看取り業という仕事
はい、こちらお看取り代行サービスです。
誰かを看取る時、涙はいらない。
そう思ってた、そうとしか言い様が無かった。
俺の中の呪い、それが、そう言わせてた。
ただ、もうその呪いはない、今は、その呪いは解かれた。
だから、安心して欲しい、俺は、俺の意思で、俺の心に従って、これからもやっていくから。
「はい、こちらお看取り代行サービス、坂入がお受けいたします。」
「あー……。あんたが噂の看取り代行ってやつ?あのさー、うちのオヤジなんだけどー、看取りって言われても、何すれば良いかわかんねーからさー、代わりにやってくんね?」
「お父様のお看取りですね?かしこまりました、料金プランの説明をさせていただきますね。」
電話がかかってくる、それは、看取り代行って言う仕事をしてる俺達の、いわば入口みたいなものだ。
相手の男性はまだ若そうな声をしてるけど、父親が看取りを必要としてる、そんな話をしてくる。
自分は忙しくていけない、だから、金を払ってでも俺達みたいな仕事の人間にやらせよう、そんな考えの人が、最近は増えてきた気がする。
だからこそ、俺達は食いっぱぐれなくてすんでるわけだけど、物悲しいって言うか、時々虚しくなってくる。
「はい、はい、では、手続きの書類を送らせて頂きますので、必要事項にご記入の上、ご返送下さい。」
「あーい。めんどいけど、それしねぇとやってくんねぇんだろ?」
「そうですね、そう言った契約になりますので。」
自分の親位自分で看取れ、って言うツッコミ入れないでおこう、俺達が食っていける理由は、そう言う人がいるからなんだから。
ただ、悲しい現実だとは感じてる、そう言う仕事が必要な位、人間の軽薄さっていうのが如実に現れてる、と言い換えても良いかもしれない、それ位、人間として腐ってる奴が多い、って言う話になってくる。
「悠介、お仕事入った?」
「ん、浩介。入ったよ、いすみの方だって、暫くは忙しくなりそうだ。」
「いすみかぁ、おじいちゃんが住んでたけど、僕は殆ど行った事が無いからなぁ。どんなところなんだろう?」
「さあな。」
浩介、俺と一緒に看取り業をやってる、俺の恋人、俺達が現在二十七歳で、大学を卒業してすぐにこの仕事を始めたから、かれこれ五年位はこの仕事をやってる事になるのか。
看取り業、って言う仕事がある事自体は知ってた、俺の親父がじいちゃんの看取りに使って、そう言う過去があったから、俺はこの仕事をしようと思ったんだ。
って言うのも、俺はじいちゃんを看取りたかった、ただ、親父とじいちゃんが壊滅的に仲が悪くて、俺が行くのですら嫌がった、当時はまだ学生だったし、親父の言葉に従わなきゃならなかったから、それに従ったけど、でも、それに関しては今でも納得してない、俺はじいちゃんを看取りたかった、その反動で、今はこうして看取り業をしてる。
「それで、悠介が行くの?」
「そうだな、俺が受けた仕事だし、俺が行ってくるよ。」
「じゃあ、僕はお留守番だね。」
「ごめんな、浩介。」
「ううん、良いんだ。」
浩介、中学生の頃からずっと付き合ってる彼氏の浩介は、俺が看取り業をやりたいって言った時から、ずっと付き合ってくれてた、傍にいてくれてた、浩介もおじいさんが亡くなった時に、何か思う所があったらしい、だから、って言う理由で付き合ってくれてる、って言う話だけど、実際の所はどうかはわからない。
もしかしたら、俺を憐れんでやってくれてるのかもしれない、五年前はまだ看取り業っていう仕事自体が少なくて、俺達が会社を興した時なんかは、病院側だったり市役所だったりともめる事も多かった、ただ、今ではそれも円滑に進む様になってきた、今では各地に規模が拡大してる会社もある、ただ、俺達は地域に根ざした会社をやりたいっていう理由で、あんまり規模を広げずに、県内限定でやってる。
にしたって、それでも稼げる位には仕事が入ってくるんだから、それだけ看取りをしたくない人、って言うのは多いんだろう、悲しい現実だけど、それで食ってる訳だし、文句は言えない。
「そろそろお昼の時間じゃない?食べに行こうよ。」
「そうだな、休憩時間だし、飯行くか。」
電話を留守電にして、昼飯を食べに行こうとする、書類関係は午後にまとめて郵送すれば良いか、なんて思いながら、浩介はどう思ってこの仕事をしてるんだろうか、なんて事を考える。
「俺天丼の定食で。」
「じゃあ、僕はかつ丼で。」
近くのファミレスに来た二人、悠介と浩介は、昼食を頼んで、ドリンクバーを取って、休憩していた。
「ふー……。」
「悠介、煙草辞めないの?って言っても、やめないよね。」
「ん?そうだな、やめる気はないな。」
悠介は喫煙者、ハイライトというタールの高い煙草を好んで吸っている、浩介は煙草を吸わないが、悠介の好みに関しては承知していた、時折浩介がコンビニに行くついでに、悠介の煙草をついでに買っていく事もある。
この店は、今のご時勢としてはごくごく珍しく、喫煙席が残っている店で、悠介はいつも、吸える場所が無いとぼやいていた。
最近では、居酒屋ですら吸える場所が少ない、と良く悠介はぼやいていて、だからこそ、勤務地である場所から近いこの店が、煙草が吸えるのがありがたい、と言っていた。
「まったく、本当に嫌な世の中になったもんだな。」
「それって煙草の話?それともお看取りの話?」
「どっちもだよ。煙草が吸える場所は少なくなってきてる、路上喫煙だなんだって言われるし、なんなら嫌煙家達は煙草のたの字を見るだけで五月蠅い。それと、看取り業なんてのが、全国で興る程度には、軽薄な人が増えた、とも言えるな。まったく……。薄情な時代だよ、って言っても、それでおまんま食わせてもらってるんだから、文句言っちゃいけないのはわかってるけどな。」
「うーん……。でも、悠介の言いたい事はわかるよ?なんていうんだろう、どうしようもない理由がある人、なら仕方のない事なのかも知れないけど……。でも、殆どの人はそうじゃないもんね、めんどくさいから、そう言うのがしたくないから、って言う理由で僕達の所に電話を掛けてくるでしょう?お世話になったり、自分の親だったり、子供だったりするのに、どうしてそうなっちゃうのかなーとは思うよ。」
悠介が煙草の煙を吐き出しながら話をすると、浩介はそれに同調している。
というのも、やってはいるものの賛同は出来ない、というのがこの仕事の厄介な所であり、利用者に対する敬意、というのを持てない、というのが悠介と浩介の共通認識だった。
