迷い
「こんにちは、昌君。」
「あ、悠介さん。こんちわ、って言って、まだ午前中じゃないっすか?」
「それもそうか、普段が午後だからね、こんにちはって言うのが癖になっているのかもしれないね。」
「あはは、面白いっすね、悠介さん。」
月曜日、週明けの出社をした俺達は、珍しく午前中から動いてる、って言うのも、今話をしてる昌君、彼は高校三年生の青春真っ盛りなんだけど、手術を控えてるっていうんだから、それを応援しに来た、っていう訳だ。
看取り業、って言う職業柄、亡くなる寸前の人を相手する事が多いけど、昌君のご両親は、回復を諦めてない、昌君に直接それを伝えるのが恥かしいから、って言って俺達に依頼をしてきたんであって、昌君が生きる事を諦めてる訳でもなかった。
そう言う人は珍しい、殆どは、寝たきりか寝たきり寸前の子達や人達を相手する事が多い、臨終に立ち会う仕事なんだけど、昌君は、回復をしたらまた一緒に暮らしたい、とご両親は言ってた。
ただ、思春期まっさかりな昌君にそれを言えない、だから俺達に依頼をして、経過を教えてほしい、っていう、珍しい依頼だったのを覚えてる。
それが二か月前、昌君はステージ三の小児性癌、肺をやられてるって言う話で、片肺全摘出、の手術をそろそろ受ける、って言う話だ。
「俺、野球やれねぇってなって、生きる意味なんてねぇのかなー、なんて思ったんすよ。親だって仲良くねぇし、誰も見てくれる人なんていねぇんだ、って。でも、悠介さんは違ったんす、悠介さんが話してくれたから、俺、親の気持ちってのがわかったんすよ。生きてほしい、って言う気持ち?って言うんすか?なら直接言ってこいや!って思わなくもないっすけど、でも、生きて欲しい、なんて言ってくれる親だったんだなって、悠介さんが教えてくれたんっす。……。そう言うすれ違い、って言うんすか?ずっとしてきたっすけど、土壇場でちゃんと分かり合えてよかったなって。っても、俺だって恥かしいっすよ?」
「昌君は素直な子だからね。お父さん達だって、生きてほしいと願ってる事を伝えて欲しい、って言う依頼だったんだよ。珍しいんだよ?そう言う依頼って。普段は、本心を言わないでほしい、本音は隠してほしい、っていわれる事の方が多くてね。本心を伝えて欲しい、生きてほしいと願ってる、なんて事を言う人が、俺達の所に電話を掛けて来る事って、本当に珍しいんだよ。掛ける相手を間違えてる、とも言えなくもないけど、でもまあ、それも定めだったんだろうね。昌君は、手術を受けるんだろう?」
「はいっす。生きてほしい、って言われたっすから、生きえねぇと。……、手術って、怖いんすかね。」
「どうだろうね?怖いかもしれないし、怖くないかもしれない。それに関しては、俺は経験が無いから何とも言えないよ。ただ、生きたいと願う事、に関しては、なにも間違っちゃいないと思うな。生きたいと願う事、生きる事を望む事、それは人間の性であって、本性であって、根源であるんだから。だから、生きたいと願う昌君の気持ちは、何も間違ってはいないと思うよ。」
「っす。」
ベッドに座って笑ってる昌君は、癌が発見されるまでは野球部に所属していた、エースピッチャーとして、将来を期待されてた、って言う話で、それが肺が苦しい、ってなりはじめて、あっという間に肺がんになって、って言ってたっけ。
もう野球は出来ない、もしも生還出来たとしても、野球に戻る程の体力は期待出来ないだろう、ってお医者は言ってて、それを聞いた昌君は絶望した、って言う話だった。
それ以来、ご両親とも折り合いが悪くなっちゃって、それでご両親が俺達の所に電話を掛けてきたんだ。
それ以来、一か月ちょっとになるかな、昌君は最初、死ぬんだからどうでも良い、って言ってたけど、それが変わってきて、生きたいっていう所まで持ち直した、それは安心してた。
「さて、そろそろいかないと。手術の日程が早く決まると良いね。」
