第318話 機械たちの研究
美柑の悲鳴に、ただ事ではない雰囲気を感じ取った。
村正の残像の刃で入り口の守りを固め、建物の中に飛び込んだ。
奥から猛烈な風が吹いてきた。
風に逆らって、駆けに駆ける。
この鼻を刺す匂いはなんだ……中で、一体何が。
そして目に映るのは拘束された異形。
地に伏せる麗良にすがる美柑。
記憶が鮮明に蘇る。
理沙の遺体に、泣きながら顔を埋める麗良の姿――
「美柑、何があった?」
問いかけるが、美柑は俺の声が聞こえていないようで、一心不乱に麗良に呼びかけている。
美柑の肩を掴み、大きく揺らす。
「何があった!?」
美柑の目の焦点が合っていない。
ふと見ると、その手にはオリハルコンのプレート。
俺は素早く上着を脱ぎ、麗良にかける。
上着にはオリハルコンの繊維が編み込まれている。
魔力を通すと、浄化のフィールドが生まれた。
麗良の顔は真っ青だ。
呼吸が荒い。
アイテム袋から携帯用の酸素ボンベを取り出し、当ててやる。
幻術、呪術、麻痺、毒……どれだ。
可能性としては、魔法よりも薬物だろう。
美柑の悲鳴から、およそ一分。
処置が早いのか遅いのか、まったく分からない。
「師範、私……」
美柑の不安げな瞳。
俺は後悔した。
二人で行かせたのもそうだが、今のはまずかった。
美柑の非は何ひとつないのだ。
「怒鳴って悪かった。しかし、まずいな……」
俺に聖魔法が使えればオリハルコンの効果も飛躍的に向上するのだが。
あいにく、いまのパーティメンバーには聖魔法に長けた者はいなかった。
リュシアンがいれば……。
だが、冒険にIFはない。
この状況で、持てる手札で何とかするしかないのだ。
酸素の供給を続けながら、麗良に呼びかける。
だが、反応がない。
「おい……」
原因が分からなければ、適切な処置もできない。
いや、薬物だったとして俺に何ができる――
思案を強制的に打ち切ったのは、入り口から聞こえる戦闘の騒がしい音だった。
村正の残像の刃を置いてきているが、いつまでも持ちそうになかった。
とにかく、じっとしていても仕方がない。
「美柑、この上着に魔力を通してくれ。
俺は式神の対処をする」
美柑は、オリハルコンのプレートを手にしたまま動けない。
「美柑!!」
ビクッと肩を震わせ、美柑は返事をした。
「は……はい!!」
「この上着は状態異常の耐性と回復の効果がある。
魔力を通してくれないか」
美柑は上着に手を当てると、魔力を集中。
淡い光が走った。
俺はアイテム袋から呪い解除の薬を取り出した。
まずは、壁に手足を拘束されてぐったりしているN魔法使い。
「美柑、その板を貸してくれないか」
オリハルコンのプレートを受け取る。
村正で拘束具を切断。
床に崩れるように倒れ込んだ式神の手にオリハルコンを持たせてやる。
どうやら、まだ意識はあるようだ。
異形の姿になった身体強化魔法の影響かもしれない。
「あ……」
「しゃべらなくていい、こいつに魔力を通せ。
それで、動けるようになったらこの薬を」
アイテム袋からハワイアンブルーの薬液が入った瓶を取り出し、床に置いた。
怪しいか怪しくないかといえば、間違いなく前者。
しかし、細かい説明をいちいちしていられない。
「とにかく、俺たちは味方だ。従ってくれ」
そう言い置いて、R魔法使いの式神に向かい合う。
こいつには話が通じそうにない。
巨大な顎を咬み合わせ、今にも襲いかかる気配を見せている。
うっかり拘束も解除できない。
俺は一歩踏み出す。
キイキイと耳障りな音を立てて威嚇してきた。
構わず、もう一歩。
式神の顎が、俺の顔の右半分と右肩を食いちぎった。
――ように、思っていることだろうな。
明後日の方向に食らいついていく顎。
それが開いた時を逃さず、薬液を口内に投入。
幻術だ。
村正が幻影の加護を得て獲得した能力。
本職の幻術使いには到底及ばないが、少しだけ注意をそらす。