稀に、もう看取り手がいないから、と自分自身で電話を掛けてくる者もいるにはいる、そう言った相手を看取る為に始めたこの仕事のはずなのに、どうしてもこうしても違う方向性からの依頼が多い、と。
「天丼定食です。」
「あ、俺です。」
「こちらかつ丼です。」
「はい、僕です。」
そんな話をしながら、ひとまずは食事を取ろう、と昼食を食べる二人。
想いはあれど、思想だけでは食べていけない、それはわかっている、客を選べる程大きな企業でもない、地域密着型の小さな事務所なのだから、客を選んでる場合ではない、それはわかっていた。
ただ、という話なのだ、それでも、そう言った理由で看取り代行を依頼してくる人物たち、というのが信じられず、許せず、そう言った葛藤があるのだ、と。
「さて、書類をっと……。」
「社長、書類必要?」
「うん、お願いしても良いか?」
「はーい!」
昼飯を食べ終わって戻ってきて、さっきの電話の男性に向けた書類を発行しなきゃな、なんて思ってると、社員である良太が声をかけてくれる。
良太はこの会社では四人目で、俺達がこの仕事を初めてから一年経った、四年前に入社して、今では事務関係を殆どやってくれてる、電話に俺も出るって言うのは、俺が直接話をする、って言うのが昔からの決まり事みたいなもんで、俺か浩介が電話を繋いでもらう事が多いから、って言う理由でもある。
他にも、浩介の弟の悠治が経理をやってくれてて、元々は俺達が四苦八苦しながらやってた経理を、悠治が担ってくれてるって言う現状がある。
悠治が入社したのが、まだ大学四年生だった頃、入社時期としては、良太と同じ位だ。
確か悠治の方が先で、その一か月後位に良太が入ってきた覚えがある、まあそんなこんなで、その四人で今は会社を回してる、小さい企業だけど、俺と浩介が実働、良太が事務と総務、悠治が経理、って言う役割分担をして、こうしてやってきた。
「悠にぃ、契約の内容これで良いのー?」
「うん、大丈夫だ。請求もそれで大丈夫だと思うよ。」
「じゃあ、良太これ請求書ね。」
「おっけー。」
緩い会社、って言うか、基本的に身内しかいない会社だから、誰も敬語も使わないし、基本的にはフランクな人間の集まりだ。
そもそもが浩介と悠治は兄弟、悠治と良太は学校の同級生だった仲、それなりの関係値は築いてる、って言えば良いのかな、それなりの関係の上で成り立ってるから、それで良いんだと思う。
これが新しい人を雇う、ってなったら、ある程度はしっかりしないといけないのかもしれない、良太が俺の事を社長、って会社で呼ぶのは、そう言う時の練習だ、って言ってたし、それはそれで咎めるつもりもない。
「さて、と。じゃ、俺出てくるわ。」
「あ、僕もいかないと。じゃあ、二人とも、こっちはよろしくね。」
「はーい!」
「わかったー!」
午後二時から、予約って言うか、看取りの話をしに行く予定がある、浩介も午後は出先に行く用事があるから、一緒に外に出る。
「熱いなぁ。」
「もう夏だからね。」
外の熱気、八月の盛りの熱気って言うのは、どうしても好きになれない、俺がデブだからって言うのを加味しても、加味しなくても、どうしたって暑さは苦手だ。
寒い方が楽、って言うか、俺が冬に生まれたからなのか、寒さには慣れてる、雪男、って言う程雪にまみれて生きてる訳でもないけど、ここら辺もここ数年は積もる雪が降るから、昔を思い出すみたいで懐かしい。
「駅までは一緒だね。」
「そうだな。」
クールビズって言っても、ワイシャツは着なきゃいけない訳だし、暑いには暑い。
日傘を買わなきゃならない、なんて話もある位、日本も暑くなってきてるとはいうから、どうしたもんかと。
「悠介、熱中症には気を付けるんだよ?僕は野球部だったから、こういう暑さにも慣れてるけど、悠介は文化部だったから、暑さはあんまり慣れてないでしょう?」
「って言っても、文化部だったのも五年前だぞ?いい加減慣れたよ、暑いのは嫌いだけど、それを言った所で日本では仕方がないんだから。さて、汗っかきなのはかえられないけど、エチケットはしっかりしないとな。」
制汗シートで汗を拭って、汗臭くならない様に制汗スプレーを噴射して、電車に乗る為に駅に向かう。
浩介も一緒に、話をしながら駅に向かう、あーでもないこーでもない、そんな事を話す時間、それが俺は好きだった。
「じゃ、俺こっちだから。」
「うん、またあとでね。」
電車に乗って、千葉の中央の方に向かう、浩介は柏の方に向かうから、電車としては逆方向って言うか、別の路線だ。
「ふー……。」
電車に乗る、電車は昼間の一時過ぎだから空いてる、座れるのはありがたい、家から職場が近いって言うのもあるけど、電車に乗るのは苦手だ。
そもそも喧騒が苦手、って言うか、そう言うざわついた場所って言うのが苦手で、静かな場所が好きだから、学生時代もあんまりサークルとか文化祭とか、そう言うのに興味が無かった。
インドア、って言うよりは静かな場所が好き、が正解なタイプで、旅行に行くのなら観光地から少し外れた場所が良い、って言うタイプの人間だから、俺と浩介はそこらへん相性が悪い。
浩介は逆に、ザ、体育系って言う環境で育ったから、縦社会に慣れてる感じがある、先輩後輩って言うのがしっかりしてた感じだから、縦社会で右って言われたら右だ、って言う感覚があるんだろうな、俺との関わりではそれは出さないけど、部活なんかではそう言うのが当たり前だ、って言ってたっけ。
俺は縦社会って言う構造自体が苦手で、昔から言いたい事ははっきり言う、先輩だろうとなんだろうと、理不尽には反抗する、がモットーだったから、浩介の気苦労って言うのは分かり合えないって言うか、逆に俺の気苦労を浩介は分かり合えないんだろうな、とは思ってる。
ただ、それを除いても好きなわけだし、そう言う所も好きなわけだし、浩介がどんな人間だったとしても、好きである事に変わりはない、って言える程度には惚れてる自覚はある、浩介の見た目が可愛いっていうのもあるけど、一緒に居ると落ち着くって言うのが一番あるかもしれない、浩介の傍にいると、不思議と落ち着く、心が静かになるって言うか、なんていえばいいんだろうか。
「ん、乗り換えだ。」
そんなこんな考えてる間に、西船橋について乗り換えだ。
この電車は東京行きだから、ここで乗り換えないと別の方向に行っちゃうから、気を付けないと。
「こんにちは、浩希君、調子はどうだい?」
「あ、悠介さん!どうって言われたら、僕もうちょっとで死んじゃうんだしな……。」
