第322話 地下都市を巡る戦い
神の杖。
遥か上空の周回軌道上にある衛星から落とされる、電柱サイズの金属の棒。
ただそれだけだが、それだけではない。
その速度はマッハ10。
着弾時のエネルギーは戦術核にも匹敵。
地下深くの目標すら破壊する、人類にとって悪夢の兵器。
迎撃は極めて困難。
一度放たれれば必ずや目標の殲滅に至る、裁きの雷。
それが、仲間たちが挑んでいる地下都市へと放たれようとしていたのだ。
政臣はモニターを確認。
「地下都市を囲んで侵入者たちを地上に出られないようにして、神の杖を撃ち込む……」
さらなる作戦内容に、乾いた喉が張り付く。
掠れた声を漏らした。
「地下都市では、爆弾による内部からの破壊が進行中。
解除キーはポンペイウスとクラッススの認証を待て……
最後のは、よくわからないけど」
リズは口元をぬぐいながら思案顔。
「この世界の機械は、目的を共有しているだけで、中央集権的な意思決定ではない……
おそらく、都市放棄という戦略にあたっては暫定リーダーが選出されているのではないでしょうか」
暫定リーダーの最終判断によって、地下都市の爆弾と神の杖が振るわれる。
そんな流れではないかとリズは推測した。
梨々花は顎に手を置いて思案顔。
「そのポンペイウスとクラッススってのが、一時的に機械の軍団を指揮するのね。
選出の仕組みと、そいつらへのアクセス方法……
知りたいことは山ほどあるけど、いまは……」
とても電子戦で対抗する時間はない。
梨々花は目の前の大型モニターを見た。
この艦に搭載されているレーダーだ。
レーダーの光点は、刻一刻と地下都市へと近づいてくる。
「高柳くん……
私たちにできることは、神の杖を撃たせないこと。
発射前に衛星を黙らせるわよ」
一方の政臣は難しい顔。
「監視衛星の軌道は割り出しているけど、神の杖を持ってる衛星の位置は……
撃たれたら、この艦のビーム砲でも……」
遥か上空の衛星の位置を見破る魔法を使えば――
梨々花は、かぶりを振った。
「そんなもの、あるわけないでしょ」
由利衣とのシンクロで、原初の精霊の力を借りても無理だったのだ。
分かったのは都市や生産工場の位置くらい。
これだって充分すごいことなのだが。
梨々花がふと見ると、政臣は何か呟いていた。
どうやら、外の世界のダンさんと連絡を取っているようだ。
「射出されれば、熱源と弾頭の突入角度から位置の特定は可能かもしれない……ですか。
でも、それじゃ遅いんですって」
そう。地下都市に撃たれてはお終いなのだ。
リズをちらりと見る。
空の大皿の前で考え込んでいた。
「リズさん……?」
「戦略兵器の運用は、臨時リーダーの判断に任される……」
ちらりと、梨々花を見た。
「あの……考えがあるんですけど」
梨々花の眉が動いた。
植物魔法?
寄生キノコ?
蝗?
呪殺?
リズの手札はどれも強力だが、衛星をどうこうできるのだろうか。
固唾を飲む梨々花に、儚げな提案が降りた。
「女将さんが仕込んでいたスープ。
味玉にチャーシューもお願いします」
――何を?
とは言わない。
梨々花は、静かに巨大なチャーシューの塊を取り出した。
「何枚乗せるんですか?
