第320話 鬼神の夫婦
美柑に案内され、建物の中を進む来奈。
心配そうな美柑の声がかかった。
「ねえ、その血だけど……大丈夫なの?」
来奈は視線を落とし、シャツを見る。
今までは暗い都市を進んでいたので、あまり気にしていなかったのだ。
「うおっ!! やばいじゃん、これ!!」
スマホを取り出し、自撮りで全身を確認する。
「これは配信しちゃダメなやつじゃん。
委員長にモザイクかけてもらわないとなー」
――心配はそっちじゃないんだけど。
そう思ったが、元気そうなので美柑はそれ以上追及しなかった。
この建物に囚われている式神たちの元へ辿り着くと、床に横たわる麗良の姿が来奈の目に飛び込んだ。
「ちょっ、どしたの麗良さん。
あたしの心配してる場合じゃなくね!?」
美柑は「そうなんだけど……」と小声で言う。
「オゾン中毒だって。
回復魔法は式神にかけてもらってるから」
「オゾンって何? ヤバいの?」
「え……何だろうね」
来奈の素朴な返しに、言葉を詰まらせる美柑。
戦闘でも知識でも、自分は役に立てない。
しょんぼりする美柑に声がかかった。
「雷の放電で酸素をオゾンに変化させ、高い酸化作用で毒を分解したんだ。
ただ、高濃度のオゾンを吸い込むと呼吸器を損傷するからな。
一時的な呼吸困難からの酸欠になったというわけだ」
声の主は、竜人のような姿。
N魔法使いの式神、鈴原だ。
「誰、この人?」
来奈は美柑からここまでの経緯を聞き、「ふーん」と鼻から息を漏らした。
「まあ、よく分かんないけど。
あたし、式神を解放してくれって教官に言われてさー」
そう言って、五体のR魔法使いの式神を見る。
いずれも昆虫標本のように体に杭を打たれて身動きができない。
来奈の意識は、杭に集中。
「これもミスリルかあ。
機械のやつら、めっちゃ溜め込んでるねえ」
ワクワクした目。
N魔法使いの鈴原が、そんな来奈に説明する。
「こいつは、ミスリルの合金に拘束の術式を刻んだ一種の術具だ。
打ち込まれたやつの魔力を消費して効果を発動する……嫌らしい代物だな」
そして、端末を見ながら小さくため息をついた。
「解放してくれるのか? 操作が分からなくてな」
鈴原としては、いきなり現れた血まみれの少女が拘束の解き方を知っているようには思えなかった。
しかし、他に頼るものもないのだ。
こんな見た目でも、伝説のスーパーハッカーかもしれない。
淡い期待を込めて端末を指さした。
「さっそくだが、お願いできないかな」
しかし、来奈は「うーん」と腕組みしながら唸っていた。
「どうかしたのか?」
鈴原の問いかけに、真剣な表情。
「お宝じゃん。
これだけの塊って、いくらくらいなんだろ」
「何を言ってるんだ?」
来奈は右手に持った混鉄棍をプラプラさせる。
軽くスイングすると、小気味よく風を切った。
「でもまあ、しょうがないかー。
ねえ、代わりのお宝なんかない?
武器とかさー、冒険者が喜ぶやつ」
その問いかけに、鈴原は少し考えた。
「武器か。機械に見つかっていなければ、隠し倉庫が――」
「くれるの!?」
勢いよく振り向く来奈に、少しだけ気圧される。
「…………残っていたらな。
それよりも、解放の操作をだな」
鈴原に最後まで言わせず、星の魔眼が輝いた。
混鉄棍に破壊の魔力が漲る。
跳び上がると、拘束の杭に五連撃を浴びせた。
たちまちのうちに塵に還るミスリルの塊。
美柑は声にならない感嘆の声を上げた。
一方の鈴原は、端末を指さしたまま固まっていた。
まさかの物理で解決……だと。
困惑する思考を、能天気な声が貫いた。
「うっし。じゃあその倉庫行ってみようか。
視聴者さんプレゼントもあるといいけど!!」
来奈はニカっと笑う。
だが、その前に。
「麗良さん、放っておけないっしょ。
由利衣にみてもらうからさー。
いい感じのお薬、ガンガンぶち込んだら元気モリモリだから」
雑な言葉を並べ、麗良をおぶる。
すると、
「……いいから。回復魔法でかなり楽になったわ」
麗良の弱々しい声。
来奈と美柑の顔が明るくなった。
「遠慮しなくていいって!!