「……。ごめんよ、意地悪な事を聞いたね。お父さん達は相変わらず来てくれないのかい?」
千葉駅から少し離れた病院が目的地だった、この子は浩希君、今は中学一年生の男の子なんだけど、ご両親が育児放棄って言うか、「死ぬ相手に構ってる時間はない」って言って、看取り代行の俺達の所に電話を掛けてきた、そんな子だ。
聡明な子だから、自分がどういう扱いを受けているのか、については知ってるんだろう、ただ、それを言ってしまったら、それを確定させる事になる、だから、俺の口からはそれは言えなかった。
「来てくれないよ。とうちゃもかあちゃも、妹が大事なんだろうね。僕の事を悠介さんに任せたって事はさ、そう言う事でしょう?」
「……。或いは、現実を受け入れられないだけかもしれない。浩希君が死んでしまう、それが受け入れられなくて、俺達の所に電話を掛けてきたのかもしれないね。」
「……。そうだったら、どれだけ良かったかな。」
現実を見てる子、って言うイメージはある、この子は余命一か月、もうすぐ意識も失ってしまうだろう、って言う状態で、ここまではっきりとものを言える方がおかしい、って言者には言われてる、それ位酷い病気をしている、って言うのが事実で、ご両親も電話越しに、娘に教育をするのに忙しいから、って俺は言われた、それを本人に言っていたかどうかはわからないけれど、言っていたとしたら酷な話だ、酷い親としてレッテルを張られてもおかしくはないだろう、事実、この子が入院してから三か月、一度も見舞いに来てないって言う話だ。
着替えの交換も病院の設備を使ってる、だから来る理由がない、なんて言って、余命いくばくかの息子を放置してるんだから、酷い親だ。
「浩希君、怖くはないかな?これから君は命の灯を失ってしまう、その事は怖くはないかい?」
「どうなんだろう?悠介さんだったら、怖いと思う?」
やつれた顔、元々そこまで体格は良くはなかったんだろうけど、こけた頬が物悲しそうに見える、その瞳は、悲しみに濡れている。
意地悪は質問だったかもしれない、ただ、俺はそれを誰にでも聞いていた、この仕事を始めてからというもの、須らく全ての人にその質問をしてた。
勿論、依頼された時にはもう意識が無くて、なんていう人もいるから、そう言う人には聞いてないけど、それ以外の人、意識があって、って言う人には、年齢を問わずにその質問をしてた。
その質問の意図は、って聞かれると、俺自身わかってない部分がある、向き合いたいって言う気持ちと、報われない人を救いたい気持ちと、これから死んでいく人間の感情を理解したいって言うのと、多分色々と俺の中にあるんだろう。
「俺だったら、か……。何人かにその質問はされたな、俺が同じ質問をして、その返答をされた事は何度かあるよ。」
「それで、悠介さんだったらどう答えるの?怖くはないの?」
「……。怖いだろうな。人間はいつか死ぬ、それはわかってる、そんな事は分かり切ってる。ただ、怖い事に変わりはないだろうな。ただ、きっとそこには希望がある。輪廻転生なんてものがあるのかどうか、それはわからない。でも、俺は信じてる、きっと、また巡り合える、って。浩希君とだって、きっとまた会える、その時に俺達が俺達なのか、お互いに認識できるのか、それはわからない。ただね、きっといつか、また会える。だからそんな寂しそうな顔をしないでおくれ。俺達、友達なんだろう?」
浩希君は、ぱっちりとした眼を涙で濡らして、なんでこんな目に合わないといけないんだろう、なんで家族に捨てられなきゃならないんだろう、そう俺に問うた事があった。
その理由はわからない、俺も家族とは仲が悪かったし、別段入院した時にお見舞いに来られない位じゃ何も思わないけど、浩希君からしたら、それはショックな出来事だったんだろう。
だから、最初俺が看取り代行で来た、って言う話をした時は、大泣きされた覚えがある、自分は代行に済ませられるだけの存在だったんだ、って言って、ショックを受けてた。
「……。友達だって、悠介さんは本当に想ってくれていそうだよね。お仕事だってわかってる、お看取りの代行だって言う事もわかってる、でも、悠介さんは僕を友達だって言ってくれた、友達なんていないと思ってた、誰もお見舞いになんて来てくれなかった。調べたんだ、お看取り代行って、死んじゃった時に処理をする人なんだ、って。でも、悠介さんはこうして、何度も会いに来てくれる。だから、僕は友達だったら良かったのに、って……。」
「あぁ。俺達は友達だ。仕事がきっかけだったのかもしれない、それは俺の食い扶持がきっかけだったのかもしれない。それでも、俺達は友達だよ、浩希君。」
浩希君は涙を流しながら、掛け布団の端を握って辛そうにしてる。
辛い、それは病気だけじゃない、きっと、メンタル的にも辛いんだろう、俺と違って、って言う言い方をするとちょっと違うけど、俺と違って家族と絆があったんだろうから、それはそれで当たり前の感情だ。
「悠介さん……。ありがとう、僕を友達だって言ってくれて。僕、それだけで良かった、友達がいてくれて、良かった。……。小さな希望だったかもしれない、小さな友情だったのかもしれない、でも、僕にも友達がいたんだ、って思うと、少しほっとするんだ。……。ねぇ、悠介さん。また僕達会えるかな?今度は、僕が病気なんてしてなくて、もっともっと、一緒に居られるかな?」
「……。きっとな。きっと、俺達は巡り合える。きっと、またいつか、友達になれる。それがたとえ、天文学的な数字の果てだったとしても、必ず迎えに行くよ。」
「……。うん。」
浩希君の頭を撫でながら、俺は本心からそう言ってる。
慰めたいだとか、憐憫だとか、そういうのじゃない、俺は本気だ、本気で浩希君の友達だと思ってるし、俺は本気でまた巡り合えると思ってる。
輪廻転生、それがあるのかどうかはわからない、でも、あるんだとしたら、俺達は巡り合う運命にある、運命がそう準えた、ならば、また出会う事も、友達になる事も、運命なはずだ。
運命、なんてのを信じてる訳でもない、信奉してる訳でもないけど、でも、そう言う事は信じてる。
運命って言う言葉が簡単に伝わる言葉、だから使ってるって感じかな、別段それに縋ってるわけでもなければ、信じてる訳でもない。
ただ、運命って言う言葉が便利だから使ってる、そんな所だ。
「さて、聞きたい事は聞けたし、面会時間も限られてる。浩希君、後どれ位の関わりになるかどうかはわからないけれど、俺は君の友達だ。いつでも連絡をしておいで?遠慮はいらない、寂しいと思ったら寂しい、辛いと思ったら辛い、君はそう言って良いんだ。そう言う事をいう、権利があるとも言えるね。」
