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〇〇七 黒猫


 『窮鼠猫を噛む』という言葉がある。


 追い詰められた弱者が、必死の反撃で強者を打ち負かす――そんな意味だ。


 猫が噛まれているのは腑に落ちないが、文句を言ってる場合じゃない。


 反撃の糸口を見つけないといけない。


 蟻に助けを借りようなんて、都合が良すぎた。


 蟻だけに……虫が良すぎる。


 つまらない冗談を考えている自分に苦笑いが出る。


 危機的状況のはずなのに、妙に頭は冷静だ。

 普段なら、とっくにパニックになっている。


 ……思考が、どこか他人事みたいに回っている。

 気味が悪い。


 とにかく今は、逃げる事だけ考える。

 こちらの有利な点は、頭の良さと小回りが利くこと。


 直線で逃げては駄目だ。

 横や斜めに動き、相手を撹乱するしかない。


 ――化け犬が飛び掛ってくる。

 横に跳んで回避する。


 落ち着いていれば、相手の動きは見える。


 化け犬が態勢を崩したタイミングで距離を取る。

 ここからは根比べだ。


 枯れ木を盾にし、視線を切る。


 化け犬は視覚だけで狩りをするわけじゃない、鼻も利くはずだ。

 これ以上、油断はできない。


 距離は、少しずつ開いていく。

 こちらを探すのにも手間取っている。


 ――上手くいってるはずだった。


 ふと、違和感が走る。


 本当に僕を見失っているのか?


 ……違う。


 やろうと思えばもっと早く仕留められたはずだ。


 ――遊ばれている。


 気付いた時には、遅かった。


 背後、横、前方――

 化け犬の仲間が到着し、すでに囲われていた。


 逃げ場はない……。

 

 化け犬たちは、円を描くように動きじわじわと距離を詰めてくる。

 心なしか口角が上がり、ニヤニヤと笑っているように見える。


 異形すぎる。

 こいつらは狩りではなく、殺すことを楽しんでる。


 ――何か、奥の手でもあれば。


 もっと入念に、自分の出来る事を調べておくべきだった。


 後悔しても、遅い。


 化け犬たちが、一斉に飛び掛ってきた――


 動きがコマ送りのように見える。

 ……時間が引き伸ばされてるみたいだ。


 |(これが走馬灯ってやつ……? 思ってたのと違うな……)


 心の中でつぶやく。

 死の直前だというのに、不思議と恐怖心がない。


 化け犬の牙が皮膚に触れようとした、その瞬間――。


 ――キャィン!


 鳴き声とともに化け犬が弾き飛ばされる。


 同時に襲いかかってきた他の個体も、何かにぶつかったように飛ばされていく。


 ……何が起きた?


 理解する前に、激しい目眩が襲ってきた。

 左目が、灼けるように熱い。


 「め、目が……!」


 視界が歪む。


 |(なんだ、これ……。まるで、漫画みたいだな)


 ありがちな展開と厨二な反応をする自分に冷笑がこぼれる。


 意識が揺らぐ。


 だけど、まだ倒れられない。


 必死に踏みとどまる。


 その時だった。


 胸の奥から、何かが滲み出してくる。

 冷たいのに、焼けるように熱い。


 ――壊せ。


 理由のない衝動が、頭の奥にねじ込まれる。


 ――目の前のものを、全部。


 引き裂いて、潰して、消してしまえ――


 そんな考えが、当たり前みたいに浮かんでくる。


 ……違う。


 これは、僕の思考じゃない。


 「に、にゃめろー!」 |(や、やめろー! )


 声に出して叫ぶ。


 「……はぁ……ぁ……」


 黒いものは、霧のように消え去っていく。


 だが限界だった。


 身体の力が抜け、崩れ落ちる。


 |(童貞のまま死ぬのか……)


 意識が途切れかけた、その時――

 視界の端に、黒い塊が映る。


 それは波のようにうねり、地面を覆い尽くしていく。


 ――蟻だ。


 無数の蟻が、黒い濁流のように押し寄せてくる。

 逃げたはずの蟻が、仲間を連れて戻ってきたのだ。


 |(……助かったのか……? )


 そのまま、意識は闇に沈んだ。


−−−−−−−−−−−−−−


 「オーイ、キコエルカ?」


 靄がかった空間に誰かの声が響き渡る。


 「……。」


 辺りをキョロキョロと見回す。

 すると、目の前に突如として黒猫が現れた。


 「え……? 君は……僕?」


 「おっ! やっとまともに話せるな。そうだ、俺はお前で、お前は俺だ」


 「ま、まって……どういうこと? それに……ここは……?」


 「色々と説明してやりたいが、今は時間がない。もうすぐお前の意識は浮上し、この空間は消える」


 「夢の世界……」


 「いや、夢じゃない、もっと深層の世界。お前が意識を失くした時だけ俺は現れる」


 「君は……いったい何……?」


 「『ネロ』、この身体の持ち主だ。とにかく目を覚ましたら南に行け、湖を越え……マチ……」


−−−−−−−−−−−−−−


 最後は雑音に飲まれて、聞き取れなかった。


 靄が晴れていく。


 意識が、現実へと引き戻される。


 

読んでいただきありがとうございます!

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