第325話 脱出からの強欲
足元が揺れる。
――地下都市で地震?
来奈の星の魔眼が輝いた。
その目が捉えたのは、微細な振動の可視化情報。
こちらへ、何かが近づいてくる。
何かといっても、答えは決まっているのだが。
ちらりと装置を気にする。
アームが揺れに合わせて動き、床に描く魔法陣にはいささかの乱れもない。
来奈にはよくわからないが、ごくシンプルに見えるこの装置にも、すごい技術が使われているのだろう。
自分の興味は超弦石とかいうお宝レンズだけど、梨々花なら装置丸ごと欲しがりそうだ。
――欲深いからなあ。
自分の欲深さは棚に上げ、そんな思いが来奈の脳裏をよぎった。
橘は、手にした水晶珠を見つめて呟く。
「来はりますなあ……入江はん、欲しいお宝守るのも冒険者どすえ」
そう言うと、水晶珠に魔力を巡らせる。
来奈の可視化された振動情報は、地中で固定された何かを捉える。
鬼蜘蛛の魔力糸が絡め取っているのだろう。
地中でもいけるんだ――
そんな驚きの視線を橘へ向けると、細い目尻がはんなりと笑う。
「安心したらあきまへん。
地中の守りはせいぜい数メートル……えらい薄ぅおすさかい」
その言葉通り、固定された何かとは別の何かが勢いよく床を突き破ってきた。
さっきのワーム型とは違う。
先端に大きなドリルが取り付けられた機械。
そいつが鬼蜘蛛の魔力糸の結界を突破してきた。
ティナが叫ぶ。
「熱源反応!! 自爆するよ!!」
言い終わらないうちに、来奈の混鉄棍が叩き込まれる。
破壊の魔力が機械を塵にした。
ティナは次に鈴原へと声をかけた。
「ねえ、まだなの?
こいつら装置狙ってるんじゃない!?」
装置を爆破して、時空魔法を暴走させる。
そこまでいかなくても、この都市を切り離す。
侵入者を逃がさないように。
奇しくも、こちらの作戦と敵の作戦は一部被っていた。
だが、こちらは安全な手続きなしで止めるわけにはいかないのだ。
来奈は焦りの声を上げた。
「ねえ、その魔法陣の下から来られたらヤバいんじゃね!?」
いま破壊した機械は、魔法陣から外れた場所に出現した。
だが、床にレーザー光で描かれた魔法陣。
こいつの真下から来られたらどうなるのか?
鈴原は端末を操作しながら答える。
「それは大丈夫だ。
魔法陣を描く床はオリハルコン。
突き破られることはないはずだ」
超弦石を通した光で、オリハルコンに魔法陣を描く。
それが大魔法発動の仕掛け。
思わず感嘆の声を上げるティナ。
それを来奈の大声が打ち消した。
「オリハルコン!?
すっげー!! お宝じゃん!!」
早くも床を掘り出す算段を始める。
「前鬼だったら持ち上げられるかなー」
この状況でそのセリフ。
橘は、その頼もしさに細い目尻をさらに細めた。
そして来奈はティナを見た。
「ねえ、あたしのマジックバッグ小さくてさー。
ティナさんのに入る?」
来奈の腰にあるバッグの容量は大型冷蔵庫一台分。
食べ物と混鉄棍でパンパンなのだ。
ティナは「いいけど、分け前は?」と、ちゃっかり要求。
来奈はこれには目を剥いた。
「えー!! 欲にまみれすぎじゃね!?
