葉が正しかったのか、悠介を苦しめるだけの結果になってしまわないか、そんな事を考えながら、夕食に造っていた野菜炒めを温めた。


「……。」

 浩介は先に寝てる、俺は湯船で少し考え事。

 欠落、失ってしまった物、それが何で、どうすれば取り戻せるのか、そもそも取り戻す必要がある事柄なのか、ならばどうして失ったのか。

 思い出せない感情、浩介が今言ったって事は、健太関連の事のはずだ。

 健太を思ってるのはわかってる、親友だと思ってる、友達が少ない俺の、大事な親友、大切な仲間、でも、涙が流れないのはなんでだろう。

 確かに、浩介の言いたい事はなんとなくわかる、こんな時にも、友達が、親友が、死にそうになってる時に出さえ、泣かない事、涙を流さない事、意味がないから、って言って、泣かない事、それが異常なんだろう、でも、どうしてそうなったのか、どうしてその道を選んだのかそれを思い出せない。

「……。」

 俺に欠落しているもの、それはそこにあるんだろう、忘れてしまった感情、失ってしまった感情、ロストエモーション、とでも言えば良いんだろうか、それはそこにあるんだろう。

「……。」

 思い出そうとする、こうなった頃の事を、今の考えが自分の中で浸透してきた頃の事を。

 確か、高校生の頃には、今の考え方担っていた気がする、それが原因で別れた関係値の子がいた、その子はペットの犬を失って泣いてた、それに対して俺が、泣いてたってなにも変わらないよ、って言って、大顰蹙を買った覚えがある、その頃には、俺は涙に意味がないっていう考えになってた。

 それが高校三年の頃、中学生の頃は泣き虫だった俺が、涙を一切流さなくなった意味、それは中学卒業から高校三年までの間に、原因がありそうだ。

「……。」

 高校の頃に起こった出来事って言ったら、じいちゃんが死んだ事だ、それが一番大きな感情が動く場面だった、ただ、じいちゃんの葬式で、俺は泣いた覚えがない、って事は、高校二年生の頃にじいちゃんが死んで、それまでの間に何かがあった、んだろうか。

 感情の変化、じいちゃんに近づきたいって願った頃、だったかな、今の考えになって、泣かなくなったのは、高校生の頃だったのは覚えてる、ただ、それ以上の事を思い出せない。

 浩介は何か覚えてるんだろうか、俺が言った事、話した言葉、そう言うのを覚えてるから、あんな風に言ったんだろうか。

「まったく……。」

 自分の事は自分が一番理解している、と思ってたけど、まだまだ理解が足りない。

 自分の事、自分の中の変化、それを理解していない、それは危うい事なんだろう、危うくて、哀しくて、虚しくて、そう言う事なんだろう。

「……。」

 俺は、何を失ったんだろう、何の感情を失ったんだろう。

 ヒントはあるはずだ、俺が見たくない現実が、そこにある気がしてる、俺が見たくなくて、見なきゃいけない現実が、そこにはある気がする。

 ただ、それが何かがわからない、失った感情が何なのか、どういった感覚だったのか、どうして失ったのか、それを思い出せない。

 まるで、記憶に蓋をしてしまってしまったみたいだ、記憶の蓋、俺自身が思い出せない様に、感情に、記憶に、蓋をしてしまっている気がする、でも、それがどうしてなのか、についても思い出せない。

「……。」

 もしかしたら、ヒントはあるのかもしれない。

 高校一年の頃、中学生の頃から書いてた私小説を完成させて、慢研に入部した覚えがある、その私小説に、答えがある様な気がしてる。

 ただ、その私小説を残してるかどうか、パソコンで書いた覚えがあるけど、残しているかどうか、それは覚えてない。

「そろそろ出るか。」

 長風呂は好きじゃないけど、風呂が一番考え事をするのに向いてる、と思ってるから、ついつい長風呂をしちゃう、この時期は三十八度のお湯に浸かって、冬場はもっと熱い湯に入る、涼しくなってきたら、銭湯に行くのもありかもしれない。

 取り合えず、失った物を見つける為にも、パソコンのデータを漁ってみよう、それで見つからなかったら、健太にでも聞いてみよう、もしかしたら、答えが見つかるかもしれないから。

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