第317話 解放作戦
上空の巨大戦艦では、次の作戦準備が進んでいた。
梨々花は自動調理機をプロパンガスのボンベと、200Vの巨大なポータブル電源につなぐ。
ちなみに燃料と電源も◯国からの鹵獲品であることは、今更言うまでもない。
特殊部隊百名を、数カ月に渡って外部からの補給なしで駐屯させることを想定したエネルギー量だ。
いまはそのすべてが、冒険と炊飯に活用されていた。
二台の業務用の大型調理機。
一台はチャーハン、もう一台は回鍋肉。
具材は、前日のうちに千八百人前を仕込み済み。
梨々花は付け合わせの唐揚げを揚げる。
戦艦の換気をフル回転。
新たにこの艦の頭脳として君臨したAIへ、政臣を通じて指示を飛ばしていた。
リズは既にテーブルにつき、唐揚げをつまんでいる。
梨々花が追加の鶏肉の皿を置くと、儚げな視線が絡みついた。
「……どうかしましたか?」
「いえ、なぜか今夜はすき焼きだなって。
A5ランク霜降り和牛の舌になってしまいまして……」
これから千八百人前の回鍋肉チャーハン定食のカロリーを投じようというのに、早くも夕飯への期待。
梨々花は頼もしげに頷く。
「すき焼きが食べたいんですか?
いいですよ。その前に、機械どもに特大の地獄をぶち込んでくださいね」
そう言うと、調理場の前に設置した大型モニターに視線をやる。
各作戦の進捗がここに表示されているのだ。
梨々花の頭には、連絡用のインカム。
統括を務めながら、リズへカロリーを投入するのだ。
油へ鶏肉を落としながら、ふと思う。
あの機械兵、プログラムを書き換えて給仕に使えないかな。
いや、由利衣のスケルトンでも……。
梨々花のビジネスの翼が羽ばたいたそのとき。
インカムに通話が入った。
相手は第三層の温泉宿と、さえき亭総本店を任せているN魔法使い。大女将だ。
「お疲れさまです、川田さん」
彼女は、学食の小林リーダーの友人で、元々その縁での紹介だった。
ダンジョンの新たなビジネス、弁当販売。
そのセントラルキッチンとして学食施設の運用を考えていて、小林リーダーへ話をつけて欲しいとお願いしていたのだ。
さらに、小林リーダーから学院長へも。
梨々花は、唐揚げを油から引上げながら、ふんふん頷く。
「ありがとうございます。
本当は先生が総監督なんですが、どうにも腰が重くて……」
每日のように尻を叩いていたが、相手が学院長ということもあり、渋っていたのだ。
通話の向こうでは、川田さんの笑い声。
「真央先生、ずいぶん尖ってたから。佐伯さんも苦手なんじゃない?
大丈夫、私からも言っておいたから」
川田さんが学生時代、学院長は新米教師。
昔の学院は戦闘魔法使い育成機関で、N魔法使いはほとんどいなかった。
しかし、川田さんはダンジョンで仕事がしたいということで、地獄の訓練に揉まれたという。
その後、冒険者としては芽が出ず、食品会社へ就職した。
ダンジョンとの関わりは、第六層のイベントへ出店する程度。
それが、人生後半になって思わぬ転機を迎えることになる。
その川田さんは楽しそうに梨々花に言う。
「佐伯さんも頑張ってるんだから、そんなこと言ったらかわいそうよ。
小林さんと私で学生さんのバイトも探しておくから。成功させましょうね」
フェリクスの営業が結実し、第三層ミスリル採掘場と、第四層のブルーストーン採掘場の事務所に弁当入りのマジックリュックを置いてもらえることになった。
冒険者を雇って弁当や飲料を運び、帰りは空のリュックに鉱石を詰めて戻る。
そんな流通網も構築していた。
この取り組みはメディアにも取り上げられ、「うちの採掘場でも試してみたい」と、海外からも問い合わせが寄せられていたのだ。
梨々花の目に力が宿る。
「お願いします。これは、ダンジョンに革命をもたらすビジネスですから」
いまは、有人による管理。
その先に見据えるのは、無人販売。
