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(4)当主、若犬丸


 鎌倉公方、足利氏満から、義政の隠居と出家、ならびに若犬丸の家督相続を認可したゆえ、新当主はすぐに出頭せよとの命令がきた。翌日、若犬丸は、一族の重鎮三名と足軽一隊とを伴って氏満の陣所へ赴いた。名刀一腰(ひとこし)と良馬一匹を進上品として携えていた。

 若犬丸は、鎌倉府の侍臣や武将らが居並ぶ広間に通されて、平伏した。やがて、

「面を上げよ」

 と言われて顔を上げた。前方に氏満が坐していた。冠をかぶり、(しゃく)を手にしている。二十三歳だと聞いているが、小太りで顔は下膨れており、年齢の割に老けて見える。

「お初に御尊顔を拝し(たてまつ)り、恐悦(きょうえつ)至極(しごく)にございます。私は小山下野守嫡男、若犬丸改め、隆政と申します。こたびの当家による度重なる御無礼の段、府内に騒擾(そうじょう)をもたらし、鎌倉公方様の御心を煩わせましたこと、深くお詫び申し上げますとともに、平に御容赦願い奉ります。また、隆政の小山家家督相続を御裁可下さいましたこと、厚く御礼申し上げます」

 若犬丸は、事前に家老から教わった通りに口上を述べて、再度平伏した。

「本来ならば、義政の切腹、ならびに小山家改易が至当のところであるが、格別の慈悲により、義政の隠居、ならびに隆政の家督相続を差し許す。()()、忠勤に励め」

 氏満に侍していた奉公衆が、氏満に代わってそう述べた。

「有り難き幸せ」

 若犬丸は氏満の側近くへ呼ばれ、氏満の手ずから酒盃三献が勧められた。これで主従の盟を結ぶことになるが、初めて口にする酒は甘辛くて苦味もあり、酒精が鼻から抜ける際の刺激に思わず顔をしかめた。

 氏満の陣所を辞し、祇園城に戻った若犬丸は、上々の首尾であった旨を義政へ伝えた。

「苦労であった」

 義政の反応は素っ気なかった。

(切腹を命じられることもなく、小山家取り潰しにもならなかったというのに、父はなぜ喜ばないのだろうか?)

 若犬丸はそう思った。

「当主になったとは言え、そなたはまだ若輩者。わしはすでに出家の身であるが、当面はわしが後見する。わしの仕様をみて当主の務めを学びつつ、同時に学問と武芸にも励め」

「よろしくご指導願います」

 翌日、若犬丸は改めて氏満への贈答品として、太刀、(がい)(こう)、良馬二匹を使者に託して送り届けた。

 若犬丸は、幼少期から師に就いて学問と武芸を学んでいた。学問は、祇園城下にある小山家菩提寺、曹洞宗天翁院(てんのういん)の老師から四書五経を学び、武芸は、家老である岩上大炊(いわかみおおいの)(すけ)配下で、小山家武芸師範である細井隼人佑(はやとのすけ)から剣術と槍術、柔術を学んでいた。

 細身で、身のこなしが軽い若犬丸は、腕力こそ人並みだが、武芸全般に素質があった。特に剣術と槍術は、上級者と手合わせしても引けをとらず、師範も一目置くほどであった。

 その一方、学問にはあまり熱が入らず、講義中に居眠りしたりもして、しばしば老師から一喝されていたが、当主となった以上、学問も大事だと若犬丸は思いを新たにした。

 義政の助命と、小山家存続が認められたものの、小山家の所領は小山庄、中泉庄以外はすべて没収された。特に武蔵国大田庄、下総国下河辺庄は広大な領域であり、多くの家臣の知行地があて行われていたため、ここを失ったのは小山家にとって痛手だった。

 氏満は、まだ両軍による戦闘が行われている最中に、氏満の側近の僧侶で、義政討伐成就の加持(かじ)祈祷(きとう)を行った頼印(らいいん)に大田庄内の七郷を与えたり、氏満の伯父、二代将軍義詮(よしあきら)の仏事料として茂木庄の一部を充当したりと、小山領を欲しいままに差配していた。

「氏満のやり口は横領に近い。まさに当家の所領欲しさにわしへ言いがかりをつけ、戦を起こしたという本音を露呈させたも同然。鎌倉公方とは名ばかりで、まったくもってならず者の仕業と変わりがない」

 義政は立腹していた。

 若犬丸と義政は、家臣の知行や俸禄の再配分の仕事に忙殺されたが、知行地を失ったり、あるいは大幅に削減された小山家家臣の中には不満を口にしたり、主家を見限って致仕する者までいた。

