第321話 地下都市のお宝
そこは、かつてこの都市の魔法使いたちが機械と戦うために、代々蓄積してきた武具を格納する隠し倉庫だった。
広さは学校の体育館ほど。
その空間に、赤マントの高笑いが響いた。
「いっぱいあるじゃん!!
これ全部魔導ギアなわけ!?」
俺も眼前の光景に少なからず圧倒されていた。
精霊の魔力を利用して魔法を顕現する特別な武具、魔導ギア。
俺たちの世界では、高額で取り引きされる代物だ。
それがずらりと並んでいた。
◯国から巻き上げた……もとい、景品としていただいた数よりも多いかもしれない。
俺たちをここに案内してくれたN魔法使いの式神の鈴原は、剣を一振り手に取った。
「約束だからな。俺たちにも武装が必要だが、それ以外は好きにしてくれ」
ざっと見たところ、多くは最低ランクのコモン装備だ。
そうは言っても、数十万〜数百万Gの値は付くだろう。
エピック装備もちらほら。
こいつは数千万クラス、モノによっては億にも届く。
しかも、魔導ギアの他にも魔法金属や魔法鉱石、それに魔石も山と積まれていた。
来奈ではないが、頭の中でチャリンチャリンの音が止まらない。
式神たちが装備を手に取ると、さっそく俺たちはアイテム袋へ格納していく。
由利衣は、ふわりとセロに笑いかけた。
「こういうお宝イベントもコンテンツの映えだからね。
ドキドキの後はウハウハ……それが冒険だよ」
セロ少年は、「そうか、これも映えか」と真剣な顔でカメラを回す。
そして、由利衣はぐったりと横たわる麗良へと声をかけた。
「追加のお薬、いきます?」
麗良は弱々しく右手を突き出し、「要らない」とジェスチャーで伝えた。
ここに来るまでに、浴びるほど飲まされたのだ。
もはやオゾン中毒の後遺症なのか、別の原因なのか、俺にはよく分からなかった。
とはいえ、呼吸はもう落ち着いたというので、安心していた。
俺は回復魔法をかけてくれたR魔法使いの式神へと、あらためて礼の言葉をかけた。
「助かったよ。
呼吸器をやられたって言われても、あのときは俺たちじゃどうしようもなかったからさ」
式神は「こっちも命の恩人だからね」と、手を振る。
こうしてコミュニケーションを取ることができれば、気の良いやつらだった。
俺たちが解放したのは、N魔法使いの式神の鈴原と、R魔法使いの式神五体。
加えて、グレイスが解放したR魔法使いの式神が二体。
さらに、ティナたちがSRランクの強力な式神の解放に動いているはずだった。
鈴原によれば、その強力な式神のことは知らないという。
どこか他所から運び込まれたのだろうと。
この都市にはかつて数千人規模の魔法使いの一族がいたが、多くが囚われて実験体にされた。
陥落したのが、およそ三カ月前らしい。
それでこの規模の都市がほぼ無人とは、機械の連中はやることが徹底している。
生き残りは、わずかこれだけ。
いずれ自分たちも……と、諦めかけていたという。
そんな事情で、誰も使わないお宝をしまい込んでいても仕方ないというわけだ。
式神たちも手伝ってくれて、回収が進んでいく。
意外なのはグレイスだ。
イナンナの世界での冒険では、お宝に一切無関心でリスクのある戦いにしか興味のなかった戦闘民族だった。
それが――
来奈が鼻歌交じりでひょいひょいと武器を手に取り、アイテム袋に入れていく。
その隣では、グレイスも「これも高そうじゃないか」と回収していく。
来奈の目が輝いた。
「おっ、分かってるじゃん。
この金ピカ!! 絶対エピックだって。
あたしの目はごまかせないよ」
いつもの適当な言葉に、グレイスは口元を上げた。
来奈の軽口は続く。
「ねえ、あたし、姐さんと冒険してから朝カレーの習慣になっちゃって。
明日は、ほうれん草のやつ食べたいんだけど」
「サグパニールもいっとくかい、来奈」
……なんだ、この距離感は。
悪魔の国チャレンジのときのヴィオラといい。
こいつが絡むと、一見とっつきにくい相手がいつの間にかフレンドリーになっている。
来奈だけじゃない。
由利衣は、おっとりとしたリズに可愛がられ、梨々花は向上心旺盛なティナとお互いを高め合っている。
教え子たちの交友関係が広がっていくのも、嬉しいものだった。
そんなことを思っていると。
「佐伯はん、のんきにお宝漁りしてはる場合やおまへんで」
突如、鬼蜘蛛の魔力糸に乗って橘の声が鼓膜を震わせた。
「どうした、橘。
そっちは式神の解放はうまくいったのか?」
「式神は問題あらしまへん。
けど、おそらく、うちらのこと地上に漏れてますわ」