貴重なマジックリュックをどうやって守るか。
それが課題なのだが。
――やはり、機械兵。
どうしても、手なづけたい。
そんな思いの梨々花の鼓膜を、川田さんの声が震わせた。
「で、桐生院さん。革命と言えば。
動画観たんだけど……その、術具とかいうの」
少しだけ川田さんの声に熱がこもった。
「N魔法使いでも冒険、できるかもしれないのよね?」
梨々花の頬が緩む。
N魔法使いなら、式神化しても元へ戻せる可能性がある。
まだ検証は必要だが、その可能性は川田さんの胸に火を灯したようだった。
梨々花はそっと焚き付けた。
「真竜の爪でこしらえた特注の魔法剣……
大女将のために取っておきますね」
その言葉に、ぱあっと嬉しそうな雰囲気が伝わってきた。
「うちの板長と、魔王健康ランド店のチャンドラさん。
一緒にパーティ組もうかって話してるの。
フェリクスさんも付き合ってくれるって」
フェリクスは軽い男だが、実力は本物。
きっと役に立つだろう。
しばし川田さんは思い描く冒険について語り、「それじゃお店の収支報告はメールしとくわね」と通話を切った。
自動調理機のアラームが鳴る。
梨々花は唐揚げを皿に盛りながら大声を張り上げた。
「リズさん!! 目標、機械生産工場!!
素材も敵のリソースも、丸ごといただいていきましょう!!」
起動前の機械兵を鹵獲するのだ。
無敵の自販機、給仕の労働力。
次の一手のために、必ず成し遂げなくてはならない。
そしてそれを実現するのは、魔王梨々花がこの世でもっとも信頼するカロリーの暴力。
ワゴンを押し出し、いよいよ戦闘開始だった。
***
俺たちは、式神の解放を目指して進む。
橘は、由利衣がリーダーを務めるチームに既に伝令を飛ばしていた。
いずれ追いついてくるだろう。
鬼蜘蛛の通信越しに、山本先生の不安げな声が聞こえた。
「黒澤さんが心配です。背負い込む子なので……」
確かにそれは俺も気がかりだった。
しかし、今回は最小限の人員で速やかな制圧が必要。
任せて欲しいと言ってきたのは、由利衣だった。
俺も山本先生に同意だったが、口から出たのは逆の言葉だった。
「黒澤なら大丈夫。入江とお嬢をまとめられるのは、あいつだけだ」
山本先生の「そうですね……」の声に重なったのはティナだ。
向こうに合流していた。
「おじさん、ユリィたちと合流してR魔法使いの式神の解放頼むわよ。
私たちは大物一直線で行くから」
作戦は第二フェーズに移行。
ティナたちは戦闘は最小限に、この都市の大物式神へ。
それ以外は、R魔法使いの式神を戦力に取り入れながら機械の掃討だ。
麗良がさっそく張り切り出した。
「了解です。ティナさん、大きな光弾もらえますか?」
光属性魔法は、ティナの得意中の得意なのだ。
上空に大きな光弾が打ち上がり、麗良のものと合わせて地下都市を煌々と照らした。
そして、二チームは針路を別に取る。
それぞれの目標のために。
俺たちの眼前には、機械の群れ。
左手をすっと突き出す。
「こっちは陽動だ。派手にいくぞ」
土属性を帯びた魔力で礫を次々と形成する。
風が猛烈な勢いでそれを撃ち出した。
まともに食らい、崩れ落ちる機械兵。
後ろで美柑が「すごい!!」と感嘆の声を上げる。
少しだけ目元が緩んだ。
しかし。
「先輩、体のキレの衰えは分からなくもないですけど。
魔力制御は年齢のせいにできませんよ」
麗良はそう言うと、俺の礫に鋼属性と爆属性を纏わせた。
追撃の風で押し出していく。
鋼の礫が機械の体に撃ち込まれ、返しが食い込む。
次々と爆発し、迫りくる機械兵の前線が崩れた。
「礫どんどんお願いします。
物量で押し負けたら、陽動になりませんからね」
後ろから圧がかかる。
こいつ。
一言多いのと、痛いところを突いてくる。
魔力制御の技術は、磨き続ければ衰えることはない。