それで充分だった。
R魔法使いの式神は全五体。
手早く処置を終え、美柑と麗良の方を振り返る。
麗良の呼吸は荒い。
ゴボゴボと不穏な音が聞こえる。
美柑は酸素ボンベを持ち、途切れそうになる魔力集中を、歯を食いしばって続けていた。
きついなどと言っていられない。
限界を超えていようとなんだろうと、魔力の供給を切らすわけにはいかないのだ。
あらためて美柑に問いかけた。
「で、何をされたんだ?」
「あ……と、その。
機械兵から何か噴出して、その……
麗良先生が雷で……」
しどろもどろだが、その言葉から推測されるのは毒ガスだろうか。
「雷で焼却したのか。
とっさの判断にしては良くやったな」
そこに、聞き慣れない声。
「違うな。雷による高濃度オゾンの発生。
そこの魔法使いは、オゾン中毒だ」
振り返ると、N魔法使いの式神。
だが、姿が違う。
今まで見てきたのは、竜と悪魔が合体したようなフォルム。
いま目の前にいるのは、竜人という表現が適切だろうか。
頭にはツノ。
爬虫類のような瞳。
だが、かなり人間の形態に近い。
体をびっしりと覆っていた鱗もない。
身長も一回り縮んでいた。
そいつは緩くなったズボンのベルトを締め直しながら、再度言った。
「喉と肺をやられているんだ。回復魔法を急げ」
俺と美柑は顔を見合わせる。
「どういうことだ、分かるか美柑?」
美柑は魔力集中と酸素供給を続けながら、小さく首を横に振るだけ。
式神の竜人は、「まあ、いいから」と言って一体のR魔法使いの式神を見た。
こちらは形状に変化は見て取れなかった。
「おい、俺の言葉分かるか?
お前、聖魔法得意だっただろう。
この美人さん、助けてやってくれよ」
すると、杭で拘束された一体の式神から魔法が放たれた。
上着に縫い込まれたオリハルコンが強く輝き、浄化が促進される。
麗良の体内の異物が消え去り、傷ついた呼吸器官を癒す。
俺は思わず目を見開いた。
ここまでの聖魔法を、元R魔法使いが?
俺の常識では、Rにできるのは軽い怪我を治す程度。
喉と肺をやられていると言ったが、臓器の損傷の治療ができるレベルとなると、最上位の魔法だ。
麗良の呼吸が、緩やかになっていく。
竜人の男は「そのままかけ続けてくれ」 と仲間に声をかけながら、建物の照明のスイッチを入れる。
いままでは、壁のモニターが光源だったが、急に眩しくなり目がくらんだ。
男は、端末の一台に近寄り「うーん」と唸った。
「どうやったら拘束が解けるんだろうな。分からん」
そう言って、俺を見た。
思わず目を逸らす。
俺だって分からないのだ。
そうこうしているうちに、機械の銃声は迫っていた。
村正を手に取る。
「とりあえず、機械は黙らせる。
拘束を解くのは任せた」
ここにいても、俺の役に立つことは無さそうだった。
美柑へと声をかける。
「どうする? ここで麗良の側に――」
美柑は、自分の上着を畳んで枕にして麗良を寝かせる。
化血神刀を手に立ち上がった。
「ここに機械を来させるわけにはいきませんから。
……私も」
俺は小さく頷く。
竜人の男へと言葉をかけた。
「俺は佐伯 修司って者だ。
こっちは天ヶ崎 美柑で、倒れているのは近藤 麗良。
麗良を頼んでいいか?」
「天ヶ崎 美柑……?」
男は美柑をじっと見る。
完凸SRの美柑の名前が知られていてもおかしくはない。
迂闊だったかもしれないが、こいつらは麗良を助けてくれている。
銃声が近づいてきている。
男は小さくかぶりを振った。
「スズハラだ。回復は続ける。
任せておいてくれ」
鈴原の言葉を確認し、俺と美柑は入口へ向かって駆ける。
村正の残像の刃をこちらに戻し、美柑の護衛に付けた。
「まだ行けるんだろうな?」
「はい!!」
美柑の魔力が全身に巡る。
さっきよりも、練度がわずかに上がっている。
オリハルコンに魔力を通し続けていたからだろう。
極限が成長させる。