その言葉に、一気に緊張感が高まっていく。
「どういうことだ?」
「交換機以外の回線があったんよう。
とにかく、脱出。時間がおまへん」
俺は素早く総員に指示を飛ばした。
「おい、地上部隊の応援が来る!! 撤退だ!!」
ざわつく魔法使いたち。
「ええーっ!!」と来奈の大声が上がった。
「ちょっと教官!! まだ残ってるって!!」
確かに惜しいが、そんなことを言っている場合じゃないだろうが。
「おい、入江……」
俺が制する間もなく、星の魔眼が輝く。
一陣の風が倉庫に吹いた。
「っし。そんじゃ、逃げよっか!!」
気がつけば、もう倉庫は空だった。
そして、盛大に腹の虫を鳴らす来奈。
腰の小さなマジックバッグから、あんぱんを取り出した。
「ねえ、由利衣。
世界樹の力って、やっぱ燃費悪くね?」
あんぱんをかじる来奈に、由利衣が注意の声を飛ばす。
「もう、治ったばっかりなんだから無茶しないの。
カロリーきちんと摂らないと」
ここに来るまでに、話は聞いていた。
大型重機との戦いで一撃を食らい、右半身が粉砕されたが、世界樹イシェドの力で回復したという。
以前、悪魔騎士団長にやられた右肺の怪我は経過良好だった。
健康体に回復すれば、カロリー摂取量も落ち着くかと思っていたが、またイシェドのお世話に逆戻りだ。
来奈の大食いはもう慣れてしまったので、それは仕方ないが。
俺のいないところで危険な目に合っていたとは、なんとも頭が痛かった。
以前の俺なら厳しい言葉をかけただろう。
しかし、思いはあれど、もう口にはしなかった。
こいつらが進んで任せてくれと言い、自分たちで乗り越えたのだから。
頼られたときに応えればいいと思うようになっていた。
それはともかくとして、お宝を回収したのなら脱出だ。
俺は麗良に肩を貸した。
「歩けるか?」
「すいません、先輩……」
別に謝る必要はないと言って、麗良を支えながら歩き出した。
回復魔法は確かに効いている。
もう少しすれば自力で歩けるだろう。
鈴原は、そんな俺たちに声をかけてきた。
「いや、そっちじゃない。
この倉庫が無事ということは、やつらに見つかっていない通路がある」
俺は急いで橘へと声をかけた。
「聞こえてたか?
脱出経路があるようだ、こっちに来てくれ」
「もういてはります。さっさと行きますえ」
後ろを振り向くと、橘とティナと山本先生。
ティナの指が光っている。
転移の指輪でここまできたのだろう。
狸ツインズまで連れて来てくれていた。
鈴原は突如現れた魔法使いたちに軽く驚いたが、それどころではないと気を取り直した。
「この倉庫から続いている。
地上までは長いが、特に迷うことはないはずだ。
行ってくれ」
その言葉に違和感を覚えた。
怪訝な顔をする俺の視線を受けて、鈴原は言葉を続けた。
「地下からも挟み撃ちにされてはかなわないからな。
いや、それはまだマシな方か。俺が機械なら……」
「お前、なかなか分かってるじゃねえか」
突如、鈴原の肩をポンと叩いたのはアドラメレク。
魔神は代わって一言。
「俺なら、差し違えても確実に殺る。
機械ってやつは、そういうもんだろ?」
鈴原は、またしても突如現れた厳つい男を見てたじろいだ。
「……あ、ああ。
自爆するようなやつらだからな」
鈴原は少しだけ呼吸を落ち着けると、きっぱりと言った。
「爆弾くらいあってもおかしくない。
そいつが地下都市で炸裂したら終わりだ」
この閉鎖空間で、高威力の爆弾が……。
その想像に、嫌な汗が落ちた。
鈴原は、俺たちを見回す。
「この都市の空間は、先人たちが膨大な魔力を注いだ魔法で生み出されている。
その内部で大爆発を起こされたら、地上への影響は……
何が起こるか分からん」
この地下都市は、地面をくり抜いて造られたわけではない。
地下通路の先は別次元空間になっており、そこへ地上の施設を転移させたものだという。
俺には理解不能な規模の時空魔法の一種だ。
その魔力が暴走でもした日には、最悪、地上までを飲み込んで時空の彼方に消し飛んでしまうかもしれない。
そう鈴原は語る。
まったく荒唐無稽な話とも思えなかった。
「今から爆弾を探す時間もないだろう。
確実なのは、魔法を止めて都市をこの次元から切り離すことだ」
その言葉に来奈は、「勿体ない」が喉まで出かかったが、さすがにそれを口にするほど無分別でもなかった。
俺は鈴原へと問いかけた。
「それで切り離しの方法は?」
鈴原は、「まあ、俺が装置まで行くしかないだろうな」と呟くと、R魔法使いの式神たちを見た。