「……。悠介さんの言葉って、時々難しいよ。でも、ありがとう。僕の事を気遣ってくれて、僕の友達になってくれて。」
「なに、ついでだよ。」
面会時間が終わっちゃうから、今日はここまでで病室を出る。
個室を与えられてるんだから、面倒を見てない、って言う程ではないとは思うけど、でもやっぱり、俺に任せるって事は、って事なんだろうな、って改めて感じながら、次の現場に向かう。
「こんにちは、新井さん。」
「またあんたか!息子を出せってって言ってるだろ!?あんたに用事はないんだ!」
「あはは……。それを言われましても、その息子さんからの依頼ですから。こればっかりは、聞き入れてください。」
午後三時、茂原の病院に到着した俺は、新井さんっていう、八十を超えたおじいさんの所に顔を出した。
この人は俺を受け入れてない、息子さんを大事にしてたんだかなんだか知らないけど、息子を出せの一点張りで、かれこれ一か月位は関わってるけど、中々心を開いてはくれない。
「まったく……、看取り代行だか何だか知らんが、俺は死なないって言ってるだろう!息子の俊太を出せ!」
「息子さんは九州にお住まいですから、中々来れないんでしょう。そう怒られますと、体調を崩されてしまいますよ?亡くなった奥さんの分まで、長生きするんでしょう?」
「んなこと言われんともわかっとるわ!相変わらず小生意気なガキだ!」
新井さんは、基本的に気性が荒い、ただ、その理由も何となくわかる、それは、九州にいるから、って言う理由で、息子さんに拒絶をされているからなんだろう、俺みたいな子供が、その代わりになってる事が気に入らないんだろう、それはそれで、分からなくはない感情だ。
見捨てられた気分にもなってるんだろう、そしてそれは間違いじゃない、息子さん曰く、気性の荒いお父さんと関わりたくない、嫁さんがいびられるから嫌いだ、ってぼやいてた。
それは新井さんには伝えてない、守秘義務って言うか、依頼者側の事情に関しては言わない、が鉄則な俺達の職業だから、依頼者がどういった感情で依頼してきたのか、に関しては黙ってるのが普通だ。
「まったく……。あいつはかわっちまったよ。全部あの嫁が……。」
「あはは……。それで、予後はどうですか?治りそうですか?」
「ん?治すに決まってるだろう!医者がなんつったってな!俺は死なねぇんだ!」
新井さんの気性の荒さは今に始まった事じゃない、医者に後で予後を確認しないとな、なんて思いながら、今はサンドバック担っても良いから、話をする時間だ。
「まったく、お前も懲りんガキだ。俺が怒鳴って、嫌いだって言ってんのに、ずーっと来やがる。仕事だか何だか知らんがね、俺みたいなのに関わっても良い事なんてなかろうよ。」
「そんな事ないですよ、色々と勉強になってます。」
「はん、どうだかな。りっぷさーびず、って言うのかね?そう言うのが得意だろうに、お前。」
「俺は素直な方ですよ?」
新井さんは、一通り怒ると冷静になる、いつもの事だ。
ここ一か月位関わってて、会うのも六回目とかだけど、大体のパターンは理解してるつもりだ、この人は気性が荒くて怒りっぽいけど、情に厚くて良い人だ、って言うのも知ってる、だから、息子さんは勿体ないな、なんて思う事もある。
「まあ、俺の命運ってのも、もうすぐ尽きるんだろうさ。誰が何といったって、それ位分かっとる。生きるつもりでいたって、死ぬことに変わりはねぇ。お前はそう言う人間を見て来たんだろう?心が疲弊しないのか?人間の死を見続けるなんざ、俺だったら心が折れてるな。」
「……。それは、俺達にとっては在り方の話です。俺は、じいちゃんを看取れなかった、親父がじいちゃんを嫌って、看取り代行に任せて俺に関わらせてくれなかったんですよ。だから、俺はそれを出来なかった代わりに、出来ない人達の代理をしたい、その気持ちはよくわかるから、って言う話ですよ。そう言う理由じゃなくて利用する人の方が多いですけどね、でも、そう言う人もいる、それを信じてるから、俺達はこの仕事を続けてるんですよ。」
「お前は律儀な奴だな、死に掛けの爺の所なんて、来なくたって良いだろうに。看取り代行ってのはあれだろう?死んだ時の手続きさえすりゃ良いんだろう?それなのに、なんで俺の所に来るんだ?俺がキレてるのだって、いつもの事だろう?お前が理不尽だと思われても仕方がないだろうに、お前はなんでここに来る?」
「……。単純な理由ですよ。看取るという事は、その人の終わりを見送るという事、ならば、その人の人となりを知っておきたい、って言うだけです。他の看取り代行がどういう仕事をしてるか、に関しては俺もわかりませんけど、俺達はそうしたい、っていうだけの話ですよ。その人の人となりを知らずに看取る、それをしてしまうのは不誠実だ、っていう話でもあります。俺達は、意識がある人であればその人に、意識が無い人であればご家族や御親戚に、携わらせていただく許可を貰いたい、看取るという、最後の時間を頂く事を、誇りに思っている、そういう話です。」
冷静になった新井さんは、俺に質問をぶつけてくる。
それもそうだろう、大概の看取り業は、亡くなった方の事後処理がメインで、こうして生前から足を運んで、って言う事をしない職業だった、って言う話だし、したとしても、足繁く通う人間はいない、って言うのが基本的な認識だ。
浩介の両親が存命だった頃、この仕事を始めるにあたって、向き合い続ける事は大事っかもしれないけど、でも、それをし続けていたらいつか心が死んでしまう、って心配をされた覚えがある、浩介の両親が亡くなって三年が経つけど、今の所それはない、俺達は、俺達として成立する為に、俺達として生きていく為に、俺達の仕事として生きていく為に、こうして向き合い続けてる。
「まったく……。お前みたいな孫がいたら、俺の人生も変わってたのかねぇ。お前はいまいくつだって言ってたか?」
「今年で二十八ですよ。」
「じゃあ、俺の孫より年下か。俺の孫はどうしてるんかねぇ、爺の顔なんて見たくないと思ってるのか、それともそもそも爺が死にかけてる事すら興味が無いのか。はてさて、どっちだと思う?」