ティナさんは式神ゲット、あたしたちはそれ以外のお宝ゲット。そういう約束っしょ」
ティナの目が揺れる。
――こいつ。
第五層隠しダンジョンで交わした取り決め。
そんなことだけは、しっかり覚えているとは。
だが、動じない。
踏んできた場数が違うのだ。
「あ、そ……
なら抱えて走ればいいんじゃない?」
来奈のシナプスが高速で損得勘定を弾く。
「じゃあ、これあげるからさー」
そう言ってピロシキを取り出したところで、「分け前は半分ね」とぶった斬られた。
こうして、魔導技術の結晶は強欲な魔法使いたちのイベント報酬素材となる。
来奈は次々と床から飛び出してくるドリルどもを混鉄棍で薙ぎ払う。
橘は、それ以外の機械を地中に留める。
ティナは、来奈が打ち漏らしたドリルを金蛟剪で締め上げて消滅させる。
ここは戦場と化していた。
「どうなのよ!?」
ティナの声に、鈴原は冷静さを崩さない。
「あと二〜三工程ほどだ。
だいぶエネルギーは落ちてきたから、もう少し頑張ってくれ」
心なしか、レーザー光線が描く魔法陣のサイズが小さくなっている。
これが消えれば完了なのだろう。
ティナが小さく頷いたそのとき。
審判の魔眼が地下に熱源反応を捉えた。
同時に星の魔眼も大きな振動を察知。
二人で顔を見合わせる。
と同時に、これまでにない大きな揺れが襲った。
ティナが忌々しげに吐き捨てた。
「あいつら……地中で大爆発を」
オリハルコンの床が衝撃で持ち上がる。
鈴原が冷静さをかなぐり捨てて叫んだ。
「まずい!!」
大急ぎで端末を操作。
続けて、橘の声。
「鬼蜘蛛が捕らえてはる機械も、危うおすえ。
爆弾がきますわ」
床下数メートルで爆発。
巻き込まれては――
ティナは大声で指示を飛ばす。
「ライナ!! そのおじさん連れてオリハルコンの床に!!」
ティナは橘の手を掴んでオリハルコンの上に転移。
来奈は加速し、鈴原の前に現れる。
反応できない鈴原の頭をぐいっと掴み、脇でロック。
そのまま一直線に跳んでオリハルコンの床の上に立った。
直後に大爆発。
床がめくれ上がり、火柱が立つ。
橘は鬼蜘蛛の魔力糸で結界を作り出して衝撃を防いだ。
撮影係としてずっと付いてきていた、ティナの式神の暁鶴も防御結界を張る。
オリハルコンの床ならば、爆発にもびくともしない。
だが、この建物はもう持たないだろう。
躊躇している時間はない。
ティナは次の行動に移ることにした。
「みんな、私に掴まって。転移で逃げるから!!」
「えぇぇ〜!?」
来奈の大声。
何を言いたいかは、分かりすぎるほど分かった。
チッと軽く舌打ち。
「そのレンズ、三秒で回収!!
オリハルコンは諦めなさい!!」
来奈の魔眼が輝くと、一秒後にはレンズをティナに押し付けていた。
そして、渾身の魔力で混鉄棍をオリハルコンの床に叩きつける。
しかし、傷一つ付かない。
ティナはレンズをマジックバッグへ放り込み、来奈の襟首を掴むと、そのまま転移を開始。
来奈の「クッソー!!」の残響が残る部屋を飛び出る。
同時に、天井が崩落した。
転移しながら、鈴原は難しい顔で一言。
「まずいな、五分も持たないかもしれない……」
元の予定でも、猶予はわずか五分。
それが最後まで作業完了できずに強制停止だったのだ。
どうなるのか鈴原にも読めなかった。
ティナはその言葉には答えず、転移を続けて外に出た。
前鬼はあらかた機械を片付けている。
この式神の全速力と転移で、どこまでいけるか……。
そのとき、遠くで雷の光が閃いた。
と思ったら、ティナたちの目の前に現れたのは強化スーツに身を包んだ大女。
そして、急ブレーキの慣性で前方に放り出されたおじさん。
「お前ら、生きてるかい!?」
グレイスは振り返り、ロックな言葉を放つのだった。
***
気狐の尻尾が地面への激突を防ぐ。
そのまま尻尾は解かれ、俺はようやく解放された。
あれから残りの爆弾を超高速で処理したのだ。
そして、新たに現れたリスクへ一直線に駆けつけた。
仲間が危ない、グレイスの直感はそう告げていたのだ。
それはそれとして。
「おいっ!!」
何度目かのクレームを入れるが、今度もグレイスは無視。
俺には構わず、一同を見渡した。
「逃げるよ、このリスクはもうどうにもできそうにないからね」
もはやレッドゾーンを振り切ったリスクに、さすがの戦闘民族も匙を投げていた。
来奈は「なんで姐さんと教官がいるのさー?」と素朴な疑問を発するが、それにもグレイスは答えない。
「いいから、逃げるんだよ。
本当にもう時間がないからね」
リスクの破裂がもうカウントダウンを始めていた。
焦る戦闘民族。
そこに再び能天気な戦闘民族の声がかかった。
「ねえ、そのガチャなに?」
…………。
グレイスの視線が来奈の指差す方を見る。
小型のガチャ機が浮かんでいた。
――いまタイガーフォームに変身中なのに?