「お前ら、しっかりやれよ。
なんと言っても、SSRがいるんだからな」
そして、俺へと振り返る。
「魔法を止めてからすぐに切り離しが始まる。五分あるかどうかってところだろう。
急いでくれよ」
いや、一番大事な疑問があるだろうが。
「鈴原さんは……どうするんだよ。
何となく予想はつくけどな」
鈴原は「まあそういうことだ」と一言だけ。
R魔法使いの式神たちが次々と鈴原に声をかけて、短い別れを惜しんだ。
「いいさ、最後は人として死ねるならな。
それもできなかったやつに比べたら、贅沢なもんだ」
一人一人の肩を叩く。
教師だったというが、慕われていたことが分かった。
「コーチ……」
俺の背に由利衣の小さな声がかかる。
言いたいことは分かる。
だが、言って撤回するような覚悟とも思えなかった。
その空気を裂いたのはティナだった。
「その装置ってのは、どこよ。
ここで誰かが涙の犠牲だなんて、コンテンツ的に賛否両論なのよ。最近はうるさいんだから」
言いながら、その手をかざして転移の指輪を見せる。
「行ってすぐに脱出……
そうすれば問題ないでしょ」
鈴原は少しだけ思案顔。
「ここから五キロは離れてるぞ。
それに、おそらく警護の機械兵も……」
「それなら、なおさらチンタラしてたら爆弾エンドじゃないの。
いいから、ゴチャゴチャ言ってないで。
どこなのよ?」
ティナはツカツカと鈴原へ歩み寄り、スマホのマップを突き出した。
鈴原がマップ上の一点を示すと、「なるほど」と呟いた。
「ここなら、私たちが来た地下道の方が近いじゃない。行くわよ」
そう言うと、橘へと振り返る。
「機械どもの相手は任せていいのよね?
最短で突っ切るわよ」
橘は、俺の知らない誰かへと鬼蜘蛛の通信で呼びかけた。
「だ、そうですわ。奥さんどうどす?」
盛大な舌打ちが鼓膜を震わせた。
「なら、早く行くぞ。
その前に、ハニーの拘束解きやがれ」
いつの間にか、一本角の鬼神が俺たちの目の前にいた。
体躯は小柄ながら、引き締まった筋肉。
ツノがなければ、見た目は人間とさほど変わらない。
しかし、赤みを帯びた肌と凶悪そうな牙が人外であることを物語っていた。
一方の二本角の鬼神。
橘の拘束が解かれると、立ち上がって頬に手を当てた。
小柄な鬼神と見つめ合い、吐息を漏らした。
「ダーリン……
助けに来てくれると思ってたよぅ。
さすがだねえ」
グレイスと変わらないくらいの高身長。
スラリとした細身だが、出るところは出て、くびれるところはくびれるダイナマイトボディ。
肌は青みを帯びているが、なかなかの美人……いや、美鬼だ。
「ハニー……」
小柄な鬼神が熱い眼差しを送るのを、ティナが遮った。
「ちょっと、その先は時間帯を選びなさい。
だいたい、早く行くぞって言ったの自分でしょ」
橘が俺たちへ手短に説明してくれた。
こいつらは、前鬼と後鬼。
橘家の伝承にも残っている強力な式神だという。
特に前鬼は速度と怪力がずば抜けている。
この任務にうってつけだと橘は言う。
こうして、脱出チームは分かれることに。
ティナ、橘、前鬼は、鈴原の案内でこの都市を切り離す。
残りは隠し通路から。
そう決まりかけたところで、ティナが来奈を指名した。
「速度重視だから。
いざってときのために、あんたも来なさい。
いいわよね、おじさん」
来奈をちらりと見る。
さっき心配したばかりだが……。
「決めるのは入江だ。
行くなら、準備しておけ」
俺はアイテム袋から、揚げパンにカツサンド、デニッシュなどを次々と取り出し、腰のバッグに詰めてやる。
「川田さんがお前のために、戦闘中に食べやすいものをいろいろ用意してくれたからな。
さえき亭もベーカリー部門立ち上げるそうだ。
しっかり試食レポート頼むぞ」
来奈は頷くと、星の魔眼が淡く輝いた。
「教官たちも、しっかり脱出してくれよな。
お宝手に入れても、持って帰れなきゃ意味ないっしょ」
ティナが橘と鈴原の手を取り、転移を開始した。
来奈は前鬼へと振り返る。
「そんじゃ、あたし飛ばすからさー。
前鬼だっけ? しっかりついてくるように」
言うが早いか、その姿は見えなくなった。
前鬼は「ふん」と鼻で笑うと、柔軟運動を開始し、余裕を見せつけた。
「あのガキ、SSRか。
走りで俺に偉そうにしやがるとはな……」
肩を回しながら、後鬼へと言葉をかけた。
「ハニー、続きは上に出たらな。
ひと仕事してくるからよ」
後鬼は軽く手を振り、投げキッス。
「今夜は何が食べたいのー? お肉? お魚?