「意地悪な質問しないで下さいよ、新井さん。俺は、そう言う見たくても見れない人達の為にここにいるんです、お孫さんが、もしかしたら新井さんを看取りたくても看取れないかもしれない、そんな人達がいるって信じてるから、俺達はこの仕事を続けてるんです。息子さんがどう思ってるだとか、お孫さんがどう思ってるだとか、そう言う事は俺にはわかりません。聞いてもいませんし、それは仕事として引き受けている以上、どんな理由だったとしても、否定は出来ませんから。ただ、新井さんだって、奥さんを看取ったのでしょう?なら、看取りたいという気持ちも、、わかるんじゃないですか?」
「はは、お前は本当にりっぷさーびすが上手いな。営業職についてたら、いい成績を残してただろうさ。だからこそ、お前さんはこういう仕事を選んだのかもしれんがねぇ。……。爺が死んだら、俊太は喜ぶのかねぇ。五月蠅い爺がいなくなる、嫁を小うるさく叱る親がいなくなる、それは喜ばしい事なのかねぇ。」
新井さんは寂しそうに笑う、それもそうだろう、そもそも息子さんと上手く行ってない事に関しては自覚があっただろうし、息子さんの方からも、嫁さんに小うるさく説教をする父親なんて、って言われてる俺がいるんだから、寂しい思いをしてるのはわかる。
ただ、それはもったいないとも思う、新井さんの説教癖に関しては、愛情がある、と思ってる、気性が荒いと思っても、その裏側には、深い愛情がある、と思ってる。
だから、そこですれ違ってるのはもったいない、とも思う、些細なすれ違いが、大きな軋轢を生んでる、そう感じた。
「やれやれ、お前さんも奇特な人間だな。」
「それは自分自身でよくわかってますよ。俺が奇人変人なのは、今に始まった事じゃありませんから。ただ、それでも救える心があるのなら、それで良いと思いませんか?」
「お前さんは爺の心を救いたいのか?」
「そうですよ?残り少ない人生だったとしても、残り少ない余生だったとしても、生きた事を後悔して欲しくない、生きた事を誇ってほしい、そう感じて逝ってほしい、それが俺達の理念ですから。会社としてやっていくにあたって、俺達が目標に掲げた事、それは、俺達に救える心があるのなら、出来るだけ救いたい、ですから。それが誰かに憎まれる仕事だったとしても、誰かにとっては疎ましい仕事だったとしても、俺達に救える心があるのなら、救いたい。それが、俺達の会社の理念ですから。」
新井さんは、カカカって笑いながら、少し苦しいのかな、咳をして呼吸を整えてる。
「じゃあ、今日は帰りますね。また来ます、その時まで、怒る元気を残して置いてくださいね?」
「確約は出来んがね、お前さんにそう言われると、不思議とそれが出来そうだよ。」
「それでは、また。」
病室を出る、いつも約束してる事だ、これは、誰に対しても言う事だ。
俺達は所謂死の商人、看取り業って言うのは、人の死を食い扶持にする仕事だ。
看護師や介護士が、まだ余力のある人な可能性があるのなら、俺達の看取る人達は、残りわずかな時間しか生きられない、それが確定してる様なものだ。
だから、じゃないけど、一日でも長く生きてほしい、それが、俺達の願いだった。
それが、依頼者の意思と違うものだったといても、依頼者はさっさと死んでほしいと願ってるんだとしても、俺達は少しでも長く生きてほしい、そう願ってた。
「ただいまー。」
「あ、社長お帰りー。書類送っておいたよー?」
「お、仕事が早くて助かるな。」
「いえいえー。」
事業所に戻ってくると、良太が書類を送ってくれたみたいだ。
今日電話してきた相手、確か佐野妻さんだったかな、お父さんを看取ってほしい、っていう話だったはずだ。
「浩介は?」
「まだ戻ってきてないよ?お客さんと長話してるんじゃない?」
「それもそうか。」
基本的に、浩介の方が人当たりが良くて、って言う話になってくるんだけど、浩介は一人一人に時間をかける、結果として残業になったとしても、それでもかまわないって言って、それを続ける。
俺は残業はしたくないタイプだから、かっちり時間内に終わらせるんだけど、それも種別って言うか、性格の違いかな。
「にしても、今日は暑いな。」
「気温高いもんね。僕達は冷房の効いた場所で仕事だから、あんまり気にならないけど、悠にぃと浩にぃは外仕事だもんね、暑さもダイレクトに来るんじゃない?」
「一番暑い時間に外に出るからな、それなりには暑さは覚悟してるよ。」
事務所は涼しい、冷房が効いてて、って言ってももう夕方五時になってて、あと一時間で終業時間、夕方にはまだ早いけど、昼間の盛りに比べれば暑さは和らいでる。
って言っても、暑いもんは暑い、とも思うけど、それをわかっててこの仕事をしているんだから、文句は言えない。
「そうだ、悠にぃと浩にぃが出てる間、電話来てたよ?ほら、だいぶ前に亡くなった、智樹君のご両親から。息子を看取って下さってありがとうございます、だって。」
「そっか、あの人達もある程度は吹っ切れてたかな。」
「どうなんだろうね。」
智樹君、っていう子は、小学二年生で亡くなった子で、ご両親的には、弱っていく姿を見るのが辛いから、って言う理由で俺達の所に電話を掛けてきた。
結果として、智樹君は二週間足らずで亡くなってしまったけれど、お父さん達に見守られずに逝った、それだけは寂しそうだった覚えがある。
って言って、それも一年位前の話だ、今更になって、吹っ切れたもくそもないだろう、とも思わなくはない、ただ、依頼者の悪口を言うのは、俺にとっては性に合わない。
吹っ切れたからって、智樹君が生き返る訳でもない、悲しみや、寂しさを抱えて逝った事実が変わる訳でもない、ただ、吹っ切れたのなら、それはそれで良い事なのかも知れない。
「ただいまー、だいぶん涼しくなってきたかな?」
「お帰り、まだまだ暑いよ。」
「悠介は暑さに慣れてないもんね、僕達はずっと野球部だったから、お外で暑い中動くって言うのが当たり前だったけど。」
そんなこんなしてたら、浩介が帰ってくる。
今日は就業時間内に帰ってきた、それの方が珍しいって言う位、浩介は終業時間超えてから帰ってくる事が多かったんだけど、今日は違ったみたいだ。
「そうだ、智樹君のご両親から電話が来てたってよ。」
「そっか。担当は悠介だった子だよね、小学生だって言ってたけれど、お父さん達もやっと前を向ける様になったのかな。」
「どうだろうな。」
俺達の理念、そして俺達の合言葉、それは、きっといつか、前を向いてい歩いて行こう、って言う言葉だった。
泣きがちで少し弱かった浩介を守りたくて、俺達が一緒に歩いていける理由が欲しくて、その言葉を中学時代に浩介に伝えた覚えがある。
きっといつか、前を向いて歩いて行こう。