爆弾のリスクを処理したことへの報酬なのだろうか。
迷っている暇はなかった。
グレイスは勢いよくハンドルを回す。
出てきたのは、赤いカプセル。
『Fool――Tiger and Dragon Form』
ハンミョウのタイガーフォームと、トンボのドラゴンフォーム。
その複合。
グレイスの強化スーツの色が鮮やかなメタリックレッド一色となり、マスクは巨大な複眼を模したものになる。
さらに召喚獣のフェレットが大きなトンボの羽根に変形。
メタリックグリーンとメタリックブルーの鮮やかな混合色で、白い斑点がワンポイントであしらわれた。
グレイスは自分でもよく分かっていないのに、「おおっ」と嬉しそうな声を上げる。
俺はそんな大女に疑問の声を発した。
「なあ、それでどうするんだ?」
「こいつはすごいよ。
陸上トップクラスの速度のハンミョウと、高速飛行のトンボだ。
しかもトンボの動体視力はハンミョウの弱点を補う。隙なしだね」
熱っぽく語っているが、俺の疑問には何ひとつ答えていない。
「それはよろしおすなあ」
突如、橘の声。
こいつの「よろしおすなあ」は、だいたいよろしくないことは今回の冒険で学んだことのひとつだ。
しかし、妙に知恵が回るやつ。
ろくでもないことを思いついたようだった。
そんな橘は、前鬼を手招きすると何やら耳打ちした。
「あぁん!?」
「はようしなはれ。
このままやったら、奥さんと永遠のお別れどすえ」
前鬼はぶつぶつ文句を言いながら姿を消す。
次に、俺に指示を飛ばしてきた。
「佐伯はんは、浮かぶ足場を地表すれすれで並べといておくれやす」
よく分からないが、村正の残像の刃を具現化させて敷き詰める。
「おいっ、これでいいんだな」
三十秒も経たずに戻ってきた前鬼が、足場の上に巨大な金属板をドンッと置いた。
重みに耐えかねて足場が沈む。
「助かりたかったら、根性みせなはれ」
そうは言うが、なんだこの塊は。
来奈が素っ頓狂な声を放った。
「オリハルコンの床じゃん!!」
オリハルコンだと?
厚みは十センチほど。
面積はおよそ三メートル四方。
こんな巨大な塊、外の世界にもあるかどうか。
お宝中のお宝だ。
橘は俺に発破をかける。
「これを浮かべて、空飛ぶ絨毯にするんどす。
佐伯はん、ここが男の見せどころでおす」
俺じゃなくて村正の能力なんだけどな。
困っていると、後鬼がつけてくれた水が村正にスウッと吸い込まれた。
後鬼の魔力を得た村正が青白く輝く。
オリハルコンの板を乗せた足場が浮き上がった。
前鬼が腕組みして大きく頷く。
「さすが、ハニーの魔力だな。
おっさん、気合入れろよな」
どうして、どいつもこいつも魔法使いのくせに、気合と根性で解決したがるのか。
橘は、素早く鬼蜘蛛の魔力糸でオリハルコンと足場を固定。
続いて魔力糸を束ねてロープ状にすると、浮かぶ板に結びつけた。
ロープの端をグレイスに渡す。
「ほなら行きますえ。
佐伯はん、椅子や。気い利かせなはれ」
俺は黙って具現化させた刃を変形し、人数分の椅子を作り出す。
それも魔力糸で板に固定された。
橘はオリハルコンの板に乗る。
みな、ぞろぞろと従う。
椅子に座ると、足先から胸元にかけて魔力糸で椅子に固定された。
身動きが取れない俺は、恐る恐る声をかける。
「なあ、やっぱり……」
「グレイスはん、おきばりやす」
橘の言葉が終わらないうちに、時速七百キロメートルのトップスピードに達した。
地上を一直線に駆け抜ける戦闘民族。
オリハルコンの板をやすやすと牽引。
障害物は、二本の尾に握らせたヴァジュラから放たれる雷が次々と排除していく。
やがて、足元がフワッと上昇した。
橘は、隣に座る暁鶴の持つカメラに、はんなりとした微笑みを浮かべた。
暁鶴の防御結界のおかげで、風圧は防がれている。
「本日は冒険航空をご利用いただき、ほんにおおきに。
この便は地下都市の出入口行き。
担当客室乗務員は橘、機長はグレイス・クマール。
現地の気温は二十七度、天候は晴れ……やないかなあ、知らんへんけど」
――橘 志津香、恐ろしいやつ。