しかし、鍛錬を怠ればあっと言う間に腕は錆付き、取り戻すのは容易ではない。
一日五分でもいいから、魔力を集中させろ。
これは戦闘魔法使いの常識だ。
俺は投げやり気味に冒険者を一度引退して、十年は錆びつかせていた。
教え子と冒険しながら、少しずつ潤滑油を馴染ませてきたのだ。
麗良に渋い顔を見せないように魔力を集中。
研ぎ澄ませていく。
――物量か。
SRやSSRなら、精霊から受け取る膨大な魔力を贅沢に垂れ流しできるが、Rは供給量が少ない。
だが、それを仕方ないで済ませては、そこで終わりなのだ。
魔力をかき集める。
一切を無駄にせず、余すところなく使い切る。
礫を次々と形成し、正確に風を当てて撃ち出す。
そろそろ、復帰して一年。
ブランクがどうのこうの、麗良の前で言い訳もできなくなっていた。
麗良は、小さく頷いた。
「美柑さん、あれが本当のお手本。
最少の魔力で最大効果が、戦闘魔法使いの真髄。
“高ランク魔法使いは派手な魔法を撃ってナンボ”なんてこと言う人が多いけど、嘘だから信じないようにね」
そう言いながら、鋼属性と爆属性を次々に付与していく。
「麗良、お前こんなに付与術が得意だったか?」
思わず問いかけた。
麗良は雷切に魔法属性を乗せる戦いを得意としているが、手に触れていない物体にここまで正確で高速な付与を施すことはできなかったはずだ。
麗良はこともなげに答える。
「厄災神から貰った幻影の加護――巫術を伸ばしてます。
魔法を乗せた剣の威力も増しますし、戦いの幅も広がりますからね」
麗良らしい選択だ。
派手さはないが堅実で、無駄がない。
「なるほどな、助かるぞ」
美柑はそんな二人の背中を見ながら、化血神刀の柄を握りしめる。
――これが、魔法使い。
本物の魔法使いの戦いなど、見たこともない。
みな異形の姿となって、狂いながら機械に突進していくだけ。
そういうもので、自分もそうなるのだろうと思っていた。
完凸SRなら、モンスターの呪いに打ち勝てる。
そんな根拠のない期待が周囲からのしかかっていたが、半信半疑だった。
けれども、少しでも可能性があるのなら。
その奇跡に縋るしかなかったのだ。
しかし、目の前の魔法使いたち。
あるかどうかも分からない奇跡よりも、鍛錬こそが道を切り開くことを示してくれていた。
美柑は、剣を握りしめる。
「麗良先生、師範。私……
魔法使いの可能性なら信じられます」
俺と麗良は揃って微笑んだ。
立ちふさがる機械に、礫弾を浴びせながら進む。
そのまま魔力反応を追っていくと、一棟の大きな建物が見えてきた。
入口を守る機械兵を沈黙させると、麗良と美柑を中に滑り込ませた。
「お前たちは、式神の確保だ。俺はここで防ぐ」
麗良たちが駆け出すと、礫の射出を止め、村正を抜き放った。
残像の刃を次々と実体化させていく。
機械兵を、ここから一歩も通さない。
作戦を妹弟子二人に託し、剣に魔力を通すのだった。
***
そこは、元は倉庫か整備場と思われた。
広い空間を慎重に歩を進める麗良と美柑。
二人とも、いつでも抜刀できるように右手を柄に添えていた。
麗良の光魔法で足下は照らされている。
ここにも、照明はなかった。
「麗良先生、何でしょうかこの匂い……」
薬品臭や焦げたような匂い。空気が淀んでいた。
「分からない……油断しないようにね」
相手は生物でもダンジョンモンスターでもない。
すべてが麗良のこれまでの戦いの常識とは異なっていた。
暗闇での戦いも、そのひとつ。
そして、薬品の匂い――
麗良の脳裏に嫌な予感がよぎる。
毒物や細菌、ウイルス……生物兵器。
実際、魔界に来て最初に毒ガスを打ち込まれかけたのだ。
アドラメレクの助けがなく、知らずに食らっていたら、一巻の終わりだった。
だが、予測ができるのならば対処もある。
帰らずの森。