その言葉が酷な事はわかってる、苦しい道な事も、いばらの道である事も、わかってる。
ただ、俺達はそうしてきた、俺達は、一緒に手を繋いで、ずっと一緒に歩いてきた。
止まっている時間なんてない、人間は立ち止まってしまったら、そこで死ぬだけだ、俺の宗教が詰まるところそこだから、俺達は歩き続ける事を選んだ。
その結果が今であって、その結論がこの仕事なんだ。
違う、俺はどんな仕事をしてたとしても、その言葉を持ってただろう。
だって、中学の頃にはその言葉に従って生きてた訳だし、その結果も受け入れてきた、だから、俺は俺の言葉を間違いだとは思ってない。
「さて、そろそろ締めますか。」
「もうそんな時間?」
「あ、ホントだー。社長、今日は飲みに出ようよ、せっかくの華金だよ?」
「そうだな、それも良いかもな。今日は俺が出すよ、いつもの店で良いか?}
「おっけー。」
普段から行く店、月一で行くダイニングバーに連絡をして、予約が空いてるかどうかを 確認する。
「もしもし、マスター?今日って金曜日だけど、席空いてたりする?」
「お、悠坊か!丁度一席空いてるぞ?浩坊達も一緒か?」
「うん、いつもの四人で。」
「あいよ、待っとるで。」
短い電話をして、浩介達が締め作業をしてるのを眺めながら、煙草に火を点ける。
煙草吸いは俺しかいないけど、皆煙の匂いなんかは気にならない、っていってくれてるから、事務所の中は喫煙可にしてる。
「ふー……。」
「悠介、考え事?」
「ん?何事も、思った通りにはいかないもんだな、ってな。」
「それって、お仕事の事?」
「それもあるけど、人生全体に言える事だな。人生ってのは難しい、友達が宿敵になったり、怨敵が親友になったり、人の心は移ろうものだからな。そう言う、儚さって言うのか?そう言うのが、難しいな、って思うんだよ。」
煙を肺に入れて、ゆっくりと吐き出す。
人間関係って言うのは、この煙みたいにゆらゆらしてて、不確実なもので、不確かなもので、そう言うもんだと思ってるけど、それはそれで悲しいって言うか、昨日の友は明日の敵、って言うのが嫌なタイプって言えば良いのかな、基本的に、敵は敵で、味方は味方で、はっきりさせておきたいのが俺の性分だ。
敵が味方になるのも信用ならないし、味方が敵になったら生涯信頼しない、それが俺の考え方だ。
「じゃあさ、いつか僕達の心も移ろうと思う?」
「……。層であって欲しくない、そう願いはするな。ただ、人間である以上、いつかそうなってしまったとしても、俺に止める権利はない。権利が無いんだ、浩介。逆に、俺の心が移ろう時は、俺にしか選択権はない、って言う事にもなるな。」
「……。そうだね、それは間違ってない。でも、説得位する時間はあるよね?」
「どうだろうな。突然の心変わりだったら、もしかしたら猶予すらないのかもしれない。俺が心変わりする予兆が浩介にわかったのなら、止める説得をする時間はあるだろうな。でも、もしもそうじゃなかったら、それはお互いに、誰にも止められない事だ。それは、浩介が、の場合にも言える事だな。」
浩介の頭を撫でながら、話をする。
煙草の火を灰皿で消して、悠治と良太が締め作業をしている間、話をするのはたまにある事だ。
普段は、浩介が終業時間前に帰ってこない事が多いから、俺は先に帰って飯の準備をしてるんだけど、こうして帰ってきてる時は、出来るだけコミュニケーションを取る様にしてる。
ただ、浩介が俺の話を理解しているのか、についてはわかってない、浩介は賢い子だから、わかってくれてはいるんだろうけど、それでも俺自身がわからず発現してる事もあるから、そう言う意味では、浩介にも理解されてないのかもしれない。
「悠にぃ、締め作業終わったよ?」
「わかった、じゃあ行こうか。」
「飲みだー!」
「良太はお酒が好きだからね、たまには一緒に飲むのも嬉しいよ。」
締め作業が終わって、今日の業務は終了。
一応、現在進行形で関わってる人達、の医療関係者に関しては、スマホの番号を渡してあるから、電話が通じないって事はない。
仕事用のスマホと私用のスマホの二台を持ってると、時々混乱するけど、それも最近は慣れてきた。
「かんぱーい!」
「乾杯。」
新松戸から南越谷まで電車に揺られて、悠介達はダイニングバーに来ていた。
「牛のたたき美味しー!モヒートとも合うねぇ!」
「美味しいな。」
このダイニングバーは、駅から徒歩二分という好立地な割に、値段が安い事で有名で、食べ飲み放題で三千いくらか、という破格な値段で、メニューと言うべきか、予約すると最初に牛のたたきが出て来る、そんな店だ。
悠介は梅酒のロック、浩介と悠治は生ビール、良太はモヒートを飲んでいて、それぞれがそれぞれの時間を過ごしている。
「すいませーん!ブルドックくださーい!」
「ブルドックで。」
良太は酒のペースが早い、というのも、酒豪な両親に鍛えられた、と言っていて、本人も蟒蛇なのだが、飲むペースが速く、ほろ酔いになるまでは早い、と本人は言っていた。
ただ、飲めない悠介からしたら、十分に間があるとでも言えば良いのだろうか、ほろ酔いになるのにも、だいぶん飲んでいる印象を受ける、というのが良太の飲みっぷりだ。
「ポテトの塩気が良いねぇ。」
「そうだ、明太子パスタ食べたいな。食べる人いるか?」
「頂こうかな?」
「すいませーん、明太子パスタお願いします。」
「はい。」
この店の料理は、基本的に大人数での利用を想定している為か、量が多い。
悠介は食べ盛りだから色々と食べるが、普段から絞っている悠治は、炭水化物をあまり取らない生活をしている、そういった意味で、聞いたのだろう。
「たまには食べようかな。普段は小麦粉取らない様にしてるけど、たまになら良いでしょ。」
「悠治は筋トレに余念が無いからねぇ。僕も鍛えてる方ではあると思ってたけど、悠治には敵わないや。」
「そうだね、悠治は凄いよ。僕も筋トレしてる方だけど、才能が違うって言うのかな?こんなにムキムキになれる人って、才能があるんだと思うよ?」
話題は悠治の体型の話、悠治は皆が言う様に、筋肉質というべきか、ゴリマッチョというべきか、そう言った体格をしていた。
浩介の方が兄なのだが、身長も浩介の方が数センチ小さく、体型も細身な為、知らない人間からしたら、悠治が兄で浩介が弟、という風にみられる事も少なくはない。
浩介も、大学卒業後も草野球をしている程度には運動をしているし、週に二回はジムに行っているのだが、悠治の様なパンプアップはしていなかった。