「っす。手遅れになる前に、って先生も言ってくれてるっすから。だから、俺は生きるっす。」
「その言葉が聞けて本当に良かったよ。」
「っす。」
話を終えて、俺は昌君に一言告げて病室を出る。
今日は月曜日、だからじゃないけど、土日の分も人に会う、まだまだ八月の半ば、カンカン照りの日差しの中で、熱中症にならない様に気を付けないとだ。
「ふー……。」
移動中、電車の待ち時間が少しあって、それがやっぱり苦手だ。
なんで苦手なのか、って問われると相変わらずわからないんだけど、どうしたってその時間って言うのが苦手だ。
「まもなく……。」
「ん、来たか。」
構内の放送で、次の電車が来る事を知らせてくれる、それを聞いて、俺は椅子から立ち上がってホームに並ぶ。
この時間はそんなに混まない、って言うのも、午前十一時だから、大体の人は出勤を終えてて、仕事をしてる時間だからだ。
俺みたいに外回りの仕事の人とか、平日休みだったり、後は学生さんが多いかな、なんてぼーっと考えながら、電車に乗る。
暑い、って言うのは言っても変わらない、電車の車内は涼しい、冷房が効いてて有難いけど、寒がりな人からしたら、これも寒いって言う話になってくるんだろうな、っていう感想だ。
「ふー……。」
デブで汗っかきで、だから汗臭いって思われない様に努力はしてる、午前中と午後で一旦戻る時とかは、その都度着替えをして、インナーだけでも変えて出先に行く様にしてる、ただ今日は、それが出来る程暇な日じゃない、この後ランチを何処かで食べて、そのまま午後の仕事が待ってる。
どっか良い感じの所で飯でも、と思って、スマホで調べてみる、次の行き先の近所だから、えーっとなんて頭の中の地図を出しながら、次の行き先に近い飯屋を探す。
食道楽、って言う程でもないけど、現地で食べる飯が美味い事に越した事はない、それ目当てでいるわけでもない、しんみりした空気の中にいる事が多いけど、でも楽しみの一つや二つ無いと、やってられないのも事実だ。
浩介に普段から言ってる、感情も仕事のうち、って言う言葉、それに従う訳でもないけど、感情も仕事のうちの一つなんだから、心を潤す事をしないと、この仕事はやってられないだろう、って言うのが、俺の出した結論だった。
それが俺にとっては食事、現地で食べる飯だって言うだけで、浩介がどういう心の潤し方をしてるのか、に関しては知らないし、ノータッチを決めてる、それは浩介自身が見つけないと、意味がない事だからだ。
それを浩介が見つけられてるのか、それともいまだに迷ってるのか、それに関しては知らない、というより、知った所でどうしようもないし、どうもしない。
冷たい人間だ、って言われたらそこまでなんだけど、自分で見つけないと意味のない事、に関しては、基本的に俺は触らない。
自分で意味と意義を見出して、心の中に入れないといけない事、に関しては、俺は黙るのが普段からのやり方だ。
「……。」
それが正しいのか、それとも間違った方法なのか、それに関してもわからない、ただ、俺はそれが性に合ってた、自分で見つけなきゃならない事、に関しては、自分で心の中に整理をつけて、見つけだす、って言うのが俺のやり方だった。
それを強制してると言えばしてるんだけど、言われたくもない事を言われたって嬉しくはないだろう、俺は自分自身で見つけないと意味がないと思ってるから言わないのであって、言って意味がある事なら、話してる方だとは思ってる。
それを言葉足らずだ、って言われるんだから、やれやれって言う話になってくる、俺は話すべき事は話してる、話す理由が無かったり、話す事で価値が下がってしまう事に関して黙ってるだけだ。
なんて事を考えてたら、次の駅が降りる駅だ。
鞄は持ってる、スマホはポケットの中、大丈夫、そそっかしいって言われるけど、忘れ物はない。
「次はー……。」