幻術の不意打ちに、賊の連中が魔法使いを拉致するために所持していた、麻痺や催眠の拘束具。
あの経験から、敵は力押し一辺倒とは限らないことをあらためて学んだのだ。
麗良は懐を漁ると、小さなプレートを取り出す。
「美柑さん、これに常に魔力を流していてください」
オリハルコンだ。
聖属性を帯びた金属。
浄化のフィールドを張り、体内の異物を除去する効果がある。
その効果は並ぶものがない。
他にも、九尾の店で買いそろえた術破りのアイテムをいくつか所持しているが。
機械が繰り出してくることが予想される対生物兵器には、これが一番効果がありそうだった。
美柑は麗良のただ事ではない雰囲気に息を飲むが、黙って従う。
魔力を集中し、手のひらの金属プレートに流していく。
心なしか、空気が清浄になった。
息をつめて進む。
やがて二人の目には、巨体が入ってきた。
R式神が五体。
昆虫の標本のように、体に巨大な杭を通され固定されている。
あの杭も、おそらく魔法金属。
N魔法使いの式神は十体ほど。
だが、立って拘束されているのは一体のみ。
他は首を撥ねられたり、体がどす黒く変色して倒れている。
おそらくは、もう――
その異形の式神に対峙していたのは、これまた異形。
工場の作業用ロボットのような、アームだけの機械が数台。
壁には大型モニターが据え付けられ、何やらモニタリングしている。
一台のアームの先端に取り付けられた回転ノコギリが、R魔法使いの式神の首を切断した。
飛ばされた首は地面を転がる。
しかし、首無しの式神から回復魔法の光が放たれ、新たな首が生えていく。
麗良の知識には、回復魔法で飛ばされた首が生えるなんてものはなかったが。
魔力の塊のモンスターなのだ。
もはや人ではなかった。
別のR魔法使いの式神は、防御結界を展開。
その式神に相対するアームは、機銃を掃射して防御結界を削る。
モニターに、麗良には意味不明な波形が映し出された。
防御結界を削りきると、巨大な鋏を備えたアームが式神の脚を一本ずつ切断し、傷口に火属性レッドストーンの塊を埋め込んだ。
式神の魔力と感応して発火し、焦げた臭気が漂ってきた。
響く悲鳴。
だが、機械は黙々と予定されたタスクをこなしていく。
壁のモニターにはグラフと数値が躍る。
「麗良先生……」
美柑が麗良の左手を取った。震えている。
戦艦で受けた仕打ちを思い出したのだろう。
麗良の喉が張り付く。
アドラメレクが言っていた。機械も学習すると。
おそらく、この都市を制圧して拘束した式神を使って、検証とデータの蓄積を続けているのだろう。
やつらの防御力は? 突破にはどれほどの火力が必要?
どうすれば倒せる?より効率的に。
愉しみでも憎しみでもない。
目的のための最適解を探す。ただ、それだけ。
麗良は思う。
帰らずの森は悪意との戦いだった。
理解はできないが、想像はできた。
しかし、これは感情が一切存在しない――
「麗良先生……」
美柑の声と左手の感触に、痺れかけた意識が引き戻された。
ここは戦場なのだ。
麗良は思考を奪われながらも、その目は敵戦力の動きを本能的に捉えていた。
この場には、アームの他には機械兵が三体。
そいつらが戦闘準備に入る。
注射器に、火炎放射器のような筒を備えた個体もいた。
その筒から霧状のものが散布される。
麗良は大声で叫んだ。
「美柑さん、オリハルコンに魔力を!!」
美柑の右手から化血神刀を奪い、瞬く間に機械兵とアームを斬り伏せた。
黒の魔力が爆ぜ、その場の機械はすべて沈黙。
続けて麗良は雷を放つ。
さらに風魔法で建物中の窓ガラスを割り、換気していった。
美柑は、その一連の流れを一歩も動けずに見ていた。
両手で握りしめたオリハルコンが淡く輝く。
「すごい……さすが麗良先生」
だが、その美柑の目に次に映ったのは、崩れ落ちる麗良の姿。
悲鳴が、建物に響き渡った。