良太は良太で、悠治とトレーニングに行ったりもするのだが、上げる重量の違いに時々驚く、と言っていて、良太も元野球部として運動をしている方だが、悠治程には出来ていない、というのが現実だ。
「悠にぃも筋トレする?いまの体型も良いけど、痩せないと糖尿病になっちゃうんじゃない?」
「あはは……。筋トレはそのうちな。悠治にしごかれたら次の日なんて動けなさそうだ。」
「そこまではしないよ?」
梅酒を傾けながら、悠介は何げない会話の中で誘いを断る。
悠介の体型は、一言で言えばデブ、肥満体型なのだが、浩介はそのお腹のもちもちが良いんだ、と言っていて、悠治は糖尿病予防の為に筋トレをするべきだ、と常々言っていた。
ただ、悠治にメニューを組んでもらって運動をすると、絶対に翌日の筋肉痛が酷くなるだろう、と悠介は考えていて、だから断っている、というのが現状だった。
筋肉痛にならずに筋トレが出来るのならするが、とぼやいているのは、悠治も良く知っている事だ。
「ブルドックの方ー。」
「あ、はーい!」
「こちら明太子パスタです。」
「あ、ありがとうございます。」
悠介は、ちびちびと梅酒を飲みながら、いい加減運動程度はした方が良いのかもしれない、とは考えていた。
もうあと二年半もすれば三十歳、二十代の無茶は出来ないだろう、とは感じていた、だからこそ、運動を始めるべきか、と。
「テキーラサンライズ下さい!」
「かしこまりました。」
そんな事を考えている内に、浩介達は酒を入れていく、悠介はウーロン茶を頼んで、チェイサーにしながら話に華を咲かせる。
「ん、やっぱり明太子パスタ美味いな。」
「ねー。悠治は普段小麦粉取らないから新鮮じゃない?」
「そうだね、パスタ食べるのなんて、何年ぶりだろう?」
「ストイックだよねぇ。社長もそうだし、副社長もそうだけど、皆ストイックな感じするよねぇ。僕、そこまでストイックに物事に集中できないよ。」
明太子パスタを食べながら、次は何を頼もうか、とメニューを眺める悠介。
〆はデザートがあるのだが、まだ食べ飲み放題の時間がたっぷりと残っている、まだまだ食べたりないというのもあって、もう一度牛のたたきを頼もうか、と思案する。
「悠介、お酒飲まないの?」
「ん、俺は酒は弱いからな。チェイサーを入れないとすぐ酔っぱらっちゃうよ。」
「そっか、そう言ってたね。」
梅酒一杯で顔が赤くなる程度、と言えば、悠介のアルコールに対する耐性の低さは伺えるだろう。
飲めない訳ではない、ただ、飲みすぎると何をしでかすかがわからない、と悠介は自分自身の事を評価していた為、酔っぱらう程には飲まない。
酒は飲んでも吞まれるな、がモットーな悠介としては、それは当たり前の感覚なのだろう。
「すみません、レーズンバターとフライドポテトを。」
「はい。」
追加の注文をして、ウーロン茶でお茶を濁しながら、酔いを醒ます。
次は何を飲もうか、と悠介は考えながら、他の誰かが頼む時に一緒に頼もう、と考える。
「お次名におつくりしますか?」
「あ、じゃあスクリュードライバーを。」
と思っていたら、店員の方が悠介のグラスが空いているのを確認して、次の注文を取ってくる。
それならば、と悠介は注文をして、すぐにスクリュードライバーが提供される。
「次何飲もうかなぁ。」
「良太は本当に蟒蛇だな。」
「そりゃ、お父さん達に鍛えられたからねぇ。社長は、お父さんとかは飲めないんだっけ?」
「少なくとも、俺の前で飲んだことはなかったな。飲めなかったのか、それとも飲まなかっただけか、それはわからないけど、多分飲めるって言うタイプでもなかったんだろ。」
他愛のない話、悠介達は、基本的に仕事の場以外で仕事の話をしない、それは守秘義務という所もあるが、仕事ばかりでは参ってしまうから、という理由でもある。
看取り代行、という職業上、三百六十五日二十四時間呼び出される可能性はある、悠介と浩介は、そう言った契約方法を結んでいるのだから、それが当然だった。
だからこそ、なのだろう、それ以外の時間、それ以外の期間は、仕事の話をしない、それが暗黙の了解になっているのだろう。
「浩介、酔っぱらってるか?」
「んー?ちょっとねー。」
浩介が悠介に寄りかかって甘えてくる、それは浩介が酔っている時の特徴的な行動だった。
普段は、四人しかいないとはいえ会社の副社長、そして、実働隊として千葉県の各地を回っている、そんな浩介が、悠介に甘えられる時間と言うのは、案外と少ない。
だから、こういう時は、なのだろうと悠介は考えていた。
それに任せる、浩介に甘えてほしいのだから、酒の力を借りて甘えてくる浩介を邪険にはしなかった。
「さて、帰りますか。」
「はーい!」
「ご馳走様でしたー。」
「美味しかったぁ。」
延長料金を取られる前に店を出て、酔い覚ましの水を皆で飲みながら、駅のホームで電車を待つ。
今日は華金って言うのがあるからか、浮かれて飲んでる人は多い印象を受ける、それだけ、皆普段鬱憤が溜まってるんだろうな。
まあ、俺は普段は飲まない人だから、何とも言えないし、ストレス解消になるのか?って問われるとわからない、が正解になってくる、それ位、酒には縁がない。
縁がないって言うか、縁を結ぼうとしないって言うか、そう言う感じなんだけど、なんだろう、酒に良い思い出が無いから、って言うのも手伝って、あんまり飲む気にならない。
「悠介ー、ぎゅー!」
「はいはい。」
浩介は、久しぶりの飲酒だからか、酔っぱらって俺に甘えてくる、それはそれで可愛いんだけど、こうやって駅のホームでされるとちょっと恥かしい気もしなくもない。
でも、こういう時しか甘えてこないし、普段は頼りになる副社長、な浩介だから、こういう時位は良いんだろう。
今浩介の方に仕事の電話がかかってきたらちょっと困るけど、浩介は酔いが醒めるのが早い、だから多分、って言うか前にもこういう事はあった、浩介が酔っぱらってるから、大丈夫かな?って思ってたら、浩介がすんと酔いを醒まして、仕事に向かっていった、そんな事があった。
浩介はそう言う切り替えが出来るタイプなんだろう、っていうのは知ってるから、だから安心して任せてる訳だけど、そうじゃなかったら、実働隊は俺一人だった可能性もあったわけだ。
「二人とも、イチャイチャして良いなぁ。」
「良いでしょぉ?悠治もきっと良い人が見つかるよー。」
「だと良いんだけどねぇ。」
良い感じに酔っぱらってる三人の面倒を見ながら、俺は電車を待つ時間って言うのが苦手だ、っていうのを改めて実感する。