背脂チャッチャもいきましょう」
リズは自動調理機からチャーハンをよそい、回鍋肉をオンする。
「とりあえず、五十枚ほど……背脂特盛で」
「それで、そのカロリーで何を?」
視線が交差する二人。
「パイコーとバターとコーンも……」
儚げなトッピングのオーダーは続き、リズは膨大なカロリーを補給しながら作戦を語り始めた。
***
前鬼が機械兵を断ちながら進む。
手にした斧に魔力を流すと、刃が淡く輝く。
一刀両断にすると、左手で機械兵の半身を掴み投げつける。
その側では来奈の右拳が輝く。
インパクトが機械兵を貫き、弾き飛ばすと後方の機械兵をまとめて道連れにした。
遙か先からティナの声が響いた。
「あんたはいちいち機械の相手しなくていいの。
自爆するから迂闊に近づかないように!!」
来奈は「はーい」と軽快に返事。
「ねえ前鬼。奥さんとの馴れ初めって何?」
ティナの警告を聞かずに軽口を叩く。
前鬼は、「なんだガキのくせに」と言いつつ、満更でもない顔。
「ハニーと俺は幼なじみってやつよ。
あいつ、式神になりたくないって泣いてたけどよ。
俺が術具使うって決めたその晩。
せめて人間でいるうちに……この思い出があれば狂っても生きて行けるってよう……
可愛いじゃねえか、なあ?」
来奈は機械兵の機銃掃射をことごとく躱し、ぶっ飛ばしながら、笑顔全開で目を輝かせていた。
その来奈に掴みかかろうとした機械兵を、前鬼が蹴飛ばす。
空中で爆発。
「お前、隙だらけじゃねえか。
にしても、いい目持ってんな、弱えくせに」
来奈は後頭部をかきながら、照れ笑い。
「なんかさー、いつの間にか暗いとこでも見えるようになってたんだよね。
すごくね?」
重機との戦いで、スマートグラスを紛失していたのだが。
イシェドの力で復活した際に、解放された能力だ。
元々、空気や力の流れを読み、高解像度ズームや驚異的な動体視力を備える星の魔眼。
少ない光でも周囲を見通す力は、その正当進化だった。
さらに――
来奈の目元がぴくりと動く。
「ねえ、何かきてるよ」
前鬼はフンッと鼻で笑い飛ばす。
「遅えよ」
足をドンッと踏み鳴らすと、地中からワームのような機械が、大口を開けて飛び出した。
魔界での初戦で見た、魔法使い捕獲用の機械だ。
星の魔眼の追加解放その二は、振動の可視化。
来奈が動くよりも早く、前鬼の斧が断ち割った。
何もできずに固まる来奈。
だが、難しい顔で抗議を入れた。
「だってさー。いろんなことしようとすると、頭パンクしそうなんだって、これが」
星の魔眼のセンサーを開放しても、肝心の来奈側の処理がついてこれない。
脳が焼き切れないようにイシェドがサポートしている状態だった。
揚げパンを取り出してかじる来奈に、前鬼は「なってねえな」と一言。
「そのための身体強化魔法だろうが。
あのクソ弱え細目の腹黒女、あれは見習わなくていいけどな、アクセラレータ魔法は鍛えろよ」
橘の「聞こえてまっせ」の声が鬼蜘蛛の通信に乗って響いた。
高速で移動しながら、来奈はシュンとした顔を見せた。
「脳のアクセラレータ魔法かあ……
あたし、はやく獣の加護が欲しいんだけど」
前鬼は「なんだそりゃ」と声を上げる。
どうやら魔界には加護はないようだ。
そして、鼻から強く息を吐き出した。
「良く分かんねえけど、アクセラレータ魔法を鍛えるにはこいつだな」
そう言って、髪留めを解いた。
小さな青い珠がついた、一見何の変哲もない紐だ。
不思議そうな顔をする来奈に、前鬼が説明してやる。
「こいつは遊び道具だけどな。
魔力を通すと頭の中でパズルが浮かんでくるんだよ。
やってるうちに鍛えられるって代物だな。
ってか、お前こんなのも知らねえなんて、どこの田舎から出てきたんだ?」
そう言って、来奈へと放り投げた。
「くれるの?」
前鬼はこともなげに言う。
「俺は極めまくったからな」
来奈はニカっと笑うと、バッグからフランクフルトパンを取り出した。
「これ最後に食べようと思ってたんだけどさー。
お近づきの印ってことで。
ピザパンもいっとく? それとも甘党?」
橘が「うちの式神に餌付けせんといて欲しいわあ」と軽くクレームを飛ばした。
「うるせえ、人を犬猫みたいに言うんじゃねえよ」
前鬼は、ちっと舌打ち。
差し出されたフランクフルトパンを、豪快に一口で食べる。
来奈へと振り向いた。
「まあ、お前が能力を使いこなせてねえことは分かった。勿体ねえな」
来奈の顔がぱっと明るくなる。
「やっぱ、星の魔眼すごいんじゃん。
あたし、身体強化魔法極めるし!!