もちろん、まだ全然だ。
しかし、確かな進歩を感じていた。
梨々花や由利衣でも、ここまでじゃなかった。
こんなときに何だが、楽しみなやつ。
機械兵たちをざっと確認。
しかし、数が多い。
索敵レーダー上の反応は、この付近に三十体ほど。
しかし、どんどん集まってきている。
その分、ティナたちの負担を肩代わりしているとも言えるが。
あいつらの首尾はどうなんだろうな。
気にする余裕はないが、作戦成功を祈るような気持ちだった。
***
ティナの金蛟剪が唸りを上げる。
巨大なモンキーレンチのような凶悪な顎が、重機のアームを絞め上げる。
すると、巨大なアームは消失。
因果の切断。
モンスターも冒険者も、ダンジョンに還り、また巡る。
いつの時代からか、そう信じられてきていた。
それを断つ禁忌の能力だ。
ティナは、普段はこの能力を使わない。
しかし、相手は機械。
遠慮は無用だった。
別の重機のアームがティナに迫る。
それを鬼蜘蛛の魔力糸が止める。
山本先生の竜魔法を纏った矢が放たれ、重機をメシャメシャに引き裂きながら貫いた。
周囲の機械兵は沈黙。
山本先生は息をついた。
「こちらは数が少なくて助かっていますが。
向こうは厳しいですね……」
ティナは金蛟剪を肩にまわす。
「まあ、そうね。
だから、とっとと目的果たして合流しないと」
そして、暁鶴の構えるカメラにパーフェクトスマイル。
「どんなのが出てくるのか、視聴者さんお楽しみタイムね!!」
ここは、オフィス街のようなところだった。
大通りは三車線の道路が整備され、ビルの背は低いものの外の世界と同じような近代的な建物が並ぶ。
一階のテナントには飲食店が入り、コンビニのような店舗も見える。
地下だというのに、往時は豊かな生活ぶりだったことが偲ばれた。
今は、通りにはひっくり返った自動車が散乱し、ビルの多くは破壊されている。
いつ襲撃を受けたのかは分からないが、ここに来るまでに人の姿はなかった。
ゴーストタウンと化した地下都市を進み、魔力反応があるビルへと侵入していたのだ。
橘の鬼蜘蛛が、機械に囚われた式神の状況を探る。
細い目尻が、ぴくりと動いた。
「これは、あきまへんな」
ティナが訝しげな声を上げた。
「どうしたのよ、機械の反応はないけど?」
橘は小さく頷いた。
「機械は、いてはりまへん。けど……」
「けど、なによ?」
橘は、大きなため息。
「敵さん、研究熱心すぎやわあ。
これは勝てへんのも納得どす。
……説明するより、見はったら分かりますえ」
そして、目指すフロアへと踏み込む。
ドアのセキュリティを外す――
などができるはずもなく、当然のように周囲の壁を鉄鼠で開けて入り込む。
元はオフィスなのだろうが、什器は撤去されている。
だだっ広い空間だ。
そこに広がるのは、奇妙な光景。
床には大きな魔法陣が淡く光っていた。
その中央には、額から大きな一本角を生やした鬼神のような石像。
小柄で痩せている。
見た目はさほど強そうではないが、石像からは確かに強い魔力を感じた。
この魔法陣は、石化の呪術なのだろう。
山本先生が呟く。
「これが、式神……?」
なぜ石化しているのだろうか。
その疑問の他にも、いくつか奇妙なことがあった。
魔法陣の周囲に配置されている、用途不明の機器。
そして、三体のN魔法使いの式神。
N魔法使いの式神は突っ立ったまま、ピクリとも動かない。
頭には、妖しく光る金属製の六角錐の杭。
おそらく頭蓋骨に穴を開け、脳まで達している。
その杭からケーブルが伸び、魔法陣の周囲の機器に接続。
この機器を介して魔法陣が維持されていた。
橘が低い声で言う。
「うちら、戦艦乗っ取りましたけど、敵さんも似たようなこと考えますなあ。
……魔法が使えん機械が、ああやって魔法を使えるように研究してはるんやね」
N魔法使いの式神をハックして、魔法を使う。
そんなことが可能なのか?