降りる為に、立ち上がってドアの前で待つ。
普段なら、ひと駅前で立ち上がってっていうのが俺のやり方って言うか、ひと駅前に立ってって言うのが普段なんだけど、こうも暑いと参っちゃって、立ち上がるのも億劫だ。
なんて心の中で呟きながら、俺は電車を降りて駅の改札に向かう。
「じゃあ、悠にぃは今日はお昼帰ってこないの?」
「そうなるな、忙しいって言うのは嘆かわしい事かもしれないけど、それでおまんま食ってるんだから、文句は言えないわな。」
「浩にぃには伝えてある?」
「いや、まだ。伝えておいてくれるか?」
「はーい。」
電話が切れる、悠介からの伝言を浩介に伝える、それも悠治にとっては役割の一つだった、浩介も浩介で動いている為、何時電話を掛ければいいかわからない、という時には、大概悠治か良太に電話を掛ける、それが悠介達のやり方だった。
「ただいまー。」
「あ、浩にぃ、丁度よかった。悠にぃ、今日はお昼帰ってこないって。」
「そっか、そうだよね、悠介も担当大変だもんね。」
という所に浩介が出先から帰ってきて、悠治は頼まれていた伝言を浩介に伝える。
浩介は、汗を拭きながらそれもそうだなと納得していて、ではどうするか、と何かを考えている様子だった。
「悠治、今日お昼一緒に行く?良太も一緒にどう?」
「副社長の奢りで!」
「良太、そう言う事はあんまり言わないの……。良いの?」
「良いよ、それ位したって怒られないでしょう?」
浩介が音頭を取って、三人で昼食を食べにファミレスに向かう。
普段は悠介と浩介が二人で、そして悠治と良太がセットで昼食を食べる事が多いのだが、今日は悠介が昼に戻ってこない、浩介としては、独りで食事を食べるよりも、皆で一緒に食べた方が美味しいから、という理由で、二人を誘ったのだろう。
「まだまだ暑いねぇ。」
「そうだねー。社長、倒れてないかな?」
「そう言う事を言ってるとそうなっちゃう、って言われた事ない?」
他愛無い会話をしながら、暑い外を歩いてファミレスに向かう三人。
普段は、悠介と浩介が出ている間は、悠治と良太は電話を取る事が多いのだが、今日の様な日もある、基本的に悠介と浩介の仕事用のスマホに電話がかかってくる事が殆どだが、悠治に関しては経理の仕事をしている関係上、そして良太に関しては総務の仕事をしている関係上、電話が掛かって来る事もなくはない。
だから、誰かしらが残る事が多いのだが、たまにはこういう日があっても良いのだろう、と浩介は誘った様子だった。
独りで食べる食事は味気ない、と浩介が普段から言っているのもあり、悠治達も誘われた時は行く、が定番になっていた。
「ふー。」
「お疲れ様、浩にぃ。」
「ありがとう、悠治。」
浩介がため息をつく、こういう時は、大概何か仕事先で揉め事があった場合、だと二人は認識していた、ただ、それを浩介は言わない、言おうとしない為、察していたとしても、黙っているのが筋だ、と二人でいる時に話をしていた。
浩介が言いたがらない事、そして、決まって仕事の終わりにため息をつく事、それだけでもわかってしまう程度には、浩介との付き合いも長い、悠治に至っては、二つ上の兄なのだから、付き合いは二十何年になる。
そんな浩介の感情がわからない程、鈍感ではない、と悠治達は己の評価をしていた、それを言い出せない空気なだけで、その程度はわかる、と。
「注文決まった?」
「うん、僕はいつもの。」
「僕どうしようかなー、たまには違うの頼んでみようかなー。」
浩介から話を振られて、二人は現実に戻ってくる。
浩介が相談をしてくれたら、答えるのにとは考えていた、ただ、浩介が言いたがらない以上、無理強いしてはいけない、と悠介から強く言われていた、二人は、それを守っていた。
悠治からしたら、悠介の方が関わりは短いが、浩介の事を一番理解しているのは、間違いなく悠介だろう、その悠介の話す言葉に、意味がないとは思えない。