 また、義政は下野守護を解任され、一時的に関東管領の上杉憲方がその職を兼務した。

 かつての宇都宮氏綱の二の舞であった。大幅な所領削減と、守護職剥奪の憂き目に遭い、小山家の名声は地に落ちた。

 さらに、さまざまな噂が若犬丸の耳に伝わってきた。

 氏満は、小山家を完全に取り潰そうと考えていたらしい。当然、義政の命も奪うつもりだったが、それを阻止したのは将軍義満だったという。

 どうやら義満は、氏満の野心に対する疑いを解いておらず、小山家滅亡を許して氏満を肥大化させるのは危険と判断し、小山家存続と義政助命を氏満に命じたらしい。小山家と義政を、氏満に対する抑止力として残しておくことが得策と考えたのであろう。

「義政の生首を実検するのがわしの願いであったのだが、義満の命には逆らえぬ」

 氏満は歯噛みしながら、側近にそうつぶやいたという。

 義政は、これら一連の裏事情を早くから聞き知っていた。

(父が不機嫌なのはそのせいだ)

 若犬丸はようやく合点がいった。

 それに加えて、氏満は義政降伏後も鎌倉へ帰還せず、兵を撤収しないまま小山領内の陣所に詰めていた。あたかも義政の降伏を信用していないかのようであり、また厳戒態勢を解かないことで義政を苛立たせ、(あお)る狙いがあるかのようでもあった。

 実際、隠居、出家したはずの義政の表情は穏和になるどころか、以前にも増して峻険(しゅんけん)となり、近寄り難い雰囲気まで醸し出していた。食欲も落ちている様子である。

 祇園城内の禅堂に籠った義政が、何やら怒気を発して大声で叫んでいるのを堂外で聞いたという侍臣からの報告もあった。

「父上、顔色が優れないようですが?」

「いや、不覚にも腹を下したせいだ。大事ない」

 若犬丸が訊いても、義政はそう答えるだけだった。

 年が明けた永徳二年(一三八二)一月二十日、氏満の家臣で、氏満の陣所西側に駐屯している下総古河代官、野田等忠(とうちゅう)の陣中で小火騒ぎがあった。

 火はすぐに消し止められたため、大事には至らなかった。

 ところが、その五日後の一月二十五日、今度は氏満の陣所で火事が発生した。

 一時騒然となったが、こちらも迅速に消火活動が行われたため、事なきを得た。

「義政が煽動(せんどう)して放火したのではないか?」

 鎌倉府軍の中で、そういう疑いを抱く者が多くいるとの噂が義政と若犬丸の耳に入った。

 小山家には、家老水野谷左馬助(みずのやさまのすけ)配下に「夜風の衆」と呼ばれる忍術集団があり、主に他領における情報収集や諜報活動などを担っている。騎乗の武士ではないながらも、身のこなしが俊敏な彼らは義政の護衛役も兼ねていて、小山家中でも重んじられる存在である。

「今回の二件の火事は、いずれも義政が夜風の衆に命じて火を付けさせたのだ。義政はすでに隠居、出家の身なのに、はなはだけしからん」

 濡れ衣であった。義政も若犬丸も、今回の火事とは無関係である。だが、噂はまことしやかに広まり、鎌倉府軍の中には義政を卑怯者だと罵る者までいるという。

「卑怯者とは、聞き捨てならん!」

 家臣からの報告を受けた義政は激昂し、覚えずその場から立ち上がった。

「これは氏満が仕組んだ狂言だ。あの小僧がわしの仕業であると吹聴し、わしに非難が集まるようにわざわざ仕向けたのだ。卑怯者とは、あやつの(いい)だ。いつまでも小山領内に居座り続けるのも忌々しい上に、わしを愚弄(ぐろう)しおって!」

 義政は肩で息をしていた。法体に坊主頭の顔は紅潮し、額には血管が浮き出ていた。

「父上、ここで激しては向こうの思うつぼです。鎌倉公方様は、わざとこちら暴発させて、再度の小山家討伐を行う口実にすることを狙っているのです。ここは隠忍(いんにん)自重(じちょう)が肝心です」

 若犬丸がそう言うのを聞いた義政は、意外なものでも見るような目で若犬丸を見返した。

 十四歳になり、当主となった若犬丸が、自分以上に冷静であり、しかも物事の本質をしっかりと見抜いている。武芸には熱心だが、学問は苦手、まだ小童だとばかり思っていた若犬丸が、早くも大人の分別を身につけていることに意表を突かれる思いがした。

 若犬丸は、これまで聞き知った氏満の言動を勘案した結果、氏満が小山家取り潰しを熱望していることに気付いていた。将軍義満の制止により、最後の一歩のところで踏み留まっているものの、今でも氏満は小山家に挑発行為を仕掛けて、何らかの瑕疵(かし)を生み出そうと躍起になっているものとみていた。

「分かっている」

 そう言って、義政は座に腰を下ろした。分かってはいるが、忌々しさは容易に頭から去らなかった。


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