しかし確かに、理には適っている。
上位モンスターと融合したSRクラスの式神には通常兵器は効かない。
ダンジョン素材でも倒すのは容易ではない。
ならば魔法だろう。
それでも完全には滅ぼすことはできずに、こうして封印しているのだ。
山本先生は、思わず口元に手を当てる。
「ひどい……こんな」
しかしティナは意外とドライだった。
「まあ、お姉さんの気持ちもわかるけど。
相手は機械だから。
……どうしたもんかなー」
ちらりとカメラを気にする。
「このN魔法使いの式神、どうなんだろ。
戻ると思う?」
その疑問に、山本先生の気持ちはさらに沈んだ。
脳にこのような異物を差し込まれて、人間に戻ったらどうなるのか。
もう、彼らは……。
そんな気持ちを察知したのか、橘は言う。
「別に山本はんが気に病むことやおまへんけど。
ただ、魔力供給を断つ必要はありますなあ」
そう言うと、鬼蜘蛛の魔力糸でケーブルを切断した。
魔法陣の光が、徐々に弱まっていく。
すると、索敵レーダーの機械兵たちの行動に変化が起きた。
こちらに向かっている。
ティナが山本先生へと言葉をかけた。
「とりあえず、N魔法使いの式神の方は私たちにはどうにもできないでしょ。
……あれ、使うわよ」
山本先生は動かない三体を見て、小さく「ごめんなさい」と呟く。
そして、アイテム袋から腕輪を取り出した。
これは呪い破りの術具。
イナンナの世界でリスティアと戦ったとき、彼女の恋人の魔眼能力を退けたものだ。
ただ、問題がひとつ。
ティナは、緊張で喉を鳴らした。
「石化を解除したら、あれよね。
……襲ってくるパターンまでは見えてるんだけど」
山本先生は、腕輪を橘に渡す。
静かに矢をつがえると、狙いを式神につけた。
「ですね、戦うことになるかもしれません」
映像で見たSRランクの式神。
目の前の石像とは姿形は異なるが、あの魔力。
おそらく、これも石像の封印が解ければ同等の……。
いや、もしかするとそれ以上かもしれない。
矢一本でなんとかなるとは、とても思えなかった。
ティナは金蛟剪に魔力を注いだ。
ネジがキュルキュルと回り、顎が開く。
そして、石像を挟んだ。
「もったいないけど、もしものときは容赦なくいくから」
表情は真剣そのもの。
少しでも油断すれば死。
それだけ、侮れない相手だった。
橘は腕輪をじっと見つめ、目尻をさらに細めた。
「まあまあ、ティナはんも山本はんも……
そないな物騒なもんはしまいなはれ。
パートナーシップの交渉ですからに」
二人は、橘に注視。
薄く微笑みながら、強力な式神をまっすぐに見据える着物姿。
「魔界くんだりまで来たかい、ありましたなあ……」
そのとき、窓ガラスの外から強いライトが当たった。
ビルの屋上からワイヤーで降りてきた機械兵だ。
その光に照らされる三人。
どうやら、躊躇している時間は無さそうだった。