魔法のお薬は、回復魔法の効果高めるってリズさんも言ってたし。
一番いいやつ、ガツンとよろこんで!!」
「あの……魔法のお薬はいいのよ……」
“あの怪しげな”という言葉を飲み込む麗良。
そんな制止も聞かず、来奈は歩き出した。
「そんじゃあ、案内してよー。
バトルとお宝は冒険の華ってね。
だからやめられないんだな、これが」
来奈に連れ立って歩き出そうとした美柑に、鈴原の声がかかった。
「天ヶ崎 美柑。完凸SRの……だな?」
美柑の表情が強張る。
今まで何をしていたんだ。
なぜ式神にならないんだ。
どれだけの犠牲を払ったと思っているんだ。
そんな言葉を浴びせられる気がして、胸がきゅっと締め付けられた。
だが。
「これほど強力な応援を引き連れてきてくれるとはな……
ありがとう」
頭を下げられた。
美柑は、髪をいじりながら下を向く。
「私も助けて貰ったので、何も。
でも……」
左腰の化血神刀の柄に、そっと手を当てた。
「仲間と一緒なら、きっと機械をなんとかできる。
麗良先生を助けてくれて、ありがとうございました」
美柑も頭を下げると、鈴原は笑った。
「あの金棒の子の目の光……SSRだよな。
どこにいたんだか。
俺たちにも希望ってやつが見えてきたな」
そして、R魔法使いの式神へと声をかけた。
「俺はついて行くぞ。お前らも当然くるだろ?
機械の連中に、リベンジといこうじゃないか」
R魔法使いの式神たちの体が変化していく。
人型の形態になると、一体が声を上げた。
「こうやって話ができるのは、何年ぶりかな。
鈴原先生、もちろん行くに決まってるでしょう」
他の四体も頷いた。
「先生?」
美柑の疑問に、鈴原は小さく肩をすくめた。
「昔は教師でな。
教え子を負け戦に送り出すことしかできなかったが」
鈴原は、床に横たわるN魔法使いの式神たちの遺体へ目を向けた。
N魔法使いの中で生き残ったのは、彼だけだった。
「……お前らの分も、きっちり払わせてやるからな」
それだけ言うと、もう振り向きもせずに歩き出した。
「武器庫か。俺たちにも必要だからな、ちょうどいい」
美柑の脇をすり抜けていく式神たち。
美柑は――
N魔法使いの式神たちの遺体に一礼。
踵を返すと、来奈を追って走り出すのだった。
***
ティナと山本先生と橘は、もう一体の式神の元へと急いでいた。
機械兵が続々と集まっている。
ティナの磁力操作が、機械兵同士をくっつけた。
数体まとめて団子状になり、動きが取れなくなる。
そこに前鬼が、むんずと機械兵の塊を持ち上げた。
磁力が、次々と機械兵を引きつけていく。
前鬼は、さらに巨大な鉄の塊と化したそれを、軽々と放り投げた。
機械兵の群れをなぎ倒していく。
橘は、満足そうな声を上げた。
「さすがどすなあ。で、契約なんやけど……」
前鬼は、ちっと軽く舌打ち。
「契約とやらは、俺との約束が果たされてからだ。
……魔法使いに操られるだと?