二人でいる時に、そう話をしていた、浩介の事に関しては、悠介以上に知っている人間はいないだろう、悠治でさえ、浩介の両親でさえ知らない事を、悠介は知っているのだろう、と。
「注文しようか、ドリンクバー頼む人ー。」
「はーい。」
「僕もー。」
浩介の内に秘めている想い、それを知る事は難しい事だ、と二人は感じていた、それだけ浩介は秘密主義者的な面があり、浩介としても、二人には心配を掛けたくないのだろう、と。
「それで、お前さんはこの仕事をどう思っちょるんだ?」
「唐突な質問ですね、新井さん。ふむ、どう思ってるか、ですか。うーん……。お客さんになんて答えれば良いのか、っていう答えが無いので、あんまりされたくはない質問ではありますけど、そうですね。俺達は、必要に駆られる人がいるから、生きる意味を与えられている、と思ってます。必要としてくれる人、必要に駆られる人、そう言う人達の想いを背負って、俺達は個の仕事をしてるんですよ、新井さん。」
「また若者らしからぬ答えだのぅ。ただ、お前さんらしい答えだな、それを死って何がしたいか、なんちゅー事を聞いてくれるなよ?これは死ぬ間際の老人の戯言だからな。そうさな、俺も馬鹿じゃあるけど阿呆ではない、死ぬ事が近い事位、分かっとる。ただな、お前さんがどういう感情で仕事をしてるのか、それを冥途の土産にするのも、おかしな話ではなかろう?嫁さんにまた会ったらな、お前さんの話をしてやろうと思っとるんだ。お前さんみたいに、奇特な考えを持ってる連中がいて、それでいて、俺みたいんな奇特な人間の相手をしてくれた、ってな。」
「……。そんなこと言って、まだまだ生きてもらわないと。」
この質問も、もう何度かされた、同じ答えしか帰ってこない事に関して、新井さんがどう思ってるのか、についてはわからない、ただ、新井さんはそれを聴くと、満足そうに笑う、俺から違う答えが出てこない事に関して喜んでるのか、単に認知症的な意味合いで笑ってるのか、については、俺も専門家じゃないからわからない、認知症の人の看取りをした事も何度もあるけど、そう言う人の特徴とは違う、新井さんは、意識をしっかりと持ってる印象がある、認知症かと言われると、違うんじゃないかな、って感じだ。
ただ、初期症状はあるんだろう、八十を超えたご老体だから、認知の機能の一つや二つ、少しいかれてる位が当たり前だろう、そう言う意味で、ずっと聞かれてるのかもしれない。
「お前さんは良い男だよ、まったく。俺は敵わん、お前さんを超えてやろうなんていう気持ちすら起こらんよ。まったく……。俺が若い頃は、誰だって超えると思ってたなぁ、誰だって超えられる、誰だって一番になれる、そう思ってたんだがねぇ。それを俊太にも聞かせて育てた結果、がこれなら、俺は間違ってたって事になるのかねぇ。」
「きっと間違ってなんかないですよ、きっとね。行き違いがあったとしても、親子なんですから、きっと息子さんだって、新井さんの事を想ってるはずですよ。俺はそう信じてます、誰が何と言ったとしても、息子さん自身がそれを否定したとしても、そこに絆はある、そう信じてます。」
「カカカ、お前さんならそう言うと思っていたところだよ。まったく、面白い男だ。」
褒められてるんだか貶されてるんだか、はてさてどっちか。
なんて事はどっちでも良い、新井さんが、息子さんとの絆を思い出してくれたのなら、それで良い。
その為に話をしたんだから、それを思い出してもらうのが一番だろう。
事実がどうのって話でもない、事実としては、息子さんは新井さんを煙たがってる、それが俺の知ってる事実だ。
ただ、その裏側には、照れくさいだとか、恥かしいだとか、そう言う感情があるんだろう、そう考えてる。
じゃなかったら、精一杯息子を育てた結果が見捨てられた、なんていう事になってしまう、それは悲しいし、受け入れられないだろう。