それともぉ……」
前鬼はニヤリと不敵に笑うと、疾風のように消えた。
残された俺たちは――
「じゃあ、行くか。案内してくれよな」
R魔法使いの式神へと声をかける。
再び麗良に肩を貸そうと近寄ると、俺の脇を山本先生がすり抜け、素早く麗良を起こした。
「近藤先輩は、私が。
佐伯さんは先導してくださいね」
「いや、俺が……」
言いかけると、山本先生は有無を言わせぬ圧を放ってきた。
「佐伯さんは、お肉とお魚どっちですか。
それとも近藤先輩……じゃないですよね?」
麗良の目を見ると、いいから逆らうなのサイン。
俺は無言で踵を返すと、隠し通路へと歩き出す。
「コーチ、どっちなんです?
それともー、ま・お・う?」
由利衣の興味津々の質問が浴びせかかるが、無視して先を急ぐのだった。
***
地上。
その上空に浮かぶ巨大戦艦の中では、カロリーの投入がピークを迎えていた。
梨々花は自動調理機から出来上がった回鍋肉とチャーハンを大皿に盛りリズへと提供。
「そろそろ、行けますか?」
儚げな頷きが返ってきた。
ここから五十キロ先にある機械の生産工場を攻略するのだ。
まずは地下都市で強力な式神を解放。
続けて、監視衛星を艦のビーム砲で機能停止。
からの、工場襲撃。
いただくものを根こそぎいただき、風のように去るのだ。
梨々花はリズの応答に小さく微笑むと、固定カメラのアングルを気にしながら政臣へと指示を飛ばした。
「高柳くん、そろそろみんな帰還する頃だから。
衛星の方はいけそうなの?」
梨々花が見つめる大型モニターには、外の世界のエンジニアが割り出した衛星軌道が映し出されている。
大きな熱源反応の異常を悟られないように、この艦に氷属性の付与を行う予定。
魔術師の魔眼の出番だった。
政臣は、巨大なデスクトップPCに繋がれたモニターを確認しながら、答えた。
「こっちもいけるよ。
ビーム砲だなんて映えるなあ……!!」
艦の搭載カメラの映像をハック。
世紀の作戦を視聴者さんにお楽しみいただく予定だった。
そんな政臣が見つめるモニター上のウィンドウのひとつが、メッセージを更新。
政臣の目が大きく揺れる。
額に手を置いた拍子に、眼鏡がずれた。
「……まずい、スクランブルがかかった!!」
梨々花の配膳の手が止まった。
「この艦がバレたの!?」
政臣は眼鏡の位置を直しながら、慎重に内容を確認していく。
「ううん。周囲の機械からの無線通信。
この艦も参戦しろって……
攻撃目標は、地下に行ったみんな……って!?」
政臣はモニターを注視。
梨々花とリズは次の言葉を待つ。
数秒の沈黙が流れ、儚げな咀嚼音だけが響いた。
「高柳くん……早く続きを言いなさいよ」
梨々花の促しに、政臣は恐る恐る言葉を発した。
「神の杖が落ちる……」
神の杖――?
梨々花とリズは、訳もわからずに顔を見合わせるのだった。