なんで苦手なのか、って聞かれるとわからない、わからないんだけど、どうしてもこうしても、電車を待つ時間って言うのが苦手だ、怖いって言えば良いのかな、そう言う感情に時折呑み込まれそうになる。
今は浩介達がいてくれてるから、そんなに怖いって言う感情になる事も無いんだけど、どうしてだろう、何かがあった訳でもない、何か事件に巻き込まれた訳でも、事故に巻き込まれた訳でもなかった、ただ、この時間って言うのが、どうしたって苦手だった。
「電車くるよー!}
「お、はいはい。」
良太がそんな俺の内心を考えてか、声をかけてくる。
浩介をしゃんと立たせて、電車に乗って、家の最寄り駅まで戻る。
最寄り駅である新松戸駅に着くころには、浩介の酔いも醒めてて、やっぱり酔いがさめるのが速いな、なんて感心する。
「それじゃ、良太、悠治、また月曜日にな。」
「はーい!」
「またねー。」
新松戸駅に着いた四人、四人は地元が同じで、住んでいるのも近所なのだが、悠介と浩介は一軒家に二人住まい、悠治と良太はそれぞれ独り暮らしをしていた。
駅からは方向が違う四人、悠介と浩介は、二人で手を繋いで家に帰っている。
「飲んだねぇ。皆で飲むの、久しぶりじゃない?」
「なんやかんや何か月かは経ってたな。浩介達は飲みに出てるって言ってなかったか?}
「悠介も一緒に、があんまりないなぁって思ってさ。」
「そうだな、俺が飲まないって言うのもあるけど、気を使ってくれてるんだろう?」
「気を使ってるって言うつもりもないんだけどね、飲まない人を無理に誘うのは違うでしょう?」
浩介と悠治、良太はよく飲みに出かける、というよりは、悠介が出ないだけで、浩介達は月に一回か二回のペースで一緒に飲んでいる。
悠介が加わるのが数か月に一度、というだけで、飲まない訳ではないのだろう。
浩介と悠治も、蟒蛇という程ではないが、酒豪な方で、アルコール耐性の低い悠介からしたら、羨ましいと感じている事だった。
ただ、飲める様になりたいか、と問われると、飲んでしまったらどうなるかがわからない、が正解だと思っている為、飲む訓練をしない、というのが悠介の心情の様だ。
「まだまだ暑いね。」
「そうだなぁ、八月の半ばって言うのは、どうしたって暑いな。台風は来てないんだっけか?」
「今は来てなかったはずだよ?」
現在は台風情報は出ていない、つかの間の休息なのだろうが、電車を多用する悠介と浩介としては、電車の運行情報というのは、大切な事なのだろう。
去年、台風が続いて、冠水で電車が止まってしまった事があった、その期間に看取り業の連絡が来ていたら、高い料金を払って、タクシーを使っていかなければならない、という状況になっていた。
それは終電から始発に関しても変わらないのだが、台風でそうなるのと、電車の時間的にそうなってしまうのとでは、悠介達的に心持ちが違うのだろう。
「皆、大変なんだね。」
「どうした?唐突に。」
「ううん、何だか、皆生きたいだけなのに、生きていくのって大変なんだなって、そう思っただけ。……。僕達の仕事、それは必要な事なんだと思う、思うんだけどね。ただ……。寂しくないか、苦しくないか、って言われると、そうじゃないとは言えないよねって。」
「辛かったら辞めたって誰も文句は言わないぞ?」
「……。わかってる、わかってるんだ。でも、僕はそれを続けたいと願ったんだから、そこで弱音を吐いてたら駄目だと思うんだ。」
浩介は、時折こうして本音をこぼす事があった、悠介にしか言わない本音、仕事先でも、事務所でも、悠治達の前でさえ言わない本音、悠介と二人きりの時だけ話す、そんな本音。
悲しいと嘆く、苦しいともがく、それは、この仕事をするうえで必要経費だ、と悠介は考えていた、そう思わない訳ではない、そうあるしかないのだから、と。
ただ、浩介はまだその場所に立っていない、と浩介自身は感じていた、悠介が普段から言っている、感情は必要経費だ、という言葉に、ついていけていないと感じている。
感情は必要経費だ、悠介の言ったその言葉の意味、それを知らずにいるというのもそうなのだが、浩介にとっては、悠介の言葉と言うのは、それだけ重たい言葉なのだろう、むやみに聞く事をせずに、自分で答えを出そうとしていた、それが現在だ。
「何だろう、僕達ってさ、必要悪じゃないかなー、って思う事があるんだ。」
「そうかもしれないな。俺達みたいなのは必要であって、いらない存在だ。というよりも、いてはいけない存在だ、と俺は思ってる、本来なら、看取るべき人が看取らなきゃならないのに、俺達がこうしてでしゃばってるって事は、それは必要な事なんだろう。でも、こうも言えてしまう。本来看取るはずだった人達の居場所を奪って、代理で看取ってる、ともな。ただ、俺は違うとも思う、俺は、俺達の仕事を必要な事だと思ってる、悪だとすら思ってない。じゃなかったら、今頃俺達は潰れてお終いだっただろうから。必要としてくれる人達がいる、必要に駆られた人達がいる、だから俺達は存在を許される、そう言うもんだと思ってるよ。」
浩介が泣きそうになっている、酔っぱらっているからか、それとも本音を自覚した事で苦しくなったのだろうか、悠介ならどう答えてくれるか、という事を想像せず、愚直な本音を話す。
それに対する悠介の言葉、は決して、浩介の中にある重みを取り去ろうとしたものではなかった、ただ、浩介にとって、それは重みを取り去る言葉だった。
浩介の中の蟠り、それを理解しているからこその言葉なのだろう、ただ、悠介にとってはそれが当たり前の言葉で、浩介の感情をどうこうしよう、という考えが無かっただけで。
その言葉は、浩介の中の迷いを消していく、酔っぱらっているのだから、酔いが完全に醒めたら忘れてしまいそうな言葉、しかし、浩介は忘れないであろう言葉。
悠介が、浩介の手を強く握る、つないだ手が、何処かに飛んで行ってしまわない様に、風船のように飛んで行ってしまわない様に。
「悠介の手は暖かいね。」
「暑苦しいの間違いじゃないか?」
「……。ううん、暖かい。とってもとっても、暖かい。悠介の温もり、僕だけが知っている、悠介の暖かさ。」
「そうか。」
酔いの勢いなのか、普段は言わない事を浩介は話す、悠介は、少しだけ恥かしそうに笑う、ただ、嬉しそうに笑う。
普段から言っていれば何かが違うのかもしれない、ただ、十何年と付き合ってきて、お互いに本音をいう機会というのを、見失っているのかもしれない。
そんな事を考えながら、二人は帰路についた。