俺だってそうだ、俺に子供がいるわけでもないけど、もしも身近な人がこういうサービスを使ってたとしたら、俺が使われたとしたら、そう思わないとやってられない、見捨てられた、なんて思ったら、心がしんどくなる。
だから、じゃないけど、俺はそう信じてた、きっと、すれ違う原因があるだけで、そこにすれ違いたいなんていう感情はないんだ、って。
「それじゃ、俺は行きますね。また来ます、元気にしててくださいよ?」
「カカカ、それは保証は出来んが、精進しよう。」
「それでは。」
そう言って、病室を出る。
病室のドアを締める間際、新井さんの顔を見た。
寂しそうに笑ってる顔、寂しそうに俺を見送る顔、そんな顔をされちゃったら、こっちだって寂しい。
まるで、もう会えない事を覚悟してるみたいな、そんな顔をしてる新井さんに背を向けて、俺は次の依頼者の所に顔を出しに行く。
誰かを特別視する訳にはいかない、依頼者に使う時間も、感情も平等に、それが俺達のやり方だった。
「ただいまー。」
「あ、悠介お帰り。」
「浩介の方が早く戻ってきてるって、珍しい事があるもんだな。」
「そうだね、普段は僕の方が遅いもんね。」
事務所に戻ってくると、浩介が丁度戻ってきて書類を片付けてた。
浩介の方が先に戻って来る事、に関しては、たまにしかない、俺の方が残業をしたがらない人種で、浩介の方が残業でも良いから、って言うタイプだから、こういう流れは珍しい。
「あのさ、悠介。」
「どうした?」
「今日ね、亡くなった方がいらっしゃったんだ。松本さんって言う、九十歳のおばあさん。それで、看取り業としての手続きをしてきて……。それでね、ご家族の人と話す機会があったんだ。」
浩介の顔を見ればわかる、嫌味か何かを言われたんだろう。
今は悠治と良太は買い出しに出てる、事務所の備蓄が無いって言って、二人で買い出しに行ってくる、って言って、浩介独りで電話番兼書類仕事をしてた。
そんな浩介が、悲しそうな顔をする時、って言うのは、大概決まってる。
「ずるいって言われたんだ。……。僕達は、人の死を金にしてる人間だって。それを頼んだ人達に言われるって、なんだか悲しいなって、思ったんだ。僕達を必要としてくれてたから、電話をしてくれたと思ってたけど、そうじゃなかったんだなって。……。僕達って、ずるいのかな。人の死を利用している、ハイエナなのかな。」
「……。俺達が何かを言った所で、その人達の認識が変わる訳でもないんだろうな。ただ、俺達は必要だからこの仕事をしてるんだ、ハイエナなんて言われる覚えはないよ。人の死を利用してる、それはあながち間違いじゃない。人の死をビジネスにしてる、それを言われちゃったら、そうですとしか言いようがない。ただな、浩介。俺達は、必要としてくれる人がいないと、成り立たない事業をしているんだ。俺達の想いを必要としてくれる人、俺達の思考が必要な人、そう言う人達の為に、俺達は動いてるだろう?誰に何を言われたとしても、誰に穢れと言われたとしても、誰にハイエナと言われたとしても。俺達は、俺達を必要としてくれる人達の為に働いてる、それは間違いじゃないだろう?」
「……。うん、そうだね。僕達は、僕達を必要としてくれる人達の為に働いてる、そうだね、そうだ。ごめんね、悠介。そう言う事を言われると、いまだに思っちゃうんだ。僕達は正しいのか、僕達の仕事は間違いじゃないか、そう言う事を考えちゃうんだ。」
「その感情も間違いじゃないと思うよ。俺はもう、開き直ってやってるけど、浩介が迷うのは当たり前だと思う。浩介は俺と違って優しい、その優しさが、そう言う感情を持たせてるんだとしたら、それは間違いじゃない。その迷いは、浩介にとっては必要な迷いなんだろう。俺にとっては不必要な迷いだったとしても、それを誰かが持ってないといけない感情、でもあるんだと思うんだ。だから、浩介がそれを持ってる事は、正しい事だと思うよ。」