聞いたこともないな」
「操るやなんて、人聞き悪いわあ。
式神と術者は一心同体なんよう」
ケッと吐き捨てられた。
ティナは、橘にこそこそと耳打ち。
「ねえ、魔界の式神ってずいぶん違うわね。
こんなに喋るなんて」
暁鶴を見る。
式神には何らかの意思があるということは感じていたが、ここまで人間くさくはない。
自分の知っている式神と、魔界の魔法使いが変身した式神とでは、やはり何か違いがありそうだった。
やがて、もう一体が封印されているビルが見えてきた。
飛行ドローンが警報を鳴らし、侵入者を知らせる。
迎え撃つのは、機械兵とN魔法使いの式神。
前鬼を封印していたビルでも見た姿だ。
脳に六角錐の金属の杭を打ち込まれ、意識を乗っ取られた元魔法使いたち。
金属の杭からはケーブルが伸び、移動砲台に接続されている。
金属の杭に刻まれた術式が、緑色の光を放つ。
N魔法使いの式神がビクリと痙攣。
砲台から、風の魔力を纏った魔力弾が撃ち出された。
山本先生がウィンドブレスを乗せた矢を繰り出し、敵の風魔法を打ち消す。
しかし矢は砲台には当たらずに大きく逸れた。
当たらなかったのではない、当てなかったのだ。
スカジを構える山本先生の口元が固く結ばれる。
その目から、涙が一筋こぼれた。
ティナが小さくため息をついた。
「お姉さん、無理しなくていいって。
機械の相手をお願い。
あれは私がやるから……」
そう言って、金蛟剪を構える。
ティナの手も、少しだけ震えていた。
あの状態では、もはや助けることはできないだろう。
この世界に来たとき、魔神アドラメレクは忠告した。
絶対に捕まるなと。
魔法使いが機械に囚われた先にあるのは、研究と応用。
人類を滅ぼすという単一の目的を淡々とこなす、感情を持たない敵のリソースと化す未来。
ティナは自分に言い聞かせるように呟く。
「私だったら解放されたいわよ……」
金蛟剪のヘッドを地面に打ちつけ、雷光を放つ――
それよりも早く、N魔法使いの式神たちの首は、前鬼によって飛ばされていた。
鬼蜘蛛の魔力糸の通信に乗って声が聞こえる。
「ちっ。とっ捕まって利用されるなんてな。
間抜けな魔法使いだ」
言葉が続く。
「……まあ、俺もとっ捕まってたんだけどな。
間抜けが引導渡してやるよ」
移動砲台を持ち上げ、上空のドローンへと飛ばす。
移動砲台はドローンに激突し、そのままビルへと撃ち込まれた。
崩れ落ちる建物。
前鬼は肩を回すと嘯いた。
「だいぶ暖まってきたかな。
アレがありゃなあ……」
「アレってなんですのん。うちに相談してえな」
前鬼は「うるせえな」と一言。
しかし橘はまったくめげない。
「水くさいわあ。前鬼はんの欲しいものは、うちの欲しいものどす」
軽い舌打ちが返ってきた。
「お前、恩売ろうとしやがって……
斧だよ、俺の獲物。
どっかに落ちてなかったか?」
三人の記憶にはない。
しかし。
「うちにまかしといておくれやす」
そう言って、着物の帯を叩いた。
山本先生が問いかける。
「あの……黒澤さんの索敵でも、武器は無理じゃないですか?」
橘は涼しい顔を崩さない。
「適材適所。得意なお方がいてはりますやん」
そう言うと、遠くの仲間へと呼びかけた。
「狸はん。聞いてはりましたか?
前鬼はんの探しもの、よろしゅうお頼み申します」
隠神刑部の眷属狸。
戦闘能力はさほどではないが、変化と占術を得意とする二体。
そのうちの一体に、橘は式神・家鳴をつけていた。
その家鳴を介して連絡を取ったのだ。
橘は、ふんふんと頷く。
少しして、
「前鬼はんのいた、あのビルにあったんどすか……
気が付きまへんでしたなあ」
残念そうに眉を下げた。
「前鬼はん、木っ端微塵ですわあ」
そう言うと、橘の目の前に前鬼の姿が現れた。
目にも止まらぬ速さで間合いを詰めたのだ。
「おいっ、適当なこと言ってんじゃないだろうな。
俺の斧が簡単に壊れるわけ……」
詰め寄る前鬼に橘は変わらず涼しい顔。
「まあまあ、仕方ありまへんわあ。
形あるものは滅びるものどす」
前鬼は何も言わず、瓦礫を機械兵へ投げつけた。
山本先生とティナも、黙って援護する。
微妙に気まずい空気が流れた。
コンクリートの塊を投げ、鉄骨を投げる。
機械兵をあらかた片付けると、前鬼は小さく呟いた。
「……仕方ねえな。行くぞ」
「ところがですなあ。
滅びないのは、形のないもの。
式神と術者のパートナーシップですわ」
前鬼が振り向くと、目の前に斧が浮かんでいた。
鬼蜘蛛の魔力糸だ。
「うちの鉄鼠も活躍したんよう。
瓦礫の中から掘り出すのは難儀したわあ」
前鬼の頬がぴくりと動く。
「お前……木っ端微塵って……」
「ビルは木っ端微塵でしたわ」
前鬼はそれ以上何も言わず、斧を握る。
ティナは小さくツッコミを入れた。
「ねえ、式神との交渉ってそんな感じなの?