チョリソーもいっときなって」
パンを突き出す来奈に、「お前、カツサンド隠してんだろ」と探りを入れる前鬼。
二人でモグモグさせながら、機械兵を吹き飛ばしていく。
ティナは後方のやりとりに「まったく、遊んでる場合じゃないのよ……」と呆れ顔。
その手の指輪が光ると、橘と鈴原を伴い、飛ぶより速く先へ先へと転移していく。
「でも、なんか気が合ってるみたいじゃない。
取られちゃうんじゃない?」
少しだけ意地悪な目で橘を見た。
そんな橘は涼しい顔。
「まあ、お友達とじゃれるのはよろしおす。
式神のことは式神使いがよく分かってはりますから」
妙な自信に、ティナは「へー」という声しか出てこない。
やがて、鈴原が指定したポイントが見えてきた。
背の低い建物で、鋼鉄の扉が固く閉まっている。
おまけに入口付近には機械兵も多数。
転移の指輪が輝くのと、ティナたちの頬を風が撫でたのは同時だった。
前鬼の斧が機械兵を薙ぎ払い、来奈の混鉄棍が鋼鉄の扉を粉砕する。
その隙を縫うように、ティナたちは空間を跳んで建物へと入りこんだ。
「すぐに済ませるから、機械通さないようにね!!」
叫びながらティナたちは駆けていく。
来奈と前鬼は、入口を守る格好になった。
前鬼がちらりと来奈を見る。
「お前、その金棒。
なかなかいい趣味してんじゃねえか」
来奈は「おっ!! 分かってんじゃん」 と声を弾ませる。
すると、
「ちょっと貸してみな。取りゃしねえから」
自分の斧を地面に置き、右手を伸ばしてきた。
来奈から受け取ると、魔力を漲らせていく。
混鉄棍の周囲の空間が歪む。
異様で異質なエネルギーに、来奈の背筋が寒くなった。
「むぅんっ!!」
気合いとともにフルスイング。
破壊の魔力が迸り、空気がベキベキ音を立てて軋む。
地を抉りながら、衝撃波が前鬼を中心に放射状に広がっていく。
口を半開きにして見守る来奈の目に映るのは、周囲のビルを木っ端微塵にしながら、塵へと還る機械兵の群れ。
「いいじゃねえか。久々にスッキリしたぜ」
混鉄棍のグリップを差し出す前鬼。
「……まじ?」
出てきた言葉は、それだけ。
――あたし、全然じゃん。
目線を落として黙って受け取る来奈に、前鬼の言葉がかかる。
「なんだよ、反応薄いじゃねえか。
気合入れれば、これくらいの威力が出るってことよ。頑張んな」
来奈は、受け取った混鉄棍をじっと見る。
まだ先は遠い。
けど、これができて竜魔法ももっと使えるようになったら……。
「やばいじゃん、あたし」
誰ともなしに呟くと、肩をポンと叩かれた。
「まあ、俺ほどは無理だろうけどな」
来奈は小生意気な目つきで、口元を上げた。
「いーや、舐めちゃいけないよ。
あたし、破壊の限りを尽くして見せるから!!」
前鬼は、「大口叩いてんじゃねえよ」と鼻で笑う。
しかしその表情は、心なしか嬉しそうだった。
――教官とも違う。
クラリスさんとも違う。
自分と似た戦闘スタイルの、遥かその先。
来奈に、はっきりと超えるべき目標が生まれた瞬間だった。
***
時間は少しだけ戻る。
倉庫を抜けて、長い地下道を通っていく。
鈴原の言う通り、ここはまだ機械たちには見つかっていないようだ。
しかし。
「おい、おじさん。まずいね」
声をかけてきたのはグレイスだ。
こいつが見ているのは愚者の魔眼で可視化したリスクだろう。
まずいリスクほど喜ぶイカれ戦闘民族にしては、珍しい発言だった。
俺は確認する。
「どっちがまずいんだ? 地下都市か、この先か?」
「どっちもに決まってるだろ。
……そうだね、地下都市の方が早い」
爆弾か。
グレイスは、くるりと振り返ると来た道を歩き出した。
「お嬢――」
「止められるのは、私だけだ。