浩介の頭を撫でながら、浩介が泣きそうになってるのを見て、少しだけ悲しくなってくる。
浩介にこの仕事をしたいって言ったのは俺だ、俺が発端になって、この仕事を始めたは良いけど、浩介にとってそれが負担になってるのであれば、今からでも違う仕事を、そう思わなくもない。
ただ、浩介も頑固な所があるから、辞めないんだろう、頑なと言っても良い程、浩介はそこら辺の頭が固いから。
「迷いってさ、足を止めるから嫌いなんだよね。僕さ、ずっと迷わずに生きていけたらなって思ってた、悠介みたいに、迷いのない人間になれたら、どれだけ幸せだろう?って。でも、悠介はそれを必要だって言ってくれる、それってやっぱり、悠介の中には全く迷いが無いから?」
「……。迷いが無いのか、と問われると、あるんだろうさ。迷いはある、迷わない人間はいない、とも思ってる。俺は、そう言う人間として、特別迷いが少ないってだけで、無いわけじゃないんだろうさ。迷いを探しても、見つからない人間だ、と言い換えても良いのかもしれない。浩介にとっては良い事かもしれないけど、俺からしたら、迷いのない人間って言うのは、怖いんだよ。」
「怖いの?」
「怖いな。何をしでかすかわからない、それが迷いのない人間だと思ってるから。人間は迷いがあるから、立ち止まる事が出来る。浩介からしたら、止まってしまう事は嫌な事なのかも知れないけど、でも俺からしたら、立ち止まる勇気がある、って言う言い方を出来るかもしれないな。俺は、立ち止まる勇気がない、だから、歩き続けるしかない。迷う事を許されてない、と言えるのかもしれない。迷うって言うのは、人間にとっては大事な要素なのに、それを出来ない、してはいけないと脅迫的に考えている人種、それが俺達迷いのない人間、って言われる人間の正体だ。迷いがない、って言うのはな、迷いから目を背けている、とも言い換える事が出来る。迷う事から目を背けて、まっすぐ進むしか出来ない、それが俺達みたいな人間の正体だと思ってる。」
「迷う事を、許されない……。」
「そうだよ、浩介。迷いが無い、迷いが少ないって言ったら良いように聞こえるかもしれいけど、そうじゃない、俺達は、迷う事を許されてないんだ。迷う事が怖い、怖くてたまらない、だから、迷わないという選択をした、っていう風にな。」
怖い、その感情が今もあるのか、と問われると、あるだろうと答える。
俺達みたいな人種は、迷う事を恐れてる、迷うという現象が怖くてたまらないから、迷わないって言う選択をするしかなかったんだ。
それを、勇気と言うのは少し違うだろう、それは無謀であって、勇気じゃない、俺はそう感じてた。
「じゃあ、悠介は迷いたくないから、迷うのが怖いから、迷わないの?」
「そう言う事になるかな。俺は、怖いんだ。迷う事が、立ち止まる事が、怖いんだよ。浩介達が迷って、立ち止まってるのを見てるとな、勇気があるんだな、って思うんだ。怖くないのかな、恐ろしくはないのかな、足が竦んでしまわないのかな、って。」
「僕達は……。僕達は、それでも迷いを捨てて歩いてる人達が羨ましいんだと思う。無いものねだりって言うのかな、悠介からしたら、僕達が勇気を持っているのかもしれないけれど、僕達からしたら、悠介はとても勇敢な人なんだ。だから、きっとそうなんじゃないかなって思う。でも、ありがとう。そう言ってくれると、僕が迷う意味もあるのかな、って思えるから。」
浩介は寂しそうに笑う、俺達は、お互いに無いものを補いあって、支え合って生きてるんだろう。
これからも、ずっとそうやって生きていくんだろう、俺達は、そう言う風にしか生きていけないんだろう。
お互い、ある所無い所を支え合って、補いあって、助け合って、生きていく。
お互いに憧れてて、お互いに惹かれ合って、そうやって生きていくんだろうな。