ちょっと自信ないかなー」
「ティナはんが要らへんなら、うちがいただきますけど?」
ぐっと言葉を詰まらせるティナ。
橘は楽しそうに着物の袖を口元に当てた。
「まあまあ、何事も慣れですわ。
うちがあんじょうサポートしますさかい」
ティナは式神使いとしての腕よりも、この性格についていけるのかが不安だった。
それでも、橘の「大船に乗った気で、おきばりやす」の言葉に頷くのだった。
***
愛用の武器を取り戻した前鬼は、まさしく鬼神そのものだった。
またたく間に機械たちを斬り伏せ、最短距離でもう一体の式神の元へと辿りついた。
前鬼が封印されていたときと同じく、石化の魔法陣。
それを維持しているのは、機械に操られたN魔法使いの式神。
前鬼はN魔法使いの式神たちの首を飛ばすと、石化した式神に向き合った。
「ハニー……」
その姿に似合わないセリフを吐く。
石像は、大柄な鬼神。
その額には二本のツノ。
後鬼だ。
前鬼は橘へと声をかけた。
「おい、俺が押さえてるから薬を頼む。
それと、ハニーの武器も……探せるんだろ?」
橘は目尻を下げた。
「嬉しいわあ。何でもうちを頼りにしてええんよ。
で、後鬼はんの武器は何ですの?」
後鬼の武器は水瓶。
水魔法と聖魔法の複合の聖水を生み出す。
癒しと浄化の力を持ち、防御用の水壁まで展開できるという。
パワーとスピードの前鬼。
支援と回復の後鬼。
夫婦の式神だった。
ティナは「へえ……」と頷き、撮影係の暁鶴を見た。
隠しダンジョンで仲間にしたこの暁鶴は、防御結界と回復。
額には二本の小さな角。
同時に仲間にした宵烏は、高速の斬撃技を得意とする。
額には小さな一本角。
……似ている。
偶然なのかどうかは、分からないが。
そんなティナに、橘の緊張した声がかかった。
「水瓶、ありましたわ」
ティナに手渡す。
「さすが、仕事が早いじゃない」
嬉しそうなティナとは対照的に、橘の顔色は優れない。
ぽつり、言葉が漏れた。
「通信網なんやけどな……」
ティナの眉が寄る。
この地下都市と地上とを結ぶ光ファイバー網。
機械どもの無線通信を光回線へ繋ぐアンテナと交換機は、すべて破壊していた。
「通信網がどうしたってのよ……」
嫌な予感に襲われるティナに、橘の声。
「このビル全体を鬼蜘蛛でくまなく調べてたんやけどな……
交換機を介さへん有線の回線も、想定しとくべきでしたなあ」
ティナと山本先生から血の気が一気に引いた。
橘は、小さくため息。
「まあ、こうなったら落ち着きなはれ。
前鬼はんと後鬼はん。
この強力な式神で乗りきるしかあらしまへんわ」
そう言うと、前鬼に合図を送った。
前鬼は石化解除の術具を石像にはめる。
続けて、石像の背後に回りこむ。
「ハニー、こらえてくれよ……」
石像の腕を押さえつけた。
「山本はん、お薬」
橘の声に、山本先生は急いで解呪の薬を取り出す。
鬼蜘蛛の魔力糸が素早く受け取った。
石化が解除されていく。
橘は後鬼の口を鬼蜘蛛の魔力糸で強引に開け、薬を流し込んだ。
そして、魔力糸で包み込む。
もがく式神。
しかし、構っている余裕はない。
橘は大声で指示を飛ばした。
「前鬼はんは、女房かかえなはれ。
全力で逃げまっせ!!」
そしてティナの腕を掴む。
「その水瓶、はよしまいなはれ。
転移や転移!! 佐伯はんと合流!!」
「ちょ……落ち着きなはれって言ったじゃん」
ティナの抗議を無視。
「はよういきますえ!!
機械の援軍来る前にここ出んと、終わりどす!!」
そして、カメラに視線を飛ばした。
「緊急企画!!
“地下都市から脱出せよ、機械軍団からとんずら大作戦”どすえ!!
チャンネルはそのまま、見逃しはったらどついたりますえ!!」
バキューンポーズ。
ティナは、「どつくんじゃなくて、しばくのよ」と訂正を入れながら転移アイテムを起動。
その場から三人の姿が掻き消えた。
残された前鬼と暁鶴は、小さく頷きあう。
前鬼がビルの壁をぶち破る。
こうして、地下都市からの大脱出が始まった。