俺は、もう好きにしてくれという気分になっていた。
板はさらに加速し、高度を上げていく。
来奈は、ひたすら「姐さんすごいって!!」を連呼。
鈴原は元教師らしく、トリビアを披露してきた。
「トンボの最高速度は、時速七十キロメートル。
二メートルサイズに換算すると、マッハ二を超えるな……」
なんだそりゃ。
無茶苦茶もいいところだ。
戦闘機並みの速度で地下都市を飛ぶ。
ティナが小さく「……始まった」と呟く。
「ねえ、リスクどうなのよ。助かるんでしょうね?!」
グレイスに問いかけるが、返事は返ってこなかった。
地下道の入り口が見えてきた。
あそこに飛び込めばセーフだ。
だが、入り口には機械どもがビッシリと取り付いていた。
ヴァジュラを放てば、塞がってしまうかもしれない。
それだけではない。
ティナが忌々しそうに目を吊り上げた。
「熱源反応……」
自爆して地下道を崩落させる気だ。
グレイスは「他の入り口を探している時間はないよ!!」と大声。
そもそも、もう数秒後には激突だった。
「そのままでいいわよ」
ティナの審判の魔眼が輝く。
「塞ぐならさっさとやれば良かったのに……馬鹿なのかな」
機械たちは、非常時は個の判断よりも暫定リーダーの指示を優先する。
爆破は指示待ち、俺たちが近付いたことで優先順位を変更。
そのロジックが、魔法使いたちの運命を繋ぎ止めていた。
ティナは左手を突き出してグンと上げる。
機械どもが一斉に宙を舞った。
磁力操作だ。
空中で爆発が巻き起こる。
グレイスはトンボの高速回避で、降り注ぐ破片や飛びかかる機械兵をことごとく躱しながら飛行。
俺たちの方は、暁鶴の防御結界が護っていた。
ティナの磁力操作で機械を入口から引き剥がす。
爆発の渦と機械の群れを突き破って地下道の入り口へと飛ぶ。
俺は背後に妙な気配を感じた。
頭だけを後ろに向けると、その目に映るのは――
地下都市はもう無く、目に映るのはただの岩盤。
それが迫ってくる。
時空魔法が解ければ、ここは地の底に戻るのだ。
……石の中にいる。
そんな言葉がよぎった瞬間、地下道に滑り込む。
俺たちがいた空間は、冷たい土と岩に変わっていた。
そしてマッハ二超で飛ぶ魔法使いたちは、地下道の壁に激突――
その前に、鬼蜘蛛の魔力糸のネットが絡みとっていた。
グレイスの変身が解ける。
それに合わせるように魔力糸も消え、俺たちが乗るオリハルコンの板がズシンと地下道へ落ちた。
「……助かった」
俺はようやく、一言だけ絞り出す。
だが、命拾いしたばかりだというのに、もう元気なやつがいた。
「橘さん、ナイスじゃん!!
オリハルコンの塊!! 超大金持ちだって!!
あたし、寮の風呂とトイレ全部黄金にして、トイレットペーパー万札にしちゃうよ!!」
一度は夢みる成金ライフ。
来奈は混じり気なしの欲望を大声で口にした。
それを遮ったのはティナだ。
「半分は私のだけどね。
これだけのオリハルコン、いくらになるか楽しみだわ」
その言葉に、来奈は激しく抗議。
「ティナさんはオリハルコン諦めろって言ったじゃん。
それに教官に預ってもらえばいいからさー。
これはあたしのだから!!」
得意げに胸を張る来奈に、俺は伝えなくてはならなかった。
「入江、アイテム袋だけどな。
いまは黒澤に預かってもらっていてだな……」
来奈の顔がゆっくりこちらに向く。
次に、ティナを見る。
勝ち誇ったかのような、パーフェクトスマイル。
来奈は、「ねえ、ピザパンも付けるからさー」と値引き交渉に入るが、勝負はもう着いていたのだった。
***
地下道を抜けた由利衣たち。
振り返ると、そこには何もない荒野。
高度な光学迷彩、そして電磁波の遮断に熱源隠蔽。
入口には、機械のセンサーを欺くためのあらゆるテクノロジーが投入されていたのだ。
加えて、魔力を通さなければ入口ドアは開かない。
無理に通ろうとすると重力魔法で地下通路が塞がるという徹底ぶり。
魔導と科学が、魔法使いたちを安全に脱出させてくれていた。
しかし――
安全なのは、ここまでだった。