気狐、初回サービス延長だよ」
グレイスの口が勝手に動く。
「お前……まあ、仕方ないです」
駆け出そうとするグレイスの足元に、具現化した残像の刃で形成した足場を滑らせる。
「行くぞ。飛んだほうが速い。案内してくれ」
山本先生を見る。
「ここは任せても?」
短い返事が返ってきた。
美柑と由利衣の気配を感じ、二人が何か言う前に制した。
「お前たちは魔力の使い過ぎだ。足手まといだな」
ぴしゃりと言う。
口論の余裕はないのだ。
俺は持っていたアイテム袋を由利衣へ投げた。
「身軽にしておきたい。黒澤、頼むぞ」
足場を浮遊させる俺に、R魔法使いの式神たちが声をかけてきた。
「それなら、自分たちが――」
それも制した。
「ありがたいが、この先にもリスクがあるそうだ。
そっちは任せたからな」
ちらりと後鬼を見る。
「なあ、あんたも頼めるか。うちの仲間、守って欲しいんだけどな」
後鬼は「いいけどぉー」 と緩い声。
「あなたたちも、守ってあげるからぁ」
そう言うと、後鬼は手にした水瓶に魔力を注いでいく。
続けて水瓶から輝く水が溢れ、俺とグレイスの周りをゆっくり浮遊する。
「それじゃ、いってらっしゃーい」
そう言って、軽く手を振る。
……この水はなんだ。
しかし、説明を聞いている時間も惜しい。
すぐに分かるだろう。
俺は軽く頷き、足場を加速させる。
グレイスを引き連れ、再びリスクの真っ只中へと舞い戻って行った。
――残された者たちは。
由利衣は、がくりと肩を落とした。
「コーチ、来奈……
こんなときに役に立てないなんて」
「そんなことないわよぉ」
水瓶に魔力を注ぎ込む。
溢れ出た水が、由利衣の頭上にふわふわと漂い、霧のようにサアッと散った。
「魔力が……」
由利衣は自分の手のひらを見て呟く。
後鬼は同じように、この場の全員に聖なる水を浴びせる。
麗良は、胸を押さえた。
「痛みが、引いて……」
後鬼はゆるく微笑む。
「回復魔法もお薬も効いてたからぁ。最後の一押し……ね」
由利衣は後鬼に頭を下げる。
そして、少しだけ口を尖らせた。
「魔力が回復できるなら、私だってコーチと……」
後鬼は微笑みのまま言った。
「あなたのコーチがここに残したのは、魔力切れだけじゃないんじゃない?
この先も、かなり危ないからぁ」
由利衣は、ぐっと言葉を飲み込んだ。
麗良は、肩を貸す山本先生に「もう大丈夫だから」と言うと、一人で立ち上がる。
由利衣へと言葉をかけた。
「由利衣、先輩があなたにお宝を託した意味、分かるわよね。
しっかり守りなさい」
次に、美柑に「まだ戦えるわよね?」と問いかける。
「はい!! 生きて帰るんです!!」
麗良は思わず目を細めた。
一時期は生きる気力を無くしていた美柑が、戦いの中で生を掴み始めている。
こんな状況で、いやこんな状況だからこそ、それが嬉しかった。
「そう。頼りにしてるから。
じゃあミレーヌさん、ここから先はよろしくね」
いきなりの振りに、山本先生は、きょとんとした顔。
「え……と、近藤先輩が……」
「任されたのはミレーヌさんだから。
私にも遠慮せずにビシビシ指示を飛ばしてくれて構わないわよ。
戦場ではリーダーの指示が絶対。
魔戦部魂、久しぶりに燃やしていこうじゃない」
山本先生の学生時代、魔戦部創立間もない頃。
麗良は特別指導教官として学院に招かれていたのだ。
麗良は気合の声を轟かせた。
「山本ぉ、魔戦部はイチに根性、ニにド根性やでっ!!」
山本先生の腹の底からの「押忍!!」が地下道を揺るがせた。
――こうして。
魔戦部の魔界支部が臨時に発足。
由利衣、美柑、狸ツインズ、セロ、式神たちは強制加入。
地下都市を巡る戦いは、各地で熱が高まっていくのだった。




